「落ちこぼれリリアーナ」奮闘中
帝国神聖力術士養成大学、通称「帝国神聖大」で学ぶようになって3ヶ月。
リアーナは、White Mageクラスで白魔術の他に、歴史、語学、理科学等の座学と共に、物体を動かしたり、破壊したり、逆に結合するような実用的魔法術等々の多くの授業を受けていた。
特に、リリアーナが苦戦しているのは騎士訓練であった。
Holy MageもWhite Mageも、他の魔導士たちも、卒業後は帝国軍の一員として騎士の称号が与えられる。
つまり、帝国軍の騎士として一通りのものを備えていないと卒業できないのである。
いくら魔法やWhite Mageが優れていたとしても、それを扱う本人の基礎能力が低くては最大の力を発揮することはできない。
まだ自ら自覚できていない才能を眠らせてしまうことにもなる。
「帝国神聖大」で学ぶ者の最低条件は、自らの潜在能力を最大限引き出すべく自分の能力を自らで決めず、あらゆる分野にベストを尽くして努力する!!である。
入学許可された以上、多かれ少なかれ魔力や神聖力を持っていると認定されているので、あとは個々の才能力に応じて努力さえしていれば、学費は無料なうえに衣食住は全て帝国が負担してくれ、何も心配することは無い。
とにかく、自分を磨くことだけに集中していれば良いのだ。
これは、勉学に集中したい学生にとって非常に重要な条件である。
リリアーナは座学にも魔法学にも興味津々であり、彼女なりの努力を惜しまなかった。
ただ唯一苦手なのが「騎士訓練」であった。
まず、剣など握ったことが無かったので、剣術そのものが苦手という以前に剣が重くて持てない。
馬に騎乗しての剣術など全く以って、今のリリアーナにとっては不可能である。
さらに馬術に関しては完全なる初心者である。
貴族の子女は子供の子から身近な移動手段のひとつ、たしのみとして馬術を習う。
また、貴族の間では馬術の腕前を競う大会も盛んであった。
しかし、リリアーナのような庶民は、生活に必要な範囲で馬を使用するのみだったので、馬に乗るのはほぼ初心者であった。
リリアーナより後から入学したプルーフォレスト辺境伯家の娘ポリアンナは、既に騎士として現場に出られるほどの腕前であった。
アイラは、まだ騎乗して剣を振るまではいかなかったが馬術訓練は中級クラスだった。
今は剣術の稽古中である。
リリアーナは、自分だけ落ちこぼれになっているようで気が重かった。
しかし、この学校に入学する時に、アランが持たせてくれた乗馬服に身を包み、剣を持つと勇気が湧いて来る。
「今日は、馬術訓練だから頑張ろう」
と、意気込みも新たに授業に臨んだ。
馬場での訓練は、上級者は個人での練習が多いが、中級以下の者は先生の指示に合わせて馬を操作する訓練だった。
先生の指示に従って、全員で、一斉に先生の指示に合わせて馬の歩様を変えて走らせた。
「ウォーク!」
「トロット!」
「キャンター!」
「ギャロップ!」
先生も生徒たちについて馬で騎乗しながら指示を出している。
「キャンターに戻して!進行方向を右に!」
「左に!」
「トロット!」
「ウォーク!」
リリアーナも先生の指示に合わせて馬を操っいた。
基本的には、自分が乗る馬の世話は自分ですることになっている。
動物の言葉のわかるリリアーナは、自分の馬とのコミュニケーションもとれるので、初心者にありがちな馬に馬鹿にされて、上手く乗りこなせないという心配は無い。
それでも、やっぱりそこは初心者、馬が騎手に忠実であればあるほど、騎手の手綱さばきが重要になって来る。
リリアーナも必死で馬と共に皆について行っていた。
「トロット!」
「キャンター!」
「ターンさせて、キャンター維持!」
と、言われて馬をターンさせようとしたリリアーナだったが、上手くターンしきれず、隣の馬にぶつかりそうになり、そのままバランスを崩してしまった。
落馬して、あわや地面に叩きつけせける…と、リリアーナが覚悟を決めた瞬間、リリアーナの落下速度が遅くなりゆっくりと着した。
さきほど、隣で走っていた馬の騎手だった女子生徒が駆け寄って来た。
「だいじょうぶだった?」
リリアーナは、一瞬何があったのか理解できずキョトンとしていたが、すぐに起き上がって
「ごめんなさい、ごめんなさい、わたしは大丈夫です」
と、その女生徒に何度も頭を下げた。
すると、驚いたリリアーナの馬の興奮を抑えながら、自分の馬と二頭の手綱を持った男子生徒が、
「落下速度を抑えたつもりだけれど、服が汚れちゃったね。もっと落下速度をゆっくりすれば良かったかな?」
と言いながら近づいて来て、リリアーナの馬の手綱をリリアーナに渡した。
「あら、クリスにしては上出来よ」
と、女生徒が笑った。
男子生徒の名前は、クリストファー・アキュラ・オレンジリバー。
「そうかい?アンナの方は、大丈夫だった?」
「私は、全然よ?」
女生徒の名前はアンナ・ニーナ・ロゼ・ローズマリ―。
「アンナは、馬術の腕も上がって来たね」
「そうかしら?私も早くそっちに合流したいわ」
と、仲良さげに話しているふたりは、Holy Mageクラスの先輩らしかった。
「その汚れ、土と砂だから、物体を元に戻す魔法で落とせないかしら?」
と、アンナが言った。
そこへマリア先生がやって来た。
「ふたりとも大丈夫でしたか?」
「すみません!私がこちらの先輩の馬に接触してしまって…でも、大丈夫です」
再び、リリアーナが深々と何度もお辞儀をしていると
「クリスが落下速度を遅くする魔法を使ったので衝撃は少なく抑えられたみたいです。この汚れも物体移動の魔法で落とせないかなと言っていたところなんです」
と、アンナが言うとマリア先生が言った。
「それは、面白いですね。やってみなさい」
そう言われて、アンナが物体移動の魔法を試してみると、土で汚れていたリリアーナの乗馬服の汚れが薄くなっていた。
「うーん、汚れの物質ひとつひとつの種類がわからないと全て綺麗にはならないのかしら?」
と、アンナが不満そうに言った。
「じゃあ、残りは俺に任せて」
と、言ってクリスが魔法をつかってみると、ほとんどの汚れが落ちていた。
マリア先生がその様子を見て
「ふたり合わせて及第点だわね。残りの汚れは草に擦れてついた汚れね」
と、言って魔法を使って残りの汚れを全て落としてくれた。
リリアーナは終始呆気にとられていた。
「マリア先生!最後の魔法、今度教えて下さい!!!」
「そうね。今度の魔法学の実技の時にやってみましょう」
と、言ってそれぞれが元の位置に戻った。
クリスと呼ばれていた男子生徒は、少し離れたところで、剣を振りかざしたまま障害物を超える練習をしていた。
女子生徒の方は、リリアーナ達と共に馬を手足のように操り乗りこなす練習をしていた。
休み時間になり、リリアーナはすぐにアンナの元に駆け寄って再度お詫びをした。
アンナは笑顔でリリアーナに答えた。
「あら気にしないで良かったのに。あなた、まだ初心者なんですから、そんなこといちいち気にしなくて良いのよ?怪我だけはしないようにしてね」
と、優しく微笑んでくれた。
「そのうち、自分の魔法で落馬速度をコントロールできるようになるわよ」
「私の場合、騎乗練習よりも、そちらの魔法の練習をした方が良いのかもしれません」
と、落ち込むリリアーナを見て、アンナは汗を拭きながら言った。
「私も最初は、乗馬は苦手だったし、よく落馬したものよ? その度にクリスに助けられていたから。だからクリスがすぐ気づいてくれたんだと思う。久しぶりで速度コントロールの微調整を誤っていたけれど」
と、アンナは笑った。
「あの先輩はクリス先輩とおっしゃるんですね?」
「あら、自己紹介がまだだったわね。私は、アンナ・ニーナ・ロゼ・ローズマリ―。アンナと呼んでね。彼は、クリストファー・アキュラ・オレンジリバー。みんなからはクリスと呼ばれているわ」
「わたしは、リリアーナ・サーシャ・ホワイトブランチです。皆からはリリアと呼ばれています。よろしくお願い致します」
「リリアちゃんね。リリアちゃんも寮生?」
「はい、そうです」
「私も、クリスもミラ・ローズ寮生なので、今度食堂で会ったらお話しましょう」
「ありがとうございます。嬉しいです」
自分の落ちこぼれぶりに、気持ちが沈んでいたリリアーナだったが、ちょっと気持ちが上向きになった。
「あの、変なことを聞いてもいいですか?」
と、リリアーナはアンナに疑問に思ったことを聞いてみた。
「あんなに離れたところで、帯剣騎乗で障害練習をされているクリス先輩が、私の落馬にどうして気づいてくれたのでしょうか?」
リリアーナの質問に、ちょっと驚いた様子のアンナだったが、すぐに頬を染めながら答えた。
「それは、あなたのぶつかった相手が私だったからだと思うわ。さっきも言ったと思うけれど、以前はよく私が落馬しそうになっていたのよ。その度に彼が助けてくれていたから、きっと敏感になっているんだわ」
「すごい!仲良しなんですね」
「入学した時からの仲だから。最初は、お互いライバル視してたのよ。でも、今はそれぞれの特性の差を知って協力し合っているわ」
「それってHoly Mageにとって大切なことだって教わりました」
リリアーナは、Mage学で教わったことを思い出して言った。
「そうなのよね。今は、お互いの長所短所も理解しているので、自然と助け合える関係よ」
リリアーナは、ちょっと羨ましいなと思った。
そして、自分もアイラやポリアンナと助け合える存在になりたいと思った。
その為には、自分を落ちこぼれだと思って落ち込んでいる場合ではない。
翌日の剣術の練習では、ポリアンナの祖父のプルーフォレスト先生に、がっつり駄目だしをされたが、昨日ほどは落ち込まずに済んだリリアーナだった。
なぜなら、アイラも剣術はリリアーナ並だったし、ポリアンナも一緒だったので心強かった。
リリアーナもアイラも、まず剣の重さに負けてしまい剣を振り上げることすら出来ていなかった。
そこに騎乗剣術練習をしていたポリアンナが馬で駆け寄って来た。
「遠くから見てたんだけど、ふたりとも私の五歳の時と同じよ~。まず、剣の重さに負けているから、筋肉をつけないと駄目だから、今日から毎日筋肉トレしなさい。それと同時に筋力強化の魔法を身に付ける。あと、物体操作の魔法もかな?」
「今日は、いくら剣をふっても筋肉痛や手首を痛めるだけだと思うから、物体操作の魔法を意識して剣を持ち上げる練習をすると良いわよ」
と、言って馬に乗って自分の練習位置に戻って言った。
「アイラちゃん!」
「リリアちゃん!」
ふたりはお互いの顔を見合わせて、頷いた。
物体操作の練習は、森での実技練習でもしていた。
ふたりは、魔法をどういかせば良いか理解できていなかったので、その練習を繰り返した。
その様子を遠くから見ていたプルーフォレスト先生が、にんまりとほほ笑んでいたのをマリア先生とトゥルリー先生は見逃さなかった。
そして、「ポリアンナ!!障害物練習を終えたら模擬戦だ!こちらへ移動!」
と、言って、クリスやポリアンナ達、上級者生徒と共に騎乗戦練習場へ向かうトゥルリー先生だった。
武術練習場に残った中級以下の者は引き続き剣の練習していた。
見ると、少し離れたところで練習するアンナの姿が見えた。
スラリと背が高く、手足も長くほっそりとした彼女が剣を振るっている。
彼女が振るっている剣は、リリアーナ達のような女性騎士用の剣ではなく、男性用剣に見えた。
きっと、魔法で肉体強化をし、物体操作の魔法も使っているのだろうと思った。
華奢な体で男性用の剣を振るうアンナを見て、魔法で自分の肉体的弱点を補うことが出来れば、落ちこぼれ脱出も夢では無いように思えた。
そうしてリリアーナは日々、勉強に励んだ。
今日もくたくたになって学生寮である「ミラ・ローズ宮」の自室に戻ったリリアーナの元に、一羽の鷲が飛んできた。
アランの使徒のルークである。
ルークは、リリアーナにアランから託された手紙を渡して言った。
「リリアーナ様、お久しぶりです。アラン様からのお手紙をお持ちしました」
「ルーク、お久しぶり。アラン様は、お元気ですか?」
「はい、すこぶるお元気でらっしゃいます。ブルーフォレス辺境伯領からご帰還されてしばらく帝都の邸宅におられましたが、間もなくレッドリオン公国領に戻られるとのことです」
「えっ?レッドリオン公国に戻られるのですか?」
「はい。ですから、リリアーナ様がご実家にお手紙を託されるのであればと私が使いに参りました。まずは、アラン様からのお手紙をご覧ください」
リリアーナは、ルークから渡しされたアランの手紙を読んだ。
―親愛なるリリアーナ―
寮での生活にはなれたかい?
人とのコミュニケーションが苦手だった君だから、知らない者に囲まれての生活に苦労してはいないかと心配していたが、そうでもなさそうで安心したよ。
トゥルリーとマリアは私の学友でもあり信頼できる帝国軍騎士でもあり教師だ。
何かあったら彼らに相談すると良い。
必ず力になってくれるはずだ。
数日後、レッドリオン公国のラ・マリオン城宮に戻るので、もし、リリアーナのご両親への手紙でもあれば届けるのでルークに託してくれ。
今回の帰郷は、いつもの領内視察もあるが父への報告も兼ねている。
その後、どう動くことになるかまだわからない。
もしかしたら、当分は帝都に戻れないかもしれない。
学校生活外で困ったことがあれば、遠慮することはないので帝都のレッドリオン公爵邸に連絡しなさい。
私は無粋な男なので気づかない事も多いから、公爵邸の侍女頭のエレノアに連絡するように。
君はまだ育ちざかりだからドレスを新調し直さねばならんだろうし、乗馬服や戦闘練習着も汚れるだろう。
その他、生活に必要なものもあるはず。
ルークに金を持たせたので、まずは自分で欲しいこまごました物があればそれで賄ってくれ。
大きなものや、それで足らぬものは遠慮せずエレノアに頼むのだぞ。
勉強については、無理せずリリアーナらしくやれば良い。
それでは、行って来る。
― アラン・クレオ・ハイデルベルト・レッドリオン ―
リリアーナは、手紙を読み終えると、なぜか溢れる涙を抑えきれなくなっていた。
封筒の中にはお金も入っていた。
両親と離れての寂しさよりも、なぜかアランに会えない方が辛いと感じていた。
ここミラ・ローズ寮に入る時は、アランが長期の西方遠征に行くということで、アランの留守中に公爵邸の世話になり続けるよりも寮に入る方が、迷惑をかけずに済むと思っていた。
しかし、アランが帝都の公爵邸に帰還しても一目顔を見ることも叶わず、再び会えない日々が続くのだと思ったら悲しくて仕方なくなった。
鷲の姿のままリリアーナを見守っていたルークだったが、人間の姿になるとそっとハンカチを差し出して言った。
「アラン様と、ご実家にお手紙を書かれてはどうですか? 私は、いつまででもお待ちしますよ」
リリアーナは、ルークから受け取ったハンカチで涙をぬぐうと、うなずいて机に向かって手紙を書き始めた。
どれくらいの時間が経過したのだろうか?
ルークはリリアーナが手紙を書き終えるまで待ち続けた。
その間に、リリアーナが森で拾ってきたふくろうのライナスと、なにやら話していた。
鳥類共通の言葉でもあるのだろうか?
それとも、使徒としての心得でも教えていたのだろうか?
リリアーナが手紙を書き終えると、ルークはその手紙を大切に受け取り、再び鷲の姿になって公爵邸へと飛び去って行った。
リリアーナは、その後姿を見ながら、こぼれた涙をルークが渡してくれたハンカチで抑えた。
そのハンカチには、レッドリオン家の家紋が刺繍されていた。




