ノア、White Mageクラスに転入する
レッドリオン公爵ことアランは、アレクサンドル皇帝とウィリアム皇太子と共にルデ・トロア宮殿の皇帝の私室のひとつの部屋に居た。
ここは、宮殿の中でも最も奥にあり、皇族しか入ることが出来ない特別な部屋である。
その部屋でアランは、皇帝と皇太子にノアから聞いたことを報告し、今後のことについて三人で話し合っていた。
「…ということで、彼を帝国神聖力術士養成大学のWhite Mageクラスに編入させることにしました。常に護衛騎士が在中し、外出時も帯同する「ミラ・ローズ」寮の方が、「リ・ジェルス」寮より安心ですから」
「そうだな」
アランの対応に皇帝に異論は無かった。
そして、アランからの報告を一通り聞いたアレクサンドル皇帝が言った。
「しかし、本当に『時の扉』とやらがあったとはな」
皇帝はまだ信じられないというように言った。
それに対してアランが答えて言った。
「あの時、ウィルから予知した話を聞いて、なぜか『時の扉』を連想してしまい、それから『時の扉』について調べさせました。そうで無ければ、別の星から転移して来たとノアの話も信じられなかったでしょう」
「私も、なぜあの時、『時の扉』を連想したのか、自分の予知の意味がわからず少々不安だったのですが、これで全て理解できました」
と、ウィリウム皇太子も安心したように言った。
「そうか」
予知能力が最も優れている皇帝は、さらに先を読んでいた。
それは、過去に皇帝が予知して来たものとは異なり、どう動こうと変えられない未来を先読みしたものであった。
彼を最も苦しめていたのは、スチュアートリア帝国の未来を左右する重責が甥であるアランのひとりの双肩にかかっているという事だった。
予知は、未来の為に今どう動くべきかを判断する材料として役立たせるものなのに、今回は、皇帝である自分がどう動いてもその未来を変えられない。
その未来は決して明るいものではなく混沌としており、アランの悩み苦しむ姿が見えていた。
しかし、ここに来て、その予知未来に一筋の光が見えて来ていた。
それは、アラン自身の迷いが晴れたからなのであろうと皇帝は思っていた。
そして、皇帝は甥であるアランに言った。
「以前、トリリノール離宮で私が言ったことを覚えているか?アラン」
「はい。あの時陛下は私に、帝国と私に関する予知をしたと、しかし、それは具体的な内容ではないとおっしゃっておられました」
アレクサンドル皇帝は、あの時既に甥であるアランに何か大きな不安が迫っている事を既に予知してた。
それが、このスチュアートリア帝国とリゲル・ラナ星全体を左右するものであることも。
しかし、皇帝でも皇太子でもないアランひとりに、そのような重責を負わせることに皇帝は抵抗したかった。
本来なら、兄であるラファエルの息子として、皇太子のまま皇帝の座に就くべきだったのはアランだった。
それなのに、兄が自分に帝位を弟である自分に譲位して大公になってしまった為、アランは家臣の身分に下ることとなった。
それをアラン自身は、全く意に介せず素直に受け入れ、今もこうして自分の右腕として東奔西走し、自分の事も顧みず帝国の為に尽くしてくれている。
そんな甥に、帝国とこの星の行く末という、とてつもない重荷を背負うこととなる未来を、アラン本人に告げることが出来なかった。
だが、今のアランならその未来を受け止められるような気がする。
「今もなお具体的ではない予知なのだが、あの時言えなかったことを、今のお前になら言えうだ」
「どうぞ、ハッキリおっしゃって下さい。覚悟はできております」
アランの迷いのない視線と力強い言葉にアレクサンドル皇帝は、意を決しその重き未来を甥に告げることにした。
「間違いなく言えるのは、このスチュアートリア帝国とリゲル・ラナの未来を左右する出来事が起こる。それは、我々がどうあがいても変えられない未来だ。だが、それを変えられるのはアラン、お前だけだということだ」
「トリリアーノ離宮でお前に会った時には、皇帝でも皇太子でも無いそなたに、このような重き未来を告げることができなかった。だが、今のお前になら言える。それは、あの時見えていた未来と、今見える未来が微妙に異なって来たからだ」
「今なお、私の予知に具体的なものが見えていない。それは、この予知がこの星の運命までも含む壮大なものだからなのだと思っている」
と、皇帝は厳しい表情でアランを見つめた。
それを見守るウィリアム皇太子も自然と険しい表情になっていた。
しかし、その皇帝の言葉を承ったアランは笑顔で答えた。
「陛下、いや叔父上。私のことを心から心配して下さり感謝致します。でも、貴方の甥のアランは、そんなに弱い男ではありませんよ。どんな厳しい運命であろうと受け止める覚悟はできています」
と、いうアランの言葉にアレクサンドルは、若き日の兄のラファエルを重ねていた。
「アラン。強く、頼もしくなったな」
「もう私も235歳、いや、もう236歳ですからね」
と、笑ってみせた
そしてアランは続けて言った。
「確かに、トリリアーノ離宮で陛下とお会いした時には、まだ迷いがありました。自分の未来が不安というよりも、自分が間違った方向に突っ走ることで、人々を間違った方向に導いてしまうのではないか?振り返ったら誰も付いて来ていないのではないか?と不安でした」
「しかし、私には陛下や父上という素晴らしい先駆者がおられます。アレキサンダー先生という師もおられます。ウィルという従弟、トゥルリー、シオン、マリアのような信頼できる友がいます。他にも私を信じて従ってくれる多くの部下や家臣がいます。これほど多くの味方が居るのに、何に不安に思い迷うことがありましょうか?」
と、力強く言った。
ウィリアム皇太子もアランの言葉に感動したように言った。
「そうだよ、アラン。私達はみなアランが大好きだ。皇太子という立場の私が言うのもおかしな話しだが、アランを信頼しているし、力になりたいと心から思っている」
「ありがとうウィル、俺も同じたよ」
と、ウィリアムの差し出した手を握り、背中をポンポンと叩いた。
皇帝はその様子を見ながら言った。
「こちらが、アランに励まされているようでは駄目だな」
と、苦笑いをした。
「いえ、陛下。帝国の未来が私に託されたというのは、私が皇帝でも皇太子でも無いからなのだと思います。陛下や殿下は、この帝国を担うというお立場ですが、私はそれを補助する立場ですので」
と、言うにアランに対して皇帝は言った。
「しかし、お前には帝国陸海軍総司令官という責務もあるぞ?」
「実際に対敵国との戦争となればそうですが、平時であれば陸軍にも海軍にも個別に指揮をとれる優秀な人材が居ます。平和が長らく続いておりますが、彼らは、Holy Mageとしても優秀ですからね」
「それは、そうだが、やはりお前のカリスマ性は他に変えが効かぬぞ」
「陛下のお褒めのお言葉痛みいります」
アランは、皇帝に丁寧にお辞儀をしてから、叔父の顔を見てにこりと笑った。
「それにしても…」
と、ウィリウムがつぶやくように言った。
「そのノアという少年は、本当に地球という異星から来たのですよね?」
「ああ、そう言っていた。その星には、魔法は存在しなとのことで、この星には無い文明を持っている星から来たようだった」
と、アランがウィリアム皇太子に答えて言った。。
「やはり、『時の扉』は、一定の場所で開くのでは無いようだな」
「そのようですね。シオンが調べてくれたが過去にそのような事が起きた時には、黒魔術師の活動が活発になっているらしい。なんらかの形でBlack Mageが関係しているのだろうと思われます」
「それは確かだろう」
三人の意見は一致していた。
「ノアという少年も何らかの関わりがあるのは間違いない。Black Mage達の手から守ってやってくれ」
と、アレクサンドル皇帝が言った。
「はい。私も彼と私がキーパーソンのように感じています」
「そうだな、私もそう思う」
皇帝は、静かに瞑想して言った。
まるで今、また新たな予知をしたかのように。
息子の皇太子ものまた静かに目を閉じて頷いてた。
こうして三人の話し合いはよる遅くまで続いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルデ・トロア宮殿でノアがアランと面会した翌日。
ノアは、魔導士クラス寮の「リ・ジェルス館」の自室で慌ただしく荷物をまとめていた。
とはいえ、地球からほほ裸一貫でやって来たノアにたいした荷物は無い。
少しの着替えと、洋服、教科書くらいであった。
帝国神聖力術士養成大学では、必要なものは全て無料で支給されるので、Holy Mageクラスへ編入しても特に困ることは無いと思われた。
すかすかのトランクひとつに荷物をまとめていると、机の上に置いたままのポリアンナ達からの手紙が目に入った。
つい先ごろまで、自分がポリアンナに近づくことで、ピート達『大黒主神教』の者の脅威が増すと思い、返信も出さずに距離をおこうと思っていた。
だから、彼女たちの手紙の返信も出さないつもりでいたのに、思いかけずHoly Mageクラスへ編入することになってしまった。
彼女たちに何も知らせず、こんなにも早く編入することになるとは予想外である。
ノアは、きっと、彼女たちに叱られるだろうなぁ…と思いながら、その手紙をトランクに入れた。
一方、White Mageクラスのアイラとリリアーナは、朝からノアからの返信が届かないことについて話していた。
「ノア君からのお返事来ないねぇ」
「ポリーちゃんの所には届いたのかな?」
「ううん、来てないって昨日、聞いたよ」
と、アイラが言った。
「ポリーちゃんが大学の寮では無く辺境伯邸から通っていることをノア君は知っているのかな?」
「だとしてもミラ・ローズ寮に届くよね?」
手紙を出そうと言ったのはアイラなので、逆にポリアンナを落ち込ませる原因を作ってしまったのではないかと思って責任を感じていた。
「ノア君、使徒も使えないし返信を出すにも困ってたりしないかな?」
と、リリアーナが言うと
「そうだねぇ。同じ帝国神聖大学内だから棘竜便を使うのは躊躇う距離だもんね」
アイラもそれはそうだと思っていた。
「もう一度、ポリーちゃんの使徒のクロエをノア君のところへ行かせて、お返事を受け取って来て貰うのが良いかもね?」
そんな話をしていると、始業準備のベルが鳴りふたりとも教室へ向った。
着席して授業準備を整え、授業開始のベルを待っていると、ベルの音ともにアグネス先生が男子生徒を伴って入って来た。
ふたりは、この時期の新入生なんて珍しいなと思って、その男子生徒を見た。
そして、ふたり同時に驚いた。
「えっ?ノア君?」
思わずふたりは驚きの声をあげそうになったが、そこをぐっと堪えた。
アグネス先生がノアの肩に手を置いて言った。
「今日からWhite Mageクラスに編入することになったノア・シラミネ君です。彼は、魔導士クラスで勉強していましたが、とても真面目で優秀だということで、この度、White Mageクラスへの編入許可が出ました。推薦者はトゥルリー先生とレッドリオン公爵様です。では、ノア君ご挨拶して」
と、アグネス先生に紹介され、ノアが編入の挨拶をした。
「魔導士クラスから編入することになったノア・シラミネです。僕は白魔術師になって人の役に立ちたいと思って魔導士クラスに入りました。このWhite Mageクラスに入れることになったからには立派なWhite Mageなれるように頑張りたいと思いますので宜しくお願いします」
ノアは、そう言って一礼した。
地球では、せっかく合格した高校を一学期で不登校気味になっていた男とは思えぬほど、やる気に満ちた挨拶であった。
「本当にノア君だね」
「こんなに早くWhite Mageクラスに来るとはね」
と、リリアーナとアイラを耳打ちしていたのをアグネス先生は見逃さなかった。
「はい、既にお知り合いもいるようですから、早速、空いている席について下さい。授業にしましょう」
アグネス先生の鋭いお言葉に、マズイと思ったリリアーナとアイラは神妙な顔で真っすぐ前を向いた。
そのふたりの横を通って、ノアは後ろの席に着いた。
ノアは、このクラスにリリアーナとアイラが居ることを知っていたが、緊張でふたり顔も目に入っていなかった。
授業が終わると、リリアーナとアイラは、すぐにノアの元へ行った。
「ノア君!」
リリアーナとアイラの顔を見てノアは、知り合いが居てホッとすると気持ちと、手紙を出していないという気まずい気持ちが入り混じっていた。
「あ、ふたりとも久しぶり、手紙ありがとう…」
「ノア君、こんなに早くWhite Mageクラスに来るなんて思ってなかったわ」
「これじゃ、お手紙の返信出す暇なかったね」
ふたりの女子の矢継ぎ早の言葉にタジタジになっていたノアだが、どうやら手紙の返信を出さなかったことをふたりが怒っていないようで少し安心した。
しかし、ポリアンナの姿が見当たらない。
ノアは、この帝国の秘密である神聖力とHoly Mageについてアランから聞いたばかりで、White MageクラスとHoly Mageクラスに分かれている事を知らなかった。
「あれ?もうひとりの彼女は?」
と、ノアが尋ねた。
「ポリーちゃんは、Holy Mageクラスだから私たちとは別のクラスなの」
と、アイラがすぐに答えた。
「そうなんだね。俺、まだ神聖力やHoly Mageについて聞いたばかりで、よく理解出来てないんだ。他にも色々知らないことがあると思うから、よろしくね」
と、ノアはふたりに言った。
リリアーナは、ノアの推薦者がトゥルリー先生とレッドリオン公爵という事で気になっていた。
「ノア君、レッドリオン公爵様にお会いしたの?」
「うん、僕は平民だろ?神聖力は微妙らしいし、そんな僕をWhite Mageクラスに編入させても良いかを判断するのにトゥルリー先生が会わせてくれたんだ。先生は侯爵の友人らしからね」
「そっか~、でも編入判断なら帝国神聖大学の先生達だけでするんじゃないのかな?」
と、アイラが不思議そうに言った。
ノアは、自分が地球から転移して来たこと、パドラルから帝国に不法入国していること、『大黒主神教』というBlack Mageの組織と関わっていたことを彼女たちに話すことは出来ないと思っていた。
「ほら、レイマーシャロルでブルーフォレスト辺境伯嬢にしつこくしていたピートって男が居ただろ?あいつが黒魔術師達の仲間みたいなんだよ。僕も同じ魔導士クラスで一緒に居たから、疑われていのもあるんじゃないのかな?」
と、上手くノアは、その話題を上手くかわしたつもりでいた。
しかし、レッドリオン公爵のこととなると気になってしまうリリアーナである。
「でもでも、ノア君はポリーちゃんのことを助けてくれたんだよ?アラン様がノア君を疑うとは思えないんだけどな」
と、食いついてきた。
「え?君、レッドリオン公爵のことを知っているの?」
「うん!元々私とアイラちゃんはレッドリオン公国出身なの。私はここに入学するまでアラン様のところで侍女をしながら魔法の勉強をしていたの」
「そうなんだ!あの方のオーラは凄いよね?初めてじっくり話する機会を貰ったけど圧倒されちゃったよ。でも、侯爵は僕の憧れの人だよ」
と、ノアが言うとリリアーナは、興奮して言った。
「そう!そうなのよ!本当に素晴らしい人なの。Holy Mageとしても優れておられて憧れちゃうわよね?」
しばらく、ノアはリリアーナのアランの自慢話に付き合わされた。
アイラは、心の中で
「ポリーちゃんがここに居なくて良かったわ」と思っていた。
と、同時に鈍感なリリアーナをしっかり指導しておかねばと思っていた。
リリアーナが馬に蹴られないために。




