「予知」と「ツイレイ」
アランは、帝都の帰路の途中、アレクサンドル皇帝陛下が滞在しているトリリノール離宮に立ち寄った。
アレクサンドル皇帝は、息子のウィリアム殿下からの報告を受けており、アランが来るのを待っていた。
アランがトリリノール離宮に現れると、アレクサンドル皇帝は、嬉しそうに甥を出迎えた。
「ご無沙汰しております、叔父上。お元気そうでなによりです」
とアランが挨拶をすると、皇帝は執務室から出て客間にアランを連れて行った。
「アラン、ご苦労であったな。まぁ、ゆっくり休んでくれ」
テーブルには、侍女に用意させたお茶とお菓子が乗っていた。
「ありがとうございます」
アランは、勧められまま客間のソファーに座った。
皇帝は、人払いをしてアランとふたりきりになると言った。
「それで、魔の森はどうだった?『時の扉』とやらは見つかったのか?」
皇帝は真剣な顔でアランに尋ねた。
「いえ、『時の扉』らしきものは見当たりませんでした」
「その代わり呪いに掛けられたと思われる狼たちが数十頭いました」
アランの言葉にしばらく言葉を失っていた皇帝が言った。
「それは、Black Mageの仕業だろうか」
「はっきりはわかりませんが、一瞬、父上と叔父上の『赤い荒野の闘い』を思い出しました」
「そうだな。確かに、私も敵の動きが似ている気がする。だが、あれから450年以上。同じ者の仕業とは思えぬし、新たな者が何かを企んでのことだろうな」
叔父と甥は同じことを考えていた。
「叔父上、ウィルは、不穏な動きの予知をしただけでした」
「帝都から『魔の森』までは、かなりの距離があります。より近くにおられた叔父上は、何か予知されませんでしたか?」
甥の質問に皇帝は答えて言った。
「私も国境付近での不穏な動きは感じていたが、『エド・プロ戦』のような大きな予兆は感じていないのだ。今回の魔物のこともアランが解決してくれたからだろうが、帝国にとって大事になるような予知に繋がらなかったのだよ」
皇帝は、ちょっとすまなそうに言った。
「予知とは難しいものですね。あらゆることを予知していたらキリがありません」
アランも予知の難しさは理解していたし、予知能力が皆無なわけではなかった。
「そうだな。おそらく自分に関係していることを優先的に感じ取っているのだろう。皇帝という立場である以上は、帝国の危機に関する予知には自信がある」
「今回の魔物たちは帝国を揺るがす事態には繋がっていなかったということだろう。というよりは、繋がらぬようにアランとウィリアムが防いでくれたのだと思う。感謝するぞ、アラン!!」
アレクサンドルの予知能力については、父のラファエル大公からよく聞かされていたのでアランも高く評価している。
「はい!それが私の役目ですから、お役に立てたなら幸いです」
「陛下、陛下は『時の扉』ついては、どうお考えですか?」
と、アランは皇帝に聞いてみたかったことを口にした。
「私は『時の扉』とはなんなのか?が良く知らないから、予知することは出来ないのかもしれん。ウィルの予知がなぜ『時の扉』に繋がったのだ?」
アランは、皇帝の質問にハッとした。
そう言えば…ウィリアム殿下の予知は、西の国境近くで不穏な動きを感じるというだけだった。
それなのに、なぜ自分とウィリアムは、『時の扉』への恐怖を感じているのだろうか?
それは、祖父ジェームズから聞かされていた『時の扉』の伝説の場所が「魔の森」近くだと聞いていたからだ。
これは、我々の思い込みに過ぎないのだろうか?
「『時の扉』については、父ジェームズから聞いたことはあるが、詳しくは知らないので何とも言い難いのが本音だ」
「今、思うと、ウィリアム殿下の予知も西の国境での不穏な動きという曖昧なものでした。なのに、ふたりともなぜか『時の扉』が頭に浮かんだのです。なぜでしょう?」
「それは、もしや帝国に関しての予知というよりは、そなた自身の関しての予知も含まれているのかもしれん」
「私もウィルも恐らく同じ不安に関しての予知をしたのだろうが、具体的なものでないのは、そのものを知らないからなのだろう。それを予知と呼ぶのか?と言われると不確かなのだ。それを理解してくれるのはアランと兄上くらいだろう」
「わかっております。これは、我々一族にしかわからないものかもしれません。だからこそ私が居るのだと思います」
そういうアランを見て、アレクサンドル皇帝は甥を頼もしく思った。
と、同時にこの予知が帝国だけでなく、アラン自身の未来も示唆していることを口することをためらった。
この広大なスチュアートリア帝国には、皇帝直轄地に離宮と帝国軍基地がある。
皇帝は、定期的に点在するそれらの地の様子を視察し、その周辺の領地を任せている貴族達からの報告を受けている。
決して人任せにせず、「己の目で見て確認して決める!」
それが、長きに渡りこの帝国を治めて来たスチュアートリア帝国皇帝一族の教えのひとつであった。
ゆえに帝都を息子のウィリウムに任せ、皇帝は年の半分近く、各地を回っていた。
また、隣国と接する辺境地は、ブルーフォレスト辺境伯家のように信頼できるHoly Mageの貴族たちに託している。
そして、東の辺境地は皇帝を退位した兄ラファエルがレッドリオン大公となって西の要の地を守っている。
そして、そんな大公である父、皇帝である叔父、皇太子である従兄のウィリアムに代わり、広大な帝国の領土内を自由に動き、皇帝を助け、国の安定を図ることがアランの役目だった。
そんな甥のアランに今、何か大きな不安が迫っている。
それが、このスチュアートリア帝国と、リゲル・ラナ星全体を左右するものであることをアレクサンドル皇帝は予知していた。
だが、そのような責任を皇太子でも、皇帝でもないアランひとりが背負う必要があるのか?
本来なら兄であるラファエルの皇太子として、皇帝の座に就くべきだったのはアランだ。
兄が自分に帝位を譲位して大公になってしまった為、アランは家臣の身分になっている。
にも拘らず、常に国のこと帝国民のことを第一に考えて行動している、
そんな甥に、これ以上の重い荷を背負わせることとなる未来をアラン本人に告げることが出来なかった。
「アラン、そなたにだけ言っておきたいことがある」
「陛下、それは、私に関することですか?」
「そうとも言えるし、帝国全土、いやこのリゲル・ラナ星に関することだともいえる」
「それは予知ですか?」
「わからない、こんなことは私も初めてなのだが…。アラン、そなたは良くやってくれている。とにかく、今まで通り己を信じて進んでくれ。今は、これしか言えなくてすまない」
「叔父上、いえ陛下。私は皇帝の一族として全力を尽くし帝国を守るだけです。未来は今の己の選択と行動で変わるからこそ楽しいのだと思っています。ただ、避け得る危険の予知は、警告になり有難いので何かあった時には宜しくお願い致します」
「むろんだ。具体的な予知をした時は、必ず一番にそなたに伝える」
「はい!」
ふたりだけの謁見を終えると、アランにとっては叔母でもあるアリーチェ皇后が侍女を伴ってやって来た。
「アラン、お久しぶりです。相変わらず忙しく帝国内を飛び回られているようですね?いつもウィリアムを助けて下さっている様で感謝しています」
「伯母上、ご無沙汰しております。ウィリアム殿下は、私にとっては従兄というよりは、実の弟のような存在ですから」
「そうですね。200年以上の付き合いですもの。私にとってもアランは我が子同然すよ」
そういう妻の言葉に皇帝も同感だというように大きくうなずいて言った。
「我々やウィルが自由に飛び回れない分をアランが補ってくれているから、この帝国は安定し、平和を保てていると言える。他国からの脅威も帝国陸海軍があったればこそだ。その総司令官である君の采配は素晴らしいよ」
アランの叔父でもあるアレクサンドル皇帝は、息子を見る目でアランに言った。
「ありがとうございます」
アランの母とアリーチェ皇后は、異母姉妹であるが、その母親同士も姉妹という間柄なのである。
「ところで、今回はどれくらい滞在できるのですか?」
「そうですねぇ。特に急いで帝都に戻らなくてはならない事情は無いのですがHoly Mage以外の部下の為には、余裕ある帰還日程を組みたいので、そうのんびりはしてられないのです」
「そうですか、残念ですが仕方ありませんね。でも、今夜の晩さん会には出て下さいね」
そこへ皇帝を呼びに家臣のひとりがやって来たので皇帝は部屋から出て行った。
「皇帝陛下は相変わらずお忙しそうですね」
と、言うアランにアリーチェ皇后は、お茶を勧めながら言った。
「そうなのですよ。帝都から離れても全く仕事量は変わらずです」
「たまには、休暇をとられているのですか?」
「ええ、陛下は昔から家族とゆっくり過ごす期間はしっかり確保して下さっています。ありがたいことです」
「それは良かったです。父上と母上は、大きな行事以外は、めったに帝都には来ませんが、お会いにはなられていますか?」
「なかなかお会いする機会がありませんが文通は欠かしてませんよ。姉上は、いつもアランの心配をしておいでです」
「それは恐縮です」
と、アランは顔を少し赤らめながら、叔母のアリーチェ皇后に言った。
「これは、母上にも言っているのですが、そろそろウィルと私に、ひとりずつくらい弟が欲しいところです。きっと、我々の力になってくれると思うのですが、如何でしょうか?」
大真面目に言うアランに、アリーチェ皇后は笑いながら
「如何でしょうか?と言われましてもね」と、返事をした。そして、
「命は神からの贈り物ですから、こればかりはわかりません。神のご意志ならば授かることもありましょう」
と、付け加えた。
それから逆にアランに詰め寄るように
「そういう、あなた達はどうなんです?心辺りの女性はいないのですか?
「あなたも235歳、ウィルも225歳ですしね。ふつうの人間ならミイラのお年頃です」
と、言いながら笑った。
叔母の突然の質問に、これは墓穴を掘ったなと、思いながらアランが答えた。
「いえ、今のところは…」
「私も父上や叔父上のようにツインレイに出会えればと思っています。それまでは、恋愛より仕事が勝った生活ですね」
と、言うアランをじっと見つめながらアリーチェは静かに言った。
「そうですか」
「でも…」
アリーチェは、カップとソーサーを持って立ち上がり窓の外を見た。
そこには、大きな地図を広げて一生懸命語る庭師と、その説明を受けるアレクサンドル陛下の姿があた。
「陛下が、私の為に庭を造り替えて下さるそうです。この離宮にはもうしばらく滞在するので、私好みに変えて下さるとか…」
「私は遠慮したんですが、陛下が『毎年来るのだから、そなたの好みにしておいても悪くなかろう』とおっしゃって」
と、アリーチェ皇后はアレクサンドル皇帝の後ろ姿を見ながら言った。
「叔父上は、お忙しいですから、伯母上が寂しくないようにと考えておられるのですね?」
「有難いことです」
甥の言葉に頷きながらアリーチェは、カップのお茶を飲みほして言った。
そして、カップとソーサーをテーブルに戻しながら侍女に言った。
「お茶が冷めてしまっていたわ。新しいものを持ってきてちょうだいな」
侍女が、お茶のセットを持って部屋から去ると、アリーチェはアランに言った。
「アランは、私と陛下が『ツインレイ』だと思っていますか?」
アランは、ちょっと驚いたように答えた。
「はい。そうだと思っております」
アリーチェは、アランに向かい合って座ると静かに言った。
「そうですよね。お姉さま達もそう思っておられると思います」
アランは不思議そうに聞いた。
「伯母上は、そう思われていないのですか?」
叔母は、甥に向かって静かに答えた。
「わかりません」
「初めは、『ツインレイ』について良く知りませんでしたし、陛下を心から愛しています。陛下も私を慈しんで下さるので、そうなのだと思っていました」
「マリエッタ姉上とラファエル様を拝見していると『ツインレイ』とはこういうものなのだなと感じています」
「でも…、私と陛下は、姉上たちとは、ちょっと違う気がするのです。それは陛下も感じておられるのでは無いかと思います」
「それでも、私たちの関係にはなんら変わりはありません。私は陛下を心から愛しておりますし、陛下も私を愛して下さっていると信じています」
アランは、アリーチェ皇后の突然のカミングアウトに少し驚いていた。
目が点になっているアランの気持ちも織り込み済みとでもいうように皇后は続けて言った。
「つまり、ツインレイであろうとなかろうと、心から愛する者との出会いは奇跡なのです。もし、ツインレイに出会ってしまったら、この星での別れが一層辛くなってしまいますしね?」
Holy Mageにとって死は、普通の人間の死とは少し感覚が異なる。
なぜなら、彼らのほとんどが1000年前後生きるのに対して、一般の人間はせいぜい100年、White Mageですら500年前後である。
長く生きるということは、それだけ親しい人との別れを経験し見送ることとなる。
Holy Mage達は、死が永遠の別れではなく次なる生まれ変わりの星への旅立ちだと知っている。
それゆえ、死を悼む気持ちは普通の人間よりは軽いと言えるかもしれない。
しかし、自分の魂の片割れであるツインレイとの別れは、また別である。
ツインレイとの出会いは奇跡であり、再び別れてしまえばいつまた出会えるかわからない。
「だから…」
アリーチェ皇后は静かに、でも力強く言った。
「あなたとウィルにもツインレイには拘って欲しくないの」
「あなた達には、私達みたいお互いを大切に思えて信頼し合える相手を見つけて欲しい。この星での生を楽しんで生きて欲しいと、心から願っているわ。これは陛下も同じ気持ちです。だから、こうしてあなたに話せるのよ」
「それに…」
皇后はさらに意を決したように、さらなるカミングアウトを続けた。
「私は、陛下が皇帝に即位されて数年後に、他国のように側室を持つことをお勧めしたことがあるのです」
「その時、陛下は『そなたが居るのに、なぜ側室など持つ必要があるのだ?』と、お答えになられました。私の母国のエド・ロアでは王が側室を持つことが当たり前のことだったので、私も覚悟している事を伝えたかったのだけれど…
「陛下のお気持ちを疑ったようで、本当に心苦しかったわ」
「そんな私に、陛下は『ツインレイは古に引き裂かれた己の魂の片割れだと言われているが、もし、その片割れしか愛せないのなら、それは究極の自己愛者ってことだろ?私は己よりもそなたの方が愛おしい』と言って下さり、200年以上も変わらずに私だけを愛して下さっています。ただの一度も、それの言葉を疑いたくなるような事をされていません」
アランは、叔母の意を決したミングアウトを、甥のアランと息子のウィリアムに対しての心からの愛ある言葉だと受け止めていた。
「伯母上のお気持ち良く分かりました。身に余るお言葉と、しかと受け止めました。ウィルにも伝えます」
と、アランは叔母の言葉を真摯に受け止めてから付け加えて言った。
「なので、叔母上、我々の弟の件も宜しくご検討ください」
と、ふくみのある満面の笑みで言うと、アリーチェ皇后も
「陛下と共に日々精進致しております」
と、こちらも負けずに余裕のある満面の笑顔で答えた。
叔母と甥が、無意味な攻防戦をしているその外で、妻のための庭の造園工事に指示を出しているアレクサンドル皇帝が、大きなくしゃみをひとつして
「上着が必要だったかな?」と、つぶやいていた。
やはり、幾つになっても愛らしいアレクサンドル皇帝陛下なのでした。




