「言葉が落ちる」と「恋に落ちる」のあいだには
どこから話そうか。
映画『ブレードランナー』の、あの場面。
雨。
夜。
眩暈を誘う超高層アパート。
主人公である「人間」の男と、標的である「人造人間」との死闘。
レプリカントが独白する。
人間に似せて作られた、危険な「まがいもの」の人形が。
彼が見てきたもの。
彼が経験してきたもの。
世界について。
生命について。
残酷について。
運命について。
その独白は、美しい詩のようだ。
レプリカントを「処分」するために闘ってきたはずの主人公。
いま、彼の中で、なにかが起こっている。
観客である私の中でも、なにかが起こってしまっている。
私の中からは生まれてくることがないかもしれない「美しいもの」。
それが、「人間に似せたつくりもの」から生まれ落ちる。
私の中に、畏怖する心がある。
レプリカントという、ある意味で「いかがわしい」存在が。
なぜ、主人公の心を、私の心を震わせるのか。
◇
AI小説のことだ。
実務の議論では、AIはこう扱われている。
AIをどう規制するか。
AI利用をどこまで認めるか。
AI作品をどう表示するか。
AI作品は公募で受け付けるべきか。
ここではAIは、管理の対象だ。
ルールを適用すべき客体。
徹底的に、他者。
『ブレードランナー』で、人びとがレプリカントに対するときの態度に似ている。
私は、「実務の議論」とはまったく違うことについて書こうとしている。
「生成AIが書いた小説に『ありがち』な文言」について。
「沈黙が落ちる」
「空気が変わった」
「これでいい」
「場を整える」
「圧倒的な」
「絶対零度」
「それは●●ではなかった。○○だった」
みんなが、揶揄するように笑う。
人間のまねごとをしようとして、おかしなふるまいをする、まがいものの知性。
AIに対するまなざしには、そのようなものが含まれているのだろう。
だけど、AI小説に特徴的な言い回しの中に、ときたま、私の心を強く惹きつけるものがある。
「言葉が落ちる」
生成AI特有の、翻訳調な出力癖。
英語で思考した結果を日本語の語彙に写像しようとして、どこかズレてしまった言い回し。
「言葉は、落ちるものじゃない」
「日本語としておかしいだろ」
そんな声が聞こえてくる。
私は、明治時代にさかんに起こった、翻訳語の誕生を連想する。
「恋に落ちる」という言葉。
これは、最初は不自然な翻訳語として登場した。
英語特有の「恋に落ちる(Fall In Love)」というフレーズの直訳。
それまでの日本語には存在しなかった不自然な言い回しに、みな、戸惑ったことだろう。
やがて日本人は、「恋とは、(誰かと)落ちるもの」という「感覚」「感性」を受け取り、内面化していった。
「恋に落ちる」という言葉によって、日本語と日本人の感受性は拡張されたと思う。
不自然だからといって、その言葉が、未来の日本語にならないとは限らない。
それと同じ可能性と美を、「言葉が落ちる」に感じている。
「落ちる」
高低差がある状態。
力のある者が、下に向けて発語する。
発語者の「権力」の匂い。
勾配がある状態。
位置エネルギー。
「そこに言葉を落としていって、あとをかえりみない」感覚。
重力を感じさせる。
誰にも止められない。
空気が変わる。
関係の非対称性。
不可逆な現象が起きたかのようなニュアンス。
判決。
宣告。
勅命。
一方的通告。
いままで知らなかったニュアンスが生まれる。
たとえば。
小説のある場面。
ヒロインが絶望しそうな瞬間。
ライバルの悪役令嬢の酷薄な言葉が、ヒロインの細い首筋めがけて発語されるとき。
「言葉が、落ちた」と書かれる。
そこで、ヒロインの運命が確定する。
読んで、私の心は、震えてとろけそうになる。
◇
レプリカントを見て、人間が涙を流す。
だったら、「人間らしさ」とは何なのか。
AIが文章を書いて、人間が感動した。
だったら、「小説」とは何なのか。
レプリカントを「排除すべき存在」として見るなら、それはつまり、管理の対象だ。
危険か。
危険ではないか。
私たち人間との違いを識別できるか。
できないか。
それなのに。
レプリカントが語る独白を聞いた瞬間。
観客は「レプリカントをどう処理するか」を忘れてしまう。
かわりに、
「私はなぜ、この存在に心を動かされてしまったのか」
という問いを抱える。
こうなっては、もう、いけない。
いまこの瞬間、レプリカントは「管理」の対象ではない。
私たちは、自分に問うている。
美しさとは何か。
知性とは何か。
作者とは何か。
人間は何に畏れ、何に美を感じ、何を知性と呼びたくなるのか。
かれらは、ときどき、星屑のように美しいものを、私たちに差し出してくる。
AIが美しい言葉を紡いだとき、その美しさはAIのものなのか。
それとも、その美しさを感じ取った私たち人間のものなのか。
AIに知性があるのか、私にはまだわからない。
けれど、AIが紡いだ言葉の前で、私の心が震えたことは否定できない。
これを、なかったことにはできない。
ごまかせない。
その震えが、どこから来たのかを考え始める。
それはAIについてではなく、人間について考える、ということなのだろう。




