帝国の未来 = Key Persons (キーパーソンズ)=
ついに憧れのアラン・クレオ・ハイデルベルト・レッドリオン公爵と会うこととなったノアは、トゥルリー先生に連れられて、ルデ・トロア宮殿へ登城することとなった。
ノアとトゥルリーは、今、宮殿内にあるスチュアートリア帝国の中枢部である帝国陸海軍総本部に向かっている。
ルデ・トロア宮殿は広大で、宮殿内も馬車で移動しなければならず、その一角にある帝国軍の建物は一見宮殿と変わらぬ様相を呈していた。
が、それは宮殿を守るように東館と西館に分かれており地下で繋がっていた。
宮殿の後ろには広大な森があり、そのまた後ろにはグリーンエバリスト山脈が自然の防壁のように控えている。
ノアが今、住んでいる大学の寮は貴族の館を改築したものであるし、帝国神聖力大学の建物も第三代皇帝ラリーアダムス帝の時に使われていた宮殿を改装したものである。
地球の現代日本から転移した普通の高校生であるノアも、そこそここの国の貴族たちの建築物に慣れたつもりではあったが、そこは異世界そのものであった。
そもそも現代日本に軍隊など無いし、宮殿なんてものにも全く縁が無い。
映像でベルサイユ宮やバッキンガム宮殿、アルハンブラ宮殿くらいは見たことがある。
しかし、それすら実際に行ったことなどない。
昔の皇帝の宮殿を改装した大学の (魔導士クラスの者が入れる場所は限定されているが) 施設ですら圧倒されるものだが、現皇帝の居城であるルデ・トロア級ではスケールも豪華さも段違いだった。
しかし、豪華と言っても華美過ぎず洗練された美しさがあった。
その宮殿と融合するように建てられている軍の建物も一見すると優雅にしか見えない。
ところが、その内部は宮殿とは異なり装飾の類は一切なく、ここが帝国軍の総本部であると実感させられるものだった。
軍本部の中へ進むにつれて、すれ違う騎士たちも明らかに違うオーラを持っていた。
おそらく彼らもGrate Mageなのだろう。
そんな騎士たちが、みんなトゥルリー先生に挨拶をしていく。
そういえば、トゥルリー先生も軍の騎士なのだったと、ノアは思い出していた。
そして、ノアたちは近衛騎士に案内されスチュアートリア帝国陸海軍総司令官室に通された。
部屋には、まだ誰も居なかった。
「こちらでしばらくお待ちください」
部屋の手前に、大人数で座れるような応接セットの椅子とテーブルがあり、そこに座って待つように言われた。
トゥルリー先生は、慣れたように椅子を引いて座り、隣の椅子の背に手をかけて、ここに座るようにと目配せをした。
ノアは、トゥルリー先生に勧められた通り先生の隣の席に座った。
ノアは、異様なくらい緊張していた。
地球での高校入試の面接の時にも、帝国神聖力術士養成大学の入学試験の時のアレキサンダー先生の面接の時だって、こんなに緊張ししなかった。
ノアは、地球での「推し文化」に乗っかっていなかったが、憧れの人に会うとは、こういうものかと思っていた。
案内の近衛騎士が去るとトゥルリー先生が言った。
「ノア、緊張しなくていい。それと、アランが来たらこの部屋には結界が張られる。外には決して声が漏れることは無いから、安心して全てを話しなさい。君の事は、私達が必ず守る」
ノアは、トゥルリー先生を信頼していたので心から安心した。
そして、「結界を張る」という言葉をトゥルリー先生から聞くのは二度目だなと思っていた。
そして、「結界ってなんなのだろう?」と思っていた。
そこへ、扉が開きレッドリオン公爵いや、レッドリオン総司令官が現れた。
たしか、侯爵の年齢は235歳くらいだと聞いている。
しかし、どう見ても20代後半にしか見えないその人は、依然見かけた時と同様に半端ないオーラに包まれていた。
レッドリオン総司令官は、
「待たせてすまない」
と、言いながら彼らの向かい側の席に座った。
「わざわざお越し頂いてありがとうイエローバレー大佐。そちらはノア君だったね」
と、アランがノアに手を差し伸べた。
ノアは、ちょっと緊張で動きがぎこちなくなっていたが、アランの差し伸べた手を握った。
「私は、スチュアートリア帝国軍の総司令官兼執務大臣のアラン・クレオ・ハイデルベルト・レッドリオン公爵だ。肩書だけやけに多いが、気軽にアランと呼んでくれ」
と、アラン公爵は握った手に力を込めて言った。
ノアの緊張が伝わっているようで、ノアには緊張しなくて良いと言ってるように思えた。
「ノア・シラミネです。初めまして…」
「いや、正確には初めましてじゃないんですが…よろしくお願いします」
と、しどろもどろで自己紹介した。
気付けば、「結界」とやらが張られているらしく、部屋の外からの音も開け放たれた窓からの音も一切聞こえなくなっていた。
「早速だが、ノア君。君がここ帝都までに来るまでの話を私にも聞かせてくれないか?」
と、アランが本題を切り出した。
ノアは、この星で自分がこれから生きていく為にもしっかり話さねばと思っていた。
ポリアンナを守る為にもBlack Mageから帝都を守ることになるなら、自分に出来る限りの協力をしたい。
今の自分にできる事は、自分の知っている限りのことを語ることなのだと決意していた。
「はい。トゥルリー先生にもお話したのですが、僕は、この星に来たのは去年の初めの頃で、最初に居たのはパドラルです」
「前の星は、地球としいうところで、魔法は存在せず、その代わりに科学が進んでいました」
と、話しているうちにノアは不思議と落ち着いて来るのを感じた。
これもトゥルリー先生やアラン公爵の魔法なのだろうか?
「地球から転移して来た時には、ネオという友達とふたりだったんです」
「僕たちが最初に出会ったのが『大黒主神教』教会の神父の息子で、それでしばらくその教会のお世話になっていました」
「パドラルには、そうした『大黒主神教』の教会は沢山あるのか?」
と、アランが尋ねた。
「そこまではわかりません。でも、ブロッサン国にもあるようです」
「ブロッサン国にもか!」
アランもトゥルリーも驚いたようにつぶやいた。
ノアは、続けて自分が居たパドラルの『大黒主神教』教会の話をした。
「そこの『大黒主神教』教会に住民の人が来て、黒魔術師の司祭と言い争っている場面をよく見ました」
「最初は言い争っていたのに、ほとんどの場合、後で見ると仲良く水たばこをふかして談笑しているんですが、相手の住民の目がとろんとしていて、今思うと魔法にかけられていたのかもしれません」
「それに教会というわりにはそれらしい事をしてるとは思えませんでした」
「僕は、黒魔術というものをこの星に来て初めて見たのですが、どうしても怪しく思えて…。信者になんてなりたくないと思っていました」
「でも、一緒に地球から来たネオは『大黒主神教』の信者になると言って、司祭たちと一緒に船でブロッサン国に向かって行きました。そこからスチュアートリア帝国内に入ったらしいと別の信者から聞きました」
「僕は、教会に残っていたのですが、司祭たちが居ない隙に別の信者の方と一緒に逃げ出して船で帝都に来ました」
と、ここまで聞いてアランは直感した。
俺が見たあの「魔の森」の呪いがかかった狼達を生み出したのは『大黒主神教』のやつらなのだろう、と。
そして、アランはノアに聞いた。
「もしや、その一団にBlack Mageは同行していなかったか?」
「その時の僕にはわかりませんでしたが、今思うとそのような人が居た気がします」
「それはいつ頃のことだ?」
「僕は、彼らが船でパドラルを出発してすぐに船に乗って帝都に向かったので、昨年の伍の月です」
海軍の総司令官でもあるアランは、航路と船の速度からBlack Mage達の移動時間を計算した。
「おそらく、アレクサンドル殿下の予知されたのはこのBlack Mage達の一連の動きなのかもしれん。あの「魔の森」の狼の魔物を生み出したのもその者たちの仕業であろう」
「そうだな、パドラルとブロッサン国内だけの事なら殿下も予知されなかっただろう」
と、トゥルリー大佐も同意した。
「それでアラン、問題はここからなんだ。ノアは、レイマーシャロル地区でその『大黒主神教』に居た者を見たらしいんだ。しかも、仲間のひとりが魔導士クラスに潜り込んでいたらしい」
「トゥルリーは、その魔導士クラスの男を知っているのか?その者の魔導士としての能力は優れていたのか?」
「いや、どちらかというと落ちこぼれだな。単に密偵に入っていただけなのだろうと思う」
するとノアが思わず口を挟んだ。
「あいつ、ピート・ループといいうのですが、あいつは僕に必要以上に付きまとっていたんです。おそらく、僕がパドラルの『大黒主神教』の教会に居たことを知っていたんだと思います。そして、僕を教会に引き戻そうとしている気がしてなりません。口を挟んですみません」
と、ノアが恐縮すると、アランは優しく言った。
「いや、遠慮せずに思ったことは何でも話してくれ。君の情報は我々にとって貴重で、そして、とても重要だ」
ノアは、その言葉に安心して続けた。
「『大黒主神教』はBlack Mageがリーダーらしく、司祭もみんな敬っていました。そして、彼らの目的はBlack Mageの国を作ることなんだそうです。でも、帝国が邪魔をするので、まずは帝国を抑える為に、辺境伯領を狙っているんだと思うのです」
「なぜ、そう思うんだい?」
「それは…先日、レイマーシャロル地区で辺境伯のお嬢様がヤツラに狙われたからです」
「僕も地球で色々な地球の帝国の歴史を学んでいたのですが、この星の事を勉強しながら、ちょっと照らし合わせて考えてみたんです」
「やはり、小さな勢力が大きな帝国に立ち向かうにはゲリラ的な活動しかないのだと思います。だから、『大黒主神教』のような宗教を立ち上げて一般の人を惑わして利用しているのだと思います」
「僭越な意見ですみません」
アランは、ちょっと驚いたようにノアを見ながら言った。
「ウィリアム皇太子殿下が言っていた通り、君と私が帝国の未来の鍵を握っているKey Personなのかもしれないな」
それを横で聞いていたトゥルリーは、先日アレクサンドル皇帝から聞かされたアランと帝国に関す予知の話を思い出していた。
アランは、もう、自分がこの帝国の未来を左右する立場にあることも、運命にあることも察しているのだろうと思った。
「君は、君の星|《地球》からどうやってこの星に転移したんだい?」
とアランが尋ねた。
「地球で、子供の頃から遊んでいた場所に魔法陣が書かれた大きな石が埋め込まれていたんです。そこに書かれている文字を読んだら、光に包まれて吸い込まれていく感じがして…気づいたら、この星に来ていました」
「魔法陣か、こちらの星にもそれはあった?」
「よく覚えて無いんです。森の中の洞窟のような場所で真っ暗でしたから。わずかに光が見えて海の音が聞こえたので夢中でそこを出たので、そこが何処かも今となってはわかりません」
「そうか」
アランは、トゥルリーに言った。
「おそらく、Black Mageは彼を狙って来る。彼らがこの星に転移して来たのも偶然では無いのかもしれない。彼を守らねばならん」
「そうだな。俺もそう思う。帝国神聖力術士養成大学内にいれば安全だが、魔導士クラスの寮に騎士は常駐していないからなぁ。俺がリ・ジェルス館に寝泊りしても良いが」
しばらく考えていたアランは、
「ノア君の魔導士としての能力はどうなんだい?」
と、トゥルリーに尋ねた。
ノアは、トゥルリー先生に自分がどう評価されているのか、ちょっとドキドキしていた。
「ノアは優秀だよ」
「異星から来たというのに、短期間でトロア文字も、マジュ文字も習得してしまったし、この国の地理や歴史も学んでいる。しかも、ものの理に関しての知識まである」
と、思いの外トゥルリー先生から評価が高くて驚いていた。
そして、ちょっと気を良くしたノアが言った。
「物の理に関しては、地球に居た時に学問として学んでいたんです」
「地球には魔法の力が使えない代わりに物理や科学化学という物の理を活用した技術が発達しているんです」
「自動車と言って化石燃料で自走する車や、飛行機という人を何にも乗せて飛ぶ乗り物があったり、各家に水道が完備されていて蛇口をひねるだけで飲み水が出て来たり、とても便利な世界です」
「でも、それが良い事かは、ここに来て、わからなくなりました。少なくとも僕はここの生活が好きです」
と、うっかり口を滑らせて余計なことを言ってしまったなと思ったノアだった。
すると、アランはトゥルリーに言った。
「大佐は、彼からHoly Powerは感じるかい?」
「以前は全く感じられなかったんだが、最近は少し感じるようになったよ」
トゥルリーの返事を聞いてアランは、ノアに聞いた。
「君は、アレキサンダー先生にお会いしたことはあるかい?」
「はい。入学試験の時にお会いしました。僕の入学試験はアレキサンダーとの面接試験だけでした」
「そうか、わかった」
そう言うと、アランは少しの間黙ったままでいた。
実は、その間にトゥルリーと精神感応力で話し合っていたのである。
「トゥルリー、彼を守る為にも、彼をWhite Mageクラスに転入させたいと思うのだが、お前はどう思う?彼にHoly Mageと神聖力というこの国の秘密を知らせても良いものか…それだけが問題なのだが、彼を信じて良いものだろうか?」
「俺は自分の生徒としてノアは信じられると思っている。お前の力でなら彼の心を読むこともできるだろう?」
「そうなんだが、そういう事をしたく無い気持ちがあるのと、そんな事をしなくても俺としては信じたい気がするんだよな、彼を…」
「アラン、お前がよう思うなら、それで良いと俺は思うぞ。俺はお前を全力でフォローする」
アランとトゥルリーがお互いの脳裏に思念を送り直接アクセスし合っている間、ノアは自分が何か悪い事でも言ってしまったかとドギマギしていた。
そして、不安でトゥルリー先生の顔を見たが、先生もまた真剣な顔で一点を見つめていた。
その間、十数秒。
そして、アランはノアに言った。
「ノア君、君が我々に話したことに嘘偽りは無いと誓えるかね?」
ノアは、このちょっとした気まずい間の(十数秒でもノアには長く感じていた)後の質問に少し戸惑ったが、自分としては嘘偽りなく語ったつもりなので素直に
「はい、誓えます!」
と、返答した。
ここは、地球から体ひとつで突然転移したノアにとって正念場であった。
冷静に考えてみれば、ノアはスチュアートリア帝国の隣国からの不法入国になるわけである。
しかも、帝国にとって今の最大の敵であるBlack Mageが組織する『大黒主神教』の教会に居たのであるから。
そして今は、帝国神聖力術士養成大学の魔導士クラスに在籍しているがピートのようなBlack Mage側のスパイと思われてもおかしく無い。
そもそも、他の星から転移して来たなんてことをこの人達はなぜ疑わないのだろうか?
自分が逆の立場になったら、俺ほど怪しい人物はいないに違いない。
ノアが、そんな不安を抱きながら考えていると、アランは死すかに言った。
「私は、君の言葉を信じる。そして、君がこの星に来てからの全てを包み隠さず話してくれた事に感謝する」
ノアは、ホッとして言った。
「はい、ありがとうござます」
アランは、今までのにこやかな表情を一転させ厳しい表情で言った。
「だから、君に我々帝国の最公機密を知らせたいと思う」
「えっ?最高機密ですか?」
ノアは、つい先ほどまで「俺ほど怪しい人物はいないに違いない」と、思っていただけに驚いて聞き返してしまった。
「そうだ。これは、特にBlack Mage達には知られてはならないことなのだ。秘密を守ると誓えるかね?」
ノアは、アランの言葉とその圧倒的なオーラに寒気さえ覚えたが、当に覚悟は決まっていた。
自分がこの星で生きていく為には、Black Mage側に付くか、スチュアートリア帝国側に付くかの二択しかない。
もちろん、ノアの答えは決まっていた。
「はい。僕は黒魔術が嫌いです。Black Mageの仲間には絶対になりたくはありませんし、この帝国の国民として生きていくと決めています。帝国の秘密であれば、それは守るのが国民の義務だと思います」
と、ノアは強い気持ちで自分の決意をアランに語った。
そのノアの気持ちを受け止めたアランはノアに神聖力とHoly Mageについて簡単に説明した。
そして、帝国神聖力術士養成大学は、本来は神聖力を持つ者しか入れないHoly Mageクラスと、White Mageクラスが有り、彼らの安全と秘密を守るため、魔導士クラスとは完全に交流を絶ち、隔離しているということを説明し、その上で、ノアをWhite Mageクラスに転入させようと思うことを話した。
アランから、これらの説明を聞いたノアは驚いて言った。
「えっ?僕をWhite Mageクラスに転入させて下さるんですか?」
「嫌かい?」
「いえ、とんでも無いです。僕は、勉強頑張って白魔術師になりたいと思っていたのですが、Holy Mageクラスに入れるなんて…夢のまた夢だと思ってましたから嬉しいです」
「そうか、では、出来るだけ早く移動した方が良い。彼のことはトゥルリー大佐に任せるので、後はよろしく頼む」
「はい、承りました」
トゥルリーは、ノアの肩を抱いて
「良かったな、ノア!」と、言った。
ノアは、まだ信じられないという顔で頷いた。
そして、ノアの脳裏にはポリアンナ達三人の女子の顔が浮かんでいた。
こんなに早くWhite Mageクラスに編入できるとは、青天の霹靂である。
つい、さっきまではポリアンナの為にも近づいてはならないと決意し、手紙の返事も出さないつもりでいた。
それなのに、こんなにも早く彼女たちと同じクラスに行けるとは…。
ノアの運命は彼の意思に関係なく動いて行くように思えた。
神は、本当に彼をKey Personのひとりとして選んだのであろうか?




