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第十三話   部長の事情

 碧と話をして、気がついたことがある。

 年齢差が同じでも、出会った時期が早いほど、異常性が増すということだ。

 たとえば十歳差で考えてみても、五十歳と四十歳ならどうってことないのに、二十歳と十歳なら、変態の領域だ。

 碧なんかは十三歳年上だけど、十五歳のときの二十八歳の彼氏と訊けば、恋愛としてはあり得る範囲だもんな。

 それにしても、こんなことを考えてる時点で、俺は相当やばいんじゃないのかな。

 凜を写したい気持ちが高じて、ストーカーになったりしないよな。

 ただ、とにかく一度、凜の親に訊いてみたい。許嫁の話がどんな理由から来ているのかと。たとえば、親同士が一緒に飲んだときに盛り上がって、冗談交じりに口約束した、なんて経緯なら振り回される必要はないわけだし。

 そんなことをとりとめもなく考えながら、俺は学生課にずらりと張り出された就職情報を眺めていた。もっと焦らないといけないんだけど、どこでもいいから内定をもらいたい、とはまだ思えないんだ。

 できれば興味のある三つか四つに絞って攻めたい。こんな悠長な野望は、数か月後には木っ端微塵になるんだろうか。

「松浦」

 名前を呼ばれて振り返ると、篠崎部長だった。

「部長、大学、来てたんですか?」

 すでに内定をもらっている部長はこの時期、単位の取得も終わって、卒論に忙しいはずだ。てっきり、アパートに引きこもってると思っていた。

「部屋より大学の方が集中できるんだよ。図書館の自習室に行ったり、カフェで半日陣取ったりしてる」

「なら、たまには、部室にも顔だしてくださいよ」

「わかった、わかった。近いうちに必ず行くよ。それより松浦、昼飯、食った?」

「いえ、まだです」

「学食、行くか?」

「そうですね、お供します」


 昼時はいつも込んでいる学食だが、いまは少し時間がずれているから空席が目立つ。

「ここのA定食、食うのもあと少しだと思うと、なんか寂しいな」

「ははは。俺はあと、一年食わなきゃいけないのかって気分ですけどね」

「来年の今頃になったらわかるって」

 そんなもんかな。まずくはないけど飽きるよな。ほとんど変わり映えしないし。

 白身魚のフライを齧りながら、俺は部長に就活のことを尋ねた。

「部長、就職先を選ぶときに、なにを最重要視しました?」

「まあ、ありきたりだけど、仕事内容だな」

「やっぱりそこですよね」

「だが、それは入ってから動かされる可能性もあるだろ。開発希望してても営業に移動するかもしれねえし、広報かもしれねえし」

 俺は頷いた。

「だから、どこの部署に異動になってもやれるとこを選びたいよ」

「それは確かに言えてますね」

「あとは転勤がないとこだな」

「転勤?」

「俺の場合、彼女が短大卒でもう、社会人だし」

 俺は少なからず驚いた。コンパで彼女との結婚について訊いたとき、それほど積極的な姿勢は感じられなかった。彼女と結婚することを視野に入れて就活していたとは、恐れ入った。

「仕事内容に加えて、場所と転勤がない事なんて条件に入れて、よく内定にこぎつけましたね」

 それだけ優秀なひとなんだろうけど、凄いよ。

「理数系はまだ、職種も多いからな」

 部長は箸を置いて、お湯みたいに薄い学食のお茶を、喉に流し込んだ。

「俺はむしろ、枠を作ってもらえて有難かった。選ぶ会社が多すぎたら、迷ってきりがなかっただろうし。だから、彼女が先に社会人になってくれててよかったんだ。もし俺が先に社会人になっていて、彼女が俺を追いかけてくるって言ったら、絶対反対しただろうしさ」

「なんでですか?」

 順番が逆になるだけで、同じことなんじゃないのかな。

「俺が原因で仕事を選んだりして振り回すのは、避けたかった」

 これを優しさと受け取るか身勝手と受け取るかは、意見が分かれそうだな。

 彼女が就職するときは自由に選べたけど、部長は制限された中で職場を選んだわけだ。彼女からしたら、精神的に負担もあったんじゃないかな。ここまでしてもらったから、絶対このひとと結婚しなきゃいけないのだとプレッシャーになるかもしれないし。

「そういやお前、例の許嫁はどうなった?」

 急に話を振られて、俺は口の中のサラダが喉に詰まるかと思った。

「どうもなるわけありませんよ。小学生なんですから」

「でもお前のことだから、気にはしてるんだろ」

「ええ、なんとか白紙にしてもらいたいと思ってます」

「いっそ、育つの待って結婚しちまえばいいんじゃないか? 親が決めた相手ってのは、相性がいいんだろうし、松浦はだれが相手でも問題なさそうだぞ」

「部長、無茶言わないでください~」

「冗談だって」

 俺はこっそり嘆息した。また相手がだれでも同じ、といった判定をいただいた。

 それほどモテるわけではないけど、二の足を踏まれるほど見苦しいわけでもない。それなりに恋愛経験もあるのに、なんでこんな評価ばかり受けるのかな。

「俺って、そんなに恋愛に無気力に見えますか?」

「え?」

「最近よく言われるんですよ。だれとつきあっても同じだろう的なこと」

「ああ、なるほど。松浦は彼女を特別視しないからな」

「特別視?」

「たとえば、友達と約束してる日に、彼女が遊びに行きたいって言ってきても断るだろ?」

「そりゃ、先に約束してれば断りますよ」

「お前は友達でも後輩でも彼女でも、同じ扱いしかしそうにないんだよ」

「ええ~」

 そんなはずはない……と思う。

 だけど、俺にそんなつもりがなくても、相手は部長と同じ受け止め方をしていたのかもしれない。

 全力でだれかを好きになったこと、あっただろうか。他のなにより優先したいひとに出会ったことがあっただろうか。

 思い返しても記憶にないことに、俺はショックを受けた。

「松浦は、恋愛より結婚に向いてんじゃないか?」

「恋愛の集大成でしょ、結婚は」

「俺の彼女は、恋愛と結婚は別だって言うぞ」

「そうなんですか?」

 部長に頷かれて、俺は考え込んだ。男と女では結婚観が違うのかな。女の方が結婚に対して冷静なのかもしれない。

 高校のときの恋愛は、夢の中のようなときめきだった。二十歳を過ぎて、就職や将来が見えてくると、恋愛も現実を帯びてくる。相手の欠点を受け入れながら、時間の流れを考える。

 実際、大学で出会い、卒業して結婚したカップルは多かった。

 だがいまの俺には、恋愛と結婚を切り離して考えることもできないし、結婚と就職活動を連動させて動かすこともできない。

 とりあえず願うは、部長が長年連れ添った彼女に、振られませんようにってことだ。




写真部の男共は、どうも頼りないというか弱腰な感じです。柚希も含めて。

唯一、部長だけは少~~~しだけ、俺様キャラのつもりだったんですが、なんか怪しい気配がしてきました。

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