第一話 突然の婚約話
「惣介、ちょっと惣介」
「はあ? なに?」
その日、土曜日の午後だというのに、珍しく家でゴロゴロしてたのが悪かったのか、晩ごはんを作ってるお袋にからまれた。
俺は松浦惣介。M大経済学部三年、写真部副部長。他に特筆すべき事柄は、あいにく持ち合わせていない。
自分で言うのも虚しいが、どこにでもいる普通の大学生だ。
「いい若者がだらだらと鬱陶しいわね。あんた、つきあってる彼女とか、いないの?」
「いないよ」
リビングのソファーに寝そべり、雑誌に目を落としたまま、俺は生返事だ。彼女がいたら、土曜に家でゴロゴロしてるわけがない。
平和だ。平穏だ。平凡だ。
子どもの頃から住み慣れた住宅街の一戸建て。夕飯の準備にいそしむ母親から多少からまれたとしても、どうってことはない。
この日はM大の学祭が終わって最初の土曜日だ。副部長という名ばかりの肩書のせいで、写真展ではメインで働いてきたから、家でこんなにのんびりするのも久しぶりだった。
もっとも今夜は写真部の打ち上げコンパだから、夕方には出かけるのだが。
「情けないわね。せっかくひとが、そこそこイケメンに産んであげたってのに、覇気がないったら……」
覇気がないのは、まあ認める。万事無難ってのは、俺の個性なんだよな。無難が個性ってのはちょっと変か。
だいたい、イケメンにそこそこって付けてる時点で、産んだ本人も息子を平均点だと評価してるってことだ。親の欲目ってのはないのかな。
「まあでも、ちょうどいいわ」
「なにが?」
「実はあんた、許嫁がいるのよ」
「はあ~~~~?」
平凡な俺の、平凡な人生は、こんなひと言で転がり始めた。
許嫁……?
許嫁って、もしかして、もしかしなくても、婚約者みたいなもんだよな? みたいというより、そのものなんだろうけど、いきなり許嫁の存在を突きつけられた男なんて、この程度は取り乱すだろう。
それにしたって、この平成のご時世に、結婚相手を親が決めるなんて、一般庶民があり得るの? あり得ないよなあ。
「母さん、それ、なんの冗談?」
手に持っていた雑誌をテーブルの上に放り出して、俺は座り直した。対面式のシンクで料理の下ごしらえの手を休めることなく、お袋は平静を保っている。
「冗談なんかじゃないわよ。どうせあんたのことだから、だれが相手でもたいして違わないんでしょう。ならいいじゃない」
「違わないわけないだろ。なに言ってんだよ。だいたい、俺まだ大学生なんだから、結婚なんてあり得ないし……」
「だれがいますぐ結婚しろなんて言ったのよ。婚約よ」
そんなに違わないだろ。いますぐか、あとかの違いじゃないか。
「とにかく、相手くらい自分で探すから、許嫁とか完全に却下だからね」
「ものすご~く可愛い子なのよ。気にならない?」
「ならない」
「ほら、それよ」
それって、なんだよ。勝ち誇ったみたいに、ふんぞり返って。
「普通、年頃の男子大学生が、許嫁がいて、その子が可愛いって訊けば、どんな子か気になるはずじゃない。それが間髪入れずに気にならないって言い切るのは、おかしいわよ。異常よ。非常識よ」
「非常識なのは母さんだろ。だいたい、万が一『気になる』とか言ったら、一気になだれ込んで結納の日取りは……とか決めかねないじゃないか」
そんなトラップに引っかかるほど、俺も伊達に二十一年間、お袋の息子をしてはいないんだ。
「……まさか惣介、あんたホモか不能じゃないでしょうね」
言うに事欠いて、なんて推測をしやがるかな、このおかんは。
「で、どっちなの? 白状しなさい」
ちょっと待て。なんで二者択一なんだよ。
「どっちも違います!」
いい加減、怒鳴りたくなってきたが、あいにくチャイムが鳴ったので、俺は気を削がれた。
「惣介、出てよ。いま手が離せないわ」
今夜のおかずはハンバーグか餃子なんだろうな。お袋の手が、ひき肉の油でテカテカに光っていた。
はじめまして。お読みいただいて、ありがとうございます。
もう少し煮詰めてから投稿したかったのですが、結局、見切り発車です。
できるだけ、2、3日以内に更新していきたいのですが、途中で止まるかも(>_<、)
4日以上間が空くときは、活動報告でお知らせします。
久しぶりのコメディーですけど、読んだ人がコメディーのジャンルに入れてくださるのか、妙に不安な船出です。
お気づきのことなどありましたら、教えていただけると嬉しいです。