「イエローバレー領地」と「赤い嵐作戦」
「赤い荒野の闘い」の続きのお話です。
今回の語り部も
ガブリエラ・サーシャ・ラング先生です。
「さて、今日は前回の続きです」
「そしてHoly Mageの皆様が、『赤い荒野』へ魔物討伐に向かわれたところからです」
リリアーナは、前回の続きを聞きたくて、この授業を心待ちにしていた。寮で先輩たちに聞くこともできるのだろうが、ガブリエラ先生の講義は、まるで自分がその場にいるような気持で聞けるので、この日を心待ちにしていた。
「まず、赤い荒野=The red wilderness=の地形についてお話しましょう」
「こちらの地図をご覧ください」
ガブリエラ先生は、帝国東部の地図を示して言った。
赤い荒野は、現在のレッドリオン公国とほぼ同じ場所にありました。
当時からこの地域は、シャバラリオからマントバナ国に隣接する西下側から東側にかけての下側半分と右側に深い峡谷があり、急な高い崖が国境を隔てておりました。
現在でもマントバナ国とシャバリオに離接する国境は、この切り立った峡谷の岩壁が自然の防壁となっております。
帝国側から「赤い荒野」に入るには、この険しい崖をよじ登るか、少し緩やかな場所もあるイエローバレー渓谷から入るの、二択でした。
アムンゼン基地からイエローバレー渓谷までは、2600キロの道のりがありました。
ふつうの人間と馬でしたら、一ヶ月はかかる道のりです。
Holy Mageの方とその馬でしたら、その半分の日数での移動可能です。
これから闘うことを考えれば崖をみなでよじ登るのは得策ではありません。
そこで、ラファエル殿下方は、まずイエローバレー渓谷に最も近い陸軍駐屯地に移動することにされました。
そこは、イエローバレー侯爵領地内にあるリルクガーラント駐屯地でした。
イエローバレー伯爵家と言えば、トゥルリ―・アンソニー・イエローバレー先生のご実家です。
残念ながら、トゥルリ―先生のお誕生前のことでございます。
リルクガーラント駐屯地に、突然、総司令官と陸軍の准将が現れたのですから、リルクガーラントの兵士たちはさぞかし驚かれたことでしょう。
リルクガーラント駐屯地の司令官は、イエローバレー侯爵家のアルフレート・ガルシア・イエローバレー大佐でした。
トゥルリ―先生のお父上です。
イエローバレー大佐も強力な神聖力を持つHoly Mageであらせられました。
ラファエル殿下は、リルクガーラント駐屯地を起点に「赤い荒野」の魔物討伐作戦を立てて遂行することになりました。
イエローバレー伯爵家は、「赤い荒野」に隣接する領地を所領とされておられますので、「赤い荒野」の変化について、イエローバレー大佐も気づかれておられました。
ただ、不思議なことに「赤い荒野の魔物」は、スチュアートリア帝国側には一切近づいて来ないのだそうです。
魔物の住むと言われている岩山がシャバラリオとの国境近くの峡谷に連なっているという地理的状況もあると思われましたが、魔物たちが意図してこちらを避けているようにも思えました。
もちろん、魔物の動向については常に注視されおられました。
魔物たちが大きな赤黒い獣の姿をしており、十数頭の群れであること、その中には子供とみられる個体がいること、ひと際巨大な一頭がその群れのリーダーであろうことを把握されておられました。
「イエローバレー大佐には、この駐屯地を作戦本部として残って貰う。必要に応じて応援部隊を要請するので、いつでも駆けつけられるよう待機していてくれ。それと、現地に詳しい者を数人貸して欲しい」
と、ラファエル殿下がおっしゃるとイエローバレー大佐は
「かしこまりました閣下。いつでも駆けつけられる準備をして待機しております」
「現地の案内として、いつも『赤い荒野』の偵察を担当している者と私の使徒を同行させましょう」
と、おっしゃいました。
「赤い荒野の魔物討伐作戦、名付けてOperation Red Storm(赤い嵐作戦)としよう}
「敵は人ではなく魔物だ。十分に気を引き締めてのぞむように」
「Operation Red Storm」の指揮を執られるのはもちろん、総司令官であらせられるラファエル殿下、副司令官はステイシア准将。
同行なさるのはブルーフォレスト少佐と、少佐が帝国陸軍本部から同行させた陸軍本部所属の第一小隊、アレクサンドル殿下とその護衛騎士団。
そしてリルクガーラント駐屯地所属の現地に詳しい騎士、総勢40名でございました。
翌朝、早朝にまずは両殿下の使徒のイーグルが飛び立ちました。
討伐部隊はその後に続きます。
帝国と荒野の間は、切り立った岩山がそびえる渓谷でしたが、隣接するイエローバレー領の境界の北部には深い森になっている場所もありました。
魔物たちの岩山へ向かうには「赤い荒野」を横切る形になりますので、最短距離をとり渓谷の中でも比較的通りやすい谷間を選択されました。
現在では、レッドレオン公国領内に入る主要街道のひとつとなっている場所です。
当時は、両側に高い岩壁がそそり立つ細く険しい道でした。
一行は、その切り立った岩壁の間を馬に乗って抜けられました。
「もしも、崖の上から攻撃されたらひとたまりもないな」
ステイシア准将がおっしゃいました。
「はい、姉上。使徒たちが天空から見張ってくれていなければ、安心して進むことはできませんでした」
ラファエル殿下も初めて訪れる場所に気を張り詰めておられました。
「閣下、必要なら私のクロヴィスも、偵察に行かせますのでお申し付け下さい」
と、ブルーフォレスト少佐がラファエル殿下におっしゃいました。
「いや、少佐の使徒の竜は、もうしばらく力を温存させてやっておいてくれ。戦闘の際には大いに頼ることになろう」
すると、アレクサンドル殿下が
「兄上、遠くに黒い魔物の気配を予知しました。彼らはギリギリまで我々の存在には気づかないでしょう。かなり油断しているようです」
と、おっしゃいました。
「アレックス、ここに来て予知能力が開花し始めたか!! そんなに鮮明で具体的な予知は初めてだな」
「はい、兄上!! とてもよく見えました。この能力がお役に立てるようになれると嬉しいのですが…・」
「神聖力は、経験値で磨かれるものだからな。この戦いが、アレックス、お前にとって良い経験となるよう、必ず無事に帝都に生還するのだぞ」
「はい、兄上。足手まといならぬようにします」
まもなく、一行が崖の間の道を抜けようとするところで、二羽のイーグルが戻って来ました。
「ここを抜けてしまうと、開けた荒野になってしまいます。天空からは丸見えになってしまいますが、魔物の巣となっている岩山まではかなりの距離がございます」
と、人の姿に戻ったトリスタンがラファエル殿下に報告しました。
「アレックスの予知では、我々が荒野に足を踏み入れたことに魔物たちが気づくのは、岩山に接近してかららしい。とはいえ油断はならん」
「ここからは交代で結界を張って気配を消しながら進もう」
神聖力の強いHoly Mageは、結界を張ることで相手から自分の気配を消すことができます。
固定の場所であれば、その大地や空間の力に働きかけることで結界を張り続けることは可能ですが、移動しながら結界を張り続けることは高度な技となります。
常にこの力を使い続けることは、強力な神聖力を持つHoly Mageでも神聖力を消耗し、闘う力が半減することになり兼ねませんので交代で結界を張られることにされました。
その日は、何事もなく夜まで移動し続けられた一行は、途中で野営されることとなりました。
満点の星の元、赤い魔物討伐部隊は結界の中で野営を貼られました。
「そういえば、ここまでネズミ一匹みかけなかったな」
ステイシア准将がおっしゃると
「そうですね。まばらに草が生えているところもありましたが、ほとんど植物は生えていませんでしたね。ここで命を育むのは厳しいことでしょう」
と、めずらしくアレクサンドル殿下から姉君との会話に加わられました。
「アレクサンドル、あなたにはこの地の未来は見える?」
「そうですねぇ。うすぼんやりとは…。ただ、ひとつじゃないのです。ふた通りの未来が見えるのです。ひとつは、真っ暗な荒涼とした闇の世界。もうひとつは、緑豊かな穏やかな世界。どちらが本当の未来なのかは、私にはまだ見えません」
「それはどちらも正解かもしれないわよ、アレクサンドル。いつでも人生は選択の連続で、それを選択して進むのが人生。未来は私たちがどう選択し行動するかで変わるのだと、そう私は信じている」
「はい、そうですね姉上。この地の未来が私の見た後者の未来になるように行動したいと思います」
そんな姉と弟の会話を横で見ながら、焚火の炎をみつめて微笑むラファエル殿下であらせられました。
「それにしても、ここはどうしてこんなに荒れ果てた地なのでしょう」
アレクサンドル殿下はふと疑問に思われました。
すると、この地に詳しいイエローバレー大佐の使徒がこの地の逸話について話されました。
それは以下のような内容でした。
この地は、もともと大地が岩板質でできているのです。
そこに長い年月をかけて火山の噴火による火山灰や土が積り出来たのが、この荒野とシャバラリオ地域でした。
ところが、徐々にこの地に雨が降らなくなり、川が干上がり、緑豊かだった大地が赤い岩だらけの荒野に変わり、生き物が住むには厳しい環境となったとのことです。
しかし、それでも所々にオアシスがあり、多少の緑地が残っていたのです。
それが近年完全に消滅してしまいました。
その原因がなんなのかは、わかりません。
ただひとつ言えることは、隣接するわがイエローバレー領地においての気温変動や自然環境の大きな変化は無いということです。
イエローバレー領地は海には面しておりませんが、大きな川がいくつも流れております。
その昔には、その支流が「赤い荒野」にも流れ込んでいたはずなのですが、それが今は全く流れていないのです。
大佐の使徒からの説明を聞かれて
「この地が荒野となったのにも魔物の地となったのにも、何かまがまがしいものを感じるな」
と、ラファエル殿下は思われました。
殿下のそのお考えが正しかったことがわかるのは間もなくのことです。
そして、魔物の住む岩山が見えて来たのは、討伐部隊が「赤い荒野」に足を踏み入れられてから四日目のことでした。
「いよいよだな。皆の者、心せよ。ひとりも命を落とすことは許さんからな」
「はい、ラファエル閣下」
全員がラファエル総司令官の言葉に気を引き締めた。
「姉上。 姉上は、治癒能力にも長けておられましたな。第一連隊の中にもヒーリング能力がある者がいます。その者と連携して万が一の時はお願い致します」
「心得ておる。まずは、怪我をせぬことだ。私も騎士として、アレクサンドルに手本を存分に見せてやりたいところだが、それはもう兄であるそなたの役目だ。私は、臨機応変に私のやるべきことをする。そなたは、我々に背中を預けて指揮官として先頭に立って進むがよい。当代最強のHoly Mageとしての力を見せつけてやれ!!」
ステイシア准将は、ご愛馬の手綱を握り締めラファエル殿下の横に並ばれて力強くおっしゃられました。
そのお言葉はまるで、御三姉弟殿下の父君であるジェームズ皇帝陛下のお言葉であるかのようでした。
そして、いよいよ「赤い魔物」との闘いが始まるのでした。




