初めてのマルシェ =レイマーシャロル地区=
リリアーナとアイラは、帝都のプルーフォレスト辺境伯邸での朝を迎えていた。
日頃、「ミラ・ローズ宮」という宮殿のように大学寮に住んでいるとはいえ、本物の貴族の館へのお泊りは、ちょっと興奮していた。
ポリアンナの部屋は広かったが、ベッドはひとつしかない。
リリアーナとアイラのふたりは、客間に案内されての宿泊となった。
しかし、自分だけ別の部屋なんて我慢ならないポリアンナは、すぐに二人の部屋に来ていた。
3人でお茶をし、お菓子を食べ、おしゃべりをし、いつもは静かなブルーフォレスト家に深夜まで娘たちの笑い声が聞こえていた。
そして、ふくろうのライナスとロザリーが止まり木台で目を白黒させる中、3人娘はひとつの広いベッドで寝落ちしていた。
そんな孫娘たちの笑い声が深夜まで漏れて来る事に、嫌な顔をするどころか喜びを隠せないブルーフォレスト夫妻であった。
夫妻は、プルーフォレスト辺境伯領から突然都上し帝国神聖大に入学した孫娘を密かに心配していた。
生徒に恐れられているブルーフォレスト先生の孫娘であり、辺境伯家の娘である。
寂しい思いをするのではないか、田舎貴族の娘なので友達が出来ないのではないかと心配だった。
それだけに、入学早々と友人が出来たと喜んでいたと思ったら、休日に連れて来て楽しそうにはしゃぐ姿を見て心底安心していた。
Holy Mageであろうと、気持ちは普通の人間、普通の祖父母なのである。
翌朝、ちょっと寝不足気味の3人ではあったが、初めての帝都のマルシェへ繰り出しに眠気も吹っ飛んでいた。
ポリアンナは、リリアーナ達と同じような庶民の服に着て馬車に乗り込んだ。
ポリアンナの兄のオスカーは、休暇中の騎士というラフな格好で剣を携帯せずに同行した。
オスカーは、若いけれど優秀なHoly Mageなので、丸腰でも普通の人間相手なら全く問題なく戦えるうえに、魔法を使ったことを相手に悟らずに戦う事も可能だった。
そんな心強い騎士を案内人として、3人は初めてのマルシェに向かっていた。
少し離れたところで馬車を降りて、オスカーを先頭に4人で歩いて行った。
ポリアンナは、初めて繰り出した帝都の街外にワクワクしていた。
リリアーナは、ちょっとレッドリオン公国の村の市場に似ているのかな?と、思いつつ、初めてアランと出会ったのもレッドリオン領の市場だったなと思い出していた。
ずんずん通りを歩いて行き城壁の門を潜ったところでオスカーが言った。
「ほら、ここからマルシェだよ」
オスカーが指し示す先にずらりと並ぶ露店を見て、3人は目を見張った。
新鮮な果物、野菜、魚、が並ぶ食品見せ、鍋、釜、食器等々の調理用品や生活に必要な小物が並ぶ雑貨店、帽子や、靴、洋服がつるされている洋品店等々、あらゆる物が売られていた。
装飾品や本まで売っている。
3人は、すっかり目移りしてしまっていた。
オスカーは、三人娘の方を見て言った。
「君たち、何か買いたいものがあれば案内するよ?」
リリアーナは、アランから渡されたお金を持ってきていたが、買いたいものが全く頭に浮かばなかった。
するとポリアンナが言った。
「お兄様、私、食べてみたいものがあります」
「ああ、例のあれだね?」
オスカーは、すぐに妹の願望を理解した。
帝都には辺境領には無いめずらしいスイーツがある。
その噂を聞いていたポリアンナは、それを食べてみたかったのだ。
ポリアンナも、さすがに街中で
「庶民の食べ物が食べたい」なんて言えないので、兄が来てくれて良かったと思っていた。
「リリアちゃん、アイラちゃん、私、一度食べてみたいと思ったものがあるの」
「一緒に付き合ってもらえる?」
と、ポリアンナが言うと、ふたりも興味を持って大きく頷いた。
妹の希望を聞いたオスカーが、果物や野菜を売っている露店街を抜けて三人を連れて来た店は、珍しいスイーツを売っているお店だった。
「うわ~」
ポリアンナは飛び上がって喜んでた。
「これこれ!これよ!これを食べてみたかったの!!」
と、カラフルに色付けされたフルーツのようなものに砂糖がまぶされ棒に刺さったものを指さして言った。
「あと、これも美味しそう」
「あっ、これも食べてみたい」
ポリアンナは、大興奮で店先のスイーツを次々と指さした。
はしゃぐ妹をニコニコ見ていたオスカーが、
「好きなだけ買えばいいよ」
「お代は俺が払うから、君たちも遠慮なく買うといい」
と言った。
「え~、いいんですか?」
と、リリアーナとアイラが言うと、ポリアンナが
「いいのよ、遠慮なくお兄様のご厚意に預かりましょうよ」
「これと、これと、これを三つずつ下さい!!」
ふたりの返事を聞く前に、ポリアンナがふたりの分も買って手渡した。
「あ、ありがとうございます」
ポリアンナの勢いに遠慮する間もなく、ふたりは両手にスイーツを持っていた。
「時々、帝都の中を馬車で走っていると、こうして食べながら歩いている人を見かけて羨ましく思っていたの。でも貴族の娘がそんな下品なことはしては駄目って叱られるから、できなかったのよね~」
と、言いながら兄を見上げるポリアンナを見てオスカーは
「今日は目をつぶるから存分に楽しむといい。でも今日だけだよ?」
と、妹にウィンクした。
そんな兄と妹を見て、アイラは羨ましく思っていた。
リリアーナは「なんだかアラン様みたいだわ」と思い、また胸が苦しくなっていた。
スイーツの食べ歩きを楽しんだ三人がマルシェの真ん中あたりまで進むと、そこは広場になっており大勢の人々が集まっていた。
人々は、何かを囲むように立っており、その真ん中で一人の男が大道芸を披露していた。
リリアーナは、レッドリオン領の市場で時々こういう大道芸を見たことはあった。
普通の人間がこうした芸を見せるのは面白いと思っていたが、帝国神聖大に入学して日々魔法に囲まれていると、こうした芸は珍しくもなく自分でもできるようなものばかりだなと思った。
そして、ふと思った。
そう思えるようになったということは、私も成長しているってことなんだ!!
なんだか、とても心が温かくなる気がした。
他の三人も、きっとこうした大道芸は珍しくもなく、オスカーならもっと凄いことができるのだろう。
しかし、神聖力は国や国民を守るための力であり、安易に使用したり披露したりしてはならない。
リリアーナは帝国神聖大でそう教わっている。
オスカーも帝国神聖大の卒業生でありエリートだったとポリアンナが言っていた。
なのに、彼は大道芸を見て、他の観客と共に楽しそうに手を叩いていた。
リリアーナは、自分も手を叩きながらHoly Mageって人間としても素晴らしいなと思った。
アイラも同様に感じているらしく、大道芸人ではなくオスカーの横顔を見つめながら手を叩いていた。
一通りの芸を見終えた四人が、その観客の群れから離れようとしていると急に悲鳴が聞こえて来た。
どこかで「ドロボー!!」「捕まえて~!」と言う叫び声がする。
女の子三人は、声の方を見てキョロキョロするばかりだったが、オスカーはすぐに事態を把握し、自分たちの側の観客の中に窃盗犯を視界に捉えていた。
まずは、三人娘の安全確保が最優先である。
オスカーは、付かず離れず付いているはずのブルーフォレスト辺境伯家の影の護衛騎士を確認した。
建物の陰にひとり、上にひとり、彼女たちの後方にひとり。
彼らの存在を確認してから、それぞれに目配せをした。
彼女たちの後方に居た平服姿の女性騎士が三人娘のすぐ後ろにまで移動していた。
それらを確認した上でオスカーが動いた。
「君たちは、ここから動くなよ!」
と言うと、素早く移動して、リリアーナ達が気づいた時には窃盗犯の真横に立って、その手を捻りあげていた。
「イテってて…!なんだよぉ、お前!!!」
と、手を捻りあげられた男が叫んだ。
そして、捻られた手とは別の手で短剣を握った。
「この野郎!!」
と、言いながらオスカーに向けて短剣を振りかざした。
オスカーは、神聖力を使わず、短剣を持った方の男の手首を掴むと、捻りあげていた手をねじりあげててから、その手で短剣を奪い取って言った。
「観念して盗んだものを返せ!」
すると男は、
「わかった、わかったから手をねじらないでくれ」
と、言って素直に応じる姿勢を見せたのでオスカーは手を離してやった。
男は盗んだ財布を懐から出すふりをして走り出した。
建物の上に居た騎士が、飛び降りてその男の行く手を塞いだ。
「まったく、懲りないやつだ」
と、オスカーは言いながら男を追おうとすると、群衆の中から現われた別の男が、いきなりアイラを捕まえようとした。
それを後ろに居た女性騎士に阻止されると、今度は隣のポリアンナに狙いを変えようとした。
そこを素早く、もうひとりの護衛騎士が男の手を抑えてポリアンナを守った。
オスカーは、窃盗犯の男を追いながら
「ひとりではなかったのか」
と言いながら、群衆の中の怪しい数人の男を確認していた。
「あいつは、おとりなのかもしれない」
自分は、深い追いするのを止めて、まずは妹たちの安全を優先すべく三人娘の元に戻った。
騎士のひとりがオスカーの代わりに、逃げた窃盗犯の男の後を追った。
男は大道芸人を押し倒しながら反対側の群衆の中に突っ込んで行った。
これ以上深追いをすると周囲の人間に被害が及ぶ。
そのまま群衆に紛れて逃げられてしまうかと思ったところ、そちら側に居た若い男がその男を捕まえた。
「財布を返すから、離してくれ!!」
またもや、腕を捻られ、短剣を奪われた男は、今度こそ財布を地面に投げ捨てた。
「初めから、素直にそうすれば良いのよ!」
と、男を捕まえたカップルの女性の方がお財布を拾い上げて言った。
財布の中身は、ほんの数枚の札と小銭でたいした額では無かった。
男の腕を捻りあげていた若い男の方も
「ほんとだよ。悪さをしても良いことないからな」
と言って、手を離すと、窃盗犯の男は慌てながら再び群衆の中に消えて行った。
その様子を群衆の中から見ていた者の中にあのノアが居た。
ノアも休暇を利用して宿の仕事を手伝いに戻っていたのだ。
ノアは、このレイマーシャロル地区で窃盗事件なんて珍しいなと思っていた。
以前いたパドラルの市場では時々、こうしたスリだの窃盗だの事件はよくあったが、
帝国に来てからは、聞いたことかせなかったからだ。
かなり気にはなっていたが、足りないものを買いに来て帰る途中で、買ったものを宿に届けなければならなかったので急いで宿に戻った。
窃盗犯から取り戻したカップルは、財布の持ち主に財布を渡すと反対側に居るリリアーナ達に手を振った。
「あ!アンナ先輩!!クリス先輩!!」
リリアーナとアイラも、ふたりに気づいて手を振った。
一方、オスカーは影の騎士たちにそっと命じていた。
「あいつらは、単なるスリではないかもしれない」
「はい、仲間が数名、群衆の中に居ました」
「何が目的なんだ?」
「単なる物取りにしては、他の者の動きがおかしかった」
「誰か後を追ったか?」
「はい、私の使徒に追わせております」
「そうか、では報告を待とう」
ポリアンナは、兄の様子を気にしていた。
一方、リリアーナとアイラは、アンナとクリスに気が向いていた。
オスカーがポリアンナに尋ねた。
「あのふたりは、知り合い?」
「ええ、帝国神聖大の生徒よ。Holy Mageクラスの先輩」
「じゃあ、Holy Mage見習いか、なるほど」
と、言った。
そして、ポリアンナに言った。
「もしかしたら、お前が狙われていたのかもしれない。ふたりを巻き添えにしなくて良かったな」
「ええ、やはり。まあ、辺境伯領の娘は狙われても当然よね?私も自分の身は自分で守れるようにならなくては!」
辺境伯の娘のポリアンナ嬢は、兄に自分が狙われていたかもしれないと聞かされても全く怯えること無く、むしろ自己防衛能力を高めようと燃えていた。
「とりあえず、今日はもう奴らも襲っては来ないだろう」
そう言ってオスカーは、クリスに近づいて行った。
「やあ、君たちありがとう。私は、オスカー・エンドリケ・ブルーフォレスト。帝国近衛騎士団所属の騎士だ。妹たちとマルシェに来ていたんだが窃盗を見逃すとは面目ない」
「いえ、ブルーフォレスト団長。お噂は予々耳にしております、先輩!」
と、クリスは嬉しそうに手を差し出した。
オスカーは、帝国神聖大を短期間で優秀な成績で卒業したエリートHoly Mageとして有名なのである。
「そうか、知られていたか、で、君は?」
「帝国神聖大Holy Mageクラス3年のクリストファー・アキュラ・オレンジリバーです。あちらが同じくアンナ・ニーナ・ロゼ・ローズマリ―です」
「君もHoly Mageか!なら、気づいたか?奴の他に仲間が群衆に紛れて数名いたのを」
「はい!あそこで、あの男を拘束したら、仲間が襲い掛かって来て大騒ぎになるかと思い離してしまいました」
「良い判断だと思う、あの群衆の中で派手な神聖力は使えないしな。まずは皆の安全が優先だ」
「はい、先輩に褒められて嬉しいです」
「帝国神聖大を無事に卒業したら近衛騎士団へ来い!!歓迎するぞ!」
「はい!!」
と、ふたりが話しているところへ、
「お兄様、大変です」
「あのスリ、盗む時に気づかれた横にいた人を刺してたみたいでなんです」
と、ポリアンナが駆け寄って来て言った。
「あのぅ、お兄様?人前でヒーリング魔法使っては駄目ですよね?」
「そうだな。命にかかわるような深手なのか?」
「腹部から出血しているみたいです」
オスカーは、ポリアンナに連れられて傷を負った者のところへ駆けつけた。
そこには、既にリリアーナ達も駆け寄っていた。
刺された男に連れはいなかったようだったが、周囲には人だかりが出来ていた。
多少のヒーリング魔法が使えるアンナが、その男の腹部に手を当てて止血しようとしていた。
オスカーは、その様子を見てポリアンナにそっと言った。
「かなり深く刺されている。あのままだと出血多量で死ぬな」
「それを完全にここで治すわけにはいかない。ポリアンナわかるか? 傷が、肝臓にまで達しているのだ」
「内臓の止血だけして、表面の出血は自然にまかせる」
「それができるか?」
オスカーは、妹になら出来ると信じて聞いてみた。
「やってみます!」
ポリアンナは、兄の目を力強く見て言った。
「フォローは俺がする。ポリーやってみろ!」
と、妹に言うと影の従者に止血布を持って来させた。
そして、アンナに止血布を手渡ししながら小声で言った。
「妹がヒーリング魔法で内臓の止血だけする。君は、この布を傷口に巻いて止血をするふりをしてくれ」
アンナは、その言葉ですぐ自分の役割を察し布を受け取った。
Holy Mageは、こうした訓練の授業も受けているのである。
「傷をこの布で止血します。布を割いて傷口に巻きますから皆さん少し後ろに下がってください」
そう言いながらポリアンナを人目から隠すように布を広げて、少しずつ割きだした。
オスカーやクリス達も一目からポリアンナを隠すように、倒れている怪我人の周りにしゃがんでいるリリアーナとアイラの後ろに立った。
リリアーナとアイラも、何かが始まることを感じポリアンナを見て場所を開けた。
ポリアンナは、男の横にしゃがんで傷口付近に手を当てて目を閉じた。
オスカーは、妹の神聖力の光が漏れないよう、妹の周りに人知れず結界を張った。
「ポリアンナちゃん、頑張って!」
リリアーナとアイラは祈った。
アンナは、ポリアンナの邪魔にならぬように男の上着を脱がせた。
それから、クリスに手伝ってもらいながらシャツを広げて、傷口に止血布を巻く仕草をした。
ポリアンナは、額に汗をにじませながら頑張っていた。
すると、
「私も手伝います」
と、言ってアンナも止血布を巻きながらヒーリング魔法を使った。
アンナが布を巻き終える頃に
「このくらいで良いと思うわ」
と、ポリアンナが言った。
それに答えてアンナが言った。
「はい、あとはこの布で表面の止血をしておけば命には別条ないかと」
「傷跡は残るでしょうけれどね」
と、ポリアンナは額の汗を兄から渡されたハンカチで拭きながら言った。
「よかった~」
と、リリアーナとアイラは喜んだ。
そして、小さな声で
「ポリーちゃん凄い!!!」と言った。
オスカーが傷を負った男に声をかけると男は気を取り戻して
「いててて…」と声をあげた。
「だいじょうぶか?そこのカップルが君を助けてくれたんだ、礼を言え。家は遠いのか?」
と、オスカーが言うと
「いえ、あそこの店の者です。助けて貰ってありがとうございます」
と、お礼を言って立ち上がった。
人ごみで男の店は見えなかったが、遠くはなかった。
「店には誰かいるのか?」
「はい。妻と息子が」
「なんだ、お前が刺されたことに家族も気づいてなかったのか」
「配達の帰りに刺されたので、帰りが遅いって心配しているかもです」
「そうか、俺の従者に店まで遅らせるから、気をつけて帰れ」
そう言って、オスカーは、従者の騎士に命じて男を送らせた。
リリアーナ達は、その男の後姿がマルシェを行き交う群衆の中に消えるのを見送っていた。
「ほんとに良かったわ~」
ポリアンナが、どっと疲れが出たようにへたへたと地面にしゃがみ込んだ。
「ポリーちゃん、すごかったよ」
リリアーナとアイラが駆け寄った。
アンナがへたり込んだポリアンナに手を差し伸べて言った。
「本当によく頑張ったわ。素晴らしいお手並みだったわ」
ポリアンナは、アンナの手をとって立ち上がりながら
「ありがとうございます。私ひとりでは無理だったかもしれません」
「あの群衆の中で、悟られずにあれだけのことをするのは用意ではないわ。みんなの連係プレーね」
アンナも嬉しそうに言った。
「本当にそうだ。君たち全員がいてこそだったよ」
と、オスカーが全員を労った。
それにしても…
オスカーは、一連の出来殊に不審な気持ちを隠し切れずにいた。
ポリアンナは、ワクワクドキドキの1日だったと思いつつも、もう2度と外へは出して貰えないかもしれないなぁ…と、落ち込んでいた。
怪しい男達の後を追わせた使徒の報告では、奴らは裏路地の廃屋のようなところを根城にしているゴロツキのようだった。
クリスとアンナによると財布の中の金額はたいして無かったようだし、複数人で群衆に混じってたった一人の僅かな金を盗もうとしていたのも謎だ。
また、帝都の裏路地に、ゴロツキの根城になるような所があることも不思議だった。
地方には、場所によりスラムのような地域があるところもある。
しかし、帝都は、皇帝のおひざ元で治安も良く、生活も豊かな者が多い。
ゴロツキを目にすることなど殆どない。
ここ数年で治安が悪化しているのか?
それとも何か?
「これは、アラン様に報告せねば」
と、オスカーは思っていた。
その一連の様子を、興味津々で見ていた者がいた。
ノアだ。
ノアは、買いだしたものを宿に届けると、急いで現場に戻って来ていた。
そして、ポリアンナとアンナが怪我人の治療する様子を野次馬たちに混ざり遠くから見ていたのだった。
ノアもリリアーナ達と同じ帝国神聖大の学生ではあるが、神聖力を持たないノアたち魔導士クラスは、寮も別、授業を受ける校舎も隔離された別の場所である。
それゆえに、ノアは、リリアーナ達が自分と同じ帝国神聖大の生徒であることを知らない。
しかし、ある程度、魔導士としての力をつけて来ているノアには、あの傷の手当の仕方が普通では無いことを見抜いていた。
そして、スリ騒ぎに何らかの形で『大黒主神教』が関わっているのでは無いかと疑っていた。




