18.再会、そして、はじめまして
早朝、ユージアが目覚めると、隣でカシューが眠っていた。壁に背を預けて座ったまま、翼を畳んで、腕を組んで。ベッドで寝ろと言ったのは誰だったか。
台所からことことと音がする。ミルアはもう起きているらしい。
「起きた?顔を洗っておいで。朝ごはんすぐだから」
ミルアの声が飛んできた。昨日メモした紙が、テーブルの上に綺麗に並べてある。Ne danĝero。Ne timu。Dankon。Mi estas Mirua。ミルアの几帳面な文字。
これから、昨日の門から外へ出て、リューズたちに会う。金貨を渡して、楔のことを説明して、一緒に来てほしいと頼む。
考えれば考えるほど、ユージアのお腹の底がきゅっと緊張した。
顔を洗って戻ると、テーブルの上に湯気の立つ粥が並んでいた。蜂蜜と木の実が乗っている。ミルアの朝ごはんだ。
カシューはいつの間にか起きていて、壁際で翼を伸ばしている。寝違えたのか首をごきごき鳴らしていた。
「……食ったら行くぞ」
粥を平らげながら、カシューが言った。声は低く、目が据わっている。覚悟を決めた目だ。
ミルアが外套を羽織った。深い緑の布が翼と尾を……隠していない。裾から鷲羽の先端がはみ出している。そもそも翼を隠す必要がこれまでなかったのだ。
「……外に出たら、もっとちゃんと隠さないと」
「オレ無理だろ。いろいろでかいし」
「一番大きい外套を長老に借りたの。ほら」
ミルアが濃い灰色の外套をカシューに投げた。カシューはその古びた布の塊を広げて、顔をしかめた。
「……ダサい」
「命と見た目、どっちが大事?」
「…………」
カシューは無言で袖を通す。角をフードで隠して翼を収めるが、布地は翼の分上へ引っ張られ、竜の立派な尾が丸見えだった。
「どう考えても無理があるだろ……」
「……我慢なさい」
ユージアにはリューズが貸してくれた外套があった。十分すぎるほどブカブカで、フードを深く被れば巻き角も隠れる。手首のモコモコの毛も袖の中に収まる。
共鳴石を懐にしまい直し、革袋の金貨は腰に結ぶ。ずしりと重い。長老が託してくれた、人間との約束のための重さだ。
「さあ。行こう」
数日前にピクニックをした丘を横目に北へ進む。朝の森の中を進んでいく。光の粒が木漏れ日となって足元に散らばる。北へ。あの石柱の門へ。
「……あいつら、どこにいるんだろうな」
カシューが呟いた。珍しく不安そうな声だった。何をするにも、リューズたちを見つけないことには始まらない。
「律儀そうだったから、心配して見に来てるかもしれないわね」
足元で枯葉が音を立て、三人分の足音が重なった。やがて木々の隙間から見覚えのある石柱が見えてきた。古い文字の刻まれた、苔むした石。結界の境い目だ。
そして、石柱の向こう側に人影があった。
「……いやがる」
カシューの声が低く硬くなった。本能的に、ユージアの前に半歩出た。
石柱の外側で、リューズが腰を下ろしていた。石柱に背を預けている。隣にラティアの水色の髪。少し離れてジェドが地図を広げている。
三人とも、様子を見るために残ってくれたんだ。
結界の際まで駆け寄った。
「Rjuzu!」
リューズの顔がぱっと上がった。石柱から背を離し、立ち上がる。その動作一つで、心配してくれていたのだとわかった。
「Juzia!」
日焼けした顔に安堵が広がった。
「Ho, Juzia! Vi estas sana!」
ラティアが飛び跳ねるように立ち上がった。結界越しにユージアの顔を覗き込む。水色の髪が揺れる。目が潤んでいる。泣きそうだ。
「...Bone. Vi ŝajnas ne esti vundita.」
ジェドが地図を畳みながら、ぼそりと呟いた。表情は変わらないが、肩の力が抜けたのが見えた。
「……っ」
カシューがユージアの後ろで息を呑んだ。ニンゲンを落ち着いて見るのはこれが初めてだからだろう。ユージアの肩越しに三人を睨んでいる。全身が強張っている。尾が外套の下でばたばたと暴れている。
「...Ho.」
リューズの目が、ユージアの後ろに移った。フードの奥から覗く金色の瞳と目が合う。一瞬、リューズの手が剣の柄に伸びかけて、止まった。
「Viaj amikoj?」
確認するようにユージアに問いかける。リューズの声は穏やかだ。落ち着いている。
「……ユージア。あの大きいのがリューズ?」
ミルアが背後から囁いた。声が少し上擦っている。緊張しているのだ、ミルアでさえ。
「ne danĝero。合ってる?」
小さく、結界越しに。ミルアがニンゲンの言葉を口にした。ぎこちなく、でもはっきりと。
ラティアが目を丸くした。リューズが片眉を上げた。ジェドの地図を畳む手が止まった。
「...! Ŝi parolas!」
ラティアが口元を両手で覆った。驚きと喜びが混ざった顔。
カシューが低く唸った。外套の下で翼が膨らんでいる。威嚇だ。ユージアの腕をぐいっと掴んだ。
「おい、近づきすぎるな」
ユージアは笑いながらカシューの手を引いて前に出した。
「li estas Kaŝu!」
カシューが目を剥いた。引きずられるように踏み出し、フードがずれて、黒い角の先端が朝日に鈍く光った。
「おっ、おい、ユージア!」
カシューの金色の瞳がリューズを睨みつけた。だが結界がある。薄い膜のような光が二人の間に揺らめいていて、触れることはできない。
リューズの視線がカシューの角に留まった。それから、その強張った顔へ。驚きはある。だが恐怖はない。ただ静かに、興味深そうに見つめている。
「...Ka...ŝu. Kaŝu.」
リューズがその名前を繰り返した。そして結界越しに、開いた掌をこちらへ向けた。手には細かな傷が沢山あった。
「……なんだよ。何してんだあいつ」
「挨拶よ。敵意がないって示してるの」
ミルアが囁いた。カシューが鼻を鳴らす。結界があるから手は届かない。だが、カシューも同じように掌を上げた。ぎこちなく。指先が震えている。
リューズがふっと笑った。結界越しでも伝わる、穏やかな笑みだった。
「Kaj ŝi estas...?」
ラティアが背後のミルアを覗き込んだ。ミルアがすっと前に出て、自らフードを下ろす。赤い髪が風に流れ、緑の羽が朝の光を受けて鮮やかに輝いた。
「Mi estas Mirua.」
昨日まで知らなかった言語のはずなのに、物怖じしない堂々とした言葉だった。ラティアが両手で口元を覆った。
「Bela...!」
「...Tri da ili.」
ジェドが低く呟いた。畳んだ地図を胸に抱いたまま、こちらを観察している。
リューズがユージアに向き直った。茶色の瞳が真剣だ。
「Juzia. Kio okazas?」
何があった?なぜ戻った?なぜ仲間を連れている?そんな疑問が、怪訝な顔と、その短い問いかけに全部が詰まっているようだった。
ユージアは腰の革袋に手を触れた。ずしりとした金貨の重み。長老の言葉が蘇る。ニンゲンとの約束は、金で結ぶのが一番確かじゃ、と。
ユージアも困った顔をリューズに返した。
さあ、どう伝えよう。
※夕方更新で次ページにキャラクター紹介を挟みます
※本編は変わらず明日朝更新です




