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第十六話   柚希の修業時代

 その日の夕方、大学の図書館の前で、偶然、柚希に会った。

「資料集め?」

「はい。レポートがはかどらなくて」

 抱えるように持っている本の数を見る限り、法学部のレポートもなかなか大変そうだ。

「松浦さん、就活はどうなんですか?」

「まだ動き始めたばかりだし、なんとも言えないな。説明会は参加してるけどね」

「三年生はみんなもっと大変そうなのに、のんびり構えてません?」

「そうかな。まあ、性格かもね。ところで、碧ちゃんの誕生日はわかった?」

「いえ……」

 柚希は悄然と首を振った。

「俺もそれとなく訊いてみたけど、企業秘密だとか言われてさ…」

「松浦さん、女の子は誕生日に恋人と過ごしたいとは思わないんですか?」

「いや、そんなことないだろ」

 むしろ、忘れたり、手抜きする方が問題になりそうだ。そう言うと、柚希も頷いた。

「法学部の女友達も、彼氏が誕生日を忘れたら、七代先まで呪うって言うんです」

 ええぇぇぇッ、そんなに? 予想以上の恐怖に、俺は思わず過去の記憶を手繰り寄せた。いままでの人生で、呪われるような凡ミスはしてないよな。

「昨日が誕生日だったかも、今日がそうかもと思うと、気が気じゃないんです」

「碧ちゃん自身が教えないんだから、呪われることはないだろ」

「そんな心配、してませんよ」

 だろうな。いまの柚希は呪いだろうと祟りだろうと、碧から与えられたらなんだって受け入れそうだ。

「碧さん、誕生日で二十歳になるんですよ」

 確かに、二十歳は誕生日の中でも特別な響きがあるよな。自分のときはどうってことなかったけど。

「プレゼントも禁止されてるし、誕生日も教えてもらえないし、そんな女の子、よくいるんですか?」

 プレゼントまで禁止なのか。なんでだろ。クリスマスイブも別行動決定だし、つきあって一ヶ月足らずにして、暗黒時代に突入してるかも。不憫すぎる……。

「うーん、俺の知る限り、訊いたことないなあ。碧ちゃんは、ちょっと変わってるからね」

 可哀想なくらい落ち込む柚希に、俺はこめかみを押さえた。かかわらないと決めたはずなのに、ついどうにかしてあげたくなるのが、この珍妙なカップルの不思議な所だ。

「碧ちゃん、昔から自分の誕生日、嫌いだったって言ってたな。俺はてっきり敬老の日かと思ったけど、十二月生まれなら違うね。今月で子どもが嫌がる誕生日は……大晦日かな?」

 うちのお袋は、年末年始を主婦の地獄と言って憚らない。大掃除やお節料理で忙しいときに誕生日のイベントをするとしたら、大変なんじゃないだろうか。

「そうですね……」

 柚希は考え込んだ。納得半分。疑念半分だな。推測の域を出ないんだから当たり前だ。

「碧さん、彼氏に素っ気ないなって思ってたんですけど、自分が同じことされると、結構へこみますね」

「君とつきあう前?」

「はい」

 碧の掴みどころのなさは、こういうところかな。

 去年、碧とつきあってた奴に知り合いがいるんだが、そいつも、自分が碧に好かれている気がしない、とよく愚痴をこぼしていた。柚希に対しては、碧も積極的な態度だと思うけど、その柚希でさえ元カレと似たような悩みを抱えているんだから、碧の淡白な言動も多分にあるんだろう。

「……今から帰るの?」

 気の利いた言葉も見つからなくて、俺は話題を変えた。

「区の図書館に寄ってから帰ります」

 大学の図書館だけでは、資料が揃わなかったようだ。

「どこの図書館?」

 登録カードで利用できる図書館は七つほどある。最近は提携してる図書館が増えたからだ。

 柚希が口にした図書館は、凜が通うバレエ教室に隣接する図書館だった。

 俺は時計を見て、時刻を確認した。今日は木曜日だ。いまから行けば、練習に来る凜に会えるかもしれない。

「車で来てるし、送ってあげるよ」

「べつに、いいです。わざわざ、申し訳ないですし」

「ついでだから」

「そうですか。じゃあ、お願いします」

 柚希が抱えている本を取り上げて持ってやると、柚希が慌てて手を伸ばした。

「松浦さん!」

「え?」

「女の子じゃないので、荷物、持ってもらわなくて結構です」

「あ」

「忘れてたとか、言わないでくださいよ」

「いま一瞬、ガチで忘れてた」

「松浦さん、小畑さんみたいに……」

「ごめん、ごめん。ま、でも、後輩なんだから、甘えときなよ」

 本を持ったまま、柚希を促して歩き始める。

「男の自覚を修行中の身なのに……」

 そんな修行がこの世にあるのか。

「まだ、ほとんどの学生は君の正体知らないんだし、重い荷物持ってる隣で知らん顔してたら、俺が人聞き悪いだろ」

「知ってるひとが見たら、ホモだと勘違いするかも……」

 柚希の言葉に、俺は立ち止まった。取り上げた本を半分柚希に返すと、再び歩き始めた。

 柚希は笑いながら、あとを着いてきた。駐車場まで歩いていると、何人かが俺たちに、興味津々な視線を送ってくる。

「柚希ちゃん、君、やっぱり目立ち過ぎだよ」

「松浦さんが学祭であんな写真を展示するからですよ」

 うーん、それはそれで一理あるかも。

「もし、ホモカップルだと思われてたら、私が女役だと考えるひともいるんでしょうか?」

「…………たぶん全員、そうだよ」

 なんで俺と柚希で、俺が女役とかあり得るんだよ。発想が異常すぎる。

「はあ~……。早く、碧さんとのことが全校に知れ渡ってほしいです。学生課の掲示板に貼りだすとか、できないんですか?」

「できないだろ、そりゃ……」

 碧とつきあうだけあって、柚希もたいがい天然だ。


以前からずっと思ってるんですけど、この程度でもキーワードに、読む人によってはほんのりBL風味…なんてことを書くべきなんでしょうか? 

柚希が性別不明みたいなキャラなので、この程度はしょっちゅうあります。

拒絶反応のある方がいらっしゃったら、ごめんなさい。

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