ノア、魂を磨きゴールを目指す?
午前の授業が終わるとノアは、アグネス先生に特別顧問のアレキサンダー先生の元へ行くように言われた。
ノアが、アレキサンダー先生と会うのは魔導士クラスへの入学試験以来である。
アレキサンダー先生に会える人は限られている。
短期間で二回もアレキサンダー先生に会えるのはかなり光栄なことなのであるが、ノアはそんなことを全く知らない。
しかし、入学試験の時の圧倒的なオーラを持つ不思議な存在感のある老人の姿はノアの脳裏に焼き付いていた。
ただ、あまりにも圧倒されていたのと緊張で何を話したか覚えていなかった。
今、ノアは、大学の特別顧問のアレキサンダー先生の部屋の大きな扉の前に立っていた。
その扉をノックすると、
「おはいり」
と、いう聞き覚えのある低く重みのある声が聞こえて、その重い扉が静かに開いた。
ノアが部屋の中に入るとその扉は、いつの間にか閉まっていた。
ノアは、再びとてつもない緊張感を持って、アレキサンダー先生の前に立っていた。
先生は、自分の机の前の椅子をノアに勧めると、自分も反対側の大きな窓の前の椅子に座った。
アレキサンダー先生は、以前と同じく、その長い髭を撫でながら言った。
「君に会うのは二回目だな、ノア君」
ノアは緊張で、「はい」と、答えるのが精一杯だった。
憧れのレッドリオン公爵に会った時も、心臓が飛び出しそうなほど緊張したが、アレキサンダー先生の場合は、その威圧感に勝てずに緊張してしまう。
「君もついに、White Mageクラスまで上がって来たか、思ったよりも頑張ったのう」
アレキサンダー先生は、ノアがWhite Mageに上がって来ることを予期していたように言った。
ノアは、ただ「はぁ」と頷くだけで返す言葉出てこなかった。
すると、先生は続けて言った。
「君は、他の星から来たと聞くが?」
この質問にはノアもすぐ答えることが出来た。
「はい。地球という星から来ました。どうして、この星に転移したのか自分には全くはわかりません」
と、ノアが言うと
「それは宇宙の意思なのかもしれん」
と、アレキサンダー先生は言った。
「宇宙のですか?」
「宇宙は、人間の叡智では図り知れない、調和のとれた法則で成り立っているんじゃよ。人間を遥かに超えた全知全能の存在、光とエネルギーの源、それを「神」と呼ぶ者もいる。私は、「神」に会ったことは無いからわからんがの」
と、アレキサンダー先生は笑顔で言った。
ノアは、アレキサンダー先生への緊張が少し緩むのを感じた。
そして、少しでもこの偉大な先生から多くを学びたいと貪欲に尋ねた。
「僕の頭では理解できないですが、僕がここに来たのは偶然では無いということですか?」
「おそらくはな。その証拠に以前の君には全く感じられなかった神聖力だが、今は僅かにだが感じられるようになった。この星に生まれて来た者には、少なからず神聖力か魔力を持って生まれて来るのだ。それは前星での生き方によって変わる」
「僕にも神聖力があるということですか?」
「そうじゃ。Holy Powerというのは宇宙の全てに存在するが、それは魂の磨き方次第で魂に宿るのだ」
「よくわかりませんが、とりあえず自分の行動次第ってことですか?」
「まぁ、そうじゃな。記憶が脳に記録されるのと同様に、身に付けたHoly Powerは、魂に記録されると思って良い。記憶は、死ぬと肉体と共に消えてしまうが、魂は不滅じゃからな。Holy Powerは、魂に記録されて次星で生かされる事になる。ここリゲル・ラナは星としてのステージが高いので神聖力が備わりやすいのじゃろう」
「つまり、僕は地球に居たら神聖力は備わらなかったということでしょうか?」
「いや、それは違う。神聖力は全ての星に存在している。ただ、それを魂に刻むのは本人の生き方次第なのだ。君はまだ若いからな。おそらく地球と言う星で生きていた時よりも、この星での生活の方が魂を磨くのに適していたのじゃろう」
アレキサンダー先生の話を聞いてノアは心当たりがあった。
地球では、ほぼ引きこもりだったし、生きているのか死んでいるのかわからない生活をしていた。
だが、ここに来てからは前向きに生きている。
しかも、自分でも驚くほど精一杯の努力をして毎日を生きている。
それが辛くも苦痛でも無く、自然と出来ているから不思議だ。
「はい。こちらに来て、自分でもびっくりするほど、頑張ることが出来ている気がします」
ノアは、アレキサンダー先生の説明の半部ほどしか、理解が追い付いていなかったが、それだけは自信を持って言えた。
「だからじゃろうな。心身共に成長著しいということじゃな。引き続き頑張ればきっと立派なWhite Mageになれるじゃろう」
「はい、頑張ります」
ノアは、立派なWhite Mageになれるというアレキサンダー先生のお墨付きが嬉しかった。
そして、ノアはアレキサンダー先生に一番聞きたいことを聞いてみた。
「先生、僕はこのままこの星で生きて行けるのでしょうか?地球に戻ることは無いのでしょうか?」
と、いうノアの質問にアレキサンダー先生は、しばらく考えてから答えた。
「地球には、魔法が存在しないと言っていたな?」
「はい。昔はあったのかもしれませんが、今は無いとされています」
「ふむ。人間は肉体と魂がシルバーレイヤーで統合されておるのだが、時空を超えた時にシルバーレイヤーが途切れ肉体と魂がバラバラになる可能性が高い。但し、魔法と神聖力に守られていた場合は、シルバーレイヤーが切れることなく転移できるのだと考えられる。つまり、君が地球側からこちらへ来た時には、なんらかの魔法で守られていたのだう」
「では、こちら側から魔法が存在しない地球へ転移する時には、シルバーレイヤーが切れてしまうということですか?」
「私にも経験が無いことなので、断言はできないが、おそらくは…」
「シルバーレイヤーが切れて、魂と肉体がバラバラになるということは死ぬということですか?」
やはり、生きて地球に戻ることは出来ないのだろうかとノアは思った。
「死は、その者の消滅を意味するのではない。魂だけが残り、新たな肉体を身に付けて生まれ変わることなのじゃ。その星の生を全うすれば、その魂のレベルに応じて新たな星に生まれ変わる。じゃが、自死や不慮の事故で亡くなった場合は、再度同じ星に生まれることとなる。おそらく、そなたが地球へ移還し損ねたとしたら、再び地球に生まれることになるだろう」
「その時は、記憶はリセットされて別人になって生まれるのですね」
「普通ならな。記憶は人間の脳に記録されるが、神聖力は魂に記録されていく。Holy Powerが強い者は寿命も長く、以前の星(での記憶も残りやすい。しかし、我々のようなHoly Mageは、魂に己の生き様が刻まれておるので、それが記憶として残っていることも多い」
「先生は、1000年以上生きておられるんですよね?前星での記憶もお持ちなんですか?」
「そうじゃな。全てではないが魂に刻まれた経験は、私の魂が覚えておる」
ノアは、自分の世界観と死生観が一気に崩れるような気がした。
ここリゲル・ラナに来て以来、ノアは、人とは何か?命と何か?何のために生きているのか?をずっと考えていた。
ノアは、思い切ってもうひとつの疑問をアレキサンダー先生に尋ねてみた。
「先生、人は何のために生きているのでしょう?何度も生まれ変わり星を巡って、最終的にはどうなるのでしょう?」
アレキサンダー先生は、その長い髭を撫でながらノアをじっと見た。
「そなたは、面白いヤツよのう。これだけ生きて来た私にもわからぬ事を聞いて来る」
ノアは、偉い先生に対して図々しすぎる質問をしてしまったと焦っていた。
すると先生は言った。
「その答えを見つけるのことが、生きるってことじゃよ」
と、いう先生の言葉にノアは、「やはりそうか」と、思った。
ノア自身考え抜いた末に、似たような結論に至っていたからである。
しかし、アレキサンダー先生は、ここで語ることを止めず続けて言った。
「じゃがな、こんな伝説もあるのじゃよ」
と、先生はちょっといたずらっぽく、その白く長い眉毛と髭で、顔中毛だらけの中から光る目を片方だけ閉じ、ウィンクをして言った。
「リゲル・ラナは、星としてステージレベルは高いが、さらにレベルの高い『ファイナリエ・デーン』という星があり、そこが人類の出発の星でありもあり、最終地点でもあるという伝説じゃ」
「『ファイナリエ・デーン』は、巨大な星で、星そのものが強力な神聖力で覆われているらしい。そこで、巡り合えた半身と永遠に共にそこで暮らすか、再び半身と別れて星巡り人になることを選べるという」
「さて、そなたは、この話を信じるかね?」
と、アレキサンダー先生はノアに質問した。
「僕にはわかりません」
「先生のように優れたHoly Mageの方にもわからない事が僕のような未熟な単なる人間には判断がつきません。でも、僕も魂を磨いてその答えをみつけて行きたいと思います」
アレキサンダー先生は、ノアの言葉を聞いて嬉しそうに目を細めて言った。
「それがよかろう。そなたは、まだまだ巡るべき星があるのかもしれんが、そのような男だから選ばれたのかもしれんな」
「あの、先生、ところで伝説の中の『巡り合えた半身』とは、何のことですか?」
と、ノアは先程の先生の話の中で、引っ掛ったワード『巡り合えた半身』について尋ねた。
「君は、ツインレイについて聞いたことは無かったか?」
「いえ、ありません」
「そうか、せっかくだから君にツインレインについても説明しておこう」
アレキサンダー先生は椅子の背もたれに背を付いて深く座り、両手を前に組んで、息を吐くように言った。
それから、ゆっくりと話し出した。
「太古の昔、人は同じひとつの星に生まれたのじゃよ。生も死も、善も悪も、男女も無く、人の肉体と魂はひとつで、ただ平和で穏やかな世界だったとされている」
「しかし、人はそんな平和で刺激の無い世界に飽き足らず、ある日、肉体は男女に分かれ魂もふたつに引き裂かれ、人は死ぬようになった。なぜ、そうなったのかはわからぬが、死は肉体を滅ぼし、魂だけが別の星に送られた」
「やがて、その魂は再び新たな肉体を持ち、魂をその星で磨く使命が与えられた」
「人は、星に生まれ、死に、また新たな星に生まれる。その魂のレベルに応じた星に転生を繰り返し、人の生は星巡りとして繰り返されている」
「それが宇宙を司る法則なのだ」
「そんな中で人は、自分自身の魂の片割れであるツインレイを探し求めるようになった」
「無数にある星の中で転生した星で、己のツインレイは出会うことは困難だ。それだけに、己の魂の半分であるツインレイを求めてやまない」
「これがツインレインだと言われておる」
アレキサンダー先生の話を聞いてノアは言った。
「地球にも似たような神話があります。完全な人間だった最初の男女が善悪を知る知識の実を食べ、エデンの園ってところから追い出される話です」
「確かに似ておるな」
「伝説とは本来の真実から派生し形を少しずつ変えて伝わるものじゃ」
「きっと、以前の星の記憶がある者が伝えておるのじゃろう。私が語ったものも、そんな伝承のひとつでしかない」
「真実はいずれ自分が辿りつくまではわからんのだ」
ノアは、アレキサンダー先生の話を聞いて納得していた。
確かに、地球上に色々な似たような伝承が存在していたが、それが少しずつ異なっていたり、不思議なほどに通っていたりする。
「先生は、ツイレインを信じておられるのですか?」
アレキサンダー先生は。ちょっと照れながら
「わしのツインレインは先に次の星に旅立ってしまっておってな、また会えるのを楽しみにしておる」
と、言った。
ノアは、ちょっとアレキサンダー先生が身近に思えた。
「しかし、ツインレイに拘る必要は無い。
「己の半身であるツインレイしか愛せないとすれば、それは究極の自己愛だとも言える」
「人間は、そんなに心狭き生き物ではないからな」
「ノア、君はまだ若い。そして魂も若い。これから何度も星巡りをすることになろう」
「ツインレイに拘らず、自分にとって大切な人々を守り、愛しなさい」
そう語るアレキサンダー先生の言葉をノアは素直に受け止めていた。
「はい。わかりました」
ノアは、アレキサンダー先生との面談を終え、地球に居たら知り得なかったであろう多くのこと知れて良かったと思っていた。
そして、二度と地球に戻れないとしても、ここで生きていく覚悟をしようと思っていた。
地球に全く未練が無いわけでは無い。
きっと、両親は突然居なくなった自分を心配しているだろうし、もしかしたら闇バイトの実行犯の容疑者としてニュースになっているかもしれない。
以前は、そんなことを思いもしなかったが、今は両親が自分を大切な育ててくれていたことがわかる。
そんな両親に悲しい想いをさせたまま一生会えないのかと思うと、悲しさより申し訳なさが勝っていた。
それでも、今はもうこの星で魂を磨き立派なHoly Mageになって人の役に立ちたいと思っていた。
ノアは、アレキサンダー先生との面談を終えると、大学の寮である「ミラ・ローズ宮」へ向っていた。
魔導士クラスと異なり「ミラ・ローズ」には専用の護衛騎士が常駐し、専用の馬車で護衛騎士に守られながら登下校をする。
Holy Mageクラスは、貴族の子女がほとんどだということで、護衛が厳しいらしい。
ノアは、平民のましてや異星人の自分が、そんな待遇を受けることに恐縮していた。
が、トゥルリー先生やレッドリオン公爵が言うように、自分も『大黒主神教』の魔術師達に狙われている可能性がある。
ここは、暫くお世話になるしか無いと思っていた。
「ミラ・ローズ宮」の寮に到着すると、入り口でトゥルリー先生と執事ハミルトンが待っていてくれて、ノアの部屋だというところに案内された。
魔導士クラスの「リ・ジェルス館」も貴族の邸宅を改装したものだったので素晴らしい部屋だったが、ここは元皇帝の王宮ということも有り、また豪華で素晴らしい部屋だった。
「地球の五ツ星ホテルでも、ここまで豪華では無いんじゃないかな?行ったこと無いけど」
と、笑いながら呟きながら、豪華なベッドに寝転んだ。
清潔によく整えられたキングサイズのベッドはふかふかで気持ちが良い。
この星に来てから、本当に目まぐるしく日々を生きて来た。
最初は、貧しいパドラルという国の『大黒主神教』教会に拾われて、隙間風の入る粗末な部屋の木のベッドで寝泊まりした。
それでも、行く宛の無いノアにとっては有難かった。
ジャングルで狩猟をしながらのアウトドア生活はノアには合わず、市場で野菜を売ったりしながら、文字を覚えた。
パドラルからスチュアートリア帝国へ向かう船の中では船酔いに苦しんだが、帝都に着いてすぐに、「アフィニティ」という宿のお世話になり、住み込みで働かせて貰うことになった。
そこで帝国神聖力術士養成大学の存在を知って、白魔術を身に付けたいと魔導士クラスを受けたら合格してしまった。
そして、ついに゜Holy Mageクラスに編入して、こんな豪華な寮の部屋に居る。
人生ゲームで言ったら、順調すぎてゴールがあっという間という勢いだ。
俺のゴールってなんなのだろう?
ただ、ただ、夢中で勉強して来た。
そうしないと黒魔に飲みこまれそうで怖かった。
でも、宿での仕事も、魔導士クラスで勉強することも楽しかった。
頑張るって、こんなに遣り甲斐のあることなのかと思った。
今は、Holy MageになってBlack Mageに負けないくらいの力を付けたい。
それはなぜ?
自分の身を守り、自分がここで有利に生きていくため?
たぶん、それもある。
だが、それだけではない。
もし、Black Mageがこの帝都に入り込んで来たなら帝国民の幸せな生活が崩されてしまうだろう。
お世話になった宿の親父さんや、レイマーシャロルの人たちの幸せな生活を守りたい。
そして、ふとポリアンナの顔が浮かんできた。
できることなら、彼女も守ってあげたい。
自分にできる事は無いのかもしれない。
それでも、やっぱり自分に出来ることを増やしたかった。
それがアレキサンダー先生のいう魂を磨くことになるのなら、ノアはやれる限りやってみようと思った。




