リリアーナとアイラ、お泊りに行く
帝国神聖力術士養成大学の生徒は、帝都内からの自宅から通っている者と、「ミラ・ローズ」と呼ばれている且つての皇帝の小離宮を改修して作られた学校寮から通う者がいた。
Holy Mageの多くは貴族の子息令嬢がほとんどで、帝都内に有している邸宅から通っている者もいたが、勉強に集中する為にあえて入寮する者も多かった。
それゆえ、ミラ・ローズは大学寮といっても、領内は宮殿そのものであり、室内・寮内設備、警備、食事、入浴施設も全て高位貴族の邸宅並みであった。
そうした貴族の子息子女である生徒の多くは、休日は自邸に戻っていた。
平民出身のリリアーナとアイラは週末でも戻る家も無く、いつも寮内に残っていた。
しかし、寮といっても元宮殿だった室内は貴族の館以上といって良いほどの豪華さで、休日に寮へ残っていることに不満は全くなかった。
しかも、使徒候補のふくろも一緒なのである。
寮内の庭は宮殿の庭園そのものなので、ふくろうのライナスとロザリーを連れてふたりで散歩するのも楽しかった。
また、寮内図書館も充実しているので、図書館で図鑑や多くの書物、魔術書などを読むのも楽しかった。
習ったばかりのマジュ文字では、まだ魔導書を読みこなせないのでその勉強も必要だった。
今、ふたりは、なんとか剣を使いこなせるように、筋トレ、肉体強化魔法、物体操作魔法の練習中だった。
週末はふたりで、領内のジムで筋トレしたり魔法の練習に励んだりしていた。
寮生の中には、週末に帝都の街に遊びに行く者もいた。
帝都内に邸宅がある貴族の子息令嬢の場合は、その家の従者を護衛に付けて出掛けることになるので警備的に問題は無い。
しかし、平民出身アイラやリリアーナや帝都内の自領所属の騎士が使えない者は、ミラ・ローズに配備されている騎士に護衛を頼まないと外出許可が出なかった。
それは、それでは申し訳ないと感じてしまい、ふたりともまだ帝都の街中へ遊びに行ったことはなかった。
そんなふたりをポリアンナが、帝都にあるプルーフォレスト辺境伯邸に誘った。
「えー、いいの?ポリーちゃん!」
リリアーナとアイラは、声を合わせて言った。
「うん!おじい様にも許可を頂いているから!」
ポリアンナの祖父と言えば、あのブルーフォレスト先生である。
先日も、騎馬と剣の授業では、先生にたんまりと絞られたリリアーナであったが、プルーフォレスト先生と言えば、自分たちの故郷であるレッドリオン公国建国の立役者でもある英雄のひとりである。
もしかしたら、お話が聞けるかも?と、期待と不安が入り混じるふたりであった。何よりもお友達の家のお泊りという事にワクワクが泊まらなかった。
「貴族のお屋敷に、わたしたち庶民がお邪魔しても良いのかしら?」
「そんなこと気にしないで!! 帝国神聖大を卒業すれば、あなた達だって騎士の称号が与えられるのよ?国への貢献度によっては、女性でも爵位だって授与される可能性もあるんだからね!」
「そっか~!そんなこと今まで考えてもみなかったけれど、そんな未来もあるのね」
ポリアンナの言葉に希望を与えられた気がたリリアーナが手を合わせて、未来の自分を想像していると
「そそ、だから気にせずにいらして!!」
と、言うポリアンナの言葉に、ふと心配になったのはふくろうのライナスのことであった。
リリアーナが一人前のHoly Mageであれば使徒を連れて行くのは問題ないだろうが、まだ半人前のWhite Mage未満のリリアーナにとっては、ライナスは単なるペットである。
「でも、ライナスがいるから…」
「あ、わたしもロザリーが…」
とふたりが躊躇していると、ポリアンナは迷うことなく
「ライナスもロザリーも連れて来て!我家は普通の貴族の家ではないのよ?当家の使徒なんてドラゴンなんですから!ふくろうなんて可愛いものよ?それに祖父母はHoly Mageだから、なんの問題もないわ」
と、言った。
「そっかーー!!」
「それでは、ありがたくご招待にあずかります!!」
諸手を上げて喜ぶリリアーナだった。
遅れをとったリリアーナも
「わたしも、喜んでお邪魔させて頂きます」
と、言った。
ポリアンナも、ふたりが喜んでくれているのを見て嬉しくなった。
「じゃあ、早速、今度のお休みはプルーフォレスト邸に来てね!約束よ!」
3人は、初めてのお泊りに大はしゃぎであった。
どこかで、帰還したアランと会えると思っていたのに、会えぬままアランがまた遠征に出かけることに寂しさを覚えていたリリアーナだったが、その気持ちもすっかり上向いていた。
その後の授業も手を抜くことなく頑張り、物体操作の魔法も少しだけ上達したが、剣を振るにはまだまだ力不足だった。
ミラ・ローズ寮の食堂でアイラと夕食を取りながら
「アイラちゃん、剣術の方はどう?私は、まだまだ振り回すことも出来てないわ」
と、落ち込んでいた。
「リリアちゃんは、わたしよりも1年も遅く入学したんだもの、仕方ないわよ。そんなに、すんなり出来ちゃってたら、わたしが落ち込むわ」
と、アイラが励ましてくれた。
「わたしもポリアンナちゃんのアドバイスを受けるまでは、体力をつけて肉体強化の魔法を身に付けるしかないと思っていたの。でも、物体操作の魔法も加えることで上達が早くなって来がするわ。リリアーナちゃんも頑張って!」
リリアーナとアイラのふたりが食事をしながら話しているところへ、ふたりの上級生が近づいて来た。
アンナとクリスだった。
「あら!リリアーナちゃん?だったかしら?」
と、アンナが声をかけた。
「はい!! リリアーナ・サーシャ・ホワイトブランチです!!」
と、慌てて立ち上がるリリアーナ。
その姿を見て、アンナとクリスは笑いながら言った。
「ごめんなさい。驚かせちゃった?そんなに緊張しないでいいのよ」
「俺はHoly Mageクラスのクリストファー・アキュラ・オレンジリバー。リリアーナちゃんと一緒に居る君もWhite Mageクラスの子かな?」
「はい、アイラ・アリス・インディゴ・ラブリバーです」
「もしかして、レッドリオン公国のインディゴ村出身?」
「はい!そうです」
「キース・ウェスリー・インディゴ・ラングレーを知っている?」
「はい、寮長さんですよね?お名前だけは…」
と、アイラが答えると
アンナとクリスが顔を見合わせてから
「私たちもテーブルをご一緒させてもよろしいかしら?」
と、アンナが言った。
「はい!!」
「どうぞ!」
「喜んで」
と、ふたりは慌てて席を自分たちのテーブルの席を勧めた。
「私は、アンナ・ニーナ・ロゼ・ローズマリ―。アイラちゃんもよろしくね。私のことは、アンナと呼んでね」
「俺は、クリスで良いからね」
「はい。よろしくお願い致します」
アンナとクリスは、テーブル付の給仕に自分たちの夕食を運ぶように頼んでから言った。
「キース・ウェスリー・インディゴ・ラングレー寮長は、インディゴ村の救世主の子孫なんだよ」
「えっ?そうなんですか!」
アイラが驚いているのを見て、クリスとアンナは、代わる代わるインディゴ村について話した。
「あの地域は、『赤い荒野』時代も魔物の住む森が多くてね。でも、周囲に住む人もいなかったから何の問題もなかったんだ。それが、ラファエル皇帝時代に荒野から人の住める場所になって、入植者も増えていって、禁忌の場所だった土地にも人が立ち入るようになったんだ」
「初めは、魔物っていってもたいした魔力も無いものしかいなかったので、村人も恐れてなかったんだけれどね。そこに魔導士が住みついて、その魔導士の魔力で魔物たちが邪悪化されちゃったらしいの」
「ラファエル大公様は、まだ皇帝として帝都におられた時代だったので、そこまで目が行き届いていない隙をついたのでしょうね」
「でも、ラファエル大公の弟であらせられるアレクサンドル現皇帝陛下が予知されて、現地に派遣されたのがラングレー公、キースの父上なんだ。まだ騎士の身分だったんだけれど、White Mageとしての能力を見込まれてインディゴ村の魔導士退治に派遣されたんだよ」
「そして、見事その魔導士を追い出して、魔物たちも弱体化させてインディゴ村を守ったのよ。それで、その地域をラングレー家の所領に賜ったんだけれど、爵位や領地に執着の無いキースのお父様が、ラファエル皇帝がレッドリオン公国を設立する際に領地を献上したの」
「だから、キースの家名は、インディゴ・ラングレーなんだよ」
「その後、皇帝陛下から別の領地を賜ることになって、そこが今のラングレー領よ」
と、一通り話を終えると、アンナが言った。
「アイラちゃんは、ご両親から聞いてなかった?」
という、アンナの質問にアイラはしばらく黙っていた。
その様子に何かを察したアンナは、
「もうずいぶん昔の話ですもんね。短命な一般の村人はすっかり忘れてしまっているでしょうね」
と、話題を変えようとしていた。
クリスも何かを察したのか、
「そんなもんだから、キースもきっとインディゴ村には少なからず愛着はあると思う。あいつも喜ぶかもよ?」
と、言った。
「はい。自分の村のことなのに全然知らなくてすみません。お恥ずかしいです」
とアイラが言った。
リリアーナは、アイラが自分の勉強不足を恥じているのだと思った。
「私も同じレッドリオン公国出身なのに、何も知らなくてキース寮長に申し訳ないです」
「いや、キースも父上の気持ちを尊重していると思うから、自ら語ることも無いし気にしていないと思うよ」
リリアーナは、入寮する時に優しくエスコ―トしてくれ、色々教えてくれたキースを思い出して
「今度キース先輩とも話してみたいな」と、思った。
それと同時に「公国内に魔物の住む場所があったとは」と、少し驚いていた。
クリス先輩は、Black Mageと言わず、あえて魔導士と言った。
『赤い荒野闘い』で暗躍したシャバラリオのヘドウィック一味はBlack Mageと黒魔術師だったと授業で習った。
「なぜなのだろう?」白魔術師も黒魔術師も魔導士ではあるが…
「もしかしたら、そこまで魔力が強くなかった人の仕業だったのかしら?」などと考えていた。
すると、アンナがリリアーナに尋ねて来た。
「リリアちゃん、その後の剣術の稽古はどう?馬術は、私達との合同練習だけれど、剣術の方は別ですものね?」
リリアーナは、ハッとしてアンナの質問に答えた。
「はい。私は、非力で剣を振るどころか片手で持ち上げるのもやっとなので、筋トレしたり、肉体強化魔法や物体操作魔法の練習をしたりしています」
「あら、良い所に気づいたのね。肉体強化魔法は、本人の基礎力があってこそ威力を発揮するので、自分の肉体を鍛えることも必要よ。それに筋力だけで剣を振り回しても駄目だから、自分に使える魔法を駆使するのも大切なのよ。使える魔法も、使うべき魔法も個人差があるから、それは自分たちで研究すべきことね」
「ブルーフォレスト先生のお孫さんのポリアンナさんにヒントを頂いたんです。なんだか目から鱗でした」
リリアーナは、アンナに褒められて嬉しくなった。
「あら、早速お友達になったのね」
「今度のお休みにプルーフォレスト邸にご招待頂いたんです」
「あら、それは楽しみね」
「はい!!」
それからリリアーナとアイラは、アンナとクリスと夕食を共にしながら会話を楽しんだ。
リリアーナ達が楽しみにしていた休暇がやって来た。
ミラ・ローズ宮前に到着していたブルーフォレスト辺境伯家からの迎えの馬車から元気にポリアンナが降りて来た。
「リリアちゃん!アイラちゃん!お待たせ~」
「ポリーちゃん、この度はお招きありがとうございます!!」
「お迎えまで来て貰って、感謝です」
3人は、手を取り合ってキャッキャッとはしゃいでいた。
箸が転がっても笑えるお年頃なのである。
「お荷物はこれだけですか?」
ブルーフォレスト家の従者に問われて、ちょっと戸惑うふたり。
庶民のふたりには、荷物という荷物は無いのである。
「はい。これだけです。すみません」
と、なぜか謝ってしまいつつ
「ふたりとも、早く乗って」
と、ポリアンナにせかされて、ふくろう達を肩に乗せて馬車に乗り込んだ。
3人のおしゃべりは、ブルーフォレスト家までの馬車の中でも留まることはなかった。
そして、ポリアンナがふたりに提案をした。
「明日、3人で帝都の街へ遊びに行かない?」
リリアーナとアイラは顔を見合わせた。
実は、ふたりも入寮してから帝都に遊びに出たことはなかった。
アイラの両親は、帝都内に住んでいるが、実家までの距離があり馬車での往復の費用もあるので滅多に帰れなかった。
「私はずっとプルーフォレスト辺境伯領に住んでいて、年に数回、社交界の行事の為に帝都に来るだけで、帝都の街中に出たことが殆ど無いの。たまにドレスや靴や帽子の仕立てにお店に行くこともあるけれど、ほとんど職人にお屋敷に来てもらう方が多いくて。だから、用事も無いのにひとりでの外出は危険だからと、街に出して貰ったことが無いの。だから、3人で街へ行ってみましょうよ」
と、いうポリアンナの言葉にふたりはワクワクしながらも、ちょっとだけ躊躇した。
自分たち庶民は問題なくても、貴族のお嬢様のポリアンナとでは警護も必要になるだろうし…と思った。
なにしろ、あの厳しいブルーフォレスト先生のお孫様である。
ブルーフォレスト先生が、自分たちとの同行を許可するのかと少々疑問であった。
プルーフォレスト辺境伯家に到着すると、ブルーフォレスト家の執事をはじめとする使用人一同と、ポリアンナの祖母であるブルーフォレスト夫人が出迎えてくれた。
ブルーフォレスト夫人もHoly Mageであり、祖母と呼ぶには申し訳ないほど若々しかった。
「ようこそ、いらっしゃいました。ポリアンナが急に帝国神聖大に入学したいと言って帝都に来たのに、こんなに早くお友達が出来て私も嬉しいわ。こちらで休日を楽しんでね」
「おばあ様、休日と言っても2日しかないから」
「そうでしたね。とにかく中に入ってちょうだい」
ブルーフォレスト夫人とポリアンナに招き入れられたリリアーナとアイラは、ブルーフォレスト邸内に入って行った。
リリアーナとアイラは、ブルーフォレスト家で歓待を受けて晩餐を楽しんでいると、ポリアンナが意を決したように言った。
「明日、3人で帝都のレイマーシャル地区のマルシェに行ってみたいと思っているの。いいでしょ?おじいさま」
リリアーナとアイラは、ご機嫌に食事を楽しんでいたイーサン・バルナバーシュ・ブルーフォレスト先生の顔色を見ながら怯えていた。
すると、予想外にもブルーフォレスト先生は、機嫌を損ねることなく言った。
「なに、娘3人でマルシェか!それは楽しそうだな」
予想外の祖父の言葉にポリアンナも驚きつつ
「え?よろしいの?おじいさま。もちろん私も服装は華美でないものにするし、護衛も付けてもらうわ」
と、言うとブルーフォレスト先生は言った。
「それでは十分に楽しめないだろう?」
「もちろん、護衛に影の者をつけるが、初めての場所では迷子の心配もあるし、案内人が必要だろう?」
ポリアンナは、もしや祖父がついて来る気では?と、焦った。
それでは、もっと楽しめない。
というかリリアーナとアイラが緊張してしまうに違いないと思っていた。
「あの、おじい様・・・」と、ポリアンナがいいかけた時に
ポリアンナの兄であるオスカーが帰宅した。
オスカーは、帝国防衛近衛騎士団長である。
前回のアランの遠征には、プルーフォレスト辺境伯家に近いということでアランに同行したが、本来は近衛騎士団に所属しているので帝都務めである。
「遅くなりました」
「おかえりなさい、オスカー。久しぶりの帰宅ね」
と、ブルーフォレスト夫人がいうと
「すみません。ここのところ夜勤が続きましたので、やっと帰宅できました」
と、頭を下げた。
「いい所に帰って来たな。オスカー、明日は休みか?」
ブルーフォレスト先生が尋ねた。
「はい。明日、明後日と休暇になります」
「じゃあ、ちょうど良い。明日、彼女たちをレイマーシャルのマルシェに連れて行ってくれないか?」
ポリアンナは祖父と一緒よりは、兄の方がマシだと思い
「お兄様、お願い!!!」と言った。
オスカーは、夜勤続きの近衛騎士団の詰所泊まりだった。
本来ならゆっくり寝たいところではあったが、妹の可愛らしい級友たちを見て快く引き受けてくれた。
「はじめまして、お嬢さん方、妹がお世話になっております。私は、ポリアンナの兄のオスカー・エンドリケ・ブルーフォレストです。マルシェへのご案内、私でよければお供しますよ」
リリアーナとアイラは、慌てて立ち上がり
「この度は、ポリアンナ嬢のご招待に預かりました。アイラ・アリス・インディゴ・ラブリバーです」
「リリアーナ・サーシャ・ホワイトブランチです。ご挨拶がおくれてすみません」
と、自己紹介しながらお辞儀をした。
「ふたりのことは、ポリーから聞いているよ。こんなお転婆な妹なのに仲良くしてくれているんだってね。ありがとう」
「もう!お兄様ってば!!」
と、憤慨する妹には目もくれず
「で、明日のお供は、私でよろしいですか?」
と、オスカーがふたりに尋ねた。
「もちろんです!!お世話をかけてすみません」
と、ふたりは、再びペコペコした。
「こう見えても、兄は帝国軍近衛騎士団長なので護衛としては申し分ないと思うわ」
とポリアンナが言った。
「そうなんですね。そんな方が一緒に行って下さるなら安心です」
とアイラが言った。
リリアーナは、心の中で「先日の遠征にアラン様と一緒に遠征に行かれた方だわ」と、思っていた。
オスカーは連勤での疲れも見せず共に晩餐に加わった。
リリアーナは、アランの話を聞きたくて仕方なかったが、言い出せぬまま夜が更けていた。




