前説
昔々のそのまた昔の話である。
始祖の吸血鬼の中に、バッキンガムという男がいた。
彼は世界を孤独に渡り歩き、神のように崇められることもあれば、悪魔だと罵られて石を投げられることもあった。
そんな彼がある時、五人の娘を娶ることになる。
もはや名前も忘れ去られた、旧き神の血を引く王の娘達。彼女らは、王の側室である母達の家名をそれぞれ名乗っていた。
深紅の髪のスタフォード
黄金の髪のヴィリアーズ
純白の髪のシェフィールド
漆黒の髪のグレンヴィル
白銀の髪のホバート
娶ってしばらくすると、スタフォードから順に子供が生まれていく。バッキンガムはどの子の誕生も喜んでいたが、特に、ホバートの子を楽しみにしていた。
娘達の中で、バッキンガムは特にホバートを気に掛けていた。年若くおぼこい彼女の一挙手一投足が、バッキンガムには可愛くて堪らなかった。
四人の娘は四体の子供を生んだ。ホバートもそうなると思っていたが──出産に身体が耐えられず、子供をこの世に生み出せぬまま、息を引き取る。
腹の子と共に埋められてしまったホバートの墓に、バッキンガムは近寄ることなく、誰にも何も告げず、その姿を消した。
バッキンガムの行方を知る者はいない。
残された子供達は、始祖たるバッキンガムの特性か、神の血を引く母達の特性か、不思議な力をその身に宿していた。
どの子も一様に瞳が赤く、その瞳から溢れる涙は、雫の形をした赤い結晶。それには濃密な魔力が込められており、人間がそれを口に含むと、魔法を使えるようになる。
──バッキンガムの子供達。
特別な力を宿した吸血鬼は、そのように呼ばれるようになった。
◆◆◆
さて。
誰しもがホバートは死んだと思っている。確かに、ホバートは死んだ。──だが、その子供は生きていた。
土の下で生まれ落ち、産声を上げて生存を知らせ、墓守によって救い出されると、密かに生き延びる。
バッキンガムも、他の子供達も、その生存を知らぬまま──時は流れていく。