動き出す、それぞれの歯車
ネオとノアは全く違う生活を送っていた。
ネオは、サバイバルな生活を送りながら、黒魔術の習得を目指す生活をしていた。
一方のノアは、村で商売の才能を開花させ、村人とも仲良くなっていた。
ネオが、山や森で野宿をする事も多かったので、数日顔を合わせないことザラになっていた。
元々、彼らは地球ではオンラインゲームで知り合った顔を知らない者同士だったので、数日会わなくても気にならなかった。
それぞれ、この星での知り合いが増え、地球に居た頃よりも充実した生活を送っていたので、だんだんお互いの存在を意識いることも少なくなっていった。
何ヶ月かに一度、教会に来て大規模な儀式を行うというBlack Mageという大魔術師は、フードを深く被りほとんど顔が見えず、まさに魔法使いという感じだった。
儀式と称して、何か大きな生き物を使って生贄にした魔術を行っていたようだが、ネオとノアは信者ではないので参加させて貰えず、見ることもできなかった。
ノアの方は、それでも全く気にならなかったが、ネオは気になって仕方なかった。
そして「俺も信者になろうかな」と言った。
ノアも誘われたが、今回は、きっぱり断った。
そもそも地球で、あの時ネオの誘いに乗らなければ、闇バイトに引きずり込まれることも無かった。
こうして異世界に来ることも無かったはず。
リゲル・ラナに来たことに文句は無いが、闇バイトはやりたくなかった。
もし、地球に戻れたとしても犯罪者に加担したことになる。
それがもし、警察にバレなかったとしても奴らに個人情報を知られている。
どちらにしても、地球に戻れば身の危険がある。
そういえば、俺が逃げたら家族にも危害を加えるような事を言っていた。
急に、地球の家族のことが心配になった。
ここで心配したところでなのだが…、俺は単なる行方不明なんだろうか?
それとも、死んだことになっているのだろうか?
考えても仕方ないことだが、ついつい考えてしまう。
こちらでの生活も、そろそろ考えないとならない時のかもしれない。
最初に来た時から、ここの教会はうさん臭い気がして仕方なかった。
ノアの中で教会と言えば、禁欲主義で、神に祈りを捧げ、子供に字や勉強を教えたり、人々に役立つ奉仕活動をしたりするイメージだったが、ここはそうでない。
確かに、助けを求めて訪ねて来る人もいる。
だが、いつもなんだかんだ最後には一緒に葉巻や水たばこをふかして帰っていくだけだ。
祈っているところは見たことが無い。
ここでは、祈りの言葉ではなく、呪いの言葉が唱えられている。
子供の姿なんて見たことは無い。
むしろ、村の人は子供たちに教会へ近づかないように言ってる。
奉仕活動というものは全くしない。
自給自足の生活なので、自分たちが食べていくだけでも大変なのは確かだ。
信者たちや俺とネオにまで食べさせているだけでも奉仕活動なのかもしれないが…
やはり、うさん臭さは拭えなかった。
ネオが信者になれば、そのままここで生活していくことになるのだろう。
しかし、信者にならない俺が、いつまでもここに居るのもどうなんだろうか?
ここを出て、ひとりで生きた方が良いのか?
ある程度この星での生活も文化も理解したし、商売もやれそうな気がする。
折を見て神父に相談してみようか。
そんな事を考えていたある日、ネオが神父やBlack Mage達と遠方へ布教活動に出かけることになった。
船に乗ってブロッサンというかなり遠い国へ行くらしい。
ノアは、これを機に俺もここを出ようと思った。
そんな時に事件は起きた。
ある信者が突然暴れ出したのである。
何を言っているかわからなかったが、何か叫びながら暴れていた。
そういえば、あの信者は数日前から様子がおかしかった。
食事も他の者とは、別のものを与えられていた。
毎日のように何時間も水たばこをくゆらせて、ぼ~っとしていた。
それに対して、周りの信者も神父も何も言っている様子はなかった。
間もなく神父が呼ばれ、その男の額に指を突き刺して呪文を唱えた。
神父の指がその男の額にブスリと刺さったように見えた。
間もなく、その男はへなへなと地面ら座り込んだ。
どうやら死んではいないようだった。
別の信者たちが男の両脇を抱えるようにして担いで立たせ、どこかへ連れて行った。
ノアは、似たような様子を何回も見かけていた。
暴れている男は毎回違う者だ。
やっぱり、ここはおかしい。
いつ神父に言いだそうかと迷っているうちに、ネオと共に神父たちが布教活動のための遠方へ出かける日となった。
「ネオくん、しばらく会えないけど気をつけてね」
ノアは、もうネオとは会えない気がしていた。
「ああ、ノアも元気でな」
ネオは、これからの船の旅にワクワクしているようだった。
なんだか、ここに来たばかりの頃のネオとは別人のようだった。
ここへ来たばかりの頃のネオは、地球にいる今どきのチャラい高校生という雰囲気だった。
が、今は山賊か海賊のような風貌になっていた。
山や森でのサバイバル生活が板についたのだろう。
「そうだネオ君に、ライター返しておかないと。使わないかもだけど」
と、ノアが地球から持ってきたライターをポケットから取り出すと
「もう、火を点ける魔法も身に付けたから、それはいらないよ。お前もいらないだろ?」
「うん。じゃあ、ネオ君との記念に俺が持ってるよ」
そう言って再びポケットにしまった。
そして、ネオは神父たち一行と共に旅立って行った。
その夜、ノアは、神父もネオも居なくなった寂しい食堂で、食事をしていた。
すると、留守番に残っていた信者のひとりがノアに近づいて来て言った。
「隣いいか?」
「あ、はい」
あまり話したことの無い人だったが、よく神父の使いをしていた人だ。
名前は、たしか…デイブスだったはずだとノアは思った。
「お前、ここから出たいと思ってないか?」
「えっ?」
ノアは、心を読まれた気がして焦った。
「俺も、神父が留守のうちに出たいと思っているんだ」
「そうなんですか?」
ノアは、かまをかけられているのでは無いかと思って用心深く相槌を打つことにした。
「ここの教会が怪しいことはわかっているだろ?」
「俺は、別の所から来たので、ふつうがわからないですから」
と、ごまかした。
「ここは、黒魔術師達の隠れ蓑なんだよ」
「隠れ蓑?隠れて何かしているんですか?」
「Black Mageの国を作ろうとしているだよ。その為に今回も遠征に出てる」
「そうなんですか!」
「まぁ、俺はBlack Mageの国が出来ても、今の国でも変わらないとは思うが…」
男は、少し言葉を詰まらせてから、つぶやいた。
「ただなぁ」
「ただ?」
「お前も見たことあるだろ?神父たちが人間で実験しているのを」
「あー、あれは実験なんですか?」
「そうだ。人を魔術で自由に操る実験だ」
「そんな事が…」
「催眠術である程度は操れるんだが、さらにその精度あげた魔術の実験をしていたんだ。俺も、いつか実験道具にされるんじゃないかとヒヤヒヤでさ。逃げるなら、今がチャンスだと思って。お前も一緒に逃げないか?」
ノアは、それまで怪しいと思っていたことの辻褄があった気がして、この男の話は信用できると思った。
だが、すぐにはその話に乗らず
「そうなんですね。でも、ここのみなさんにはお世話になっているので…考えておきます」
とだけ返事をした。
それから、数日が経過したが神父のいない教会は平和そのものだった。
ノアは、いつものように村に野菜や果物を売りに出かけた。
ノアの屋台の隣は煮込み料理を作って売って、いつもノアにただで食べさせてくれる優しい主人の店だった。
その屋台の主人が、火打ち石を忘れて火がつけられず、料理が作れないと嘆いていた。
ノアは、ポケットにライターがあったので、それで点けてあげようと思ったが、この星にはライターなど存在しない。
ライターを使うより魔法を使う方が怪しまれないのかもしれないと思い
「おじさん、俺、火を点けられるかも?」
と、言って魔法で火を点けてあげた。
屋台の主人はびっくりした顔をして言った。
「お前さん、魔法が使えたのか!」
「いや、これしか出来ない。他の魔法は習ったことないんだ」
と、ノアがケロリした顔で言うと主人は
「いやいや、その魔法が出来るなら他のも使えるようになるだろうさ。お前さん、あの教会の人だろ?黒魔術師の」
「俺、他のところから来たんだよ。泊まるところも、食べるものも無くて困っていた時に拾われたんだ。だから住まわせて貰っているお礼にこの仕事手伝っているんだ」
「そうか。あの教会は良い噂は聞かないから、早く出た方がいいぞ」
ノアは、屋台の主人もあの教会を怪しく思っているらしいのに俺に優しくしてくれて感謝しかないと思った。
「でも、あそこを出ても行くアテがないから…」
と、つぶやくようにノアが言うと主人は、
「あんたこのパドラル国の者じゃないんだろ?この国に執着がないなら、隣のスチュアートリア帝国へ行くと良い。あそこの国は、国民を大切にしてくれるって有名だし、魔法の心得があるなら帝国神聖大ってところへ入れるかもしれない。なんでも、White Mageを養成する大学だそうだから、ただ入学試験は難しいらしいがな」
「ありがとうおじさん!考えてみるよ」
ノアは、スチュアートリア帝国へ行ってみたいと思った。
どうせ知らない星に転移したのだから、色々見てみたいと思った。
教会へ戻って、いよいよここを出ようと決意していると、例の男がノアに声をかけて来た。
「どうだい?ここから逃げる覚悟はできたか?」
「はい。ここを出てスチュアートリア帝国ってところへ行ってみようかと思ってます」
「おいおい、お前、行ってみようって言ってもそんなに簡単に国境を越えられないぞ?」
「そうなんですか?」
「スチュアートリア帝国内には、基本Black Mageは入れないんだ。だから、国境の警備も厳しい。ましてや、この『大黒主神教』の教会から来たなんて言ったら強制送還だぜ」
「そうなんですね。じゃあ他に行くしかないか~」
「でも、陸路は厳しいが海からなら帝都へ入れるかもよ?」
「商船に船員として乗り込めば港へは入れる。そっからは運だけどな」
ノアは、だからBlack Mageと神父たちは船で移動したんだなと思った。
しかし、まさか自分も船旅になるとは思ってもみなかった。
「どうすれば、船に乗せて貰えるんですか?」
「俺の知り合いが商船の船員をやっているから、頼んでやるよ」
「本当ですか!」
「ただ、俺はパドラル人ってバレバレだから、港からは中には入れない。帝国の港まで一緒に言ってやるよ」
「いいんですか!」
「ああ、俺は、そこから別の国へ逃げるから途中まで一緒に行こう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
こうして、ノアも船を使ってパドラルを出ることとなった。
その頃、ネオは、初めての船に船酔いしながら
「こんな思いするならついて来なければ良かった」
と、思っていた。
マンガやアニメの船旅はもっと快適そうだったが、地球の現代の船ですら船酔いする人もいるのだから、中世の頃のような船では荒波に振り回されて酔うのは当然かと今さらながら感じていた。
それでも、数日も船に乗っているうちに、だんだんネオも慣れて来た。
Black Mageと神父はそんな荒波に揉まれて、コーヒーカップの乗り物以上に目が回る船上でも平然としていた。
どうやら、それも魔法で乗り切れるらしい。
魔法とは、なんと素晴らしいものか!と思っていた。
ネオは、船上でBlack Mageと黒魔術がどんなに素晴らしい力なのかを聞かされていた。
そして、Black Mageが支配者になることの意義を教えられ、ネオも頑張れば国の中枢を担う幹部高官にだって慣れると言われた。
地球に居た時は、学校でもうだつが上がらず、バイトもどれも長続きしなかった俺に大出世チャンスだ。
この世界に転移して来て良かったと思った。
数ヶ月の船旅を終えて、一行はブロッサンという国に到着した。
そこにも、パドラルと同じような『大黒主神教』教会があった。
ブロッサンという国の教会に数日間滞在していると仲間の信者らしき者が迎えに来た。
その迎えの者と気味の悪い深い森を数日掛けて抜け、スチュアートリア帝国内の教会に到着した。
Black Mage達は昨日通って来た森へ再び入って行き、大規模な魔術の儀式を行った。
儀式は数日間続いたが、ネオは、その教会で待っているように言われて参加させて貰えなかった。
その儀式は、いつものように小さな魔物を魔術で凶悪化させるだけでなく、そこに住んでいる狼達にも同じような実験を繰り返していた。
数週間そこに滞在していたが、儀式が終わったと言って再びブロッサン国の『大黒主神教』の教会へ戻って行った。
その頃である。
遠く離れたスチュアートリア帝国のウィリアム皇太子が、西方での不穏な動きを予知した。
しかし、その予知はこの出来事ではない。
これは、予知した不吉な出来事の予兆に過ぎなかった。
古びた歯車がギシギシと音を立てて回り出すように、宇宙の歴史の歯車がついに、ゆっくりと動き出した。




