スチュアートリア帝国の新年祭
リゲル・ラナ星
リゲル歴4045年1の月初日
スチュアートリア帝国では、毎年、各地で新年の祭りが開催される。
「帝国神聖力術士養成大学」の新学期は、新年の祭りと休暇が明けた1の月の末であった。
ノアたち魔導士クラスは、定員が空いた時に生徒の追加募集があるが、Holy MageクラスやWhite Mageクラスは、基本的には11月~14月に募集が有り、翌年から入学という者がほとんどだった。
さて、初の泥酔で酔いつぶれ記憶無くしたノアであったが、いつもつれないノアが陽気に誘いを受け入れてくれた事を女の子たちは忘れてはいない。
特に、ノアの熱烈ファンのパトリシアという酒屋の娘は、ウキウキである。
パトリシアは、宿屋「アフィニティ」に酒を降ろしている酒屋の娘である。
いつも、馬に乗って酒を仕入れに来るノアが気に入っていた。
どことなく異国情緒があり、この国の人間とは違う不思議な雰囲気に惹かれていた。
しかも、真面目で誠実で清潔なところもいい。
ノアは、現代日本から転移しているので、毎日シャワーを浴びるか風呂に入るのが当たり前な環境で育った。
スチュアートリア帝国には、温泉が出る場所もあり、公共の温泉施設として無料で開放されている。
レイマーシャロル地区に温泉の出る公共の大浴場が有り、地球で言う岩板浴やサウナのような施設もあった。
ノアは、そこに毎日のように通っていた。
1日が長いリゲル・ラナなので、時間がある時は1日2回行くこともあった。
また、感染症の怖さも身に染みて知っていたから、常に手洗いうがいは欠かさない。
スチュアートリア帝国も比較的文明的な国ではあったが、そこまで気にする者は滅多にいなかった。
この国でノアは、とびきり清潔好きな男なのである。
また、リゲル・ラナに来たばかりの頃には160センチ代だった身長も170センチ後半にまで成長していた。
帝国神聖大では、魔導士クラスでも、一人前の魔導士になると、騎士の採用試験が受けられるので、剣術や肉体強化の訓練も有り、ほど良く身に着いた筋肉は、彼をさらに男らしい姿に成長させていた。
そんな清潔感があり、真面目で、逞しく成長した不思議ちゃん的雰囲気のあるノアを女子たちが放っておくはずが無い。
常連客達に混じってノアを酔わせて、まんまと新年のカーニバルに誘い出したわけである。
「まったく、俺はそんな約束した覚えがないのになぁ。でも、親父さんが言うのだから間違いないのだろう」
ノアは、年明け早々から憂鬱で仕方なかった。
レイマーシャロル地区の新年際のカーニバルは3日間ぶっ通しで行われる。
ノアは、親父さんに協力して貰い、仕事が忙しいからと女の子たちとは、最終日の昼間だけ付き合うことにして貰った。
約束の時間になり、パトリシアたち女子がノアを迎えに来た。
「ノア君!お迎えに来たよ」
元気に言うパトリシアは、いつもより気合が入ったおめかしをしていた。
他の女子も新年を祝うカーニバルに参加する装いで美しく着飾っていた。
「みんな、凄い綺麗なのに、俺はこんな格好でいいの?一緒に居て恥ずかしくない?」
と、ノアが言うと女子のみなさんは
「ぜーんぜーん!ノア君かっこいいし、清潔だから大丈夫!」
と、言ってノアの手を引き、後ろから押して宿から連れ出した。
パトリシア以外は、名前も知らない子ばかりだったが、彼女たちの方はノアを知っているらしい。
ノアは、全く知らないのも悪いかと、ひとりずつ名前を聞いたがさっぱり覚えられなかった。
それでも、女子たちは名前を聞いて貰えて大喜びだった。
「ノア君、帝国神聖大に入学したんでしょ?」
「どんなことを勉強しているの?」
と、ノアに興味津々の彼女たち。
ノアは、なにをどう説明して良いのか迷った。
魔法の理を説明したってわからないだろうし、魔法のことはもっとわからないだろう。
そこで、聞かれるより聞いた方が良いと判断して言った。
「魔導士になる勉強だよ。それより君たちは、日頃は何しているの?どうして俺のことを知っているの?」
女子たちは、自分たちの事を聞かれ、自分たちにノアが興味を持ってくれたと思い、次々に話し出した。
それはもう文字通り機関銃を連射するようなマシンガントークでノアには全く入って来なかった。
レイマーシャロル地区のカーニバルは、町全体で開催されるが、夕方から夜にかけては中央の広場で聖なる火が焚かれ、その周りで街の人たちが音楽に合わせてダンスをするのである。
さらに、その周りにぐるりとテーブルや椅子が並べられ、近くのマルシェから買って来た御馳走を食べながら、みんなで談笑たり、陽気に歌い踊ったり、馬鹿騒ぎしたりして新年を祝う。
独身の男女は、ここで出会いを見つける者も多く、独身の女子たちは椅子に座って食事やお茶をしながら、ダンスの誘いを待っているのが恒例だった。
「ここで、結ばれたカップルは幸せになれる」なんて言伝えまであるものだから、断然みなさん張り切る。
そんな事とはつゆ知らず、ノアは女の子たちに誘われてカーニバルへ連れ出されたのである。
なんとなく嫌な予感がしたので、ノアは夕方には帰るつもりでいたが、女の子たちにあちらこちらと引っ張り回されて、夕方には中央広場に連れ出されていた。
「そういえば、最初にこの街へ来た時、水飲み場を確認ここへ来たなぁ」と、懐かしく思って見ていると、中央の薪の山に火がつけられた。
ノアは、すぐにその火が魔法でつけられたことを見抜いていた。
しかも、普通の魔法ではない。
炎が青白く揺らめき、燃え広がらないように制御の魔法がかけられ、さらに風で炎が広がったり、火の粉が飛び散ったりし無いように結界も張られていた。
みんなが「聖なる火」という意味が良く理解できた。
そして、ノアは、その火を灯している者に興味を持った。
それは、なんと帝国神聖力術士養成大学の先生ではないか!
いつもとは違い軍服を着ているので、一瞬わからなかったが、間違いは無かった。
先生達は、人知れず魔法で火を灯し結界を張って去っていた。
ノアは、良いものを見れたと思った。
「俺、そろそろ仕事に仕事に戻らないと…」
と、ノアが言うと女子全員からブーイングが起こった。
困ったなぁと辺りを見回すと、露店が出ているのが目に入った。
「みんな、お腹空いたでしょ?座って待っててよ」
と、言ってチラホラまだ空いていた席に女子を座らせて、露店で新年の祭りの為の料理の盛り合わせプレートのようなものと、女子の人数分の飲み物を買った。
それを彼女たちのテーブルに運び、
「みんな今日は、楽しかったよ、これお礼に飲んで食べて楽しんで」
と、言って逃げるようにその場を去った。
背中に、女子たちのノアを呼ぶ声が刺さったが気にせず広場を後にした。
すると、人ごみの中にピート・ループの姿を見つけた。
「あいつ、実家に帰省すると言っていた気がするけど…、あいつの実家ってレイマーシャロルなのか?」
おしゃべりなピートの話を聞き流していたせいか、彼の実家が何処だったか思い出せない。
まぁ、面倒なヤツなので関わらないでおこうと思い声を掛けずにいようと思ったら、ピートに近づく男に見覚えがあった。
スティビーという『大黒主神教』の信者である。
ピートとスティビーは、知り合いなのか?
まさか、ピートも『大黒主神教』の信者とか?
ノアは、嫌な胸騒ぎがして仕方なかった。
やけに、ピートが自分にすり寄って来るのも、自分が『大黒主神教』の教会から逃げ出して来た者だと知っているから?
それよりも、このレイマーシャロルにも『大黒主神教』の教会があるのか?
とりあえず、それだけでも確かめようとノアは、ふたりの後を追ってみた。
彼らは、新年のカーニバルで賑わう人ごみを抜けて裏通りへ入って行った。
すっかりこの街に慣れたノアでも、滅多に行かない地域である。
レイマーシャルロの街は、どこも綺麗に整備されており、比較的豊かな者が多いので治安も良い。
それでも、港に近いからか異国から来た者がひっそり住んでいることもある。
ノアもその一人なのでひとのことは言えない。
ノアのように職がすぐに見つかれば良いが、そうで無い者もいるので、自然とそうした者たちが集まる場所ができてしまうようだ。
そんな、人達を引き込んで『大黒主神教』の信者にしようとしているのだろうか?
ノアは、そう思いつつふたりの後を追ったが、あまりにも人気のない細い裏通りに入ってしまったので、これ以上追跡したらバレると思い途中で断念した。
ただ、ひとつわかった事は、ピートとスティビーは知り合いだと言うことだ。
ノアは、宿に戻り親父さんに聞いてみた。
「レイマーシャロルに『大黒主神教』の信者っていますか?」
「大黒主神教?聞いたこと無いなぁ」
「そうですか」
「ノアが前にパドラルで世話になったという教会のことだろ?」
「はい。今日、その信者だった人をみかけたもので」
「そいつは、パドラル人なのか?帝国の者なら新年で戻って来ているだけかもだぞ?」
「そうですね」
ノアは、そう言ったものの、そうとは思えなかった。
何よりもピートが絡んでいるのが問題だった。
休暇が終わって大学に戻れば、またヤツが張り付いて来るだろう。
あいつの目的がなんなのか?
そもそも『大黒主神教』の目的はなんなのだろう?
デイブスは、Black Mageの国を作ることだと言っていた。
ネオは『大黒主神教』布教のためだと言って神父達と「ブロッサン」という国へ船で出かけて行った。
布教って何を布教しに行ったのだろう?
Black Mageの国をどこに作る気なのだろう?
それと、黒魔術で人を自由に操る実験とやらをしていたのも思い出してちょっと身震いがした。
今、自分が世話になっているレイマーシャロルの皆は本当に良い人ばかりだ。
同じように世話になったパドラルの『大黒主神教』の教会だが村人とはいつも揉めていた気がする。
ノアが野菜や工芸品を売りに行かされていたジャンバラン村の人たちも素朴で良い人たちだった。
『大黒主神教』の信者になんてなる必要は無いし、ましてやBlack Mageに支配される必要なんて無いのではないか?
今のままが一番良い気がする。
ノアは自分に何も出来ないことを悔しく思った。
ただ、自分は『大黒主神教』の手先にだけは成らないと心に強く思った。
そして、ネオのことが心配になった。
新年の長期休みを終え、ノア達学生は帝国神聖大の寮「リ・ジェルス館」へ戻った。
不思議なことにピート・ループの姿は無かった。
ちょっと気にはなったがヤツが居ない方がせいせいすると思っていた。
おかげで、ピートに邪魔されて、ゆっくりと話せなかった他の学生とも話すことができた。
彼らは成績優秀なノアと仲良くなりたいと思っていたようである。
が、いつも間にピートが割り込んで来て話しかけられなかったそうだ。
食堂で食事をしていると、ひとつ歳下だという男子生徒が
「ノアさん、お隣いいですか?」
と声をかけて来た。
ノアは、快く隣の席を勧めた。
「僕、マルコー・リーズナーと言います。ノアさんと話して見たかったんです」
「マルコー君だね。よろしく」
すると、マルコーが言った。
「ノア君は、ピート君とは親友だったんでしょ?故郷が同じだとか」
「えっ?そうなの?親友ではないけどね」
と、ノアは苦笑いした。
ピートのやつ親友だと言ってたのか!
「ピートは、故郷をどこだと言ってたの?レイマーシャロル?」
「ううん、パドラルの近くのセントキャロルって言っていました」
「そっか」
ノアは、ここで否定して自分の故郷を聞かれても面倒なので、自分もセントキャロル付近にしておこうと思った。
大学に入ってから、リゲル・ラナの世界地図と、スチュアートリア帝国の地理を頭に叩き込んだのでセントキャロルのだいたいの位置は把握していた。
「セントキャロルは港街だからね。俺はもう少し奥の山の方の村なんだ」
と、付け加えておいた。
マルコーはノアより少し早く入学していたようだが、ピートに邪魔されてノアに近づけなかったようだった。
また、別の女子生徒からは、
「ノア君はピートさんの妹の婚約者だと聞いたんだけど本当?」
と、聞かれて思わず腰を抜かしそうになった。
あいつ、とんでも無いデマを振り巻きやがって!と怒り心頭で
「そんなはずないよ!俺はあいつに妹がいることすら知らなかったから」
と、その女の子に弁明した。
なんなんだ、あいつ!!
俺を完全に孤立させようとしていたのか?
それにしても、突然姿を消したが…あの時、俺が付けていた事がバレたのかな?
ノアは、ちょっと不安になったが、このまま戻って来ない方が良い気もしていた。
なぜなら、ピートが居なくなった魔導士クラスは、和気あいあいとした雰囲気の風通しの良いクラスになったように思えたからだ。
ピートが居なくなって近寄りやすくなったノアに、一緒に勉強や魔法の練習をしたいと言って来るクラスメイトには、ノアも快く応じていた。
地球での高校生活で失った時間を取り戻すかのように毎日の学生生活を楽しんでいた。
もちろん、自分の勉強も手を抜かず頑張った。
リ・ジェルス館の自分の部屋に戻っても、トロア文字とは別に魔導書に使われるマジュ文字の勉強に励んだ。
魔導士クラスに入るには、トロア文字の読み書きができる事が必須だが、ノアはアレキサンダー先生の面接だけで合格していたので、トロア文字は読めても完璧には書けていなかった。
だが今は、トロア文字の読み書きはもちろんマジュ文字の読み書きも出来るようになっていた。
このマジュ文字の読み書き出来ないと魔導書も読めないし魔法陣も書けない。
ノアは寸暇を惜しんで勉強した。
そうして、ノアは勉強に励んでいてすっかりピート・ループの事を忘れていたが、ヤツはとうとう学校に戻って来なかった。
ある生徒が先生に尋ねてみたところ、退学届けは出ていないが、このままだと自動的に退学扱いになるそうだ。
成績も芳しくなかったので逃げ出したのだろうとのことだった。
魔導士クラスではよくあることで、勉強に付いて行けない生徒が、長期休暇明けに戻って来ないことも珍しくは無いそうだった。
さらに数ヶ月が過ぎ、ノアはマジュ文字もマスターし魔導書が読めるようになっていた。
そんなノアにトゥルリー先生が声をかけた。
「ノア、お前は本当に良く頑張っているな。その調子で頑張れば白魔術を極めてWhite Mageにもなれるかもしれないぞ?」
「ほんとですか?」
「ああ、素質はある。White Mageになったら帝国軍騎士に採用されるチャンスがある」
トゥルリー先生の言葉に希望を持ったノアは嬉しくなった。
「僕も、White Mageクラスへ入ることはできますか?」
「可能性はあるから頑張りなさい」
ノアは、ふと新年のカーニバルの祭の「聖なる火」のことを思い出していた。
あの火を灯していたのは確かにトゥルリー先生とマリア先生だった。
でも、いつもの先生の服とは違い二人とも軍服を着ていた。
聞いて良いものか、どうか迷っていると…
「どうしたノア?質問があればなんでも聞きなさい」
ときどき思うのだが、トゥルリー先生は人の心が読める気がする。
「あのぅ…先生は軍服とか着るのですか?」
「ああ、もちろん。俺は帝国軍の騎士だからね。今は、この帝国神聖力術士養成大学でWhite Mageの卵たちを立派なMageに養成する為に教師として出向しているんだ」
「そうなんですか!なんかかっこいい!」
ノアは、素直にかっこいいと思った。
そして、だからかと納得もした。
地球の高校の先生は、ほとんどの者が大学を卒業して社会人経験も無いまま教師になる。
だが、ここの先生たちは、軍人としての経験もあり、White Mageとしての高い能力も持って教えてくれている。
だから人格者が多いのだなと思った。
ノアにかっこいい!と言われて、いつものクール表情を少し緩ませてトゥルリー先生が言った。
「この帝国神聖大は、優秀な魔導士やWhite Mageの騎士を育てるための学校なんだよ。彼らは国の宝だからね。国を作るのは人だし、人を作るのは教育だろ?だからスチュアートリア帝国は教育に力を入れている。今の目標は帝国内の文盲率を下げることなんだ」
「そうなんですね」
そういえば、戦後すぐの日本も文盲率は高かったらしいが、今は義務教育になっているから読み書きができない人はほぼいない。
やはり、それは重要なことなのだなと再認識した。
「あの、もうひとつ聞いても良いですか?」
「どうぞ」
「新年の祭りの時に僕は、レイマーシャロル地区の広場で『聖なる火』の近くに居たんですが、あの火を灯していたのは先生たちですよね?」
「そうだよ。各地区の『聖なる火』を点火けるのと消化は、我々帝国軍の仕事だからね」
「やっぱり、そうでしたか!あの炎って魔法がかけられてましたよね?」
「ああ、燃え広がって火事になってはいけないから、燃え広がらない炎で点火し念のために結界も張ってある」
「結界!凄い!!そんな魔法もあるんですね」
「誰もが使える魔法ではない。だから、我々が駆り出されるのさ」
「そうなんですね。先生たちは本当に優秀なんですね~」
ノアは、そんな先生に教われるなんて光栄だと思っていた。
パドラルのジェイコブ神父に教わるよりずっと良いと思った。
そして、自分もWhite Mageになりたいと思ったのだった。
この時ノアは、まだ、トゥルリー先生に、自分と『大黒主神教』との繋がり、ピート・ループの疑惑を話すことが出来なかった。
もし、ここで打ち明けることができたなら、これから起きるレイマーシャロル地区での事件は避けられていたのかもしれない。
しかし、回り出した歯車は止まらないのである。
挿絵はあった方が良いとのご意見もありましたので
また入れて参ります。




