いざ、エド・ロアへ = 運命の出会い =
ブロッサン国内の雲行きが怪しくなって来た頃、スチュアートリア帝国では、アレクサンドル殿下が西方での怪しい動きを予知していた。
皇帝が国民の陳情を聞く謁見室に現れたアレクサンドル殿下は、陳情者が次の陳情者と交代するタイミングでそっと皇帝に近づいて耳打ちした。
「陛下、失礼致します。早急にお耳に入れたいことがございます」
「久しぶりに、胸がざわざわする予知をしてしまいました」
父ジェームズ皇帝からの帝位を譲り受けたラファエル皇帝は、弟殿下の話を玉座から身を乗り出して聞いた。
「いつもお前の予知は的確だからな。今回はなんだ?」
「陛下、他の者の陳情を聞き終わってから執務室でゆっくりと話を聞いて頂けませんか?」
「おお、そうだな。執務室で待っていてくれ」
ラファエル皇帝は、次々と陳情を述べに来る者たちの声に、かなりの時間をかけて聞きくので、アレクサンドル殿下の待つ執務室へ戻ったのは、夕刻近くになっていた。
「待たせたな、アレックス」
朝から、陳情者の話を聞いていたラファエル殿下は、疲れも見せずに言った。
「兄上、ご苦労様です。ふつうの人間なら倒れていますよ?」
と、言うアレクサンドル殿下に対して皇帝は、
「なにを他人事のように言っている。そのうちお前の仕事になる。覚悟しておけ!」
と、言い放った。
「いやですよ。皇帝のお役目は兄上にお任せ致します」
と、本当に嫌そうに言った。
ラファエルは、今は言い合っても無意味だと思い話題を変えた。
「ところで、予知の内容を教えてくれるか。具体的な内容なのか?」
と、真剣な顔で尋ねるとアレクサンドル殿下も真顔に戻り
「はい、エド・ロアとブロッサンが戦争になります!」
と、はっきり自信を持って言った。
「確かなのか?!今回は随分具体的だな?」
「はい、私も成長しましたので。士官学生の頃の若造ではないですから。もう、私も235歳です」
「そうか、Holy Mageにとっては脂がのった良い時期だ!」
と、皇帝は笑顔で言った。
「それで、戦争のきっかけとなる事や場所は見えたのか?」
「はい、場所は見えました。戦いを挑むのはブロッサン側からです」
「未然に防ぐことはできそうか?」
「いえ、今回の未来は一通りしか見えませんでしたから、何をしても戦争にはなるようです」
『赤い荒野の闘い』でも、シャバラリオでのライオン達の救出の際もアレクサンドル殿下の予知は、選択による未来の変化の可能性を含んでいた。
しかし、今回の戦争は避けられないと言う。
アレクサンドル殿下の説明を一通り聞いたラファエル皇帝はしばらく黙って考えていた。
それから思い切ったように言った。
「では、エド・ロアとブロッサンが戦争についての指揮は、アレクサンドル陸海軍総司令官に任せる。まずは、各国に派遣しているWhite Mageからの報告を待って参謀室のメンバーと作戦を練ってくれ」
「それから、ブロッサン国内に居るWhite Mage達に使徒を飛ばして、すぐに帰国するように伝令を出すように」
ラファエルは、戦地になると予知された国に住まわせている密偵を帰国させる選択をした。
「はい、陛下。新しい情報がわかればお知らせします。具体的作戦は、兄上も加わって頂いて練りたいと思います」
「それは、私も前線に向かうべきということか?」
皇帝の質問に殿下はちょっとすまなそうに言った。
「予知には、陛下と私の姿が見えました。おそらく、陛下直々に出向かれる必要があるのだと思われます」
すまなそうな顔の弟を見て皇帝は、いやいやと首を振り殿下の肩に手を置いて言った。
「お前の予知能力は完璧だ。また、一緒に戦えるなら楽しみだ。あの頃は、へっぴり腰で見ていられなかったひよっこの一人前に戦う姿が見られるのだからな」
と、笑顔で弟を見て言った。
「実際に戦争に巻き込まれた時には、アレクサンドル・エイデン・ハイデルベルト・スチュアートリア総司令官の活躍を安全な所から高みの見物をしていてください。陛下。」
数日後、エド・ロア王国から招待状が届いた。
エド・ロア王国建国500年と国王の誕生日を祝う祝宴への招待状だった。
エド・ロア王は、普通の人間なので毎年誕生日を祝っている。
Holy Mageの皇帝は寿命が長いので10年毎にしか誕生日を祝わないので、近隣の国の祝賀会には極力顔を出すようにしている。
招待状は、退位したジェームズ前帝とフリーデシア皇太后にも届いていた。
そこにも一抹の疑問を持ったラファエル皇帝だった。
今回はアレクサンドル殿下の予知から、先方には知らせず、ジェームズ前帝夫妻に代わってラファエル皇帝とアレクサンドル殿下がエド・ロアへ向かうことになった。
「これがきっかけなのか?」
と、招待状を見ながらラファエル皇帝は言った。
帝国軍本部参謀長官のカジミール・ヴァイオレット・フィル―ド侯爵がそれに答えて言った。
「どうやら、そのようですね。こちらの準備は整っています。各基地からも東の駐屯地に援軍を配備しました。海軍北部基地の船もブロッサン北部へ回り込めるようにてあります。天候もある程度コントロールできるようにHoly MageとWhite Mageを多めにそちらに配備しました」
冷静な帝国軍本部参謀長官の話を聞いた皇帝は、
「さすがヴァイオレット・フィル―ド参謀長官だ。こちらの準備は完璧だな。でも、今回は、エド・ロアとブロッサンの戦いだから、わが軍は下手に手を出してはならん。私の指示を待て」
「もちろんです。我が国を戦地にしてはなりませんから。但し、陛下とアレクサンドル殿下の御身に何かある場合、やむなしです」
「そうだな。その時は、私かアレクサンドルの使徒を飛ばそう。参謀長官は、本部で連絡を待っていてくれ。可能な場合は私の思念も送るのでキャッチしてくれ」
「御意!」
ヴァイオレット・フィル―ド侯爵は、地図をたたみ参謀室へ戻って行った。
「ブルーフォレスト少将を呼んでくれ。」
側近の家臣にそういうと自分は執務室の机に向かって座った。
しばらくすると、ブルーフォレスト少将が入室して来た。
「陛下、お呼びですか?」
ブルーフォレスト少将は、『赤い荒野の戦い』で共に闘ったあのブルーフォレスト少佐である。
今は、昇進して少将となっていた。
「ブルーフォレスト少将、久しぶりにまた共に闘ってくれまいか?」
「腕が鳴りますな。おふた方のお供をした『赤い荒野の闘い』の日々が昨日のようです。どこでもお供致しますぞ!」
「うむ、頼むぞ!!ブルーフォレスト少将」
ラファエル皇帝陛下は、自ら戦地へ挑む覚悟を決めていたが飛んで火にいる夏の虫になる気はさらさらない。
「各地に派遣しているWhite Mageからの報告によると、どうやらブロッサン国の王は、黒魔術師にそそのかされてエド・ロアに攻め込むようだ。897才とご高齢のジェームズ前皇帝・皇后夫妻を招待するということを聞きつけて、人質としてエド・ロア国内に留め置き、帝国が手出しできないようにする計画らしい」
ブロッサン国の狙いはあくまでもエド・ロアであるが、スチュアートリア帝国を敵に回すことは恐れている。
それゆえの策なのであろう。
普通の年寄り夫婦なら、その状況だけで命が縮む思いである。
「ブロッサンは、Holy Mageをわかっていませんからな。897才になられていても、普通の人間の熟年騎士くらいは動けるとは、知る由も有りますまい。でも、今回は念のため陛下と殿下が行かれるのですね?」
「うむ。父上と母上の身を案じてだけでなく、ブロッサン国のBlack Mageに対峙できるのは我々Holy Mageだけだと思うからな!」
「それはまたアレクサンドル殿下の予知から導き出された作戦なのですか?」
『赤い荒野の闘い』を共に闘ったブルーフォレスト少将には、アレクサンドル殿下の予知と、それに基づくラファエル皇帝の判断力をよく理解し信頼していた。
「そうだ。現地に到着するまでは父上と母上を装って、アレクサンドルと私は馬車で行くので、念のため警護を頼む」
共に闘いを潜り抜け、長年忠実に尽くしてくれている部下へのラファエル皇帝からの信頼も厚い。
Holy Mageのふたりが、周囲の目をくらますのは造作もないことである。
エド・ロア側も、退位した皇帝夫妻ではなく、現皇帝と皇太子殿下がお越しとなれば喜ぶことはあっても怒ることは無いだろう。
「お任せ下さい。命に代えてでも陛下たちをお守りします」
ブルーフォレスト少将は、昔を思い出して武者震いをしていた。
それを見たラファエル陛下は、
「そんなに力まなくてもよいぞ、私もまだまだ闘える。こういう時の為に日々鍛えておるのだからな」
そう言いながら、後ろに掛けてあった剣の中から自分の聖剣を手にした。
「こいつも、久しぶりの出番だ!」
ブルーフォレスト少将は、そんな陛下に尋ねた。
「しかし、陛下が向かわれることでブロッサンとエド・ロアの戦争を回避することは可能でしょうか?」
「いや、戦争を止める気はない。アレクサンドルの予知では、今回の戦争は短期決戦でエド・ロアの方が勝つらしい。私たちは、そのお膳立ての為にエド・ロア国王への情報提供と、宮廷内に入り込んでいるブロッサン側のスパイと刺客から王族を守ることだ」
「わかりました!では、ネズミや小動物を使徒にしている部下も同行します。何かの役に立つでしょう。私の使徒のクロヴィスは、小さいサイズでも目立ちますからな」
そう言って少将の懐に入っているドラゴンをチラリと見た。
「少将のクロヴィスは、いざという時は大いに頼りになる。頼むぞ!」
と、ラファエル陛下からの言葉を聞いた竜のクロヴィスは、ぺろりと舌を出してうなずいた。
それから、数か月後のエド・ロア国王生誕・建国記念祭の期間が始まった。
祭りの期間は、宮廷庭園が解放され周囲の道には露店も出され、国中がお祭りムードになっていた。
スチュアートリア帝国皇帝ラファエルとその弟アレクサンドル殿下を乗せた馬車は、ブルーフォレスト少将を護衛隊長とする護衛騎士団を伴ってエド・ロア王国との国境を越えていた。
ブロッサン国の密偵の目を欺く為に、ぎりぎりまでジェームズ前皇帝夫妻一行を装いエド・ロアの迎賓離宮に到着するまでは一切顔を見せなかった。
離宮に到着すると、早速、エド・ロア国王へ使者を送り面会を求めた。
面会要請に重要度感じなかったエド・ロア国王は、まず、自分の代わりに信頼している第二王女マリエッタ・エレナ・ローディア・エド・ロア王女をスチュアートリア帝国前皇帝ジェームズ夫妻の元へ行かせた。
エド・ロア側は、到着したのが前皇帝夫妻だと思っていた。
マリエッタ王女は、憧れの伝説のジェームズ元皇帝に会えると思い、勇んで迎賓離宮へと向かった。
スチュアートリア帝国側の近衛騎士に案内されて、元皇帝夫妻の控室へ入った。
だが、そこには800歳越えの老人ではなく、従者に囲またれ若い現皇帝と皇太子がいた。
王女はさすがに驚きを隠せなかった。
しかも、美しい褐色の瞳をした男性の方には見覚えがあった。
王女は、「あっと」心の中で叫んだ。
しかし、そこは聡明で育ちの良い王女らしく、どぎまぎする気持ちを抑えつつ
「お初にお目にかかります。エド・ロア王国第二王女のマリエッタ・エレナ・ローディア・エド・ロアと申します。父に代わり私が参りました。この度は、遠路を父の生誕祭および建国祭にお越し頂き感謝申し上げます」
と、王女は、スカートの裾を広げるように持ち足を引いて腰を落として、優雅にお辞をした。
そして、
「スチュアートリア帝国皇帝一族は不老不死と聞き及びます。800歳を超えられていても20代のように若々しくいらして驚きました」
と、付け加えた。
それを受けて椅子から立ち上がったラファエルは、跪いて王女の手を取り、その甲にキスをして挨拶をした。
「はじめまして、マリエッタ王女。私はラファエル・オーエン・ハイデルベルト・スチュアートリア。残念ながら800 歳には届かない未熟者ですが、現スチュアートリア帝国皇帝です。父に代わって祝辞を述べに参りました。まあ250歳は超えていますけれど」
と、言って王女の顔を見上げて微笑んだ。
マリエッタは、この褐色の瞳に見覚えがあると思った瞬間、心の中で
「ハイデルベルト卿、たしかに…」
と、つぶやいた。
そして、胸がドキドキして締め付けられるのを感じた。
ラファエルは、全く気にも留めてもいないかのように
「こちらは、弟のアレクサンドル。こちらがブルーフォレスト少将、辺境伯です」
と、ふたりを紹介した。
マリエッタ王女は、噂に聞いていたスチュアートリア帝国の皇帝陛下と弟殿下を目にし、その麗しさにどきどきしていた。
あの方が、まさか皇帝陛下だったとは…。
Holy Mageは、人の気持ちを読むことができるのだが、自ら心を覗こうとしなければ見えない。
ところが、相手の感情があまりにも強いとやはり伝わってしまうのである。
ラファエルもアレクサンドルも、謎の帝国のHoly Mageという怪しい人間を見て、若い王女が戸惑うのも無理は無いと思っていた。
Holy Mageについては、帝国トップシークレットであり、Holy Mage同士での秘密は共有されているが、一般の国民には、強力な白魔術が使える長寿のWhite Mage一族たちという認識なのである。
ましてや、外国の者にとっては謎の人間たちという認識であろう。
しかし、王女の動揺は、スチユーアートリア帝国の皇帝兄弟に驚いたのではなく、あの雨の日の男性が、ラファエル皇帝であったことに驚いていたのだ。
スチュアートリア帝国の皇帝陛下の名前は、ラファエル・オーエン・ハイデルベルト・スチュアートリア。
確かにハイデルベルト卿だった。
当のラファエルの方は、まるで彼女があの日の女性だとは気づいていないように淡々と、今回、父に代わって自分が来ることになった理由を説明していた。
「そのようなわけで、王女、皇帝の私が自ら赴いたというだけで、事の重大をお察し下さい。エド・ロアの宮殿内には、ブロッサン国のスパイや刺客が送り込まれています。そして、この宴で北の防衛が緩んでいる隙に攻め込んで来るつもりです。わが帝国軍が表立ってエド・ロア王国を軍事支援することはできませんが、エド・ロア王宮とあなた方王族をお守りしたいと思っております」
スチュアートリア帝国自らの説明を受けて王女は答えた。
「心強いお言葉感謝申し上げます。軍事的なことは、私にはわかりませんが、すぐにでも防衛準備をさせて方が良さそうですね」
聡明な王女は、ラファエル皇帝が言いたいことは理解したが、皇帝自ら乗り込んで来たことに多少の疑念があった。
王女の疑念を察してラファエルは言った。
「そちらの軍の上層部もブロッサン国の動きは把握されていることでしょうから、おそらく敵が攻めて来たとしても十分対応できるのではないかと思っております」
全て、アレクサンドルの予知ではあるが、それは言うことができないので、相手国の自尊心を傷つけず、ことを上手く運ばなければならない。
「私どもは、あくまでも現場に居合わせた者として、王族の皆様をお守りする心積もりであることを国王陛下にお伝えください」
アリエッタ王女には、ラファエルの言葉に嘘偽りは無いと思えた。
しかし、国と国の駆け引きは難しいものである。
友好国とはいえ、招待した老齢の前皇帝に代わりバリバリの現皇帝がいきなり王宮に現れたのである。
そして、敵国が攻めて来るという。父、国王は信じてくれるだろうか?
一番気がかりなのは、我が国の防衛である。
当事者ではないスチユーアートリア帝国の皇帝が、ブロッサン国が攻めて来ようとしているという情報を得て来ているのに、我が国の軍部もそれなりの情報を得ているのか?
思い切って、王女は本音で訪ねてみた。
「陛下のご説明はよくわかりました、我が国を気遣って下さったことに心から感謝申し上げます。ただ、少々気になることが…お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
と、言った。
「なんなりと、お尋ねください」
と、ラファエルは答えた。
「皇帝陛下のおっしゃることは理解しました。わがエド・ロア国のことを案じて下さっていることも。でも、わざわざ陛下が出向かれずとも、前皇帝陛下が祝賀祭の欠席をする理由と共に、ブロッサン国の情報を提供して下さるだけでも良かったのではないかと思ってしまいます」
王女のまっすぐな瞳と正直な言葉を受けてラファエル陛下も素直に返答した。
「それは、私も考えました。そして、それを判断しようとあの日、国境近くまで行ったのです」
そして、ラファエルは従者のひとりに声をかけた。
「トリスタン」
と、呼ぶと、名前を呼ばれた従者が、突然、鷲の姿になってラファエルの肩に止まった。
「あの時、雨の中であなたにお会いして決めました」
ラファエルのその言葉に王女は、胸が締め付けられそうになるのを感じた。
「えっ、覚えてらしたのですか?」
「もちろんです。だから、私はあなたを守りたい!」
その一言は、王女の胸を打ち抜いた。
18歳の小娘の王女に対して、見た目は20代後半、中身は254歳のラファエル陛下。
恋愛の駆け引き相手になるはずはない。
「わ、わかりました。改めて父と陛下の会談の場を設けますので、父と直接とお話下さい。それまで、こちらの離宮でお待ち願います」
と、真っ赤な顔をしながら、やっとのことで言い終えると、顔を両手で覆い逃げるように迎賓離宮から宮殿本殿へと帰って行った。
その様子を傍で見ていたアレクサンドル殿下が、
「兄上、あまり若いお嬢さんからかうものじゃないですよ?」
と、言うと、ラファエル皇帝は、
「そうだな。でも、本音だ!」
と、言った。
兄の横画がいつになく思い詰めているように見えたアレクサンドル殿下であった。
Holy Mageは何度も星を巡り、魂を磨いて来た者だからこそなれるものなので、恋愛に関しても普通の人間とは価値観を逸している。
そして、唯一のツインレイを捜している。
それゆえに、簡単に恋愛感情を抱くことはない。
そんな兄の眼差しにアレクサンドル殿下は、
「そうか、そういうことか」
と、つぶやいた。




