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第十八話   第二回 大学写真部応援企画

 就活にはのんびり構えていた俺だが、さすがにそろそろまじめに動き始めないとやばいかなと思い始めていた。

 ゼミが終わって帰宅するつもりで大学の駐車場に向かって歩いていたとき、携帯からメールの着信音が鳴った。

『部室に、副部長宛ての封筒が届いてますよ』

 メールの送信者は碧だ。今日は部室に寄る予定はなかった。少し迷ったが、封筒の中身も気になる。

 俺は部室に立ち寄ることにして、踵を返した。

 部室はいつもと変わらないメンバーが、いつも通りに過ごしていた。

 テーブルの端にA4サイズの封筒が置かれてある。

「これ?」

「はい」

 碧がこくこく頷いた。

 手紙だと思っていたので、首を傾げた。

 宛先がM大写真部 松浦惣介様で、差出人が亜東出版社の沢波さんだ。学祭の取材に来て、俺が写した柚希の写真を気に入ってくれたひとである。

 なにを送ってくれたのか、心当たりがないまま開封する。

 茶封筒から出てきたのは、亜東出版発行の雑誌だった。地元情報にページを多く割いている。パラパラと捲ってみた印象では、十代後半から二十代女性が読者のターゲットかな。

 付箋が二カ所に付いている。最初の付箋のページに、M大の学祭が取り上げられていた。

「へ~、載せてくれたんだ。あ、名画のこともちゃんと載ってるぞ、佐々木」

「ほんとっすね」

 佐々木も感慨深そうに雑誌を覗き込んでいた。

 雑誌に載ることなど想像もしてなかったから、ちょっと感動してしまう。

「こっちの付箋はなんなの?」

 さくらがページを捲る。

「第二回 大学写真部応援企画? なにこれ?」

 記事を読んでみると、要するに、写真作品の募集だ。応募できるのは大学の写真部のみで、テーマはカップル。モデルは同じキャンパスの学生、撮影場所はキャンパス内であれば屋内屋外は問わない、とのことだ。

「去年もこんなのあったんだ。知らなかったな。さくらちゃん、君、出してみたら?」

 さくらは学祭でもカップルの写真を出品したから、テーマが重なっていた。

「ひとつの写真部から出せる写真は一枚だけなんですね。うーん、M大写真部の看板を背負うことになるんだ。重いなあ……あ、賞金出るんだ。すごい。優勝したら十万円だって。準優勝でも五万円だよ」

「ほんとに? あたし、魚眼レンズ欲しい」

 碧がはしゃいだ声を上げた。そういえばこないだから魚眼レンズが欲しいから、春休みにバイトすると言ってたな。

 記事を読んでみる。去年の出品校は九校だけだった。第一回だから告知不足もあったんだろうけど、雑誌自体も関東限定で販売しているみたいだ。大学の写真部に限定されてるし、応募はそれほど増えないだろう。競争率を考えると、この賞金は手が届きそうな気がする。

「あたしが撮る。絶対優勝する」

 碧が鼻息も荒く、拳を握りしめた。

「碧、あんた、ほとんど人物、撮らないじゃん。大丈夫なの?」

 さくらの心配そうな声に、碧は不敵に笑った。

「モデルがよければどうにかなる」

 碧が柚希を熱く見つめる。

「……私ですか?」

 柚希が目を丸くして自分を指差した。

「他にだれがいるのよ」

 碧より先にさくらが返事をしていた。

「だって、カップルなんでしょ? 碧さんが撮影に回ったら、カップルにならないじゃないですか」

「そう、つまりぃー、相手の男が必要なんだよね……」

 碧の視線は、佐々木と俺を行き来した。ちょっと、待て。なんか嫌な予感がするぞ。

「無難な副部長か、大穴狙いで佐々木くんか……。なんかどっちも微妙だなー」

 うわー、やっぱり。

「碧さん、まさか松浦さんか佐々木さんでカップルに仕立て上げるつもりですか?」

「だって、他にいないんだもん」

「だから、カップルは男女じゃなきゃ……」

「男女カップルに限るとは、どこにも書いてないよ」

 さくらが頬杖を突いて、雑誌に視線を落としたまま告げる。

「わざわざ書くまでもないからですよ。詐欺で訴えられますよ」

「どっちがいいかな。副部長の方が確実に票は取れそうだけど、佐々木くんもインパクトは出るんだよね。美女と野獣ってタイトルにしたらウケるかな」

「碧さんっ!」

 柚希は悲鳴をあげんばかりである。

「……お前、やっぱおっかねーわ。魚眼レンズのために彼氏を男に売る気かよ」

 佐々木が呆れて非難の視線を碧に向ける。野獣に対するコメントは特にないらしい。

「なにわけのわかんないこと言ってんの。写真撮るだけじゃん」

 …………そうか?

「冷静に考えてよ、瀬戸さん。あたしと瀬戸さんの組み合わせで、カップルに見えるはずないんだから。ここは建設的に魚眼レンズに近づかなきゃ」

 碧がさくら化してる。邪悪だ。

「…………なら、こうしましょう。夏休みのバイト代がまだ残ってますから、それで私が魚眼レンズを購入します。碧さんとは同じメーカーですし、使うときはお貸しします」

「駄目」

「……………」

「魚眼レンズって、個性強すぎるレンズでしょ。だから個人で買うより、写真部が購入してみんなで使う方がいいよ。これから入ってくる後輩も使えるんだし」

 碧の説は間違ってない。

 が、しかし、優勝すると決まったわけではない。そもそも、応募するかどうかもわからないのに、碧の脳ミソは魚眼レンズまっしぐらだ。

 仮に、優勝賞金をゲットしたとしても、使い道は部員で話し合うことになる。よしんば、魚眼レンズで意見がまとまったとしても、ほとんどの部員が使っているのはニコンだ。キャノン組は、俺と碧、そして柚希の三人だけ。

 碧の野望が叶う確率は、ほぼゼロだろうな。

「おーっす、久しぶりー」

 部室の扉が開いて、入ってきたのは、篠崎部長だった。

「部長! 会いたかった、会いたかったー」

 碧の熱烈歓迎ぶりに部長はきょとんとした。間の悪いとき来るひとだ。俺と佐々木は助かったけど。

「よかったあ、三択になった」

 ……助かったと思ったけど、即座に候補から落ちたわけではないらしい。がっかりだ。

「なに、いったい?」

 俺は雑誌を見せて簡単に説明した。

「へー、面白そうだな」

 柚希と相手役以外は、確かに面白いんだけどさ……。

「とりあえず碧ちゃん、沢波さんにお礼ついでにこのこと訊いてみるから、それから決めよう。だいたい、モデルはキャンパスの学生なんだよ。写真部に限らなくていいんだから」

「あ、そっか」

 はー、疲れた……。

 部長には、最悪の場合、モデル役の可能性もあります、と告げた。

「いいよ。面白いじゃないか」

「…………そうですか?」

 この状況で、相手の彼女役は柚希の可能性が高いんだけど。

「絶世の美女にしか見えない、彼女持ちの美少年の恋人役なんて、この先の人生でも経験できそうにないだろ。やれるものならやってみたいよ」

「…………………………」

 ああ、立派なひとだったんだな。

 四月から、俺がこのひとの跡を継いで、部長になるのか。とてもじゃないが、肝っ玉が違うよ。



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