ふたりの皇子の遠征 = 港町アムンゼン=
引き続き
語り部のガブリエラ・サーシャ・ラング先生よる
「赤い荒野の闘い」のお話です。
リゲル歴3794年。
当時は、帝国神聖力術士養成大学は設立前でした。
若干20歳のアレクサンドル殿下は帝国軍士官学校で剣の腕を磨かれておりました。
神聖力は未知数の部分も多く、防衛能力も不十分でした。
それに対して、39歳になっておられた兄のラファエル殿下は、帝国陸軍総司令官のお役に就いておられ経験値もアレクサンドル殿下よりお有りでした。
「アレックス、不安そうだな。肉体強化力の方はどうなのだ?」
ラファエル殿下は、弟殿下を気遣うように尋ねられました。
「ある程度は、強化できます。闘いながら治癒能力を高めることもできています。ただ、今回は、普通の人間との戦いだけではない気がしています」
アレクサンドル殿下の予知能力は発展途上ながら、他のHolyMageよりは優れておられました。
「私もそんな予感がする」
「アレックス!おまえは私の神聖力を注ぎ込んで鍛えたこの剣を使え」
ラファエル殿下は、ひとふりの聖剣をアレクサンドル殿下に示されました。
「なるべく人を殺めたくは無いが、相手がふつうの人間ではなく、魔術を使うものや強力な魔物であった場合は、止むを得ない。これで闘ってくれ」
ラファエル殿下ご自身の神聖力を注ぎいで鍛えられた聖剣を、アレクサンドル殿下に渡されました。
「兄上、ありがとうございます!! 嬉しいです。」
アレクサンドル殿下は、その美しくも力みなぎる聖刀を嬉しそうに見つめられながらおっしゃいました。
「おまえに何かあったら、父上と母上に申し訳が立たないからな」
「私たちは、帝国と帝国の民の平和と暮らしを守る使命があるが、その為にも己の身を守らねばらん!
「おまえにとっては、初の遠征だ!心せよ!!」
「はい!兄上!!」
ラファエル殿下の言葉を胸にアレクサンドル殿下その聖剣を美しく装飾された鞘に装填されたのでした。
ラファエル殿下とアレクサンドル殿下は、19歳差の兄弟であらせられます。
普通の人間でしたら、19歳の兄と弟では親子ほど違うので、相手にならないところです。
しかし、HolyMageは能力が高ければ高いほど、肉体の衰えが遅く寿命が長いので、たいした差ではありません。
ですから、見た目は共に若々しい兄弟にお見えでした。
しかし、若年になればなるほど神聖力の能力の差は大きくなります。
ラファエル殿下は自らの力熟知されており、思うように使いこなせるようになっておられました。
一方のアレクサンドル殿下は、まだご自身の神聖力の全てを発揮できているとは言えませんでした。
HolyMageは、「使徒」という自分専属の「使い魔」を操ることができます。
スチュアートリアの皇帝は代々、鷹を使徒としてお使いになられていました。
なので、スチュアートリア帝国の紋章には、鷹が入っております。
使徒は、主人であるHolyMageと契約しています。
使徒は、主人での神聖力が注がれている限り死ぬことはありません。
使徒のための神聖力を必要とするので、ほとんどのHolyMageは複数の使徒を従えることはありません。
稀に神聖力の強いHolyMageが複数の使徒を操ることもあります。
神聖力の強い主人を持つ使徒の中には変身能力があり、主人の使徒として忠実に働きます。
使徒も主人の経験により能力も成長します。
帝都から、ふたりの王子に付き従ったのは、それぞれの使徒トリスタンとアーサー。
帝国陸軍の第一連隊、そしてアレクサンドル殿下付きの近衛騎士数名でした。
陸軍第一連隊隊長は、イーサン・バルナバーシュ・ブルーフォレスト少佐。
若き日のブルーフォレスト先生でございます。
代々、西の辺境領を守られている家系の方ですので、他国の情勢にも通じておられました。
「殿下、シャバラリオ国とマントバナ国の動きですが、マントバナからの海路からの物流に関しては以前と変わらずですが、陸路からの流通に滞りがみられるようです」
「また、わがブルーフォレスト辺境領に入って来るものも、マントバナ製品が減っており、ブロッサン国からの物が増えているようです」
と、ブルーフォレスト少佐が、ラファエル殿下に報告なさいました。
「そうか、物流と人の動きの変化は、国を揺るがす変化にもなり兼ねないからな」
「ブルーフォレスト少佐。ブロッサン国とマントバナ国の天候よる不作等の状況はどうなのだ?帝国内でも、地域によっては天候の影響を受けたところがあったようだが…」
と、ラファエル殿下がお尋ねになりました。
「はい、やはり昨年、一昨年と両国共に影響はあったようです。ただ、二国共に海に面した国ですから、飢餓に至るような状況ではなかったように思います」
ブルーフォレスト大佐の返答に少し安心されたラファエル殿下は、
「まずは、現地に着いてからだな。現地に到着して、周囲に我々以外の人が居る時は、私とアレクサンドルに少佐からテレパシーで話しかけて来ることを許可する。よいな? アレックス」
「はい。心得ました兄上」
「御意」
と、アレクサンドル殿下とブルーフォレスト少佐がお答えになりました。
HolyMageは 精神感応系のひとつの力であるテレパシーで人の脳に語り掛けることができます。
精神感応力は、人の精神と脳に干渉する能力です。
この能力を神聖力を持たない者に多用すると相手の精神に異常を来たすこともあります。
ですら、普通の人間に乱用することはできない力です。
この能力を有するMageのみ、この力を使って相手の脳に直接アクセスして会話ができるのです。
「ところで…兄上」
と、アレクサンドル殿下が
「内輪の話ですが…」
と、ラファエル殿下に話しかけられました。
ラファエル殿下もわかっているかのように苦笑いをしながら
「アムンゼン基地と言えば、あの方だな」
と、答えられました。
「はい、陸軍准将のあの方です。あの方は、私が同行することはご存じないのですよね?」
アレクサンドル殿下は、少し不安そうに兄君に尋ねられました。
「兄上が、突然アムンゼン基地に現れることに疑問を持つ者はいないとは思うのですが、私の場合は皇子とはいえ、まだ士官学生ですから…。あの方に問い詰められると私には対応する自信がありません」
「そうだなぁ。あの方はカン鋭いからなあ」
と、ラファエル殿下は笑った。
「まぁ、情報提供をお願いしないとならないし、アレクサンドルの予知が予想以上に加速した場合は、アムンゼン陸軍も動くことになるから私の方から話しておこう」
「お願い致します。私は、あの方には弱いもので…」
と、苦笑いされながらアレクサンドル殿下は安堵されました。
「数年前、士官学校に陸軍准将としておいでになった際に、アレックスもだいぶしごかれていたからな。でも、あの方は、身内だからと手加減も、その逆もされるお方ではない。普段は、竹を割ったような性格だが、根は優しい方だから安心しろ」
そして、数日間の船旅を滞りなく終えられた一行は、マントバナ国に隣接するアムンゼンの陸海軍基地に向かわれました。
アムンゼンは、港町らしく活気にあふれた町でした。
平素は、港町にありがちな不穏な野党も少なく、平和な町なのですが、両殿下はそんな港町の微妙な変化に気づかれました。
「ブルーフォレスト少佐、アムンゼンには以前からこんなに他国の者が多かったか?確かに港町ですから、異邦人が多いのは当然ですが、それにしても…」
それからの会話は、精神感応力を用いた三人だけの会話となります。
「外国人といってもこのスチュア・トロア大陸以外にある国の者が多い気がする」
「確かに、西のエド・ロア人やマニ・トバール人とも違いますね」
「ブルーフォレスト辺境伯領は西の国々との交易がおありですから、少佐が見慣れないというなら、海の向こうの国からの者でしょうか?」
「ちらほらシャバリオの者がいます」
「やはり、まずは私が直接マントバナ国王に会うおう!!」
3人で声を出さずに話し合ったのちラファエル殿下がおっしゃいました。
「大佐、マントバナ国王に謁見の申込みの手配をしてくれ。私が帝国軍総司令官としてアムンゼン基地に視察に来たので、隣国であるマントバナ国王にもご挨拶したいと伝えてくれ」
「御意!!」
こうして、マントバナ国王へ謁見のための公式の書状が送られました。
マントバナ国王からの返事を待つ間、ふたりの殿下は、駐屯地の視察、兵士たちへの激励、アムンゼンの町の視察と精力的に動かれました。
兵士たちは、最高司令官のラファエル殿下に緊張しつつ、最強のHoly Mageでもある殿下に憧れの目を向けていました。
また、兵士の中には、女性騎士もいましたから、麗し皇子ふたりの突然の訪問に浮足立つ者もおりました。
そんな兵士たちにラファエル殿下は、
「諸君は、我々陸海軍の誇るべき兵士であり、帝国の宝である。君らが居るからこそ、帝国の平和は守られているのだ。誇りと尊厳を持って日々、己を鍛錬し励んでくれ。さらには、アムンゼン基地は、帝国の最南東に位置しており、戦況になれば最前線に位置する。しかし、戦は未然に防ぐというのも我々帝国軍の使命である。何か不穏な動きに気づいた者は、すぐに上官に報告するのも大切な任務のひとつと心得よ!」
と、兵士たちに訓示を述べられました。
その中には、皇子たちの恐れるあの方もおられたのでした。




