ブルーフォレスト辺境伯領と、その一族
さて、帝国神聖力術士養成大学のガブリエラ先生のスチュアートリア帝国の歴史の講義から、ブルーフォレスト辺境伯領に向かったアラン達の話に戻ろう。
= スチユアートリア帝国
ブルーフォレスト辺境伯領
アラン達一行が、ブルーフォレスト城に到着した翌朝、昨日まできれいに晴れていた空に黒い雲が重く垂れこめていた。
「この調子だと一雨降りますな。しかも、嵐になるでしょう」
と、ブルーフォレスト辺境伯が言った。
ブルーフォレスト辺境伯も、神聖力をもつHoly Mageであった。
風や雲から天候を読むこともできた。辺境伯の天気予報にほぼ間違いはなかった。
「ブルーフォレスト辺境伯が、そうおっしゃるのでしたら間違いはないでしょう。今日は、森へ行くのは、やめておけという天のお告げですな」
アランは、冗談まじりに言ったが、半分本音でもあった。
帝都トロアからブルーフォレスト辺境伯領までは、馬車で一ヶ月、軍馬でも20日弱の道のり。
アランのようなHoly Mageならば、加速の魔法で短縮することが可能だ。
しかし、今回は部魔導士レベルの騎士も多くいたので、途中の軍基地で馬を乗り継いで来た。
ここでまず、一旦人も馬も休ませる必要がある。
一刻も早く確認しておきたいという気持ちもありつつ、何十年先のことになるかもしれない不安要素に焦っても仕方ないという気持ちのせめぎ合いでもあった。
「レッドリオン公爵、オスカーから少し聞きましたが、この際なので今回の遠征の詳しい目的を聞かせては貰えないだろうか?」
辺境伯が真剣な顔でアランに詰め寄った。
「そうですね。辺境伯領にも隣接している地域でのことですから、何かあればブルーフォレスト辺境伯が一番先に動くことになるかもしれませんか」
アランも当然のことだとうなずいた。
「これは、皇太子殿下からの密命なのです。詳しく調べて来るように言われた地域を確認してから、辺境伯にもご相談するつもりでしたが、良い機会です、先にお話ししておきましょう」
そして、顎に手をあてながら、ふたりを見守っていた辺境伯の息子のオスカーに向かって
「オスカー!!まずは、三人で作戦会議だ」
と、アランが勢いよく言うと
「はい! では、こちらの部屋で」
と、言ってオスカーがアラン達を別室へ案内した。
日頃はあまり使用されていない会議室の暖炉の薪に火がくべられていた。
ブルーフォレスト辺境伯、アラン、オスカーが暖炉を囲むように座っていた。
「もう春だというのに、今日は寒い」
そういう言いながら、暖炉に薪を足し、魔力を加えると火が勢いを増した。
Holy Mageは神聖力を操るが、魔法も使えるように魔法の訓練もしている。
「馬も人も疲れているところにこの寒さでは、体力が奪われるな」
アランが心配そうに言うと
「もしも、騎士の皆様や馬になにかあった時は、ポリアンナが居ますから大丈夫です。あの子は、ヒーリングの神聖力には長けています。他の能力は未知数ですが」
と、オスカーが言った。
「ポリアンナはそれだけが取り柄です」
と、父親の辺境伯が付け加えた。
娘がいたら確実に怒られる余計な一言である。
「それは頼もしい!!戦では、戦士と同じくらい傷ついた者を癒す力が必要ですから」
と、アランが言うと
「公爵にそう言って頂けると心強い限りです」
と、辺境伯が嬉しそうに言った。
そこへ、折しも噂のポリアンナ穣が、暖かいお茶を持って部屋に入って来た。
「こちらの部屋は、まだ寒いですから暖かいお茶をお召し上がりください」
「これは、気が利きますな、ポリアンナ嬢。もしや、聴力強化系の神聖力もお持ちですか?」
アランは、少しだけ茶化すように言った。
見た目は、20代でも中身は235歳のおっさんである。
「いえ、私は神聖力は、ヒーリング系しか意識できていません。例え、聴力強化の能力があっても、ここでは使いたくありませんわ。悪口は耳障りですもの」
と、父親の方を見ながらいたずらっぽく言った。
父はバツが悪そうにアランを見た。
するとアランは話題を変えて、
「さて、本題ですが、皇太子殿下が「魔の森」に不穏な未来を感じられたそうなのです。まだ、本当にささやかな気配だそうで、何年先か、何十年先かもわからない程度のものらしいのですが…」
と、切り出した。
「魔の森ですか…。辺境伯は『魔の森の伝説』をご存じですか?」
「はい、古い伝説は耳にしております。父の方が詳しいかと思いますが、あの付近には近づかないようにと言われています。なんでも、人が忽然と消えたり、現れたりするという伝説があるそうです」
父親に付け加えるようにオスカーが言った。
「私も、子供の頃から、祖父や父から、そちらへは行かないようにと言われていました。領地から離れていますし、かなり森の奥へ行かないと辿り着けない場所なので、わざわざ行くもの好きはいないと思います。ただ、獲物を追いかけて迷い込んだハンターがいたり、山菜や木の実を捜しに行った老人が迷い混んだりすることはあるようで」
「国境の川は、川幅も広いですが、浅瀬もありますので隣国から密入国者が来ないか、定期的に使徒に見回りをさせています」
そう言った辺境伯が目配せした先には、羽の生えた小さなトカゲが居た。
「辺境伯の使徒は、竜でしたな。室内では羽根つきトカゲのようでかわいらしい」
と、アランが笑った。
「戦のない今は、偵察がメインジョブですが、いざという時には私と共に闘ってくれる頼もしい使徒です。以前、私も、背に乗せて貰い闘いました。あれは、まだ公爵が王子の頃でしたかな」
ブルーフォレスト辺境伯は、アランの教育係のシルバー・ベイリー伯爵の親友であり、アランの子供の頃を良く知っていた。
「ええ、ひよこでした」
アランが、照れくさそうに言うと、辺境伯は
「可愛かったですよ」
と、微笑んだ。
ブルーフォレスト辺境伯は爵位を継ぐ前から、帝国陸軍の少将として軍の指揮をしている父のイーサンに代わり、この辺境地を守り続けていた。
「『赤い荒野の闘い』では、お父上のブルーフォレスト辺境伯と使徒のドラゴンが、父と叔父のアレクサンドル皇帝陛下の力になって活躍してくれたと聞いています」
と、アランが言った。
「はい、それが父の自慢の種です」
と、息子の現プルース・カイザー・ブルーフォレスト辺境伯が答えた。
「魔の森がある場所は、ブルーフォレスト領地とエド・ロア王国とブロッサン共和国の三国に接する場所にあります。公爵もご存じの通り、エド・ロア王国とブロッサンは、長年に渡る対立で常に緊張状態です。「今のところ、我エド・ロアとスチュアートリア帝国が友好国である限りは、滅多なことはして来ないと思いますが・・・ブロッサンの事ですから油断はできません。常にこの辺境地は、帝国の防衛の前線基地であると心得ています。魔の森についても、より一層注視して警戒に当たる所存です」
辺境伯の言葉にアランも幼き日の出来事を思い出していた。
「ああ、幼かった私にとってもあの時のことは忘れられない。この城には父と母が何度も世話になっている。「二回の『エド・プロ戦争』では、この城が前線基地同然だったと聞いている。ブルーフォレスト辺境伯家は歴代の皇帝にとって、信頼できる頼もしい騎士の家だ。いろいろな需要な局面で辺境伯家一族と、この名城には世話になっている。心から感謝している」
「とんでもありません。臣下として当然のことですから。これからも忠誠を尽くしてお力になる所存です]
アランの感謝の言葉に恐縮しながらも、さらなる忠誠を誓う父を見てオスカーも大きく頷いていた。
「元皇帝の息子、現皇帝陛下の甥として、ふたりの陛下に代わって心から感謝する。これからも、よろしく頼む」
と、アランがブルーフォレスト辺境伯に手を差し伸べた。
辺境伯は、その手をがっしりと握りながら言った。
「はい、ブルーフォレスト家の皇帝陛下へお仕えすることは一族にとっての誇りです。これからも忠誠心は揺るぎません」
父である辺境伯の言葉に、息子であるオスカーも大きくうなずきながら、胸に手を当てていた。
「それにしても、ブロッサン国は相変わらず落ち着かない国な。母上と、伯母上がエド・ロアから嫁いできたことで、ブロッサンも表立って手出しが出来なくなっただけに、何を仕掛けてくるかわからん部分もある。それだけに、国境近くでの怪しい動きにはいち早く気付いて手を打つべきだと、殿下は私をここへ派遣されたのだ」
辺境伯も大きくうなずきながら言った。
「はい、明日は天候も回復しましょう。私も現地までお供します。それと・・・最近は、反対側のパドラルにも不穏な動きがあるのです」
「ああ、その報告も受けている」
アランは、辺境伯の言いたいことは理解しているというように頷いた。
スチュアートリア帝国は、スチュア・トロア大陸の大半を領土としているが、西に「ブロッサン共和国」「エド・ロア王国」「マニ・トバール国」「パドラル国」の四カ国、東に「マントバナ国」と「シャバラリオ国」の二カ国と国境隣接している。
その西の国境地帯を領土とするのが、ブルーフォレスト辺境伯領、東の国境地帯に位置するのがアランのレッドリオン公国である。
「ブロッサンとパドラルには、Holy Mageがいない分、Black MageやWhite Mageが居ると聞くが、Black Mageが自分たちの権力を確固たるものにすべく暗躍しているとの噂も耳にする。いずれ、そこもハッキリ調べないとならないだろう」
「父上が皇太子であった時の『赤い荒野の闘い』も、海の向こうの大陸の国のBlack Mageが仕掛けて来た事が原因だったからな」
アランよりもかなり若いオスカーが言った。
「海の向こうの大陸では、|黒魔術師|《Black Mage》達が白魔術師達を迫害している国もあるらしいですよね」
「我がブルーフォレスト家は、この西の辺境領を先祖代々守らせて頂いておりますが、東の辺境地であるレッドリオン公国は、アラン公爵のお父上のラファエル大公が守られているので安心です」
辺境伯は、自分の領地がいかに重要かを理解していると共に、その重責を誇りに思っていた。
男たちの話を黙って聞いていたポリアンナが口を開いた。
「レッドリオン公爵様、公爵様のレッドリオン領は、以前は単なる国境地帯の荒れ野だったそうですね。
それが、今は公国となっているのはアラン様のお父上と、現皇帝陛下の活躍があったからと聞いております。やはり、レッドリオン公国領も我ブルーフォレスト領のような辺境地なのですか?」
すると、オスカーが妹をたしなめるように言った。
「ポリアンナ、お前それはスチュアートリアの歴史の勉強不足だぞ!『赤い荒野の闘い』くらいしっかり勉強しておけ」
「いえ、お兄様、私も『赤い荒野の闘い』は、存じております。陛下と前陛下が皇太子殿下であった頃の伝説の闘いですから。私が、お聞きしたいのは、今のレッドリオン公国についてです。なにしろ、ブルーフォレストから見ればレッドリオン公国は東の果てですから」
ポリアンナは、自分の勉強不足を兄から指摘されて憤慨しつつも、若い好奇心を抑えきれずに言った。
「私は、この領地から出たのは、父上と年に数回だけ帝都の邸宅へ行くくらいですから、他の領土の様子を知りたいと思ってもおかしくはありませんでしょ?」
アランは、リリアーナと同年代のポリアンナを見て、
「リリアーナは、大学生活に上手く馴染めているだろうか?」
と、帝国神聖大へ送り出したリリアーナを思い出していた。
「ポリアンナ嬢。あなたのその好奇心は大切ですよ。お父上が許可されるなら帝国神聖大で勉強されるのも良いですね。お祖父さまも喜ばれることでしょう」
「そうですわね。お父様はどう思います?」
「そうだな、いずれは父上に呼ばれるだろうから、その時考慮しょう」
娘にそう問われた父は半分困り顔でお茶を濁した。
父は、愛娘をまだ手放したくはないのである。
彼は、いずれこの地を息子オスカーに譲り、自分は妻と娘と共に帝都の邸宅に移り住もうと密かに老後の生活を夢見ていた。
しかし、その彼の望みが叶うのは、数十年後、いや百年以上先かもしれない。
がんばれ!
ブルース・カイザー・ブルーフォレスト辺境伯。
断っておくが、彼は立派なHoly Mageであり人格者であり、帝国でも最強の聖騎士のひとりなのである。




