帝国軍の総力結集「Black Mage包囲網」
アランは、シオン参謀長と共に、帝国神聖力術士養成大学への巡視を終えると間を置かずに、帝国各地にある帝国陸軍基地または駐屯地への巡視を実施した。
今回の巡視には、ヴァイオレット・フィールド帝国軍参謀長と、ブルーフォレスト近衛騎士隊長が伴っていた。
「閣下、これから各基地への巡視の旅ですね」
と、シオン・ミッシェル・ヴァイオレット・フィールド参謀長は、ため息交じりに言った。
「俺との同行が嫌なら、軍本部の参謀室で待機してくれれても良いぞ?シオン」
と、言われたシオン参謀長は、慌てて否定するように言った。
「とんでもございません。アラン様と同行できるなんて光栄です」
シオンの言葉を聞いて、アランは笑いながら言った。
「インドア派のお前を外へ引きずり回すのは心苦しいが、今回はシオンにも実際に現場の様子を知っておいて欲しいのだ。すまんな」
今回の巡視の目的は、各地の『大黒主神教』組織と黒魔術師の動きと現状を知ること。
それをBlack Mage掃討作戦に活かすのが目的だった。
スチュアートリア帝国の軍事作戦を担っているのは帝国軍参謀室である。
その参謀室を統括し、帝国軍の頭脳とも言えるのが、アランの幼馴染でもあるシオン参謀室長なのである。
帝国内部へのBlack Mageの脅威が増していることに危機感を感じているアラン達帝国軍は、Black Mage掃討作戦の実施を急ぎたかった。
だが、それには帝国内全土の状況を正確に把握し、可能な限り各地で一斉に作戦を開始したいと計画していた。
「はい。今回の閣下の巡視のお供は、参謀の私にとって当然の役目だと心得ております。ただ…」
と、シオンは部下に足上げの補助をされ、金鱗竜に乗り込みながら言った。
「この乗り物には、まだ慣れていませんもので…」
今回の各地方基地への巡視に役立ったのは、ブルーフォレスト辺境伯家から派遣して貰った金鱗竜部隊だった。
Holy Mageは常人の数倍の速さで移動が可能であるが、やはり山野を越えなければならない陸路と、竜の背に乗っての空からの移動では雲泥の差がある。
さらに神聖力を使うことにより、陸路の10倍以上の速さで移動できた。
「では、シオンは馬を乗り継いで陸路で行くか?」
シオン参謀長も優れたHoly Mageなので神聖力による加速で、常人の数倍の速さでの移動は可能である。
しかし、空路での移動には劣ることをシオンも十分に認識している。
「いえいえ。竜臭さにさえ耐えれば、乗り心地は馬より良いです」
と、片手のハンカチを鼻に添えて言った。
ちなみに、彼は匂いフェチで、いつも良い香りのするハンカチを持っている。
「シオンか匂いに敏感なのは相変わらずだな。いつかその臭覚が役立つ時も来るかもだな?」
と、アランは笑いながら言った。
「アラン様の匂いは、今でもわかりますよ?」
と、言うシオンの言葉にアランの笑顔が苦笑いに変わった。
「おいおい、やめてくれるよ~」
と、言いながらアランは、竜の手綱を握り空に舞い上がった。
上空の会話はHoly Mage同士、精神感応で行われた。
「まずは、東部から巡回ですね」
と、オスカーがアランに尋ねた。
「そうだ。まずは、レッドリオン公国以外の東部基地と駐屯地から回る」
と、アランが答えた。
レッドリオン公国はアラン自身が直接視察した際にBlack Mageの気配が感じられなかったので、その他の地域を回ることした。
ちなみに、レッドリオン公国内はアランの父であるラファエル大公が引き続き巡視している。
「西部の基地と駐屯地は、君の父上であるブルーフォレスト辺境伯に伴われてウィリアム殿下が回ってくれることとなっている」
西部に関しては、ブルーフォレスト辺境伯領が国境地を守っている。
ウィリアム殿下もアラン同様にBlack Mage掃討と作戦の実施を急ぎたいと考えていた。
軍の総司令官であるレッドリオン閣下や、軍統括元帥でもあるウィリアム皇太子が閣下直々間巡視と声掛けで各基地の騎士達の士気も大いに盛り上がる。
そして、一致団結してBlack Mageからスチュアートリア帝国を守り抜こうという気持ちが高まっていた。
前回アランの『魔の森』の魔物を討伐後、ブルーフォレスト領内の『大黒主神教』の拠点が一斉摘発されて関係者が全て捕縛されていた。
おかげで、アラン達も実態が掴めていなかったBlack Mage達が、パドラルから数年前に帝国内に侵入したらしいこと、隠れ蓑的存在となっている『大黒主神教』という宗教組織について知ることができた。
ただ、辺境伯領内の大黒主神教施設に居た者は、魔力を持たない一般の信者や魔導士レベルにも満たない者たちだった。
中には、黒魔術により洗脳されている一般の信者者たちも多かった。
ウィリアム皇太子は、オスカーの父であるプルース・カイザー・ブルーフォレスト辺境伯と共に西部駐屯地・基地を巡視していた。
「辺境伯領内の『大黒主神教』施設は壊滅したのだろうか?不気味なほど動きがないな」
と、ウィリアム殿下が言った。
「前回の辺境伯家の捜索で、領内の『大黒主神教』関連者は領外に逃げてしまったのだろうか?」
「おそらくは、そうだと思われます」
と、ブルーフォレスト辺境伯が答えた。
「では、まずは辺境伯と隣接する南部の地域の基地と駐屯地から回るとしよう」
と、言うウィリアムの言葉に辺境伯は答えた。
「そう致しましょう」
ウィリアム元帥に付き従うのはブルーフォレスト家の金鱗竜部隊と帝国軍の空軍騎士近衛騎士たちであった。
アランの同行者がシオンとオスカーの二名なのに対し、ウィリアム殿下の視察部隊が大部隊なのは、ウィリアム元帥が皇太子であるということもがあるが、西側の諸国に居るかもしれないBlack Mageへの牽制の意味もあった。
「殿下、ここ数ヶ月の間に、我が辺境領内の領民から色々な情報がもたらされております」
と、ブルーフォレスト辺境伯が言った。
「それは有難い」
と、言ってウィリウムは辺境伯からの報告を聞いた。
スチュアートリア帝国内には、地元に根差した様々な宗教があるが、いずれの宗教組織にとっても大黒主神教による迫害があり非常に迷惑している状況だった。
そんな個々の宗教組織の者たちも全面的に帝国軍に協力し情報をもたらしてくれていた。
スチュアートリア帝国の皇帝は、宗教は人の心を支えるものであり、他者を害し、金銭を得ることを目的とするものを宗教とは認めていない。
ゆえに、金銭目的の魔術による癒しや未来予知を禁止している。
これらの法を破ったものは、捕縛され、終身捕囚となるか国外退去処分となる。
しかし、ほとんどのスチュアートリア帝国内の宗教は、その法を犯すような活動はしておらず、皆それらを心の支えにしているだけであった。
一般の国民にはHoly Mageの存在も神聖力についても伏せられている。
彼らがもし、それを公表し利用していたなら確実に皇帝を神とする宗教が生まれているに違いなかった。
しかし、魂が優れており、今の生を次の星への通過と位置付けているいるHoly Mage達は、自分を神とする事を望まない。
神格化されることにより国民の心を縛らなくても統治する能力があり、国民の生活と幸せを守る能力を備えていると自負していたからだ。
また、皇帝に従うHoly Mageの貴族たちも同様であった。
それが、この国の基盤であることは間違いなかった。
そんな成熟した国家に対して、何度も挑むBlack Mage達を彼らが害虫と呼野も無理はない。
そんなHoly Mageを領主や皇帝に頂く国民も彼らを敬愛していた。
ブルーフォレスト辺境伯は言った。
「領民たちの話によると、エド・ロアから入国してくる商人は普段と変わらないそうなのですが、パドラルからの者に少し違和感があるとのことです」
「パドラルからの入国者も厳しく検閲をしているはずだが」
辺境伯の言葉に対してウィリアム殿下が言うと
「はい、検閲は厳しくしていると思われます。その違和感がなんなのかを調べる必要がありますな」
「では、まずそちら訪問から巡視して行こう」
と、言ってウィリウム殿下と辺境伯一団は金鱗竜に乗って、ブルーフォレスト城から飛び立った。
同じころ、アラン達も、各地で捕囚となっている『大黒主神教』関連者に面会し、聞き取りを行った。
それにより、捕縛された者のほとんどの者が黒魔術師見習いレベルであり、
中には洗脳されているだけの者も多かった。
「お前は、どうして大黒主神教の信者になったのだ?」
と、捕囚徒のひとりに尋ねた。
「えっと、あの…最初は未来を占って貰えるというので言ったんです。そのうち、無料で悩み相談にものって貰えるというので通っているうちに信者になってました」
と、男は力なく答えた。
「そうか、よく話してくれた」
と、アランは優しくその男に言った。
「それで、『大黒主神教』の信者になって良かったか?」
と、アランが続けて質問した。
男は、相手が軍の偉い人と聞いていて恐縮していたが、優しい声掛けに少し安心したように言った。
「教会で皆と水たばこを吸うと気分が爽快になって元気が出るんです。あと、同じ効果のある葉巻も貰えるんです。それが欲しくて通ってました。ただ、それだけです」
「お前は、それが無いと元気が出ないのか?幸せな気分にはなれないのか?」
と、アランが尋ねると男は
「いいえ、そんなものが無くても元気になれますし、幸せな気分になれます。でも、なぜか病みつきになっていて、あの水たばこや葉巻を吸わないとイライラするようになってました」
「最初は、単に占いに興味があっただけなんだ。でも、どんどん洗脳されて家族にも迷惑をかけたと思っている」
と、後悔しているように言った。
「もう、水たばこや葉巻が無くても大丈夫そうか?」
と、アランが尋ねると男は言った。
「もう大丈夫だと思います。でも、まだ自信がありません」
と、うなだれた男を見てアランが言った。
「俺は、アラン・クレオ・ハイデルベルト・レッドリオンだ。人は俺をGrate Mage呼ぶ者もいる。俺に君にかけられている呪いを解呪させてくれるか?」
アランのその言葉に男は腰を抜かしそうになりながら言った。
「えつ、レッドリオン公爵様だったんですか!」
「もし、俺の呪いを完全に解いて貰えるなら、願っても叶っても無いことで…お願いします!!
アランは、男にかけられている呪いを感じとっていたので、その解呪をすることでその呪いに付いて知ろうと思っていた。
「では、俺の目をしっかり見てくれ」
「はい」
アランは、彼の脳内、心の中を覗いて黒魔術に犯されている部分を確認した。
彼が吸わされていた水たばこや葉巻は、黒魔術の呪いを持続させる効果があるようだった。
実際に洗脳されている部分は大きくは無かったので、自然と解呪されるレベルのものだった。
とはいえ、自然解呪まで時間がかかるようだったので、アランの神聖力で完全解呪を施した。
男がアランのオーブである赤い光に包まれると間もなく、彼の中の黒魔術が全て消えた。
「これで大丈夫だ。もう黒魔術の呪いは完全に抜けたし、再びあの葉巻を吸いたいという欲求も無くなるだろう」
と、アランが言うと、男は号泣しながらアランに礼を言った。
「レッドリオン公爵様、ありがとうございます」
「家族の元に戻ったら、日々の幸せを大切にな」
と、アランが言うと男はそれ以上言葉にならず号泣していた。
アランは、男との面会を終えて、シオンに言った。
「White Mageでも解呪できるレベルの稚拙な黒魔術だが、その効果を持続せるための水たばこや巻きたばこの魔力が強いようだ」
「では、今捉えている一般の信者は、黒魔術のかかった水たばこや葉巻を絶っていれば問題ないということでしょうか?」
と、シオンが尋ねた。
「呪術具を絶っておけば、いずれ自然解呪されるとは思うが、完全に絶ってから禁断症状が出る者もいるかもしれない。一週間ほど呪術具断ちをして様子を見てからWhite Mage騎士の者に解術をさせて欲しい。その三日後に変化が無ければ解放して帰宅させても良いと思うがシオンはどう思う?」
「はい。私もそれで良いと思いますが、解術前にアラン様のようにひとりずつ面談をして調書をとらせた方が良いかもしれません。そこで完全に禁断症状が抜けているかを確認してから解呪するのが良いかと」
と、シオン参謀長は言った。
「そうだな。そこは丁寧にやった方が良いだろう」
「ところで、捕縛された者の中にBlack Mageはいないとは思うが、黒魔術師はひとりもいなかったのだろうか?」
と、アランが言うとシオンも
「そこが不思議なところなのです。最初に黒魔術師が居て住民に黒魔術を施したことに間違いは無いと思うのですが…」
と、この不可解な状況を不審に思っていた。
ここで、Black Mageはもちろんのこと黒魔術師を取りこぼすことは避けたい。
アランは、レッドリオン公国内にも全く黒魔術師達の気配が無かったことを思い出していた。
「もしかしたら、奴らはレッドリオン公国領からの侵入は厳しいと思っているのかもしれない。一応、『大黒主神教』の拠点を作ったものの取り締まりが厳しくなるのを感じて西へ移動して行ったのかもしれない」
「そうですね。東部はウィリアム殿下が巡視されているのでしたね。大丈夫でしょうか?」
と、シオンは少し心配になっていた。
「ブルーフォレスト辺境伯と辺境伯家の金鱗竜部隊と近衛騎士団が同行しているから心配ないだろう。我々は三人だがな」
と、アランは笑った。
「はい、我が辺境伯家の金鱗竜部隊は優秀ですし、近衛騎士団を付いております」
とオスカーが言うと
「その近衛騎士団の団長はここに居るけれどな」
と、シオンが言った。
「こちらは、シオン様もおられますから、私ひとりでもしっかりお守り致します」
と、Holy Mage騎士のオスカーが言った。
実際、いつもアランは単独で行動することも多く、無敵のHoly Mageであったし、シオンもインドア派ながらも最上級の神聖力の持ち主である。
この三人ならば、Black Mageのひとりやふたり敵ではない。
アランが帝国の東部、ウィリアム皇太子が帝国の西部を巡視している頃、帝都付近の地域を回っていたのはアレクサンドル皇帝その人だった。
皇帝は、471歳になっていたが、若々しさは衰えておらずHoly Mageとしての能力も維持していた。
スチュアートリア帝国皇帝一族は、自らの目で確かめて判断することをモットーにしていたので、東西の視察を息子と甥に任せ、皇帝は自ら膝元である帝都を巡視していた。
但し、皇帝が表立って動くと目立ってしまう。
まずは、周辺の基地の巡視を行ってから、帝都内を見ることした。
帝都周辺の基地では、海路にて密入国を試みる者が増えているとの報告があった。
皇帝としては、帝国民の生活のペースを崩したくは無いので交易に関しての制限は極力避けたかった。
皇帝の周りには、ラファエル前皇帝の頃からの優秀なブレーンが付いてた。
港を封鎖することを避け、海での情報をいち早く集めることにした。
実は、スチュアートリア帝国海軍は、海賊とも通じていた。
彼らがスチュアートリア帝国とエド・ロア国の船を襲わない限りは目こぼしをする代わりに情報を提供して貰っていた。
海賊の多くは、強固な海軍を持つスチュアートリア帝国近隣の海では無く、アモー・ロンド大陸に近いエードリア海を縄張りとしていた。
なぜなら、海賊の多くはモー・ロンド大陸出身者がほとんどだからである。
最近は、なぜかパドラルとブロッサン国出身の者が海賊に加わっているらしいとのこと。
そこもBlack Mageの動きに関係しているのかもしれない。
そうした事を考慮し、港を出入りする船とその船員、乗客の入国審査は厳しくすることにしていた。
そこに、東部を視察しているアランからの使者としてアランの使徒であるアーサーにより情報がもたらされた。
皇帝は、アランからの手紙をアーサーから受け取って内容を確認した。
「どうやら、奴らの呪術を維持する為に、水たばこと葉巻が使用されているようだな」
皇帝がそういうと皇帝のブレーンのひとりが言った。
「しばらく帝国中の、水たばこと葉巻を禁止しますか?」
すると皇帝は冷静に言った。
「それは出来ない。庶民の楽しみを理由も知らせず禁止すれば反発する者が現れる。それはBlack Mage達の思うつぼだ」
「たしかに、では如何いたしますか?」
と、言う家臣の言葉に応えず、アレクサンドル皇帝はしばらく目を閉じて試案していたようだった。
そして、静かに目を開くと
「私の予知では、この大陸でBlack Mageが専ら暗躍するのは、南西部、そして帝都周辺だ。まずは、この地域に絞って、水たばこと葉巻の流通と使用の実態を確認してくれ」
と、家臣たちに言った。
そして、皇帝はアランの使徒のアーサーにも言った。
「このことを大至急アランに知らせてくれ。ウィリウムにはローガンを行かせる」
アーサーは
「御意」と、言うと鷲の姿に戻って宮廷の窓から飛び立って行った。
その後姿を確認した皇帝は、
「トゥルリー大佐とマリア少佐を呼んでくれ」
と、言った。
すぐに帝国神聖力術士養成大学内での授業を終えたトゥルリーとマリアがロス・トロア宮殿に登城した。
「陛下お呼びですか?」
トゥルリーとマリアはアランの御学友でもあるが、アランと共にウィリアム殿下が幼い頃からHoly Mageの能力を引き出す訓練に協力した殿下の先輩でもある。
「トゥルリー大佐、マリア少佐。そなた達に頼みがある。私の予知では、これからBlack Mageの影響が及ぶ範囲が帝都周辺と、南西部が中心となるようだ」
「今、ウィリアムが辺境伯と共に帝国西部、アランがシオンと東部を回っている。帝都周辺の基地は私が回るが、帝都内は私が動くと目立ってしまい、奴らに逃げられてしまう可能性がある」
と、言う皇帝の言葉にマリアはすぐに
「わかりました。我々が陛下に成り代わって巡視して参ります」
と返答した。
「助かる。帝都内には既にHoly MageとWhite Mageの者たちに情報を集めさせているので、その者たちと連携してくれ」
「わかりました」
と、トゥルリーも皇帝の言葉に応じて敬礼をした。
こうして、スチュアートリア帝国内のBlack Mage包囲網がどんどん狭められて行った。
アランとシオンの指示により東部の『大黒主神教』施設に居た洗脳された信者たちは一旦、捕えられた後に解呪をされていた。
アレクサンドル皇帝の予知通り、Black Mageと黒魔術師達は帝都から西に拠点を移していたのである。




