「ミラ・ローズ宮」学生食堂にて
「ミラ・ローズ宮」は、以前ノアが居た「リ・ジェルス館」とはスケールが違っていた。
一方は旧皇帝の宮殿、一方は、旧貴族の館であるからスケールが違うのは当然だろうが、それを生徒の寮に提供している帝国が、どれほど生徒を大切にしているかがわかる。
しかも、護衛騎士が在中しており、外出の時は騎士の護衛付きだというから驚きだ。
貴族の子息子女の場合は当然の配慮なのだろうが、自分のような庶民までそのような扱いとなると、有り課題が少々窮屈な気もする。
だが、レッドリオン公爵が自分をWhite Mageクラスに編入させてくれたのには、こうした護衛をする意味もあった。
ここは、ノアも大人しく護衛されていなければならない。
自分には、まだ黒魔術師達に抵抗するだけの力が無いのだから。
そう思いながら夕食を食べに食堂へ降りて行った。
そこには、既に大勢の生徒たちが居て、ミラ・ローズ宮のシェフが腕を振るった美味しそうな料理を堪能していた。
ひとりで食事をするのには慣れていたが、魔導士クラスと違いうのは、貴族の子息令嬢なんだろうなと思うオーラを湛えた生徒も多く、戸惑った。
すると、奥の席で食事をしていた女の子ふたりが、大きく手を振ってノアを呼んでいた。
リリアーナとアイラである。
ノアは、ふたりに呼ばれるまま食堂の入り口から奥の方の席まで進んで行った。
「ノア君、良かったら私たちと一緒にお食事をしましょう」
と、リリアーナが言った。
アイラも
「こっちへどうぞ」
と、自分が反対側のリリアーナの横に座ってノアの為に席を空けた。
「ありがとう」
そう言ってノアは席に着いた。
食堂のシステムは、リ・ジェルス館と同じく事前に注文しておく方式らしかったが、ノアはこちらの寮に来たばかりで事前注文する事を忘れていた。
アイラが気を利かせて、手を挙げて自分たちのテーブルの給仕を呼んでくれた。
「ノア君、お食事を事前注文してなかったのなら、今、お願いしたら?」
「ああ、ありがとう」
ノアは、本日の基本の料理を注文し、デザート飲み物を追加した。
リゲル・ラナに来たばかりの時は、地球の食べ物と違うのでかなり戸惑ったが、今はすっかり慣れたものである。
しかし、注文した料理が出てきてノアは少し驚いていた。
やはり、貴族の食事に合わせたものは一味違う。
「ノア君もビックリした?」
「私たちも、初めて食べた時は驚いたのよね」
「私もリリアちゃんも平民出身だから、ここの料理の豪華さにビックリしちゃった」
「本当だね。手が込んでいる上に食材が高級品ばかりだ。僕は、レイマーシャロル地区の宿で、給仕や賄いの仕事も手伝っていたし、食材の仕入れもしていたから、こうした食事の調達の大変さがわかるよ」
三人がおしゃべりをしながら、食事を楽しんでいると、そこへ寮長と副寮長が現れた。
「こんばんは、初めまして、編入生のノア・シラミネ君だね」
寮長のキースがノアに声をかけた。
「あ、こんばんは、ノア・シラミネです」
ノアは、座ったまま挨拶するのは失礼かと立ち上がろうとすると
「そのまま座って食事を楽しんでくれたまえ。僕は寮長のキース・ウェスリー・インディゴ・ラングレー。こちらは、副寮長のプリシラ・フローレイン・モントレーヌだ」
「ごきげんよう」
プリシラは、にっこりと笑って挨拶をした。
リリアーナが
「先輩方は、もうお食事を終えられたんですか?」
と、尋ねると
「ええ。もう済ませましたわ」
と、プリシラが答えた。
「僕は、これからなんだ。ご一緒しても良いかな?」
「もちろんです」
と、ノアが答えたのでキースはノアの隣に座った。
プリシラは、
「私は、お食事を済ませましたので、今日のところは失礼致しますわ」
と、言って去って行った。
ノアは、プリシラの貴族令嬢としてのオーラと美しさに気が引けていたので、ちょっとホッとしていた。
あんな本物の貴族のご令嬢と同席で食事なんてしたら、食べ物が喉を通らないだろうと思っていた。
その様子を見て、アイラとリリアーナは、くすっと笑っていた。
ノアの隣に座ったキースは
「ノア・シラミネ君ようこそ、ミラ・ローズ宮へ。キースと呼んでくれ」
と、言って手を差し出してきた。
ノアはその手を握って
「ノアです。よろしくお願い致します」
と、挨拶をした。
キースもテーブル給仕に自分の食事を運んでくるように合図をした。
キースからも貴族の気品というものなのだろうか、自分たちとはちょっと違うものを感じていた。
ノアは、やはり魔導士クラスとは雰囲気が違うなぁと思っていた。
言葉で言い表せないが、生徒の質が違うように思えた。
これがアレキサンダー先生の言っていた魂の磨き方の違いなのだろうか?
キースはノアに向かって言った。
「君はレイマーシャロルの地区に住んでいたんだってね?」
「はい」
「君から見て、レイマーシャロルの治安は、ここ最近悪化したと思う?」
ノアは、彼は大学の一生徒でしか無いのに政治家か何かのようなことを聞くなと思った。
「そうですねぇ。そんなに急に悪化しているとは思いませんが、僕が知る限りは本当に平和な地区だったので、事件がひとつ起こるだけでも皆ビックリしています」
と、無難に答えた。
『大黒主神教』の進出のせいで治安が悪化しつつあるとは言えなかった。
「そうか。僕の実家の領地でもチラホラ怪しい動きがあるようなんだ。はやり、今流行の『大黒主神教』ってヤツの影響なのかなぁ」
キースは、運ばれて来た食事に手をつけながら言った。
キースの言葉を聞いてノアは、ハタと気づいた。
ああ、そうか…貴族は、それぞれ自分の領地を治めている日本の江戸時代の大名みたいなものなのだ。
実際に領地を治めているのだから、治安を心配するのは当然なことなんだよな。
政治家みたいなんじゃなくて政治家なんだと、思っていた。
それにしも、『大黒主神教』が他の地域まで浸透しだしているのかと驚いていた。
キースは、俺が『大黒主神教』から逃げて来たことを知っているのだろうか?
ノアは、まだキースをどこまで信用して良いものなのか迷っていた。
「なにやら怪しい宗教が流行っているみたいですね。黒魔術師とかが関わってるとしたら、やっかいですね」
と、ノアは答えた。
これから、ここで暮らしいくにあたり、自分の秘密を話して良いものかトゥルリー先生に確認しておかなければと思っていた。
「この前、ポリーちゃんがレイマーシャロルで変な人に絡まれていたのをノア君が助けてくれたんですよ」
と。リリアーナがキースに言った。
「えっ?またポリアンナ嬢が狙われたの?」
キースが驚いたように聞き返した。
「よくわからないけれど、変な男の人にしつこく付きまとわれていたのをノア君が追い払ってくれたんです」
と、アイラが言うとノアは覚悟を決めて言ってみることにした。
「その男は、以前魔導士クラスに居たんですが、新年の休み以降学校へ戻って来なくなっていたんですが、怪しげな男とつるんでいるのを見かけたことがあったもので…」
「そうなんだね。辺境伯家の影の護衛騎士が付いてるはずなのに、おかしいなと思ったけれど、うかつには出られない状況だったんだね」
「はい。特に攻何かされたわけでは無さそうでしたから。でも、やはり怪しかったです」
「そうだね。今は特に辺境伯家は危険な状況に置かれているからね」
キースの言葉にアイラが驚いたように言った。
「そうなんですか?」
「歴史的に辺境伯家は。常に隣国からの脅威にさらされているからね。Black Mageが活動を活発化して来たとなると、辺境地は一番狙われやすい」
「そうなんですか、ポリーちゃん気をつけないとだね」
と、リリアーナが心配そうに言った。
「いや、大学内にはブルーフォレスト先生もおいでになるし護衛騎士の見なさもおられる。またブルーフォレスト辺境伯邸の影の騎士の方々も優秀だから心配はないと思うよ」
と、キースが言うと
「でも、ポリーちゃんお転婆さんだから心配だわ」
と、アイラが言った。
「そうなの?」
と、ノアが聞き返したので、アイラは「余計な事を口走ってしまったな」と、心の中で慌てていた。
そこへ、別の生徒がキースを呼びに来て言った。
「キース寮長。Holy Mageクラスの者が2名まだ帰寮しおりません」
「えっ?まだ帰って来ていない者がいるって?」
キースは、先程までのにこやかな笑顔から一変して厳しい表情になって言った。
「君は、事前届けが出てないかアードラント護衛騎士団長の所へ確認に行って来くれ、僕は使徒を使ってその者たちが大学に残っているのかどうか確認する」
キースは、そう言って立ち上がり給仕を呼んで残った料理を下げるように指示した。
「ごめん、寮長としての仕事が出来てしまったようだ。ノア君、お嬢様方またゆっくり」
と、言って呼びに来た者と一緒に食堂を出て行った。
「キース寮長、僕らとそんなに変わらない年齢だと思うのに、凄くしっかりしているね」
と、ノアが言うとリリアーナとアイラも同意して言った。
「とっても頼りになる寮長なんです」
そして、残った三人でゆっくり食事と会話を楽しんだ。
アイラは、ポリアンナの気持ちを思うと、三人だけで楽しく食事をしていることを申し訳なく思ってしまった。
そこでこんな提案をした。
「ノア君、Holy MageクラスとWhite Mageクラスは基本的には授業は別々なんだけれど、午後の自習学習時間は、一緒に勉強したり魔法の練習をしたり、自由に出来るから、明日ポリーちゃんと一緒に練習しない?」
と、ノアを誘った。
「そうね、それが良いわ。ポリーちゃんにお手紙の返信も出してないんでしょ?」
と、リリアーナも賛成した。
ノアは、ポリアンナに会いたい気持ちはあったが、まだ自分が彼女に近寄ることが禍の元になるような気がして不安だった。
でも、安全な大学校内だから、手紙の返信を出さなかったお詫びを言うくらいは大丈夫かと思い直した。
「そうだね。手紙を出す前にWhite Mageクラスへの転入が決まってしまったから、彼女に編入のことを知らせる間もなかったよ」
「あれ?リリアちゃん、ポリーちゃんにノア君が編入して来たこと伝えた?」
「え?今日はポリーちゃんに会えなかったから…」
「じゃあ!ポリーちゃんだけまだ知らないってこと?」
リリアーナとアイラは
これはしくじったと思っていた。
こういう時に、自分たちのふくろが使徒として飛んで使いに出てくれたら良いのにと思っていた。
「まあ、明日伝えればいいよ」
と、ノアはのんきに答えた。
ノアに乙女心はわからない。
そこに、食事を終えたクリスとアンナが通りかかった。
「こんばんは、あなたが噂の新人さん?」
と、アンナが声をかけた。
「はい。ノア・シラミネといいます。本日よりWhite Mageクラスに編入して参りました。よろしくお願い致します」
「私はHoly Mageのアンナ・ニーナ・ロゼ・ローズマリーよ。よろしくね」
「俺は、同じくHoly Mageクラスのクリストファー・アキュラ・オレンジリバー。クリスと呼んでくれ」
と、言って握手を求めて来た。
ノアは、立ち上がってその手を握り
「アンナ先輩とクリス先輩先輩ですね、ノアです。宜しくお願いします」
と、言うとアンナを見つめて一時停止した。
アイラは、「これはもしや?」と、ポリアンナのライバル出現か?と思ったが…
「以前、レイマーシャロル地区のマルシェで辺境伯のお嬢さんと一緒にヒーリング術を施されてた人ですか?」
と、ノアが言ったのでアイラは安堵した。
「そうよ、あの時あなたも居たの?」
「僕は、あの時は、レイマーシャロル地区の宿屋で働いてたんですが騒ぎを聞いて野次馬に行ったんです」
と、ノアは照れくさそうに言った。
「でも、あのヒーリング術を見て僕も白魔術師になりたいと思って、それで魔導士クラスを受験したんです」
「そうだったのね。私も最初は魔導士クラスを受験したんだけれど、アレキサンダー先生に神聖力があるから、White Mageクラスへ入れて貰えて…今ではHoly Mageクラスにまで昇格してしまいました」
「そうなんですね!!僕はWhite Mageで精いっぱいと思っていたのですが、Holy Mageに成れたらいいなぁ」
と、ノアがキラキラした目で語る姿を見たクリスが言った。
「自分を信じて頑張ることだよ。そしたら道は開ける。自分の限界を自分で決めることほど愚かなことは無いってブルーフォレスト先生に叱られるぞ?」
「そうですね。はい!頑張ります」
ノアは、もう一度クリスの手を握り締めた。
本当に、ここの人たちはどうしてこうも皆良い人達なのだろう。
パドラルの『大黒主神教』教会に居た時、周囲に居る人たちも決して悪い人達ばかりではなかったが、気を許せる相手とは思えなかった。
しかし、ここの人たちは、ノア自身に秘密さえなければ気を許してしまいそうな人ばかりで困る。
「なにか困ったことがあれば、いつでも相談してね」
と、アンナが言うと
「魔法の勉強でも、剣術の練習でもいつでも付き合うぞ」
と、クリスも言った。
そういえば、魔導士クラスには剣術の稽古なんてものはなかった。
「剣術の稽古もあるんですか?」
と、ノアは驚いて聞いた。
「ああ、魔導士クラスには無い科目だったかな?」
「Holy MageとWhite Mageは、基本的には帝国軍の騎士を育てる養成所なのよ。だから正式名称が帝国神聖力術士養成大学というでしょ?「神聖力術士」とはHoly Mageのことなの。帝国の為に闘うHoly Mage騎士を養成するのが真の目的なので剣術も必須科目なのよ」
ノアは、闇バイトで老人宅に押し入った時に、一緒に居た者が老人を殴ろうとしてた時の恐怖を思い出していた。
ノアは人を殺すことはもちろん、誰かを痛めつける暴力は二度としたくないと思っていただけにちょっとショックだった。
「騎士ですもんね。敵を倒さないとですから」
と、ちょっと気落ちしたように答えた。
すると、アンナがそんなノアの気持ちを察したかのように言った。
「Holy Mageの場合は、人の命を奪ったりはしないのよ。聖剣に自分の神聖力を注ぎ込んで魔術を払うの。まぁ、相手が切り付けて来た場合は応戦しないとだけれど。敵を傷つけずに倒すには、闘って勝つ以上の能力が必要になるのよ」
「相手が人を襲う魔物だった場合は、やむなく切ることもあるだろうけれどね」
と、クリスもノアの不安を和らげようと言った。
ノアは、ふたりの言葉を聞いて、クリスもアンナも、出来るだけ人を傷つけたり殺したりしたく無いのだろうと思った。
そうだ、ここは平和な地球の現代日本とは違う。
日本だってほとんどの時代は戦乱の世だった。
地球上のどこかでは必ず戦争が起こっていた。
日本のように軍隊を持たない国は無く、当たり前に兵役訓練があるのが普通の国だ。
俺は平和ボケした日本から来たから、感覚が少しズレているのかもしれない。
ノアは、大切な人を守るための力を身に付けたいと思っていた。
だから、この星で必要な能力は、全て身に付けようと思った。
「クリス先輩、よろしくお願い致します。俺、強くなりたいです。人を倒す強さじゃなくて人を守れる強さが欲しい。この帝国の人を守るための力を身に付けたいです」
クリスは、そんなノアを頼もしいと思った。
「うん、俺も同じだよ。この帝国の平和と大切な人達の生活を守る為に一緒に頑張ろう!」
そんな男子ふたりを見ていた女子たちは「惚れるわ~」と思っていた。
しかし、アイラはポリアンナに見せたいと思っていた。
リリアーナは、アラン様はこの国を守る最強のHoly Mageだもんね!と思っていた。
そんな彼らのこの帝国を守りたいという強い想いが、現実に必要となる時まで、まだもうしばらく時間を必要としていた。




