「Holy Mage」と「命の重さ」と「苦悩」
帝国神聖大の寮である「ミラ・ローズ宮」の食堂で、アンナ、クリス、キースの三人は、夕食をとりながら話し込んでいた。
「そういえば、今日は、プリシラ副寮長は?」
「彼女は、休みにはモントレーヌ伯爵家に帰っているよ」
「そっか~、伯爵令嬢ですものね」
「キースは、ラングレー子爵家には戻らないのかい?」
クリスの問いにキースは、
「僕は寮長だからね」
と、さらっと答えたが、なんとなく意味ありげだった。
そういえば、キースの父上の武勇伝については伝説のように聞いていたが、本人から直接聞いたことはなかった。
アンナとクリスは、聞いていいものか迷った。
そして、思いついたようにクリスが言った。
「White Mageクラスの二年のアイラ嬢を知っている?ブルーフォレスト先生のお孫さんのポリアンナ嬢と仲良しの。今日一緒にマルシェに来ていたんだ」
と言うと、キースは
「ああ、知っているよ。インディゴ村出身なんだってね」
と、答えた。
「お話したことはある?」
と、アンナが聞くと
「いや、個人的には無いかもしれないなぁ」
と言った。
あまり乗り気ではなさそうな様子なので、ふたりはこの話題はやめることにした。
「クリスも男爵家には滅多に戻らないわよね?」
と、アンナがクリスに話をふった。
「ああ、うちの屋敷は帝都内と言っても寮から近くは無いので長期休みにしか帰らないかな。次男だし戻らなくても問題ないしね」
と、クリスは笑って見せた。
「帝都は広いですものね。私はバッチリ庶民だから、実家に帰る時は卒業する時かな」
「アンナの父上は、医者だったよね?」
「そうよ。White Mageでも魔導士でもない一般の人間の医者。だから、私が魔導士にでもなって親の手助けをしようかと思って帝都に来たの。そしたら、私には神聖力があったみたいで、運良くこの大学に入学出来たのよ」
アンナは、ちょっとだけトーンを落として言った。
「でもね。実家には私がHoly Mageになれそうなことは内緒にしているの」
「それはどうして?」
「Holy Mageは、『宇宙の法則、神の定めに逆らってまで、人の命を救ってはならない』と教わったから。私たちの神聖力での治癒は『その魂の生きる力、自己回復力の補助をするだけで、次の星へ進もうとする魂を留まらせるものであってはならない』と、ね。」
「でも、実際に私が医師として父の手伝いをしたら、私の神聖力のヒーリングケアを頼って、命を助けて欲しい人が集まって来ると思う。私には全員を救うなんて出来ないし、命の選別はもっと出来ないから。命を救うことを仕事にする医者の助けはできないわ」
と、アンナが語る姿をキースは、じっと真剣に見つめていた。
「アンナは偉いな…」
キースとは、いつもの頼もしい寮長のキースとは違って、弱々しい感じで語りだした。
「俺たちもHoly Mageとして一人前になれば、普通の人の何倍も長生きする。肉体強化術を究めれば衰えも遅くなる。きっと、身近な人や、大切な人々の旅立ちをいくつも見送り続け、そして取り残されていくことなる」
いつも真面目で、快活で、頼りがいのあるキース寮長が、元気なく語る姿にアンナもクリスも何かを感じていた。
「それでも、大切な人を助けずにいられるのか?俺には自信がない。だから、俺はヒーリング術を真剣に学ぼうとしていなくて…それで、もう5年もここに居る。アレキサンダー先生が卒業させてくれないんだ」
クリスとアンナは、優等生だと思っていたキースのカミングアウトに少し驚いていたが
「キース寮長は、真面目だし優しいんですね」
と、アンナが言った。
「キース、俺たちがいるよ! 俺たちがいるじゃないか!きっとHoly Mage同士、同じ悲しみを理解し合える知る仲間になれるよ」
クリスがそういうと、キースは笑みを浮かべながら言った。
「そうだな。君たちとはずっと一緒だ」
「そうですよ。キースは、ここを卒業したらどうしたいの?」
「俺は、一人息子だからいずれラングレー家を継ぐだろう。父はWhite Mageだが、母は普通の人間だ。母が生きているうちは、傍にいてやりたい。しかし、ラングレー家の為には、帝国軍に入って帝国のお役に立つべきなんだろうな」
ふたりは、キースの悩みをなんとなく感じとっていた。
もし、自分に優れたヒーリングケア能力があれば、普通の人間である母を生き永らえさせる為に使ってしまうかもしれないという恐れ。
しかし、だからと言って今、帰宅しない理由にはならない…はず。
ふたりは、ハッとした。
もしや、それは将来的な悩みではなく、現在進行形の悩みなのではないか?
「キース、あのさ、もしや母上の体調が悪いの?」
クリスは、恐る恐るキースに尋ねた。
「母は、俺を産んでから体が弱くなったらしい」
キースは、クリスの質問にぽつりぽつりと語り始めた。
「父はWhite Mageだが、そんなにヒーリング能力には長けてはいないんだ」
「しかも頑固だから、生命力に逆らってまで魔法での治癒はさせられないと…」
「一番身近な人を助けられないで、何がHoly Mageだ、神聖力だと思ってしまってね」
いつも、前しか向かない優等生だと思っていたキースのこんな顔を見るのは初めてだった。
クリスも、アンナもキースの気持ちは痛いほどよく理解できる。
「でもさ、キース…」
クリスが、なんとか慰めようと口を開くと、
「わかってる!わかっているんだ。」
キースが強い口調でクリスの言葉を遮った。
「死は永遠の別れではない。次の星でまた新たに同じ魂で生きるってことも理解している」
「ただ、自分が生まれたせいでと思うと、申し訳なくてね」
「母が亡くなってしまえば、納得も、諦めもつくのかしれない」
「頭では理解していても、やっぱり心が追い付かないんだ」
キースは、誰かに自分の悩みを語ることもせず、ひとりで悩み続けて来たのだろう。
「キース、俺が君と同じ状況になったら、きっと同じように悩むし、同じように考えると思う。Holy Mageだって人間だ。だから、キースは間違ってないよ」
クリスは、キースがひとりで悩みながらも、寮長としていつも寮生を気遣ってくれていた姿を思い出して胸が痛んだ。
「そうよ。当たり前の感情だもの。私だって失われそうな命を目の当たりにして、自分にその命を救う力があったなら、その力を使ってしまうかもしれない」
クリスとアンナにとっても、この問題は他人事ではなかった。
アンナは、まさに今日も瀕死の男を救ってきたばかりである。
どんなに人間にとっても命の取り扱いは難しい。
Holy Mageとして1000年近く生きている者にとっても、常にその問題はつきまとう。
「それで、お母様の容体はどうなの?」
と、アンナがキースに尋ねた。
「わからない。聞かないように、見ないようにしいるんだ。僕は、逃げている」
アンナは、今にも泣き崩れそうなキースを見て抱きしめてあげたくなった。
クリスが立ち上がり、キースの横に座って肩に手をかけて言った。
「逃げてもいいんじゃないか? 俺たちは、まだ学生だから。学んで生きることが仕事だ。その苦しみからも学ぶことはあるよ」
キースの肩にかけたクリスの手に力が入る。
「君だってわかっているんだろ?『同じ体験をしても、そこから考え学び取らなければ、単なる不運で終わってしまう』って、さっき自分で言っていたじゃないか!」
ひとり悩み続けていた仲間の疲弊する姿を見て、クリスも泣きそうになりながら続けて言った。
「俺たちが居るから!俺たちがついているから!」
アンナもキースの傍に駆け寄って言った。
「そうよ。私たちも一人前のHoly Mageになるから!そしたら、これから1000年くらいは一緒にいられるわ!!一緒に悲しみ、苦しみながら学んでいきましょう!」
キースは、目にいっぱいの涙が今にもこぼれそうになるのを必死に抑えながら
「ありかどう、ふたりとも…」と、言った。
それから数日経ったある日、キースがアンナとクリスの元に来て言った。
「母が危篤らしい・・」
そう言うキースの顔は、あの夜とは違い決意の色があった。
「えっ?お母様が?」
こんなに早く、その時が来るとは!と、アンナとクリスは驚いた。
「キース、どうするんだ?このまま実家へ戻らないつもりなのかい?」
「いや、自分の弱さを抱えたまま、母に会って来る!」
見た目は、いつものキースのように見えたが、HHoly Mageのクリスとアンナには、キースの疲弊した心が手に取るようにわかった。
Holy Mageには、人の心の中をのぞく力もあるし、それを防ぐ術もある。
しかし、今はクリスもアンナもキースの心を覗こうとしなくても、その気持ちが伝わって来ていたし、キースも溢れる想いを隠そうとはしていなかった。
「母を目のあたりして、自分がどうなるのかわからない」
「そのまま戻ってこれないかもしれない。でも、行かないとならない」
キースの気持ちは固まっていた。
「うん!行かないとだ!!」
クリスもキースの気持ちを後押しするように言った。
「キース寮長、頑張って来てね」
「どんなあなたでも、あなたは私たちの仲間で、面倒見の良い素晴らしい寮長のキース・ウェスリー・インディゴ・ラングレーよ」
アンナは、絶対にキースは戻って来ると確信して言った。
「ありがとう。行って来るよ」
そう言って、キースは帰郷した。
それから一週間経ってもキース寮長の姿は、ミラ・ローズ寮にも帝国神聖大学にもなかった。
実母が危篤なのだから、それくらいは当然だろうとアンナもクリスも考えていた。
さらに一週間が経過したが、やはりキースの姿はなかった。
そして、さらに一週間。
また一週間。
と、アッいう間に一ヶ月が経過していた。
さすがに、アンナとクリスも心配になっていた。
そこで、副寮長のプリシラ・フローレイン・モントレーヌに何か連絡を受けていないかと尋ねてみた。
「私も何も伺っておりませんの。そろそろ戻って来て頂かないと私も大変なのです。一体、何をなさっておられるのでしょうね、寮長ったら!」
と、少々お怒りの様子だった。
キースは、皆に実母の危篤とは伝えていないようだった。
ただ、実家のラングレー家の事情で「ラングレー家次期当主の自分が、どうしても帰郷せねばならない」とだけ伝えているようだった。
貴族の場合、領民との問題、領民と帝国間の調整、その他領主としての仕事は多い。
そこに家督の引継ぎ問題が絡むと一国家並に難しい問題にもなる。
Holy Mageである貴族も多いが、Holy Mageの子供が神聖力を持つとは限らない。
Holy MageやWhite Mageではない者が家督を継ぐ場合もあり、それぞれの家で事情が異なり、問題も様々である。
それを理解している帝国神聖大側は、貴族の子息の長期休学に関して寛容であった。
よく晴れた午後、昼食を終えた昼休み。
クリスとアンナは帝国神聖大のテラスでお茶をしながら話していた。
「ラングレー家の領地ってどこら辺りだったっけ?」
クリスは、改めてキースの個人的な情報を知らない事に気づいて言った。
「マエルを使いに出してみたいけれど、遠いとなぁ。こういう時には翼のある使徒が欲しくなるな」
クリスのそんなぼやきのような言葉を聞いてアンナが言った。
「あら、マエルとノエルが怒るわよ?私たちの神聖力がもっと強くなれば、あの子たちも空も飛べるようになるかもだしね?」
「そうだけど、当面はどうするかだな?」
と、クリスとアンナでキースに手紙を出す相談をした。
ラングレー家がそう遠く無ければ、自分たちの使徒に手紙を託すことができるが、それは自分たちが送る相手の居る場所を正確に知っていなければならない。
また、寮には専属の手紙を届けてくれる棘竜便もあった。
棘竜便とは、プルーフォレスト辺境伯家の使徒のようなドラゴンではなく、全身が固い棘棘の甲羅で覆われた小型の竜で、飛ぶスピードが恐ろしく早いのである。
小型でどう猛で人慣れしにくい種類なので、使徒には向かないとされているが、食に貪欲で自分の獲物は決して離さないという習性がある。
その習性を利用し、大切な書簡を託す伝書竜として調教されている。
小型なので、人は乗せられないが、近年は調教された鬼竜の中にも人に懐くものも出て来たので、使徒としての研究材料になっている。
クリスとアンナは、棘竜便でキースへ手紙を出すつもりで、テラスで手紙を書いていた。
そこへ、一羽の鳩が舞い降りて来た。
その見覚えのある鳩を見てクリスが言った。
「もしかして、キースの使徒?」
すると鳩は、人間の姿に化身した。
そして、一通の手紙を差し出して言った。
「キース様からのお手紙です」
ふたりへの宛名が書いてあるその手紙を受け取りながらクリスは言った。
「キースは、元気かい?」
アンナも言った。
「キースは、元気なの?」
「はい、ご主人様はお元気でらっしゃいます」
キースの使徒は、長旅の疲れも見せずに言った。
ふたりはキースの使徒の言葉に安心し、受け取った手紙の封を切った。
そして、ふたりで顔を突き合わせるようにして、その手紙を読んだ。
そこには、母の死に間に合ったこと。
しばらく、母と共に過ごし色々と話せたこと。
葬儀までしばらく時間がかかったこと。
その間に心の整理をしたこと。
やはり、自分はHoly Mageとして帝国の役に立ちたいと思ったこと。
クリスとアンナの心遣いに感謝していること…etc.
― 長年、誰にも相談せず、ひとり思い悩んでいた事を、あのタイミングで君たちに話せたことは、運命だと思う ―
その一文は、クリスとアンナの心に大きく響いていた。
ふたりは、キースの手紙を読み終えると、キースの使徒に言った。
「お手紙、拝見しました。ご帰還をお待ちしていますと、キース様にお伝えください」
と、アンナが言うと、
「副寮長がぷりぷり怒っておられたので、プリシラ嬢にもご連絡してあげて欲しいとお伝えください」
と、クリスも言った。
キースの使徒は
「必ずお伝えします。それでは」
と言って、再び鳩の姿に戻って飛び去っていた。
その姿を見送りながらクリスが言った。
「キースの使徒は、人間にも化身できるなんてキースの神聖力はかなりのものじゃん!」
「そういえばそうよね? ますば、空を飛ぶよりも人間に化身できるようにしなくっちゃだわ」
アンナとクリスには、それぞれ猫の使徒がいる。
アンナの使徒は黒猫のノエル、クリスの使徒は茶白猫のマエルという。
「マエルが人間になったら可愛いだろうなぁ」
「あら、ノエルだて可愛いわよ」
ふたりは、親ばか飼い主のように、しばらく自分の使徒自慢を言い合ってから、途中で顔を見合わせて爆笑した。
「それにしても、ほんと安心したよ~」
「お母様のことは、本当にお気の毒だけれど、戻って来てくれるようで良かったわ」
「うん!寮長がいないとね」
「気持ちの整理がついたのかしら?」
「わからないけど、どんなキースでも、キースはキースだから!」
「ええ。今までも、これからも、頼れるキース寮長だわ」
「そして、永遠の仲間だよ」
「この書きかけの手紙、書き直して出さない?」
「だね。この手紙にちょっとした魔法をかけちゃおうかな?」
と、クリスが言った。
「あら、どんな?」
ふたりは、さっきほどまでの心配や不安が無くなり、ただただ楽しそうに、悪巧みをする子供の気分でキースへの手紙を書いた。
ちょっとしたイタズラ魔法を添えて。
一方、キースの事情など全く知らないリリアーナとアイラは、
「最近、キース寮長さんをお見掛けしないね?」
と話していた。
リリアーナが入寮する時に、親切に案内してくれた優しい寮長キースの父が、自分たちの故郷のレッドリオン公国の立役者だと知って話を聞いてみたいと思っていたのだ。
しかし、あれ以来キースの姿を全くみない。
副寮長のプリシラに聞いてみても
「私に仕事を任せて、こんなに長期間に戻らない無責任な寮長なんて、私は知りませんわ」
と、言われてしまった。
レイマーシャロル地区のマルシェでの事件以降、アンナとクリスともゆっくり話す機会がなかった。
ポリアンナとは相変わらず仲良くしているが、神聖力も強くHoly Mageの名門出身なので、すぐにHoly Mageクラスへ行ってしまった。
White Mageクラスのふたりと同じ授業は少なくなっていた。
リリアーナより先に入学してしているアイラは、自分も早くHoly Mageクラスへ行きたいと思っていたが、それには騎士としての力をつけなければならない。
マルシェで不意とはいえ普通の人間の暴漢に襲われそうになってもフリーズしていて何も出来なかった自分を恥じていた。
リリアーナも、ポリアンナとアンナのヒーリング術を見て感動していたし、暴漢に遭遇しても全くひるまないアンナのようになりたいと思っていた。
なによりも、アランに使徒候補のライナスの話をした時に
「それは楽しみだ」
と、言われたのが嬉しくて仕方なかった。
早く、一人前のHoly Mageになってライナスを使徒として使えるようになりたいと思っていた。




