帝国神聖力大学寮「ミラ・ローズ宮」
リリアーナは、アランと相談した通り、レッドリオン大公邸を出て大学の寮に入ることにした。
大学の寮と言っても、スチュアートリア帝国の古くなった小離宮「旧ミラ・ローズ宮殿」を寮に改装したので、そのまま小宮殿である。
「旧ミラ・ローズ宮殿」は、第二代皇帝ラリー・アダムス帝が妻の妻ミラ・ローズの為に建てた宮殿とのことだ。
寮の門をくぐると広大な庭園をまっすぐに抜ける馬車道が続く。
両脇の花壇はよく手入れされていた。
数人の庭師が、馬車の窓から顔を出して興味津々で見ているリリアーナに、作業をしながら会釈してくれた。
その横を小さな小川が流れ小魚が泳いでおり、まるで公園のようであった。
馬車が乗り入れ可能な道の先には、大きな噴水があり、そこをぐるりと回ると来た道を戻れるようになっていた。
リリアーナは、馬車を降りると御者と、レッドリオン大公邸から付いてきくれた侍女にお礼を言った。
「リリアーナさん。」
リリアーナを大学の寮まで送ってくれた侍女はわざわざ馬車を降りて見送ってくれた。
「他の荷物は、大公陛下のお言いつけで既にこちらに届けてあります。」
そして、従者から渡されたリリアーナのトランクを見ながら
「必要なものがあれば、私どもにご連絡くださるようにとのことでした。」
と、言った。
「ありがとうございます。本当に色々ご親切にして頂きました御恩は忘れません」
リリアーナが深々と頭を下げると、
「何をおっしゃっているのですか!」
リリアーナの両肩を優しく抱いて言った。
「大学生活は長いのですよ。お休みの度には大公邸にお戻りくださいな」
「Holy MageやWhite Mageは、我々の生活を守って下さる大切な方々です」
「そんなMageのリリアーナさんをお支えできるのは我々の務めです」
「応援していますよ」
リリアーナは、思いもしない言葉に驚いた。
大公邸で過ごす日々で一度も嫌な思いをしなかった。
それは、アランの気遣いゆえと思っていたが、それだけではなかったのだと悟った。
自分を支えてくれるみんなの期待に応える自信はまだ無いけれど、全力で頑張ろうと思った。
建物の門だと思ったその大きな門が開くと、中にまた庭園が広がっていた。
建物近くには、両脇に小さな噴水と、その周りにぐるりと花壇があった。
リリアーナは、
「大学の寮ってレベルじゃなく、本当に宮殿ね」
と、つぶやいた。
レッドリオン公国にあるレッドリオン宮城は、さすがにこの大学の寮よりは広大であった。
が、帝都内にあるレッドリオン公爵邸には敗けない広さだ。
さすが、元皇帝の離宮である。
アランの父が皇帝だった頃まで、離宮として使われていたらしいので当然かもしれない。
噴水の間を通って寮に辿りつくと建物の扉は開かれており、そこに青年ふたりと執事風の男が立っていた。
リリアーナが近づくと執事風の男が
「リリアーナ・サーシャ・ホワイトブランチさまですね」
「お待ちしおりました。お荷物はこちらへ。お部屋にご案内致します」
と、言ってリリアーナのトランクを持ってくれた。
すると、その横の背の高い男が
「はじめまして、ホワイトブランチ君」
「私はトゥルリ―・アンソニー・イエローバレーだ。トゥルリ―と呼んでくれ。」
「Holy Mageクラス担当だが、きっと君のことも教えることもあるだろう。」
と、挨拶をして建物の中へ招き入れてくれた。
「トゥルリ―先生、リリアーナ・サーシャ・ホワイトブランチです」
「よろしくお願い致します。」
リリアーナも深々とお辞儀をした。
貴族のマナーや挨拶は、公爵邸で教え込まれている。
さらに、もうひとりの方の青年も手を差し伸べながら言った。
「僕は、この寮の寮長のキース・ウェスリー・インディゴ・ラングレー」
「Holy Mageクラスだ。キースと呼んでくれ」
「この寮には、もう一人女子の寮長もいるのだが、今日はまだ大学に居るみたいでね。後で、会えると思う。」
「寮のことについてわからないことがあれば、僕か彼女に聞いてくれ。夕食後に寮の規則等の細かい説明するから、とりあえず部屋に案内しよう。」
リリアーナは、執事の男とキースに連れられて進みながら寮館内の説明を受けた。
「元宮殿だが、寮は横に長い造りになっている」
「一階が、食堂や大広間等の公共の場と、職員の住居や宿泊施設」
「二階からが生徒と教師の住居スペースになっている」
「君たち下級生は二階、三階は上級生。自宅から通う生徒も多いけれど、寮に泊まることも可能なので、そういう部屋もある」
リリアーナは、二階の廊下を歩いた中ほどの部屋に通された。
「ここが君の部屋だよ」
「夕食まで、ゆっくり休んでくれたまえ。夕食は一回の食堂で提供される」
「自由に好きなタイミングで食べてよいし、部屋に運んで貰うこともできる」
「それについては、執事のハミルトンに頼むとよいよ」
「はい、わたくしにお申し付けください」
執事のハミルトンが頭を下げた。
ちょっと頭部が薄くなって白髪も交じるその男は、人好きのする優しい笑顔で言った。
リリアーナは、村にいた面倒見の良い隣のおじさんみたいだなと思った。
「ハミルトンさま。ありがとうございます。宜しくお願い致します。」
ハミルトンは、「さま」は必要ありませんと言って、深々と礼をしてキースと共に戻って行った。
リリアーナの部屋は、レッドリオン大公邸の侍女用の相部屋とは違い、一人部屋なのに侍女の相部屋より広かった。
レースをふんだんに使った天蓋付の大きなベッドに美しい刺繍のほどこされたベッドプレス。
枕は大きくふわふわな羽枕である。
「うわ~テンションあがるぅ~。なんかお姫様になった気分」
思わずベッドにダイブしたくなったが、そこはぐっと堪えた。
自分は遊びに来たわけではないのだと、浮かれ気分を引き締めた。
引っ込み思案で、見知らぬ人とのコミュニケーションをとるのが苦手な彼女にとって、まだよく知らないクラスメートや上級生への不安の方が大きいのだった。
大公邸から持ってきた荷物は届いていた。
自分が持ってきたトランクと、大公邸から届いた荷物を片付けていると、見覚えのないものが入っていた。
新しいドレスや乗馬服だった。
ドレスと共にそのドレスに合う装飾品も一式入っていた。
Holy Mageのほとんどが、貴族の子女だと聞く。
リリアーナが恥ずかしい思いをしないようにとのアラン大公の配慮だろう。
そうこうしているうちに部屋の鳩時計が夕食の時間を告げた。
リリアーナは、急いで一階の食堂へ向かった。
食堂と言ってもパーティー会場のようであった。
丸いテーブルが置かれた周りに椅子がいくつかおかれていた。
各テーブルにひとりないし、ふたりの給仕がついていた。
どこへ座ったものかとリリアーナが戸惑っていると、キースが自分の席から立ちあがって迎えに来てエスコートしてくれた。
「リリアーナ、こちらへどうぞ」
テーブルに着くと椅子を引いてリリアーナを座らせた。
リリアーナの前には、一目で貴族のご令嬢とわかる長いプラチナブロンドの美少女が座っていた。
リリアーナは、思わず自分がこの場に居ることが分不相応に思えて腰がひけそうだった。
「彼女がもうひとりの寮長のプリシラ・フローレイン・モントレーヌ」
「こちらが新入生のリリアーナ・サーシャ・ホワイトブランチ君だよ」
自分も席に着いたキースが紹介してくれた。
プラチナブロンド美女は、テーブルに両肘ついき、組んだ手の甲の上に自分の顔を乗せながら、リリアーナをまっすぐ見つめた。
そして、女神かと思うほどの涼やかな美しい声で言った。
「はじめまして、ようこそ帝国神聖大『ミラ・ローズ宮』へ」
「私たちは、ここを寮と呼ばずに『ミラ・ローズ宮』と呼んでいるの」
「私は、13歳でこの大学に入学して5年生で寮長よ」
「まぁ、この大学では年齢も学年も関係ないけれど。プリシラと呼んでね」
と、首を傾げながらリリアーナに、にこりと笑いかけた。
「帝国神聖力術士養成大学」は、帝国に貢献するHoly Mageを養成する養成所である。
入学する年齢も卒業する年齢にも制限はない。
その入学も卒業も帝国のHoly Mageの教師陣によって決められる。
リリアーナは、緊張しながらも
「はじめまして、リリアーナ・サーシャ・ホワイトブランチです」
「今日からこの大学寮でお世話になります」
「本当に寮と呼ぶには豪華すぎます」
と、なんとか挨拶することができた。
「あら、リリアーナさん。緊張しているの?可愛いわぁ~」
「まだ、14歳でしたかしら?」
そう言いながらクスクスといたずらっぽく笑ったが、嫌な感じはしなかった。
「はい、14歳になったところです」
と、リリアーナが答えると、
「本当に若いわよねぇ」
「この大学には、お化けばかり居るから、見た目通りの年齢の方を見ると嬉しくなるわ」
「トゥルリ―・アンソニー・イエローバレー先生には、お会いになったでしょ?」
「あの方、おいくつに見えました?」
と、またいたずらっぽく小首を傾げながら尋ねた。
「えっ!?お若そうに見えました。もちろん、キース先輩よりは上に見えましたけれど。」
リリアーナの言葉を聞いたプリシラとキースは、愉快そうに笑った。
「あの先生、あ~見えても200歳はゆうに超えられているのですのよ」
「えっ!そうなのですか?とても、そんなお歳には見えませんでした」
驚きながらも、そうえばと思い出していた。
アランたちHoly Mageは、衰えるのが遅く寿命も長いので、見た目よりずっと若いのだと。
Holy Mageを養成する大学の教師たちがHoly Mageであってもおかしく無い。
「君は、レッドリオン公爵の推薦で試験を受けたのだったよね? 」
「公爵とはどんな関係? 当然、公爵もHoly Mageだということは知っているよね?」
キースが興味津々の顔で訪ねて来た。
「はい、わたしはレッドリオン公国民で、アラン様、公爵様とは公国内の市場でお会いしたのです。」
「そこで、荷崩れをおこして馬車から逃げ出そうとして興奮していた馬をなだめていたところ、公爵様が通りかかられて声をかけて頂きました」
「わたしは、幼い頃から動物と話せました。あと、人の感情を無意識に読んでしまっていて…」
「それで人が怖くなって、学校へも行けなくなっていました」
リリアーナの顔が少し暗くになったのをみとると
「あら、それは私も同じよ? 自分の内なる力は他人にはわかりませんもの」」
「まして、誰もが持っている力ではないですから、初めは戸惑うものですわ」
と、すました顔で、それは普通のことだと言うようにプリシラは言った。
「だから、レッドリオン公爵は、リリアーナを大学に行かせた方が良いと判断したのだね」
「帝国神聖大は普通の学校とは違う。自分の内なる力を引き出して伸ばし、それが国を守る力になる。そういう人材を育てるところだから」
キースは、まじめな顔で言った。
「僕も、まだ自分の力の全てを理解しているわけではないし、Holy Mageになるには、人間性も培わないとならない。そこが魔法とは違うところだ」
すると、リリアーナが不安そうな顔に戻って言った。
「あの~、きっとわたしにはHoly Powerは無いと思うのです」
「白魔術は使えるようになるのかもしれないとは思っているのですが…」
そう申し訳なさそうに小さくなって言うリリアーナを前に、先輩たちは代わる代わる言った。
「強いHoly Powerを持つ者は、国に貢献して貴族の爵位を得ている者が多いから、貴族の子息令嬢がHoly Mageに多いのは確かだ。」
「しかし、必ずしもそうではないところが不思議なところなのだよ」
「だから、君は、まだ全て決めつけずに頑張ってみないと」
「そうですよ。Holy Mageの子供がHoly Mageとは限りませんしね」
「そして、Holy Powerは、そんなに簡単に使えるようになるものではありませんから」
「『見えない力を引き出すのは自分です。まずは、自分が自分の可能性を否定から入ってはなりません。自分が自分を信じてあげなければ、他人は信じてくれませんよ。』」
「と、私も以前アグネス・イザベラ・ブレッシング先生― 私たちは、アグネス先生と呼んでいますが― アグネス先生に言われたことがあります」
「アグネス先生は、いつも『自分が自分を信じてあげなければ、他人は信じてくれません。自分が自分の可能性を否定から入ってはなりません。』と、言うね」
「僕は、自分の可能性を否定はしないけれど、自分を信じ切れてない時があるから、まだまだだな」
キースは、そう言いながら笑った。
「さて、まずはこの食堂について説明しよう。お腹が減ったからね」
キースが、テーブル付の給仕に合図をするとあっという間に料理が運ばれて来た。
「ここでは、毎日、日替わりで30種類の基本メニューが用意されているので、そこから選ぶのだけれど、自分の好みでオプションを付けて貰ったり、味も変えて貰えたりするから、遠慮なく注文すると良いよ」
「基本的には、翌日の朝食と夕食のメニューを、前日の夕食の時に選んで給仕に伝えておくシステムだよ。何度か注文していれば、味の好みや量もシェフが覚えてくれるので、遠慮なく給仕に伝えることがシェフの助けになる。」
「今日は、僕が選んでおいたので、食べてみてから感想や好みを自分で給仕に伝えてくれたまえ。明日から考慮してくれる」
「至れる尽くせりですね。」
リリアーナは、心から感心して言った。
「Holy MageやWhite mageは、国の宝だから国も全力でサポートしてくれるんだよ」
「その分、我々も頑張って、国のお役に立てる人材にならないとだ」
キースは、彼の前に運ばれて来た彼の好みに味付けされた料理に舌鼓を打ちながらウィンクして言った。
リリアーナは、こんなに恵まれていて良いのだろうかと思った。
それと同時に、わたしも出来るだけ頑張ろうと思った。




