新しい窓
この小説は現代社会への不安などを感じた“私”の気持ちを込めた短編小説です 。
今、私の書いた遺書はごみ箱の中にある。
数時間前にあれをペンを走らせながら書いていた自分が、まるで他人のように感じられる。恐ろしいことに、遺書に込められた言葉たちはどれも空虚で、無意味な気がしてきたのだ。何度も書き直し、削除してはまた新たな言葉を加えて…それでも、心の奥底から湧き上がる不安や後悔を完全に表現することはできなかった。
今、私はそのごみ箱の中に手を伸ばすことなく、ただじっと見つめている。あれが本当に「遺書」だったのか、今でも分からない。自分が死を選ぼうとしたその理由すら、今となっては曖昧だ。あの時は確かに全てが終わったように思えた。しかし、今はその決断に対する疑念が、胸の奥で静かに広がっていく。
その遺書を再び手に取ることはないだろうと思う。少なくとも、今の私はそう思っている。しかし、どうしても気になる。あれを書いた時の自分が、何を感じ、何を恐れていたのかを…。
心の中で繰り返すように、その言葉がこだまする
あれを書いた夜、私は全てを終わらせる覚悟をしていた。世界が私に背を向け、何もかもが無意味に思えたからだ。孤独と不安、そして無力感に押し潰されるような日々の中で、ただ一つの出口として思い浮かんだのが、この遺書だった。
でも、あれを書き終えた時、心のどこかで確かな違和感を覚えた。自分の筆が動くままに言葉を綴るたびに、だんだんとその決断が本当に自分の意思なのか分からなくなっていった。まるで他人が書いたように、無責任な言葉が並ぶだけだった。それでも、最後のページに至るまで、私は手を止めなかった。自分がこの世界にもう必要ないと感じた瞬間、すべてを投げ出してしまいたくなった。
でも今、それがまるで嘘のように感じる。ごみ箱の中に投げ込んだその紙切れを、もう一度手に取る勇気はなかった。どうしても見たくない。あれを書いた自分が、どうしてそんなに必死だったのか、理解できないからだ。
思い返せば、遺書に綴った言葉の一つ一つが、どこか遠い場所から響いているようだった。あの時の自分が感じていた孤独、恐怖、そして無力感。それらをすべて解消しようと必死に書いたのに、最終的にはそれらの言葉が一つも心に届かなかった。いや、むしろ、その言葉たちは私をさらに深い穴に追いやっただけだったのかもしれない。
遺書を無理に書くことなんてなかったのだろうか。今思えば、ただ誰かに話を聞いてもらうだけでよかったのかもしれない。誰かに、自分のことを分かってもらいたかった。それがどれだけ難しいことだったのかは分かっている。でも、今なら分かる。人は一人で抱えきれないものを、無理に背負ってはいけないということを。
ごみ箱の中で無造作に丸められた紙を、私はじっと見つめた。そこに書かれた文字は、もはや他人のもののように思えた。もう一度、自分の手でそれを拾い上げることはできない。でも、心の中で少しだけ希望を持ってみたいと思った。何かが変わるかもしれないと信じて。
突然、窓の外から差し込む光が部屋を明るく照らし、私は静かに息をついた。外はまだ冷たい空気が漂っていたけれど、それでも少しずつ春の兆しが感じられるようになってきた。
私は立ち上がり、何も言わずに窓を開けた。外の世界が静かに広がり、遠くで鳥の声が聞こえてきた。まだ歩き始めたばかりの道かもしれない。でも、少なくとも、今はもう一度歩いてみようと思える自分がここにいる。
遺書はもう必要ない。自分の未来に向かって、また一歩踏み出すために。
窓から差し込む光が、私の部屋を温かく包み込んでいた。外の風は冷たかったが、その冷たささえも心地よく感じる瞬間があった。まるで、長い間閉じ込められていた暗い部屋から、初めて外の世界に足を踏み出したような感覚だ。まだ、心の中には曖昧な不安や恐れがあるけれど、それでも少しだけ前に進んでみようという気持ちが湧き上がってきた。
立ち上がった私は、何もかもを放り出していたごみ箱の近くに足を運んだ。遺書が入ったそのゴミ袋が、そこにあるのを感じた。どうしてもその中身を見たくないと思っていたはずなのに、なぜだかそれを引き寄せるような気持ちが抑えられなかった。
手を伸ばし、ごみ袋を開ける。その中から、丸められた紙が現れる。それは、私が一度も読み返すことなく投げ捨てたあの日の遺書だ。最初はただの紙切れに見えたが、目の前でそれを広げた瞬間、何かが心に引っかかる。あの時の自分が確かに存在したことを、改めて実感する。
ゆっくりと、それを広げてみる。薄暗い部屋の中で、わずかな光がその文字を浮かび上がらせる。読んでみると、あの時の気持ちがそのまま残っていた。悲しみ、無力感、孤独。それらの言葉が、まるでどこか遠くから自分を呼んでいるかのように感じられた。
だが、今の自分は違う。あの日の自分がどうしてあんな決断をしたのか、今なら少しだけ理解できる気がする。あの時の私は、全てを抱えきれなかったから、ただ逃げたかったのだ。けれど、今、こうして遺書を再び目にすることで、その思いが少しずつ変わり始めていることに気づく。
私は思わずその手紙を見つめながら、静かに呟いた。「まだ、終わっていない。」
それは、誰にでもある弱さや不安、そして後悔を抱えながらも、やり直すことができるという希望の言葉だった。今の私には、どんなに小さくても前に進む力が残っている。あの日、遺書を書いていた私が抱えていた痛みも、少しずつ癒やされるかもしれない。そして、これから何かを変えなければならないという覚悟が、確かに胸の中で固まっていく。
ふと、窓の外に目を向けると、薄曇りの空に少しだけ青が広がり始めていた。その青空が、まるで私を歓迎しているように感じる。新しい一歩を踏み出すためには、過去を振り返り、その中から教訓を得ることが大切だということを、今ようやく理解できた気がした。
「大丈夫、きっと。」と、自分に言い聞かせながら、遺書をもう一度手に取る。心の中で、それを静かに破り捨てる決意を固めた。そして、ゴミ箱の中に戻すのではなく、そのまま窓の外へと放り投げた。
あの日の決断は、もう私の一部ではない。
新しい道を歩むために、私はもう一度、外の世界へ踏み出す準備ができたのだ。
初めての“あるて”としての作品
初めて書くので至らない箇所が多くあると思いますが目を瞑ってください。レビュー、感想待ってます。