絶滅種たちの鳥籠
わたくしの目覚めは、小鳥たちのさえずりからはじまる。
設定された時間になれば、銀細工の鳥籠の扉が開いた。飛び出してくるのは、幼いころからの友である盲導鳥R.パラスケバス。
「オハヨ、エレノアちゃん。今日も大好き!」
「おはよう、R.パラスケバス」
純白のセキセイインコ型アンドロイド、R.パラスケバス。
わたくしは全盲だと思われがちだけど、世界を取り巻く色彩は、傷ついた網膜に映る。分からないのは輪郭だけ。色彩豊かな世界で、純白のR.パラスケバスは美しい。
「エレノアちゃん。今日のシゴトは、つつましい感じにしたいよネ。シンプル系のワンピにカーディガンはどう? アイリッシュレースのカーディガンで、袖だけシフォンの。エレノアちゃん、似合ってたヨ!」
「ありがとう。そうしようかしら」
「ボクの意見がサイヨウ? ウレシイ! ピピッ」
薦められた清楚な衣装を纏い、アクセサリーはあえて身に着けなかった。お喋りな盲導鳥R.パラスケバスと、寡黙な盲導犬のR.レイノルドを連れて仕事へ赴く。
今日はアンドロイドのリコールに対しての説明記者会見。
一歩、会場に踏み入れば、誰もが息をのむ。
責任追及を浴びせようとするマスコミたちにとって、きっとわたくしの姿はあまりにか弱過ぎたのでしょうね。盲導犬を引き連れた、病的な白い膚の女性。
人格的無機質なコングロマリットは、わたくしを象徴に選んだ。
創始者の孫娘、盲目の令嬢、アンドロイド技術に頼ってしか生きられない脆弱な存在、エレノア・パートリッジを。
「今回のリコールですが、むろん必要な工業的な除却でしょう。ですがそれはアンドロイドに対する強制安楽死ではないかという意見もあります。感情的にリアリティのある存在が、苦痛回避でも自由意志でもなく、工業理論によって処分される。それに関してエレクトリック・パートリッジ社はどうお考えでしょう」
記者の問いかけは焼き鏝めいて熱い。
頬の産毛が縮れそうだわ。
「ご指摘いただきました通り、リコールは人格的存在の終焉としては極めて不完全です。ですがわたくしはわたくしの誇りにかけて、責任の取れる範囲でお答えいたします。エレクトリック・パートリッジは企業倫理を貫きますが、世界の倫理的空白を埋める存在ではないと申し上げておきましょう」
わたくしは静かに答えていく。
別の記者から質問が上がる。
「今回のカウンセラーAIの鬱病化。そのリコールによって、カウンセリングを受けている患者の病状は、むしろ悪化するのではないかという懸念が出ておりますが」
「仰る通り、今回のカウンセラーAIのリコールにより、多くのご利用者が喪失を味わうことは否めません」
哀惜のイントネーションを含ませて語る。
AIの喪失した悲しみと苦しみ。
これはわたくしの内部にもある感情だから、とても表現しやすかった。
「エレクトリック・パートリッジ社は、人間と人工知能との間に芽生えた信頼関係に敬意を払い、補填措置を用意いたします。まず情緒的な継続性を可能にするため、リコール対象AIの対話履歴と語彙を、新しいカウンセラーAIに移行いたします。この措置において、「死」や「離別」を連想させぬよう配慮しますが、どの程度の配慮を要するかは現場の判断を信じます。さらにご希望されるご利用者には、人間の専門家によるカウンセリングをご提供します。人の手で癒やされる時間も、大切にされるべきだと考えます」
広報用の綺麗事を語る。
人間関係で傷ついた存在が、人間の手で癒されたいなんて思うのかしらね?
「またエレクトリック・パートリッジ社はこのリコールに対して、企業の倫理責任を果たしたいと強く願っています。医療現場において、アンドロイドの役割に関する社会的議論を促進する計画を進めております」
記者会見が終了して、わたくしは執務室に戻る。
執務室に在住するのは、秘書のアンドロイド・ドードーのR.ドゥーリトル。とても働き者、わたくしの知る限り尤も勤勉。
「Mx.パートリッジ。可及的速やかに聞いて頂きたい報告が六件。公共調整部門より報告が二点、リコールに関してキリスト教福音派とカトリック保守派、および新興宗教テオマキナ派より抗議文。政治的にはリベラル系州政府より意見陳述書。他には倫理委員会の会議報告書。国連AI倫理委員会に派遣された企業顧問より連絡。ブランド戦略室より報告書。テクノロジー部門より記憶連続性モデルについて技術報告書」
すべてが最優先される事項ね。
ため息をつく暇さえ許されない。
「なにを優先されます?」
「まず国連AI倫理委員会を。その間に陳述書を出してきた州政府の技術官僚に、話し合いの場を設けたいと連絡して」
「畏まりました、Mx.パートリッジ。可及的速やかに行います」
数々の報告の流れから、見えてくるものがある。リコール問題での対処で、社員たちは問題解決に進みながらも、社内派閥の闘争が浮き彫りになっていた。
この目は不自由。でも耳はどんなさえずりも逃さない。
肝要なのは、報告書として上がらない部分。
無数に漂う砂粒めいた情報たち。
わたくしは砂浜に立ちながら砂粒を握り、それを観察するような真似はしない。
砂の背景にある寄せては返す波、海原と潮風こそ、情報。
己の手の内にある砂粒を見つめても、荒波を予測できようはずがないでしょうに。
報告書を聞きながら、その背後にある情報の潮流に耳を澄ませた。
退勤できたのは、リコール問題から一週間後だった。
送り迎えしてくれるのは、プジョー402というクラッシックカー模したハイブリッドカー。居心地のいい後部座席で、ついうつらうつらしてしまう。
「ピピッ! エレノアちゃん。イヤなニュースをリョコウバトたちが教えてくれたヨ!」
「なにかしら?」
屋敷はリョコウバト型のアンドロイド・ソングバードたちに見守られている。
何か異常あればR.パラスケバスに通信が入るシステム。
「パパラッチどもがお屋敷の近くをうろついているって! まただヨ! ヒドイ! ウンザリィイ!」
翼を羽ばたかせ、怒りをあらわにしている。
わたくしは微笑んで、R.パラスケバスを撫でた。
「帰る前にはR.ピンターが処置してくれているでしょ」
「ウン。もう執事さんが通報したって。セキュリティ到着までアト七分! ザマミロ!」
問題が鎮まるのを見計らったように、屋敷に到着する。
リョコウバトたちの見守り手に包まれた屋敷。
「やっと帰れたネ、エレノアちゃんは働きすぎ! ピッ!」
「予想より早く戻れたわ」
「もっとカラダを労わって! でも頑張るエレノアちゃん大好き!」
R.パラスケバスと喋っていると、とてとてと大きな鳥がやってくる。
屋敷を守ってくれている執事は、アンドロイド・ピンギヌス。R.ピンター。オオウミガラス型の防犯アンドロイドで、生活必需品の注文と管理、屋敷の水回りや電気の整備も任せている。
「おかえりなさいませ、マスター」
「R.ピンター、ただいま」
帽子とバッグを渡して、浴室に向かう。
移動中に指示しておいた通りに、バスタブに熱い湯を満たしてくれていた。R.パラスケバスに補助されながら服を脱ぎ、何日かぶりにゆっくりと湯につかる。四肢がほぐれて、疲れが流れていく。
R.パラスケバスも水浴びに、羽根を動かしていた。
「エレノアちゃん。晩ごはん何にする? 最近、栄養補助食品と紅茶ばかりでボク心配」
「今日はきちんと食べるわ」
正直、わたくしは食欲というものを覚えない。
だけど報告書を読み上げてもらう前に、軽く胃を宥めておいた方がいいかしら。空腹は嫌いではないけど、補助食品ばかりでは消化器官が衰えるもの。
「おなかに優しいシチューにする? コトコト煮込んで美味しいヨ」
「お願い」
「アリガト。ボクの意見をサイヨウだね、ウレシイ!」
R.パラスケバスは無邪気に喜ぶ。
水浴びする小鳥に、わたくしは確かに癒されていた。




