「地球人」と「リゲル・ラナ人」
ノアは、地球での最後の日を思い出してみた。
もうそれがどれくらい昔のことだったかわからなくなっていた。
ついこの前の事のはずなのに、もう何年も昔のようにも思える。
地球での日々が現実だったのか、今が幻想なのかも全くわからなくなっていた。
ただひとつ言えることは、地球での日々よりも今の生活の方が生きている実感があるということだ。
地球での生活では小学生になる前の記憶は、ほぼ無い。
小学生になってからも学校へ行って、やりたくもない勉強をして、帰宅したら好きな本を読んで、漫画やアニメを見て、ゲームをして…
低学年の頃は、それなりに楽しいこともあった気はするが、楽しいことよりも面倒だと感じたことの方が多かった気がする。
人間は、良い事よりも悪いことの方が記憶に残りやすいのかもしれない。
中学校に入っても似たようなものだった。
特に大きな苦労もしていないが、特に感動することも無かった。
ムカつくことはあったが、誰かと激しい喧嘩をしたことも無い。
よく考えてみても、これと言って生きている実感を持てるような経験をした記憶を思い出せない。
リゲル・ラナ星に来てからは、何がなんだかわからず戸惑う事も多かった。
生きるためには学ばなければならなかったし、身に付けなければならない事も多かった。
それでも、そうした学びは、大変なことも有ったが地球での学校の勉強ほど嫌々ではなかった。
学んで身に付けなければ生きていけないと思う焦りもあったから、嫌だとか、やりたくないと思う余裕もなかったからもしれない。
なによりも、出来るようになる喜びと、自分が成長しているという実感があった。
地球で生活した頃よりも、遥かに自分の力で自分の人生を生きてると思えた。
地球に居た頃は、自分が何のために生きているのかわからず生きていたんだと、今更ながらに思う。
それでも、やっぱり、出来ることなら地球に帰りたいと思う気持ちは大きかった。
一方のネオは、すっかりリゲル・ラナでの生活にはまっていた。
自分で作った弓と矢で仕留めた獲物を食べる!
なんてサバイバルな生活なんだろうとワクワクしながら、教会の調理場でハンスから、獲物の血抜きや捌き方を教わっていた。
地球に戻ったら農業をしながらジビエ料理を出す店も出来そうだなと思っていた。
「ハンスさん、今度はでかい獲物を獲りましょう!」
と、ネオがハンスに言うと、
「ネオは、血とかに怯えないんだな。ハンターに向いているぞ!」
と、ハンスも言った。
同時に辺りを見回してノアが居ないのを確認してから
「ノアは、お前とは真逆だな。あいつには殺生も血も無理そうだ。せめて魚でも釣らせるか」
と、言った。
「そうですね。ノアは、優しいというか臆病なので」
と、ネオは自分だけがハンスに認められたような気がして気分が良かった。
ある日の狩りの日、ハンスはいつもより厳しい口調で言った。
「あっちの森には行くなよ」
「なんでですか?」
ネオが聞いた。
「魔物が出るんだ!」
「魔物って、ちょっとした魔法で餌を捕まえる小さいヤツですよね?人間には、ほとんど害が無いって聞きましたけど」
ノアが不思議そうに聞いた。
「いや、そっちのヤツとは違うんだ。魔力が強くなっていて人間を襲うらしい」
「えー!」「そんなのもいるのか?」
と、ノアもネオも大きな声をあげて驚いてしまった。
ハンス本人は、怯える様子はなく
「まぁ、うちら『大黒主神教』の信者なら安心だがな」
と言った。
ネオとノアは「なぜ?」と思ったが、聞いてはいけない気がして言葉を飲み込んだ。
そんなある日、ジェイコブ神父が言った。
「今度、大きな祭事がある。有名なBlack Mage様も見えるので、御馳走と生贄の用意をしてくれ」
ハンスと信者たちは、ジェイコブの神父の言葉に頷いた。
ハンスは、ノアとネオに
「お前たちも手伝えよ」
と、言った。
ネオは頷きながら、噂のBlack Mageという言葉に敏感に反応していた。
ネオとノアの住んでいた地球には、魔法というものが無い。
この星には、魔法というものが存在していて、それを極めると500歳くらいまで寿命が延びるという。
また、この星には、テレビや電話、電気、水道は無い。
けれど、魔法が使えれば全く不自由はしない。
当然シャワーなんてものは無いし、風呂だってよほどの貴族でないと毎日は入れない。
ネオとノアは、現代地球から来たので初めはそれが一番キツかったが、今は全く気にならない。
汗をかいて気持ちが悪い時は、海や川で、ひと浴びした。
ジェイコブ神父に頼めば、火はすぐに点けてくれる。
呪文を唱えて指先一本で、水をお湯にも氷にも変えられた。
釣った魚や、捌いた肉をその場で凍らせることもできたから、冷蔵庫が無くても保存に困らなかった。
封印の術を使えば、その荷物や箱を開くだけで、爆発する仕掛けも施せるので鍵も金庫も必要ない。
地球にこんな魔法の金庫があったなら、ふたりが闇バイトに雇われることも無かったのかもしれないと、ついつい思ってまう。
魔法とは、なんて便利なものだろう!
ネオは「俺も使えるようになりたい」と、心ひそかに思っていた。
ジェイコブ神父は魔術師レベルで、その魔術を極めた人がBlack Mageなんだそうだ。
神父の魔法だけでも凄いのに、Black Mageはどんなに凄いのだろう。
ネオは、祭事というものが楽しみだった。
ノアも魔法には興味はあったが「生贄」という言葉がひっかかっていた。
地球で読んでいたマンガやアニメの「生贄」を使う魔術は、あまり良いイメージでない。
ただ、初めて海岸で出会った時にハンスが、ふたりの釣った魚を魔魚と呼び
「そのままでは食べれないが生贄に使える」
と、言っていたので、魔魚のようなものを生贄に使うのだろうと思っていた。
ノアとネオは、お世話になっている教会の仕事は言われるままに手伝っていた。
教会というくらいだから、神様の為に働いているのだから良い事をしているに違いないと思っていたからだ。
時々、村人がやって来て神父に向かって怒っている場面を度々目にした。
村人が怒っている理由は全くわからなかった。
しかし、そういう人を相手にしても神父は動じることなく、まっすぐ目を見て相手を黙らせていた。
後から考えれば、それが魔法の力なのだが、その時のノアとネオには気づけなかった。
仕事の合い間に、さっきの人はどうしたかな?と見ると、教会の前で仲良く水たばこや葉巻をくゆらせ談笑していた。
だから、ちょっとした誤解や行き違いだったのだろうと思っていた。
ネオとノアが、この村に来て数ヶ月が経っていたが、彼らが来た頃に比べて信者の数が増えているようだった。
どこの世界も宗教は流行るのものだなと、ふたりは思っていた。
不思議なことに、ハンスもジェイコブ神父も、地球から来たふたりに対して詮索することも宗教に勧誘することもしなかった。
ただ、ふたりが地球から持ってきた、スマホ、スパナ、ハンマー、ライターには興味を示していた。
スマホはとっくに電池切れになっていたし、ライターが無くても魔法で火は点けられる。
ここで役立ちそうなものは、ハンマーとスパナくらいだった。
ふたりは、地球での嫌な記憶を呼び起こされるので、ハンマーとスパナをハンスにあげてしまった。
自分たちが地球から来たという想い出の品は、電源の入らないスマホとオイルライターだけだった。
ネオは、せっかく魔法が使える世界に来たのだから、自分も魔法を使えるようになりたいと思った。
どうしたら、魔法が使えるようになるのかをハンスに聞いた。
ハンスはネオに言った。
「お前にその素質があるのかどうかだな。魔法にはダークエナジーを使うものと、ライトエナジーを使うものがある。両方操れる者もいるが稀だ。俺たちの魔術はダークエナジーを活用する黒魔術というものだ。ダークエナジーの方がライトエナジーより強い。攻撃性があるのは圧倒的にダークエナジーを活用する方なんだ」
「ライトエナジーの方は攻撃力が無い?」
「いや、そんなことは無いが、直接相手を攻撃するというよりは、自らを強化する感じだな?まぁ、どちらも最初は同じだ」
「素質ってなに?」
「生まれ持った才能だ」
「へぇ~」
「親父にはあるが俺にはあんまりない。だから俺は、練習しても親父のような魔法は使えないんだ」
ハンスは、ちょっと悲しそうに言った。
「でも、ハンスさんも少しは使えるでしょ?俺にも教えて下さいよ」
ネオは、目を輝かせて言った。
「そうだなぁ、お前がそういうなら親父に聞いてみるよ」
「やった!!!」
ネオはゲームやアニメで見ていた力を使う自分の姿を想像してワクワクした。
その夜、ネオはノアに言った。
「せっかく、魔法が存在する世界に転移したんだからさ、魔法を使えるようになりたくないか?」
ノアは、ネオの質問に素直に同意した。
「魔法が使えたら便利そうだよね?」
「極めたら寿命も500年くらいになるらしいぞ」
「え~、でも、そんなに生きてもなぁ。俺は16歳だけど、今でもなんか充分な気がするしな」
「俺は、地球で生きてた頃はそう思っていたけれど、ここでなら長い生きしてもいい感じする。魔法が使えたらなおさらだ」
ノアは、自分が500年も生きることを想像できなかったが魔法には興味があった。
もし、魔法を習えるのなら習ってみたいと思った。
翌日、ネオとノアはジェイコブ神父に呼ばれた。
「実は、お前たちにひとつ聞きたいことがある」
ここに来てから、ふたりは神父とはあまり話したことがなかった。
「お前たちは、こことは別の世界から来たのだな?この世界には無い物を持っていたからな。どこから来た?」
「地球という星の日本という国です」
と、ノアが答えた。
「聞いたことが無いな。昔、このリゲル・ラナに来た者がいたそうだが、お前たちとは違うところから来たらしい。その者は魔法が使えたらしいからな。おまえたちは、魔法は使えないのだな?」
「はい。俺たちの世界に魔法を使う者はいなかったっす。だから教わりたいです」
と、ネオが言った。
「そうか、まずは素質があるかハンスと練習してみろ」
と、ジェイコブ神父が言った。
翌日から、ふたりは、仕事の合い間に魔術の練習をした。
詠唱を覚えないと使えない術もあったり、生贄の必要なものもあったりだったが、すぐに使えそうな魔法はなかった。
それでも、ネオは食い下がった。
覚えは良い方ではなかったが、難しい呪文を何度も繰り返して覚えようとしていた。
この世界では紙は貴重だったので、板に文字を刻んだり炭で書いたりしてメモをしていた。
ノアは詠唱を唱える魔法はまだしも、生贄を使う魔法にはあまり乗り気ではなかった。
ただ、マッチやライターを使わずに火を点けられるのは便利だと思った。
そして、その練習だけを熱心にしていたところ、ある日、ノアの前の木くずに火が点いた。
「お、火を使う魔法ができそうだな?」
ハンスがノアに言った。
「なんかできました」
「その力を高めていくと、相手を攻撃することも出来るようになるらしいぞ?」
と、ハンスが言った。
「先を越されたなぁ、ノア、どうやったんだ?」
と、ネオが羨ましそうにノアに言った。
「俺、この練習しかしていないから…他は出来る見込みなさそう」
と、ノアはネオに答えた。
実は、ノアは他の魔法は覚える気すらなかった。
物体を動かす魔法には興味があったが、それはレベルの高い魔法らしいので最初から自分には無理だと諦めている節もあった。
彼らの様子を遠くから見ていたジェイコブ神父は、
「ふーん、思ったより頑張っとるな」
と、言って近くにいた信者のひとりに何かを伝えた。
ネオとノアのリゲル・ラナでの平和な生活がここから一変するのである。
数日後からネオとノアには、別々の仕事場が与えられた。
ネオは、もっぱらハンスと他の信者と共に山や森での仕事が多かった。
ノアは、村の市場で信者たちが作った工芸品や野菜を販売する仕事を与えられていた。
ネオは山や森の中で、ダークエネルギーとはなんなのか、黒魔術とはなんなのかを身をもって体験させられていた。
何日も山で野宿をして、とった獲物を生贄として魔術を行い、それを食らうという事を繰り返しながら、自分の中のダークエネルギーを高めていた。
数日後、ノアに先を越された火を点けるという魔法も出来るようになっていた。
森の奥で、魔物と言われる動物に出会った。
それも、先輩たちに教わって捕え、魔力を抜いて食べる方法も教わった。
逆に、魔力の少ない魔物に自らのダークエネルギーを注ぎ込んで、凶暴な魔物を作る場面も見た。
凶悪化した魔物を操る方法もあるということだった。
まだ、その術はジェイコブ神父にしか使えないそうなので、皆も修行中だとのことだった。
そんなことをして何の役に立つのか?
ネオがふと疑問に思って聞いてみた。
「パドラルは、マニ・トバールとスチュアートリア帝国に挟まれている小国で、いつ攻め込まれるかわからない。だから、自国を守るために準備を日頃からしないとならないんだ」
と、説明された。
なんでも、スチュアートリア帝国というのは、大陸のほとんどを支配下に置いている大国で、皇帝も寿命が500年以上あるGrate Mageという強力な魔法使いだとのことだ。
ハンスが言うには、今の皇帝が皇帝に即位したのが200年くらい前で、その前の皇帝も500歳くらいで、まだ元気に生きているのだそうだ。
魔法が使えるだけでも不思議な世界だと思ったが、500歳でも元気というのが信じられない。
ネオは、ハンス達とのサバイバルな生活も楽しかったので
「俺も魔法を覚えて活躍してみたい」と、思っていた。
一方、ノアは魔法の練習は火を点ける魔法から全く進んでいなかったし、やる気もなかった。
しかし、物体を動かす魔法だけは、身に付けてみたいと密かに考えていた。
ジェイコブ神父に出来なくても良いので、やり方だけ教えて欲しいと頼んで、やり方だけは教わっていたので仕事の合い間に練習していた。
ノアは、村の市場に出向いて工芸品や作物を販売する仕事を手伝うようになって、この世界のことについての情報を得るようになっていた。
ノア達の居るパドラルは、大きなスチュア・トロア大陸の西の端の小さな国であり、隣接するスチュアートリア帝国という大きな国があって皇帝がGrate Mageという強力な魔法使いだということ。
スチュアートリア帝国にはBlack Mageはいないが、海の向こうにあるアモー・ロンド大陸にはBlack Mageか王である国もあるということ。
噂を聞いていると、ここは地球の中世のローマ帝国みたいな感じだなとか、子供の頃に読んだ「オズの魔法使い」のようだなと思った。
ノアは高校に入ってからすぐに不登校気味になった。
しかし、中学までは成績優秀でハイレベルな高校へ進学した。
なので勉強ができなかったわけではない。
それなりの知識はある。
記憶力も良い方だった。
学校へ行かなくなったきっかけは、特にこれといって大きな理由はない。
ただ、入学する前に考えていた高校のイメージと実際の高校の雰囲気が違っていたこと。
友達が出来なかったこと。
人をさげすむ発言をする者が多かったこと。
ノアの身長は165センチ。
大きい方ではないので、チビと言って来るヤツもいた。
彼は人を見た目で判断するヤツがどうにも気に食わなかった。
そして、何よりも教師と合わなかった。
「先生」というのは、「生徒」より先に生まれて知っているから「先生」なのであって、人間的に「生徒」より優れているわけでない。
しかも、1教科しか教えてないわけで、こっちはその何倍もの科目を勉強しているんだから、少しは考慮しくれても良いんじゃないか?と思う。
さらに細かいことを言えば、「生徒」は制服を着ていて、少しでも着崩すと叱られる。
なのに、叱る教師の方がくたびれたジャージに汚れた上履き姿というのも納得できなかった。
だが、今、全く知らぬ異世界に来て勉強したことが役立つことに驚く。
こちらの貨幣は地球と全く違うが、計算は役に立つ。
地球では、簡単な計算でもスマホの電卓を使う者もいるが、ノアは子供の頃にそろばんを習っていたので暗算が得意だった。
こちらでも、そろばんを作ったら役立つのでは?と思った。
また、パドラル人は、文字の読み書きができる者が少なかった。
アルファベットとは全く似ていない文字だが、それをアルファベットに置き換えて考えると、英語の単語に近くなる。
商売に必要な単語だけ覚えて、日本のスーパーのようなポップを板に書いて置いたとたん、通行人の目を引いて商品が完売した。
この世界は地球の中世時代に似ているので、現代の知識を活用して工夫すれば、儲かりそうだなと思った。
そして、電気や水道が無いだけで、生活そのものは変わらないものだなとも思った。
昔、火山の噴火で一夜にして滅びたイタリアのポンペイという都市の遺跡の映像を見たことがあった。
ローマ時代も電気や・ガス・自動車が無いだけで、今と変わらない暮らしをしているなと思ったのを思い出した。
今、自分は、ポンペイの街を体験しているのではないかと思うくらいだった。
ここでは、化石燃料を活用している気配が無い。
利用する知識が無いのか、化石燃料そのものが無いのか調べてみたいような気もした。
そして、俺もここで上手く生きていけるかも?と思っていた。
地球から共にリゲル・ラナへ来てしまったネオとノア。
ふたりの人生が少しずつズレ始めだした。
ネオとノア、ふたりは地球へ戻れる日が来るのか?
それとも、地球人からリゲル・ラナ人になるのか?
地球の歯車がゆっくりと動き出し、やがてリゲル・ラナのそれも動かそうとしていた。




