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第二十三話  ジュルックでクリスマス

「これからどうする?」

 林原が訊いてきた。

「亜衣ちゃんたちは予定あるの?」

「このあと、さくらさんと碧先輩と合流して、食事する予定だったんです」

「あ、そっか。じゃあ、ふたりになったんだ」

 待ち合わせをしていたのは、柚希と碧だけじゃなく、亜衣とさくらもだったのか。それじゃ、部室でおなじみの女子会だろうに。

「だったらさ、オレらとメシ食いに行かない?」

 林原の提案に、亜衣と柚希が顔を見合わせた。

「柚希、ジュルックに予約してるんでしょ」

「うん」

「予約? 食事の?」

「はい。以前、柚希がバイトしてたカフェバーなんです。カクテルやビールの種類が多くて、ご飯も美味しいんですよ」

「へえ、いいね。行こうよ。ちょうど四人だし」

「今日はどこも混んでるもんな。キャンセルしなくていいなら、好都合じゃない?」

「そうですね」

 柚希が頷いて、行き先が決定した。


 店に着くと、三十代半ばくらいのイケメンが、愛想のいい笑顔で近寄ってきた。

 若いときは美少年だったんだろうなあ、と思わせる面差しだ。あまり家庭的な匂いがしないから、独身かもしれない。

「ユズに亜衣ちゃん、いらっしゃい。あれ? 碧ちゃんとさくらちゃんは、しばらく見ない間に、雰囲気が変わったね」

 俺と林原の方を見て、首を傾げる。んなことないのはわかってるだろうに、面白いひとだ。いたずらっぽい顔で笑ってるから、絶対、確信犯だぞ。

 林原は「あらいやだ。変わってなんかないのに、変ねえ」と妙なしなを作って亜衣を爆笑させている。こういう奴なんだよ。

「不慮のアクシデントで、メンバー変更がありました。大丈夫ですよね?」

 柚希がサッカーの監督みたいなことを言う。

「もちろん大丈夫だよ。ゆっくり愉しんでいって」

 選手交代は、すんなり認められたようだ。


「メリークリスマス」

 乾杯して黒ビールを勢いよく飲むと、ぷはっと息をついた。

「感じのいい店だなあ。教えてもらわなかったら、絶対わからなかった」

 林原は上機嫌だ。確かに、エスニックな装飾が施されているけど、波長のずれた物がところどころにあって、面白い店だ。

 出てきた料理も変わった味付けのものが多く、見た目も色鮮やかで可愛い。男同士で飲みに行くときは、こんな洒落た店には行かないから、新鮮で愉しい。見栄えのいい料理のわりに量も多くて料金がリーズナブルなのは、場所が表通りから外れているからのようだ。

 客席を見渡せば、結構、男性客も多かった。

「しかし、柚希ちゃん、本当に凄いな。惣介の写真のモデルが男だと訊いてたけど、実物見てびっくりした」

 林原は凄い凄いと感動している。ここまでくると芸術品だよ、と美大生らしい感想まで飛び出したから、柚希も愉しそうに笑った。腫れ物に触れるように扱われるより、気が楽なのかもしれない。

「よく驚かれます。私の場合、成長期の途中でホルモン剤の投与を受けたんで……」

「柚希は本当にひどかったんです。自分に対する嫌悪感で、死んじゃうんじゃないかと思いました。眠れない、食べられないで。医者もこのままだと、精神的にも肉体的にも、もたないと判断して投与の決断をしたそうです。本来は成長期が終わってかららしいんですけど」

「へえ……、大変だったんだね」

「いえ」

 俺も初めて訊いた。以前、柚希とカラオケに行ったとき、歌声まで女の子だったから驚いたけど、そんな経緯があったのか。

「薬を飲めば、ある程度、男になるのを抑えられると訊いて、救われました」

「見た目以上に、苦しい病気なんだな」

 俺は武智を思い出して俯いた。

 柚希は自分の性別を受け入れられなかった。成長して、異性を好きになり、男として生きる覚悟を決めた。

 武智は、自分の違和感をずっと封じ込めて生きてきた。けれど結局、いままで守ってきたすべてを捨てて、自分を解放した。

 同じ病気なのに、経緯も結果もまるで違う。どちらも大変な人生には違いないが。

 このふたりがこの先、俺の助けを必要とするなら、ぜひ手を差し伸べたいと思った。

「柚希ちゃん、いまはどうしてんの? 彼女いるんだろ?」

「いまは服用してません。リハビリ中ですね」

「えっと、嫌悪感とかまだあるの?」

「嫌悪感というより、自分の性別に違和感があるような…。なんかうまく言えないんですけど……」

 うーん、わからん。女でいる方が精神的に安定するなら、男に恋愛感情を抱くのが自然な流れだと思うのに、柚希もややこしいよな。

 ただ俺は、柚希の性同一性障害は、普通と少し違うんじゃないかと思っている。柚希は女になりたいというより、男でいたくない気持ちが強かった。男性嫌悪症がこじれたんじゃないかな。

 訊けば柚希は私生児で、家族は母親だけらしいし。

「ホルモン剤やめて、なんか変化あった?」

「さあ。自覚できるほどは……」

「薬やめたからなのか、碧先輩の影響なのかわかんないけど、色気、出たよね、柚希」

「ああ、わかるよ」

 亜衣の発言に、俺も相槌を打った。

「色気?」

 柚希が驚いたように、まばたきした。

「前は綺麗なお人形って感じだったけど、人間っぽくなった」

 なかなか上手いことを言う。さすが親友だ。

「へえ、面白いな。恋愛で色気か。惣介、お前も見習ったら?」

「俺は普通に恋愛してきたよ」

 林原は「そうかあ」と目を泳がせた。

「林原さんは副部長さんと、同じ高校だったんですよね」

「そうだよ」

「副部長さん、高校のときからこんな感じだったんですか?」

「うん、そうなんだよ。変わり映えのしないやつでさ」

 なんか失礼な言われようだ。

「まじめできっちり枠内に収めてくるやつなんだ。唯一、変わってるのは、血液型くらいかな」

「血液型? AB型とか、RH-とかですか?」

「ボンベイ型なんだ」

「そんなのがあるんですか?」

「ボンベイ型にもいろいろあって、俺のはそんなに稀じゃないボンベイなんだ。二百人にひとりくらいだって」

「でも、珍しいですね。事故に遭わないといいですね」

「そうだね」

「副部長さん、高校のとき、彼女とかいたんですか?」

「惣介は結構もてるよ。パンチが足りないけど男前で優しいだろ。でも、恋愛に関しては、横着だな」

「俺のどこが横着なんだよ?」

 つきあった相手には、俺なりに丁寧な対応をしてきた。林原も知ってるはずなのに。

「こいつ、自分が引っ張って行かなきゃいけない、年下の可愛い子は駄目なんだよ。つきあうのは年上か『長』が付く同級生なんだ」

「長?」

「クラス委員長、図書委員長……他にもいたかな」

「要するに、しっかり自分を持ってる人がいいんですね」

「ピンポーン」

「あーあ、横着……」

 亜衣に白い目で見られて、俺は頬を掻いた。林原の指摘に、俺は自分を振り返った。つきあうことは億劫ではないが、相手の気持ちや状況を考慮して、デートの段取りを考えるのは確かに苦手だ。

 それなら、相手のわがままに振り回される方が気楽だった。

「そう言われると、そうかも……」

「自覚ないのかよ。頼りないなあ」

 林原は呆れた声で天を仰いだ。



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