第六話 連撃の氷刃
クレイの周囲が彼女の魔力で青白く歪んでいく。
目の前の魔物が纏う暗黒の瘴気と対を成しているようだった。
「まずはこちらから先制する。アキリは我の指示があるまで魔物と適度な距離を保ちながら待機しろ」
「分かった、多少無理な指示でも遠慮なく言ってくれ」
「では行くぞ……」
「おう」
クレイの足元が冷気で覆われ、スケートのように滑走を始める。
突き出した手の平から魔力が溢れ高圧で放たれたであろう水の魔球が3発、骸骨の頭部と剣を持っている右手に直撃した。
先手を打たれ体勢を崩しつつも自由の利く左手でクレイを攻撃しようとする骸骨。
しかし彼女の腕には魔法で構成されたであろう白と水色の混ざった手甲が既にはめられていた。
骸骨の大振りでありながらも素早い動きに合わせるようにクレイは右の突き上げ(アッパー)で攻撃してきた左腕を上方向に吹き飛ばす。
その衝撃で崩れ落ちる骸骨の真横を殴った反動すら速度に変換して駆け抜けるクレイ。
相手の背後まで通り過ぎた後、地面に突き立てた左の手甲をブレーキの代わりにして見事なドリフトを行い反転した。
魔力で出来た手甲の硬度が高いのだろう。
金属音に似た摩擦音を迷宮内に反響させている。
『予定通り、位置の確保は出来たぞ。これから挟み撃ち作戦を開始する』
『了解。クレイ、今の見惚れるような動き流石だな』
『この程度造作も無いぞ。間髪入れずに行くから準備しておけ』
クレイが念話で話してきたので俺も念話で応える。
一瞬の攻防であったが彼女の高い実力を垣間見える事が出来た。
崩れ落ちた骸骨は膝立ちの姿勢になっている。
正面には俺、背後にはクレイがいる状況で次の一手はどう来る?
うつむいた骸骨はまるで人の意思があるようにクレイを睨みつけた。
反転して向き直る、どうやら俺に関心は無いようだ。
『奴の左腕が凍っているのが見えるか?
アキリの剣にも我の手甲と同じだけの魔力を込めている。
時間経過で剣の魔力は霧散するから効率的に攻めるぞ』
確かに殴られた左腕が凍っているのか少し動かし辛そうにしている。
『飛び道具みたいな氷の技は無いのか?』
『無論有るが、奴の動きを抑える程の氷魔法となると近接戦での打撃が一番魔力の消耗が少ない。
弱い氷魔法では意味が無いし、多大な魔力で全身を凍らせたとしても倒せる訳ではないのだ』
打撃で少しずつ削る感じか。
『攻撃を再開する、油断無く行くぞ……』
横にスライドして石壁を破壊するクレイ。
壁面の一部を剥がし両手で粉々に砕く。
骸骨が隙を狙っていたかのようにクレイの方向に跳躍して上に振り上げた剣を凄まじい速さで叩きつけた。
それをバック走行で危なげ無く避ける。
彼女の回避性能には目を見張る物があった。
クレイが避けると同時、空中に撒いた石屑が骸骨に降りかかる。
石屑が当たった部位が凍りだし、俺は彼女がトラップを作っていたんだと気が付いた。
最初は何をしているのか分からなかったが彼女は戦闘の最中周りを見ながら攻略法を探しているんだ。
続けざま、畳み掛けるように氷結の攻撃は繰り出される。
骸骨のいる場所は先程までクレイが立っていた場所、そこは地面が凍り付いている。
地面から伝わった氷の冷気で骸骨の足と叩きつけた剣は動けない。
これはチャンスだ。
バック走行の速度、さらにそこから回転を加え進行方向を反転させる。
勢いはそのままで骸骨の目の前まで滑走するクレイ。
そして眼前で跳躍。遠心力をこれでもかと乗せた後ろ回し蹴りが頭部を目掛けて炸裂した。
ゴンッという音が響き、氷で固定されていない骸骨の首が吹き飛ぶように横倒れになる。
側頭部に踵がくい込んだんじゃないか?
そう錯覚させるほど素早い強打だ。
ちなみにクレイの黒パンツは躍動するデカ尻にガッツリ食い込み過ぎて存在を殆ど認知出来なかった。
あれだけムチムチの質量を誇る太ももに蹴られたら骸骨も只では済むまい。
クレイはさらに一回転、今度は垂れ下がった首に対して上からの踵落としだ。
戦闘中に俺は何を考えてんだと思いながら今度は正面から股に食い込んだパンツを見て少し意識を削がれていた。
……乳と尻もだが内腿の揺れがかなりすごい。
魔法の氷が割れると同時、クレイは見切るように後ろに距離を取る。
しかし骸骨の様子がおかしい。
好戦的に暴れるでも訳でもなく、じっと立ってクレイを見つめている。
そしていきなり、カタカタと全身を震わせ始めた。
『ここから危険な戦闘に入るぞ。この骸骨の魔物は闇種だ。
闇種には三段階の状態変化がある。現在の一段回目は我一人でも余裕だったが次からそう上手くはいかないだろう。そなたにもしっかり協力してもらう』
『つまり後ニ段階の変化があるんだな?
分かった、上手く俺を利用してくれ。聞いただけでかなり危険なのが想像出来る』
クレイとの念話でプルプル激揺れ肉厚ボディに持ってかれていた俺の意識が戦闘時のものに強制的に切り替えられる。
ビキニアーマーの有効性を考察し始めていた俺にとって良い気付け薬になった。
クレイは既に悟っていたのだろう。
骸骨に顕著な変化が起きる。
暗い瘴気の中には赤色が混ざり、目元の窪みにある黄金の光は灼熱のような輝きを放っていた。
背筋を伸ばし立ち上がる骸骨。
真紅に染まった目がクレイを捉えていた。
突如斬り掛かる骸骨の魔物。……先程までより明らかに動きが早い。
避けてはいるがクレイからも余裕は感じられなくなっている。
手伝わないと……!
そう思っても彼女からの指示を待っているだけの俺は状況の観察と距離を一定に保つ事しか出来ない。
俺自身先程までより骸骨に凄みを感じている。
殺戮の魔物、闇種。
現実味を帯びた呼称が脳裏をよぎった。
しかしクレイを攻撃する奴に対するイライラがピークに達しているのも事実だ。
闇種に対して恐怖は感じている、だけど早く倒したい。
そんな感情だった。
俺にとってクレイの存在は既にデカすぎるのだ。
だが彼女を信頼している。
俺の感情一つで集中を削いでしまうような念話もしたくない。
じっと彼女の指示を待つ……そして時はやって来た。
変化した相手の速さに慣れたのだろう。
軽快に動くクレイには少しだけ余裕が混ざってきていた。
剣のリーチ差を埋めるように振り切った骸骨の攻撃に対して、滑り込みと蹴りによって対応している。
一転して骸骨の方は攻めが上手く行かないといった感じだ。
しかしクレイの攻撃も決定打に欠ける。
一段回目の時のように急所への大技が使えていないのだ。
持久戦になれば魔力はジリ貧になる。
それはクレイの負けを意味していた。
クレイのハイキックが骸骨の腕に刺さる。
少しづつだが意味のある打撃、その積み重ねが隙を産んだ。
『左の膝裏を斬れ!』
クレイからの指示だ。
唐突であったが待ってましたと言わんばかりに俺の体は動き出す。
何度もやって染み付いた戦闘方法。
クレイの声で俺の体は脊髄反射で動くように調整してある。
一瞬の踏み込み。
骸骨の膝裏を躊躇無く切りつけた。
相手の動作が止まる。
クレイの読みは正しく動かそうとした左足が思うようにいかずラグが生じたのだ。
すかさずクレイの跳躍からの蹴りが相手の頭にヒットする。
ゴンッと良い音を立てて骸骨がよろめいた。
後ろに下がった俺の前を骸骨の剣先が通る。
見切ってんだよ。
この戦闘を注視して観察し、クレイに調教された俺にはお前の動きなんて予想出来る範疇だぜ。
『いい動きだぞアキリ』
『おう』
クレイに褒められても調子に乗らない。
脳髄に刻み込んであるので意識は戦闘に集中する。
そのま一連の動作を繰り返すように攻撃を続けた。
『右肘!』 『腰!』 『右足首!』 『左肩!』 『首!』
積み重なるクレイの連撃と俺の剣。
何度も骸骨の剣に切り裂かれそうになりながらも攻撃を続けた。
痺れを切らした骸骨が本格的に俺を殺そうとこちらを向く。
邪魔だと判断したのだろう。こちらに突進しようと前傾姿勢を取った。
クレイはこれを見逃さない。
カポエイラのような両足を使う足元への回し蹴りが見事に入る。両腕を軸にした凄まじい回転速度で下段を撃ち、骸骨はそのまま前に倒れ込んだ。
「これで終わりだ」
クレイが跳躍する。天井まで届きそうなところで反転。
天井に氷の魔法で張り付き、両足を使って再度跳躍。
回転しながら足甲を纏わせた足を伸ばし骸骨の頭に強烈なスタンプを叩き込んだ。
大きな音が響いた後、時間が停止したかのような沈黙。
バク宙しながらクレイが後ろに距離を取る。
骸骨が突っ伏す地面は石畳が粉々に割れ、その破壊力を示していた。
「どうなった?」
「まだ終わりでは無いぞ」
なんとなく分かっていた事だった。
闇種には三段階ある。先程クレイの言った言葉を俺は忘れた訳では無かった。
じゃあ次はどうなるんだ。
「アキリ、ヤバくなったら秘策を使う。それはそなたにとっても命を侵す危険な行為になるだろう。
それでも我と戦ってくれるか」
クレイの声は何処か自身がなさげだった。
だから俺が代わりに自身を持ってに応える。
「当たり前だ。俺達なら倒せる、そうだろ。
本当に今更だぜ」
「うむ、そなたに感謝する。此奴は我らで倒すぞ」
会話はそこで終わる。
うつ伏せの骸骨の背中から二対の腕が生えた。
計6本になった骸骨の腕、異形と化した魔物はゆっくりと起き上がった。
迷宮の悪夢が此処に顕現する。
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現状では朝の5時〜6時が良いのかなと判断しております。
一区切りまで話が進められませんでした。
もう少し話のまとめ方など工夫して参りたいと思います》