第十七話 凜が柚希に宣戦布告
区の図書館に着いた。が、そう都合よく凜に会えるわけもない。
何時に凜がここに来るか、知っているわけではないのだ。迎えに来た時間から逆算して、可能性があるかな、と予想したに過ぎない。
だいたい、会えるとか会えないとかが、そもそもおかしい。
斜め向かいの家に住んでいるのだから、いつだって会える。俺はなにを望んでいるのだろう。
駐車場から柚希と歩いて移動する。図書館の入り口に差しかかったとき、馴染み深い声が飛んできた。
「惣介くん」
振り返ると、凜が手を振りながら駆け寄ってきた。諦めかけていたから、可愛い姿を見ることができて素直に嬉しい。
「今からバレエ?」
「うん。惣介くんは…あっ……」
柚希に気がついて、凜が表情を硬くさせた。
「こんにちは。瀬戸柚希です」
「え、えっと、五年三組、九番、庄野凜です」
どっちでもいい情報まで紹介してもらったが「近所の子なんだ」と説明すると、柚希はにっこり微笑んだ。
凜は上目使いに柚希を見て口ごもる。
「…写真の、綺麗なお姉さん……」
凜の言葉で、俺は初めて思い出した。凜は俺の部屋で、柚希の写真を見たことがあるのだ。だからこのふたりは初対面だけど、凜の方は柚希の顔だけは知ってるのだ。
「あのとき言ったかな? 大学の後輩だよ」
凜はこくんと頷いた。
「松浦さん、私、先に図書館に入ってます」
「ああ」
「あ、あの……」
凜の声に、柚希が振り返り首を傾げた。
「五年後は負けないんだから!」
そう啖呵を切ると、凜はピューッと文化ホールに向かって駈け出してしまった。
柚希は呆然と凜を見送っていたが、俺に尋ねた。
「意味が全然わからなかったんですけど、通訳してもらえますか?」
「いや、俺にもなにがなんだか……」
負けないってなんだ?
しばらく黙考していた柚希が、口を開いた。
「えーっと、さっきの凜ちゃんがくるみ割り人形で中国を踊る子ですよね?」
頭が……そう、シニヨンだったから、柚希もすぐわかったらしい。
「ああ」
「もしかして小学生の許嫁って、凜ちゃんですか?」
なんでそんなことがわかるんだと思ったけど、隠してもしょうがないので肯定した。
「なるほど。わかりました」
「は?」
「今度、凜ちゃんに会ったら、ちゃんと教えてあげてください」
「教えるって、なにを?」
「私が男だということと、恋人がいることを」
「は? なんで?」
「なんでって、松浦さん、鈍すぎますよ」
「へ?」
さっきから俺は、間抜けな声しか発していない。実際、柚希がなにをわかったのか、なぜ男だと教えろと言うのか、さっぱり理解できなかったのだ。