第33話
誰だろう?
確かに聞いた事がある声だけど、
誰だったか思い出せない。
視線を上げると、近くを見ていたせいで
視界がかなりぼやけるけれど、
野球部のユニフォームを着た男子が居た。
顔はボヤけていて全然わからなかったけど、
私にはすぐに誰だか分かった。
このクラスに野球部は4人しか居ない。
1人はもっと声が高いし、
1人はもっとぽっちゃりしていて、
もう1人はもっと背が小さい。
あの体格で声の低さは、裕太しかいない。
私はすぐに視線を机の上の名簿へ戻した。
今、会いたくない。
早く出て行ってほしい。
「ねえ、もう俺のこと好きじゃないの?」
裕太の口から、出る言葉。
呆れる事はあっても、びっくりはしなかった。
裕太は何故かと聞くと、メールのときは
コンクールに集中したいと書いてあったからと答えた。
それ、本気にしたんだ。
コンクールに集中したかったのは本当だし、
そんな不安定な感情が演奏に差し障るのも本当。
でも、だからと言って
恋愛のことを考える暇もないわけはないじゃん。
そんな事言ったら、中学生なんて
誰も恋人作ったり恋したりしないでしょ。
変なところ、バカ正直。
まあ、バカ正直なところも好きだったんだけど。
「好き・・・って言ったら、どうするの?」
私にとって、最後の賭けになる言葉だった。
本当はもう好きではないから、
こうやって騙すやり方はよくないって分かってる。
でも、これで向こうも好きと言ってくれたなら、
私が今まで何度も好きと言ったことは
無駄じゃなかったって思えるから。
少しの沈黙が、こんなにも長く感じた。
怖い、怖いよ。
逃げ出したい、泣き出したい。
でも、私はもう十分すぎるほど逃げたから、
もう逃げないことにした。
泣かないように、頑張ってこらえるから、
蓮、少しだけ勇気をちょうだい。




