黒い害虫掃討作戦
スチュアートリア帝国東部の基地・駐屯地の巡視を終えたアラン帝国軍総司令官がシオン参謀長とオスカー近衛騎士団長を従えて軍本部に帰還した。
同じく帝国西部の基地・駐屯地の巡視に向かっているウィリアム元帥とその一行は、まだ帰還していなかった。
ウィリアム殿下は、ブルーフォレスト辺境伯と共に帝国南西部を回っていた。
スチュア・トロア大陸西部には、帝国と隣接する4ヶ国が存在する。
そのうちのブロッサン国とエド・ロアとの国境を接する地域はブルーフォレスト辺境伯領であった。
残りのマニ・トバールとパドラルとの国境沿いは、コルティナール山脈が連なっており、その麓には深い森が広がっていた。
この2カ国から陸路で帝国に入国するには、それらの険しい自然の要塞のような山を越えて来るしかない。
そして、そのコルティナール山脈を越えた地には、帝国軍のルイスガードナー基地があった。
ルイスガードナー基地の司令官は、この一帯の領地を治めているベンジャミン・シャイロック・シルバー・ベイリー伯爵、セントキャロル海軍基地の司令官は息子のフレデリック・コンティ・シルバー・ベイリー大佐であった。
父のシルバー・ベイリー伯爵は、ブルーフォレスト辺境伯の戦友であり、お互いの祖父の時代から共に帝国西部を守って来た仲である。
ウィリアム統括元帥のルイスガードナー基地の巡視に伴ったブルーフォレスト辺境伯は、久しぶり会うシルバー・ベイリー伯爵と固い握手をして言った。
「久しぶりに忙しくなりそうだな、ベン」
と、ブルーフォレスト辺境伯が言うと、シルバー・ベイリー伯爵も
「ああ、プルース。こういう時こそ我々が帝国のお役に立てる時だからな」
と、言った。
すると、その後ろからウィリアムが顔をひょっこりと出して言った。
「私も居るぞ!ベイリー伯」
シルバー・ベイリー伯爵は、アランの父のラファエル皇帝の頃、ウィリアムとアランの侍従長をしていたのである。
「おお、若2号!お元気でしたか!」
と、シルバー・ベイリー伯爵は目を細めて言った。
「もう、若でも無いし、2号でもないぞ?もう225歳の帝国軍元帥だ!」
と、言いながらウィリアムはベイリー伯を抱きしめた。
「若1号はお元気ですか?」
「アランも元気だ。今は東に飛んでる」
と、ウィリアムが言うと
「そういえば、辺境伯家の金鱗竜で空軍設立を計画しているとか?」
と、ベイリー伯は辺境伯を横目で見ながら言った。
「そうだ。今は、辺境伯家の金鱗竜部隊を借りているが、目標は鋼竜で、帝国空軍部隊を作るのが目標だ」
と、ウィリアムが言った。
するとベイリー伯爵がすかさず
「空軍が正式に設立された暁には、我がルイスガードナー基地への配備もお願いします」
と、言った。
「もちろんだ。コルティナール山脈面したこの厳しい自然の中の国境、そして海の安全も守り続けてくれているシルバー・ベイリー伯爵領地の警備に役立て欲しい」
と、ウィリアムが言うと
「いつでも、うちの竜部隊を貸し出すから遠慮なく言ってくれ」
と、ブルーフォレスト辺境伯も言った。
「ああ、平時は全く問題ないが、これからは頼ることになるかもしれん」
「その時はよろしく頼む!」
と、ベイリー伯は力強く言った。
「ところで…」
と、辺境伯が先程までの和やかな雰囲気と変わって厳しい口調で言った。
「パドラルからの入国者が増えているというのは本当か?」
「ああ、ここ1年くらいで急に増えた」
「陸路から来る者も居るが、ほとんどが航路で小さな船で密入国しようとしている」
ベイリー伯も真顔になって答えた。
「入国の目的は?」
と、ウィリアムも密入国者と耳にしは聞き捨てならぬというように尋ねた。
「移住希望者がほとんどです」
スチュアートリア帝国への移住に関しては、各領地の領主の判断にゆだねられている。
「パドラルは、貧困国では無いはずだし、今年は異常気象による水不足や作物の不作は無かったはずだが?」
広大なスチュアートリア帝国内でも近年は天候不順等による作物の不作の報告は受けていない。
ウィリアムはパドラルからの移民希望者の増加に疑念を持っていた。
「そうなんですが、スチュアートリア帝国に住みたいと家族で入国希望する者ばかりですので、とにかく慎重に身元調査をして当領民として受け入れるか吟味しております」
移住に関しては、各領地の領主の判断によるとはいえ、やはり皇太子としては気になるところである。
「受け入れ拒否した者はどうしているのだ?」
「帝国軍の船に乗せてパドラルに送り返しておりますが、懲りずに何度も来る者いるようです」
ここで、今回の巡視の目的についてウィリアムが切り出した。
「シルバー・ベイリー伯爵領地の『大黒主神教』の動きはどうなのだ?」
皇帝とウィリアムの予知能力のあるふたりの予知によると、今回の一番気になる地域のひとつがこの西南部なのである。
「ええ、これがまた驚くほどに、2拠点も大きな教会がありました。Black Mageはいないようですが、黒魔術師が数名いるのを確認しています。そして、信者の数もそれぞれ各100名以上はいるようです」
「それは、ずいぶんな数になるな」
ベイリー伯からの報告を受けて辺境伯もウィリアムもその数に驚いていた。
「アランによると、信者は魔術で洗脳されているようで、呪術を維持する為に、黒魔法がかけられた水たばこと葉巻が使用されているらしい」
ウィリアムは、さきほど皇帝の使徒であるローガンから伝えられた、アランからの最新情報をベイリー伯にも伝えた。
「なるほど、その水たばこや葉巻の摂取を止めさせれば洗脳が解けるわけですか?」
と、ベイリー伯はウィリアムに尋ねた。
「いや、アランの話では接種を止めても完全に洗脳魔法が解けるまでは時間がかかるようなので、最終的には解呪術を施す必要があるようだ。そのマニアルについては、シオン参謀長から各領主に連絡があるはずだ」
と、ベイリー伯の質問に答えたウィリアムは続けて言った。
「ここに来て私の予知能力が強くなって来たように思うのだが、今回のBlack Mageとの闘いは、専ら帝都と、この西部地区が中心になると思われる。Black Mageの人数はそう多くない。その分、大黒主神教という宗教を使い、黒魔術による洗脳で信徒を増やし、彼らを自分たちの手先として利用していると思われる」
ウィリアムの言葉を聞いてベイリー伯は嬉しそうに言った。
「若の久しぶりの予知!いたみいります」
「ベイリー伯。なんだ、それは?褒めているのか?」
と、ウィリアムは照れくさそうに言った。
「もちろんです!しかし、若の予知によりますと益々我々も頑張らないとですな」
と、ベイリー伯は、侍従長だった時の気分に戻ったように言った。
「ああ、よろしく頼む」
ウィリアムは、ベイリー伯の気持ちは嬉しかったが、今回は気を緩めるわけにはいかないので、統括元帥とて気を引き締めて言った。
「我々が帝都の軍本部に戻り次第、帝国全土に一斉に討伐作戦の指令が出るはずだ。辺境伯、ベイリー伯、ぬかりのないように頼む!」
もちろん、帝国の危機であることを理解しているベイリー伯は、ウィリアムの皇太子、統括元帥としての言葉を受けて
「心得ております」
と、言った。
「アラン様と皇帝陛下にもよろしくお伝えください」
との言葉を添えて。
こうして、ウィリアム皇太子は西の巡視を終え、帝都のロス・トロア宮殿に戻った。
宮殿の奥にある会議室には、ウィリアム、アランの他に宰相を初めとする帝国の重臣たちが集まっていた。
アレクサンドル皇帝が家臣たちに向かって言った。
「諸君、いよいよ我が帝国を内から蝕もうとする害虫駆除をする時が来た」
「この数ヶ月、皆が一致団結して詳細な情報を集め、適切な対応をしてくれたおかげで、帝国内の黒い害虫掃討作戦を決行することができる」
「そして、私とウィリアムの予知は一致している」
「今回の決戦の地は西部と帝都周辺だ。我が帝国の民を脅かす害虫の巣はそこに集中している」
「他の地区も少なからず汚染はされているようだから、皆ぬかりのないように頼む」
皇帝は家臣に達に作戦の決行の準備が出来たことを伝えると、
「では、ヴァイオレット・フィールド参謀長、作戦を皆に伝えてくれ」
と、シオンに作戦について説明するように求めた。
シオンは、皇帝の命を受け、帝国の各領地から集められた情報を取りまとめたデータから導き出された現状分析結果を報告し、作戦についての詳細を語った。
そして、最後にこう付け加えた。
「一匹も逃さぬように一網打尽にする!」
「この作戦の成功の要は、各領地で一斉に作戦を実行することです」
シオンの説明を聞いて皇帝が続けて言った。
「シオン参謀の言う通り、帝国内に潜む黒魔術師とその仲間を一斉に摘発し捕縛するには、作戦決行のタイミングを一致させねばならない」
「準備は良いか?アラン総司令官?」
と、軍を実質統括しているアラン総司令官に確認した。
「はい、各基地の準備は既に整っております」
「後は作戦決行の日時を知らせるだけです」
「この会議が終わり次第、各基地への伝令を飛ばします!」
と、アランが答えた。
「それでは、決行を明後日早朝。夜明けと共に一斉に開始とします」
と、シオン参謀長が言った。
「では皆の者、心してかかってくれ!」
と、言う皇帝の言葉で解散となった。
アランとウィリアムは、皇太子執務室に戻り、ふたりだけで話していた。
「久しぶりにベイリー伯に会って来た。若1号によろしくと言っていたぞ」
とウィリアムが言った。
「ベイリー伯も相変わらずだな。もう、俺たちも若という年齢では無いのにな」
と、アランも笑いながら答えた。
「だが、今回はベイリー伯の領地内が一番大変そうだな」
と、ベイリー伯がおかれている状況を思いやって言った。
「そうなんだ。シルバー・ベイリー伯爵領は、パドラルと隣接しているからな」
「シルバーコルティナール山脈がそびえているとはいえ、やはり密入国者や移民希望者が絶えないらしい」
と、ウィリアムも・ベイリー伯爵の苦労を予見して言った。
「ノアが言っていたが、パドラルの大黒主神教の影響もあるのだろう」
と、アランはノアから聞いたパドラルの大黒主神教教会について考えていた。
「しかし、帝国内の大黒主神教を一網打尽にしたとしても、隣国の大黒主神教までは手は出せないからなぁ」
ウィリアムもアランの考えていることを理解していた。
「問題はそこだな」
「一旦、帝国内の害虫駆除を終わらせたとして、隣国の害虫の巣をそのままにしておいたら同じことの繰り返しだ」
帝国内の大黒主神教の施設を一斉摘発し、黒魔術師を一掃したとしても、隣接する国にBlack Mageが潜んでおり、再び黒魔術師を使って帝国内に新たな組織を作り侵略を企てられたなら、同じことを繰り返すだけとなる。
「その後をどうするかだな」
と、ウィリアムもそれを心配していた。
「ブロッサン国には恩を売ってあるから、外交レベルの話し合いで介入することも可能だろう」
ブロッサン国は、Black Mageにより二回も国を乗っ取られそうになったことがある。
その二回とも、アランの父ラファエル前皇帝と、ウィリアムの父アレクサンドル現皇帝に寸でのところで救われている。
それ以来、ブロッサン国は帝国への恩義を忘れず友好国となっている。
「問題はパドラルだなぁ。あの国には、国と言っても国家の形態をなしていない」
「いっそ帝国内に取り込んでしまうか?」
「はたまた、パドラルを国としての形づくりに手を貸すかだな」
パドラルは、国と言うには未熟な国家形態であり、小さな国が集まった集合体のような国で、統一された一国家の体を成していなかった。
「そこは難しい問題だ」
と、ウィリアムの言葉にアランは同意し兼ねながら
「まずは、帝国内の害虫駆除をしてから、パドラルの内情を調べて考えるしかないな」
「ああ、ノアにも情報提供をして貰おう」
と、言ってこの課題は帝国内の害虫駆除の後の課題だなと考えていた。
そして、いよいよ「帝国内の黒い害虫掃討作戦」が決行される日となった。
この日は、平日で帝国民はいつもの日の朝を迎えていた。
各地の帝国軍基地のWhite Mage騎士を中心に一斉に『大黒主神教』の関連施設に突入した。
黒魔術師や魔導士と思われる者に対しては、White Mage騎士やHoly Mage騎士が対応し、それぞれの魔術を封じて捕縛した。
魔導士レベルの者は、魔法を使うためには魔法杖や魔導書、その他の魔法道具を使ったり、詠唱を唱えたりしないと魔法を使うことが出来ない。
しかし、Holy Mageは、神聖力で術を使えるので全く抵抗するする間も無く捕縛されて行った。
White MageはBlack Mageとは異なり、専ら攻撃的な魔法より防衛に徹することになるが、ほとんどの大黒主神教施設に居るのは黒魔術師か魔導士レベルだったので、彼らの魔法を封じ他の騎士が闘うという連携で、全く苦戦することも無く全て作戦通りだった。
魔術で洗脳されて凶暴化した一般の信者たちに対しては、White Mageや白魔術師の騎士達が解呪の魔法を使いって洗脳の呪いを解き、一旦基地に連行して行った。
帝都内の各地でも「黒い害虫掃討作戦」が夜明けと共に決行されていた。
もちろん、あのピート・ループ達がいるレイマーシャロル地区の大黒主神教施設でも実施された。
今回は、トゥルリーやマリアは、実行部隊に選ばれずおとなしく帝国神聖力術士養成大学内で作戦の成功を祈っていた。
帝都内の各地区に点在する大黒主神教施設ではあったが、信者の数は多いものの実際に仕切っているBlack Mageの手先の者は数名ずつしかいないと判明していたので、今回はHoly Mageのふたりの出番は無かったのである。
朝霧が立ち込めるレイマーシャロル地区の裏通り。
その一角にある大黒主神教教会施設。
事前の調査で、ここには黒魔術師1名とその部下らしき者が数名、そして洗脳された信者が数十名居るとのことだった。
この地区の担当を任されたのは、帝国軍近衛騎士団第3部隊。
隊長はオスカーだった。
オスカーは、Holy Mageとしても優秀だったので、他の騎士は一般の騎士だけだったが何の問題も無かった。
まず、裏口から突入し、寝ている者たちを片っ端から縛り上げた。
黒魔術で洗脳されている者たちは抵抗する間もなく捕縛されたが、とっさに逃げようと機敏な動きをする者がいた。
オスカーはすぐにその者たちが黒魔術師と仲間であることを察し、行く手を阻むように神聖力でベッドを倒して出口へ向かう道を塞いだ。
それと、同時に窓の鎧戸を閉め、窓からの逃亡を防いだ。
「おのれ!」
と、ダボシムが魔法の杖を使って攻撃の魔法を繰り出して来た。
オスカーはすかさず聖剣を抜いて、その攻撃をはねのけた。
ダボシムがオスカーと闘っている隙に逃げようとしたピートとスティビーに気づいたオスカーは、物体操作の魔法で下に落ちている毛布を空中に持ち上げると、ふたりをミイラのように包んで動けなくした。
そこへ、オスカーの部下の騎士達が来てふたりを毛布の上から縄で縛って連行して行った。
「もう、お前ひとりだけだぞ。観念しろ!」
と、オスカーが言うとダボシムは杖を振りかざしながら詠唱を唱えた。
すると、杖から炎が渦巻きのように回転しながらオスカーに襲って来た。
オスカーは聖剣をダボシムの方へ向けると、氷の柱のようなものが現れ、その炎の渦を跳ね返した。
跳ね返された炎をまともに食らったダボシムは
「ぎゃ~!あつい!」と言いながら床に転がった。
オスカーはすぐに水の魔法でダボシムの火を消し止めて部下に言った。
「この男も連行しろ」!
部下の騎士達に連行されるダボシムの焼けただれた肌を見たオスカーは
「ちょっと待て」
と、言ってヒーリングの魔法で表面のやけどを治療して言った。
「これで、縄で縛っても痛みは感じないだろう。後で、White Mageの者にやけどの治療をするように伝えてくれ」
そして、再びダボシムを見ながら言った。
「二度と妹を誘拐しようなんて思うなよ?」
ダボシムは情けない顔をして
「ううっっ」と、声にならない言葉を発した。
こうして、夜明けと共に帝国内の各地で一斉に実施された「黒い害虫掃討作戦」は、帝国内全ての領地で、昼前に全て終了した。




