「勇者バンディアス」と「黒魔術師たち」
アランが帝都のルデ・トロア宮殿戻り、執務大臣室に戻ると、シオン・ミッシェル・ヴァイオレット・フィールド参謀長からの「例の件についての報告書1」「例の件についての報告書2」…と、題する閉じ紐で閉じられた資料が山積みされていた。
アランが、東奔西走している間に『時の扉』に関する文献を調べ上げてくれたらしい。
「さすが、シオンだ…と、言いたいところだが、この報告書は何冊あるのだ?さすがにこの資料の山全部に目を通すのは骨だぞ」
と、言いながら机いっぱいに山積みにされた資料のひとつを手に取って目を通した。
パラパラとページをめくりながら、アランの目の色が変わって行った。
「やはり…」
と、言うと側近の者にヴァイオレット・フィールド参謀長を呼ぶように命じた。
ほどなく、ヴァイオレット・フィールド参謀長が執務大臣室に現れた。
アランは、苦笑いをしながら、
「シオンこの資料のために、どれだけ時間を費やしたんだ?」
「そうですね。他の公務の合間に寝る間を惜しんでやりましたので…」
「シオン、頑張り過ぎだぞ?無理はするな」
「アラン様のご命令とあれば手を抜くわけにはいきませんので」
シオン・ミッシェル・ヴァイオレット・フィールド参謀長は、アランの学友であり、腹心の部下でありアランを尊敬していた。
彼は、武力よりも頭脳派で、多くの文献に通じており情報収集能力に長け、収集したデータ分析して的確な判断を下すことの出来る軍師であった。
アランもその能力を高く評価して信頼を置いていた。
「しかし、これだけの報告書に全部目を通す時間は俺にはないぞ?」
「そうですか?アラン様なら十分おできになるかと」
「本当にそう思っているか?今は、それどころでは無い状況になって来たのだ。そこで、お前の力も必要なのだ」
シオン参謀長は予期しておりましたというように
「はい、心得ております。私も貴族の端くれですので、皇帝陛下からの通達は承っております」
と、言って、紐で閉じられた山積みの資料の中から一冊を手に取った。
「『時の扉』が何なのかについては、詳しい正確な記録はありませんでしたが『時の扉』にまつわる伝承はたくさんありました。中でも、最後に現れたとされる時代には、やはり、帝国内のBlack Mageや魔導士たちの動きが活発になって、各地で騒動が起きていたと推測されます」
と、シオンが報告した。
「やはり、Black Mageが関連しているのだろうか?」
「記録によると、『時の扉』というワードが出てくるのは2000年前くらいからなんですが、似たような伝承は4000年以上前からあるようです。当時は、Black Mageと呼ばれておらず大魔導士や、黒魔王と呼ばれていたようですし、なぜ『時の扉』と呼ばれるようになったかをもう少し調べてみようと思っています」
と、淡々と述べるシオン参謀長に対して、まだやるのか?という気持ちが顔に出てしまうアランだった。
「これだけ調べても、まだ調べ足りないのか?すまんな、シオン。苦労かけるな」
「いえ、私は調べることが好きですから苦ではありません。アラン様もご存じだと思いますが、我が帝国の成立とBlack Mageとの闘いの歴史は切っても切れないものがあります。Black Mageと関係がある可能性がある以上は徹底的に調べたいと思います」
「そうだな。私の父と叔父である現皇帝が乗り出した闘いも、全て裏で暗躍していたのはBlack Mageだ。スチュアートリア帝国の歴史は、Black Mageとの闘いと言っても過言ではないからな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
スチュアートリア帝国は、初代皇帝フランドル陛下の時代には、スチュア・トロア大陸には、幾つもの小国存在していた。
『赤い荒野の闘い』の時のシャバラリオのように、国と言っても国家と言う形態を為さず、細かく分裂している地域も多く、魔導士や魔術師が、その土地の長として牛耳っていることがほとんどだった。
土地によっては数年ごとに、日照りによる干ばつや、逆に豪雨による洪水、害虫や魔物による作物被害等で、生死を左右される災害に見舞われる地域もあった。
人間というものは、人間の力でどうにもならない事の救いを、人知を超えた力に頼りがちである。
特に生きていくことが厳しい地域でのその傾向は顕著になる。
魔力を操れる者たちは、そんな人々の苦境に付け込み、じわじわと権力を握っていく。
いつしかそうした者が生きながら神と崇められたり、死後も神として奉られ続けたりすることで、子孫がその地位と権力を維持するのは世の常である。
さらに、人は権力を握ると、それを死守するため権力闘争を繰り返すこととなる。
権力に阿る者たちを従え、謀反を抑え込み、それらを牛耳り続けるには、民から指示を得る必要がある。
民の不満を抑え指示を得続けるため、自分たちの地理的問題を解決する手段として、概ね選択される手段が「無いならば奪う!」
つまりは、他国への侵略戦争である。
当時のスチュア・トロア大陸各地でも、こうした侵略戦争が繰り返されていた。
スチュアートリア帝国の初代皇帝フランドルの時代には、スチュアートリア帝国は存在せず、現帝都トロア周辺の地域を含むトロア王国という一国家に過ぎなかった。
初代皇帝フランドルは、強大な神聖力を持って生まれたが、当時はまだ魔導士や魔術師と、Mageと呼ばれる者の区別も無く、神聖力を持つ者の自覚を持たない者も多かった。
当時の「魔術」は、詠唱を唱えたり、魔法陣や魔法が宿る杖を使ったり、リゲル・ラナ星に宿っている魔力を活用することが主だった。
「魔術」を操れる者を「魔法使い」「魔術師」と呼び、彼らの中には自らを「神」や「王」と自称する者もいた。
それに対して、神聖力とは、宇宙全体に存在する宇宙を司る力であり、以前の星々の人生の中で、その者が磨いた魂に宿る力である。
神聖力は前世までのその者の生き方に左右されるので、魔法のように努力や修行で身に付けられるものでは無い。
魔術を習得した者の中にも生まれながら神聖力を持つ者がおり、彼らは自らを魔導士と名乗り、他の魔術師とは一線を画すようになった。
初代皇帝フランドルがトロア王国の幼い王子だった頃、トロア王国にバンディアスという者がいた。
彼は、後に「勇者バンディアス」と呼ばれる伝説の勇者であり、スチュアートリア帝国の礎となった男のひとりである。
バンディアスは、神聖力を持つHoly Mageであり(当時はまだ神聖力やHoly Mageという概念は無かった)その力で、無敵の勇者としてトロア王国の守り主となっていた。
その頃のトロア王国も隣国からの侵略を受けていたが、勇者バンディアス達により守られていた。
バンディアスはその功績でトロア国王に認められ、宰相にまで執りたてられていた。
Holy Mageは、その力で肉体強化し老化や衰えを抑えることができる。
まだ、神聖力について理解されていない頃だったので、勇者バンディアスは不老不死とも噂されていた。
宰相に執りたてられたバンディアスは、ある日、フランドル王子に宿る神聖力に気づいた。
フランドル王子は、探求心旺盛で勉強熱心で、理解力、記憶力にも優れており、馬術や剣術にも長けていたので、バンディアスは自ら王子の教育係を買って出た。
フランドルは、バンディアスから魔術を習いHoly Mageとして目覚め、力を身につけていった。
そこに大陸全体に大きな災害が起こり、あちこちで大規模な飢饉が生じた。
多くの土地で軋轢が生まれ、それまで抑えられていた侵略意欲が一気に噴出した。
まさに大陸全体が戦国時代となった。
そうして、他国の侵略を企てる支配者や、領民から搾取する支配者、自分の支配力を確固たるものとしようと画策する支配者が次々と現れた。
そのほとんどが魔術師であり、それに抵抗する魔導士とぶつかり合っていた。
この時から、黒魔術と白魔術という概念が生まれた。
実は、宇宙にはダークエナジーをエネルギー源とする魔術と、ライトエナジーをエネルギー源とする魔術が存在しているのだが、この頃はまだその区別が理解されずにいた。
しかし、魔導士たちは、自分たちの魔術は人に役立つもの、人を幸せにするために使うものという信念を持ち、ライトエナジーをエネルギー源とする魔術を使っていた。
この魔術の利用の考えの違いから、後にそれぞれを黒魔術師と白魔術師と呼ぶようになる。
但し、後年になって魔導士にもダークエナジーをエネルギー源とする魔術と、ライトエナジーをエネルギー源とする魔術の両方を使う者が現れた。
そこで、ダークエナジーをエネルギー源とする魔術を黒魔術、黒魔術に卓越した者をBlack Mage。
ライトエナジーをエネルギー源とする魔術を白魔術、白魔術に卓越した者をWhite Mageと呼んで区別するようになる。
そのBlack MageにもWhite Mageにも達していない魔術師は、魔導士と呼ばれている。
当時の白魔術師達が黒魔術師との闘いで、助けを求めたのがトロア王国の勇者バンディアスだった。
バンディアスは、既に100歳を超えていたとされるが、まるで若者のような容姿であったと言われている。
そしてバンディアスは、フランドル王子と共に隣国の黒魔術師を討伐し、白魔術師派の人々にその国を取り戻させた。
黒魔術師達の悪政から解放された国々は、バンディアスとフランドル王子に感謝し、喜んでトロア王国の属国となった。
フランドル王子は、バンディアスの指導の下、立派な国王そしてHoly Mageとなり、共に500年以上をかけてスチュアートリア帝国を成立させた。
この際に、スチュア・トロア大陸から逃げた黒魔術師たちがアモー・ロンド大陸に渡り、Black Mageとなったと言われている。
今のアモー・ロンド大陸の国々には、Black MageもWhite Mageも存在するが、Black Mageに迫害されてスチュア・トロア大陸へ逃げて来るWhite Mageも多い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「スチュアートリア帝国の成立時からBlack Mageとの闘いは、我々スチュアートリア一族の宿命なのかもしれないな」
と、アランは自分の背負った宿命を感じていた。
恐らく、この星に魔法が存在する限り、その力を己の利の為にだけ活用する者と、公の福利に活用する者が現れるのは避け得ないのだろう。
アランの父ラファエルが皇帝でアランが皇太子であった頃、アランは、全てのBlack Mageをリゲル・ラナから一掃するのが自分の役割なのかと考えていた。
そして、Holy Mageの師匠であったアレキサンダー先生に相談した事がある。
その時のアレキサンダー先生の答えはこうだった。
「例え、アラン様に5000年の寿命があったとしても、それは無理でしょう」
逆に、アランは、アレキサンダー先生にこんな質問をされた。
「世の中には、左と右、上と下、 正(+)と負(-)、光の反対は闇…というように物事には必ず対になるものが存在するのです。物体は光が当ることで、人がその物の存在を認識できるようになりますが、光のみで影が一切なければ逆に見えません」
「殿下は、人は善だと思われますか?悪だと思われますか?白だと思われますか?黒だと思われますか?この世から、全ての悪を一掃することが可能だと思われますか?」
そのアレキサンダー先生の質問に対して、当時のアラン皇太子はこう答えた。
「この世の悪が一層されるのが理想だとは思うのですが、先生のお話を伺う限りそれは無理なのでしょう。私は、未熟者なので先生の質問の正解は、まだ出せません。でも、それらのバランスをとりながら人々の安寧を守るのが国を司る者の役目なのかと考えます」
235歳となったアランは、再びこのアレキサンダー先生に出された課題を考えていた。
Holy Mageとして多くの経験を積んであれから200年以上経過したが、未だにその答えを出すことはできない。
しかし、Black Mageが他者を踏みつける行為をしたり、犠牲にしたり、自己の欲を優先する悪行をする限り討伐するしかない。
それが国と国民を守るということだと思っていた。
それは、アランの父である代5代皇帝ラファエルも、代6代皇帝アレクサンドル現皇帝も、その子ウィリアム皇太子も同じ思いである。
『時の扉』については、そのウィリアム皇太子が予知したことだけに捨て置けなかった。
「シオン、きっとこれから忙しくなる。しかし、ウィルの予知も無視できない。お前も帝国軍の参謀として、一領主として忙しくなると思うが、無理のない程度に調査を続けてくれ」
「かしこまりました。私にも自分の手足となって働いてくれる優秀な部下がおりますから大丈夫です」
「そうか!私の優秀で忠実な臣下の部下だから信用できるな。シオン、一緒にこの難局を乗り越えよう。信じている!」
「はい!」
アランの言葉が、シオンの運命を変えることになるのは、もう少し先のことである。
そして、スチュアートリア帝国内全体にBlack Mageとそれに準ずる魔導士の動きへの極秘の警戒網が敷かれた。
帝国内の陸海軍の騎士たちも久しぶりのTop-Secret Surveillance Networkに緊張感が走っていた。




