第二十二話 人肉饅頭屋の一週間
舞台が終わって、俺たちは建物の外に出た。暖房が効いた屋内から出ると、外の寒さに思わず身震いする。俺は慌てて持っていたダウンに袖を通した。
ホールは帰るひとと出演者に面会するひとで、ごった返していた。
出演者には子どもも多い。父親らしきひとが、そこかしこで立ちすくんでいるのは、着替えが終わって出てくるのを待っているのだろう。凜の親父さんもいるかもしれない。でも、探すどころじゃなかった。
柚希たちもすぐそばにいた。人混みの中、だれも、はぐれなかったようだ。といっても、柚希たちとは、ここで解散だけど。
ジーンズのポケットに突っこんでいた携帯が振動した。取り出して開くと、表示はさくらからの電話だった。
「さくらちゃん?」
『副部長、バレエ、終わりました?』
「終わっていま、建物から出たとこ」
『瀬戸さんとそっちで会いました?』
「いま一緒にいるよ」
『あー、よかった。瀬戸さんに電話したんですけど繋がらなくて』
「みんな、マナーモードにしてるから、気がつかないんだよ。柚希ちゃんに代わろうか?」
俺の言葉に反応して、柚希が振り返った。
『いえ、瀬戸さんに伝えてください。碧が気分悪くなって、一緒に食事に行けなくなったって』
どうやら、柚希と碧は待ち合わせる予定だったらしい。
「気分悪くなったって、碧ちゃんは大丈夫なの?」
途端に、柚希が心配そうな顔で覗き込んでくる。なにか言いたそうな様子の柚希に、俺は軽く頷いて制した。
『はい。でも、食欲が全然ないから、寮に帰って寝たいみたい。これから一緒に寮に帰ります』
碧とさくらは、大学の女子寮に入っている。具合の悪くなった碧とさくらが一緒に帰るのは当然だと思うけど…。
「なんでまた? 映画に行くときは、元気だったんだろ?」
『映画観て気持ち悪くなったって言ってるけど、そんなこと、あるわけないし、ポップコーンにあたったのかも』
ポップコーンは、あたるような食べ物じゃないだろう。
「映画、なに観たの?」
『人肉饅頭屋の一週間です』
じ、じんにくまんじゅうや……タイトルだけで、ホラーでスプラッタな内容がバンバン伝わってくるんだけど……。
「……えっと、確か3Dだったよね」
『はい。凄い迫力でめちゃくちゃ面白かったですよ。血飛沫がこっちに向かってどばーって感じで、もう大興奮の二時間でした。この冬、絶対おすすめです! 絶賛放映中!』
さくらよ、悪魔か、お前は……。
俺は、碧の身に降り注いだクリスマスイブの惨劇に、心から同情した。
「とりあえず、柚希ちゃんには伝えるよ」
『はい、お願いしまーす。あ、副部長、メリークリスマス!』
「メリークリスマス……」
なんでこんなに明るいんだ。そんなに映画が、面白かったのか。恐ろしいやつだ。
電話を切って、俺は事の次第を柚希に説明した。
「……要するに『人肉饅頭屋の一週間』という映画を観て、碧さんは気持ち悪くなったんですね」
頷く俺に、柚希は頭を抱えている。
「こんなことになるなら……」
「合コンに行ってくれてればよかった?」
「……それは嫌です」
嫌なんだ。合コンに行かれたら、碧が他の男とどうかなるかもと心配なんだな。せっかく、たぐいまれな美貌に生まれてきたのに、自信も余裕もないとは気の毒な話だ。
柚希は悲愴な顔で、訴えを続けた。
「小畑さん、本当に人間なんですか? あんな危険なひとを野放しにしていたら、日本の危機だと思うんですけど」
テロリストじゃないんだから……、と言いかけた言葉を俺は飲み込んだ。この状況でさくらの肩を持つほど馬鹿じゃない。しかし、柚希とさくらは、よほど相性が悪いのかな。
さくらも、悪気がないのはわかるんだが、柚希を不幸に突き落す癖がある。今日のこともしかり。部室で胸を触らせたセクハラもしかり。
すぐ隣で、亜衣と林原が肩を震わせて笑いをこらえていた。他人事なら面白い話だもんな。
下手に渦中にいると、全然笑えないのが辛い。
猟奇的な映画が映画館で3Dとかありえないんですけど、ここの部分はファンタジーと思って、目を瞑ってくださいませ(笑)
楽しく書けたシーンです。部室以外では珍しいかな。
凛が出てくると、シリアスになって、出てこないとコメディーになるようです。
最近、ジャンルのコメディーを恋愛にすべきだったかも、と悩んでます。
でも、恋愛というほどには、なにもないなあ……。