第十五話 凜と亜衣のバレエ友達
「こんにちはー。お邪魔しまーす」
微妙な空気が漂う中、亜衣が部室にやってきた。
「柚希、パンフレット持って来たよ」
亜衣が手に持っていた冊子を柚希に差し出した。
「あ、うん……」
「あのさ、何回も言うけど、行かなくていいよ。わたしはバレトモだけど、柚希は違うんだから」
「うん……」
「駄目。瀬戸さん、絶対行ってきて」
碧が強い口調で話に割って入ってきた。
「どうしたの?」
碧の表情がいつになく険しかったので、俺は亜衣に訊いた。
「中学からの友人がバレエの舞台に出演するんです」
「へえ……」
さっきバレエの話題になったばかりだから、俺は顔が引きつりそうになった。
「三月には主役をすることが決まってたので、高校卒業する前に絶対観に行くと約束したんです」
「なるほど」
「その舞台が、今月の二十四日なんですよ」
「今月って、じゃあ、クリスマスイブ?」
「ええ」
亜衣は碧にちらりと視線を流すと小さく目配せした。
そうか。恋人と過ごす定番の日だもんな。まして、つきあって初めてのクリスマスイブともなると、柚希としては迷うんだろう。
でも、碧と知り合う前からの約束だから、碧はそっちを優先させろと言ってるようだ。
「碧さん、やっぱり一緒に行きませんか?」
柚希の申し出に、碧は首を横に振った。
「行かない。あたし、バレエとか全然わかんないし」
「………………」
そう頑なに拒絶されれば、柚希は強く出られないだろう。碧にとっては無関係の相手だし。
「だいたい、クリスマスイブだからってこだわる必要ないじゃん。いつでも会えるんだから。そんなことより、その友達の約束の方が、ずっと大事だよ。行かなかったら、瀬戸さん、きっと後悔するから」
「わかりました。碧さんはその日、どうするんですか?」
「さくらと映画に行く」
「碧が3D見たことないから行きたいんだって」
柚希が嫌そうな顔をさくらに向けた。
「なに? べつにポルノ映画に行くんじゃないよ。碧は未成年だし」
「だれもそんなこと、心配してませんよ。本当にふたりで映画に行くんですよね? 合コンに変更したりしないでくださいよ」
「大丈夫だよ。信用ないなあ」
そりゃあないだろう。さくらならそれくらいの悪行は日常茶飯事だ。元々、コンパ好きだし。
「……でも、そっか。イブコンパか……」
「小畑さん!」
「冗談だって」
これだからさくらは信用されないんだよ。
しかし、碧は未成年だったのか。確か、早生まれじゃないから来年の成人式には地元に戻ると話していたのを訊いた記憶がある。ということは、碧は十二月生まれか。それで柚希は焦っているんだな。
いやいや、かかわらない、かかわらないぞ。俺は後ろ向きな決意を念仏のように唱えながら、髪を掻き上げた。
ふと柚希が持っているパンフレットの文字が目に留まって息を飲んだ。
「柚希ちゃん、それちょっと見せて」
どうぞと差し出された冊子の表紙に、くるみ割り人形と書かれてある。先日、凜が話していたバレエの発表会と同じだ。凜も今月が発表会だと言っていた。
「亜衣ちゃん、くるみ割り人形ってなんなの?」
興味を抑えられなくて、俺は亜衣に尋ねた。
「チャイコフスキーの三大バレエのひとつです。白鳥の湖、眠れる森の美女、くるみ割り人形…って、まあ、とにかく映画のタイトルと同じですよ。クリスマスイブの夜にクララが不思議な夢の世界に行く話なんです」
それで、その舞台もクリスマスイブにするのか。
「中国は?」
「くるみ割り人形の中でもいろんな踊りのパートに分かれてるんです。中国の踊りはその中のひとつで、他にもスペインの踊りやロシアの踊り、アラビアの踊りとか色々あります」
亜衣がパンフレットを開いて説明してくれた。それぞれの踊りの欄に、出演者の名前が載っている。中国の所に『庄野凜』の名前があったので、俺は思わず「あっ」と声を上げた。
「知ってる子の名前がある」
「本当ですか?」
「亜衣ちゃん、この舞台って、バレエ教室の発表会なの?」
「はい」
凜を迎えに行った文化ホールの名前を出すと、亜衣は頷いた。亜衣は中学二年まで、そこで凜のようにバレエを習っていたらしい。今回主役を踊る友人は、以前一緒に習っていて、いまでも続けているそうだ。
パンフレットの表紙をもう一度見る。十二月二十四日、十四時半開場、入場無料、とある。
「これ、だれでも行ったら入って観られるの?」
「もちろんです」
「行こうかな……」
思わず呟いたときには、俺は行きたい、観てみたいに気持ちが動いていた。全然、ガラでもないのに。