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silver lining


 極地ロボットセンターでは、検診に来たロボットやアンドロイドをスキャンして、故障個所を発見していく。あとはアンドロイド冷媒やフィルターの定期交換だ。

 取っててよかった、アンドロイド冷媒資格。

 仕事が終われば、職員や技師と他愛ない会話を交わしていく。

「ぼくはアラスカにこれば、新鮮なサーモンやロブスター食べ放題だと思ってましたよ」

 ぼやきに古株の技師が笑う。

 まるでグリズリーみたいな体躯と髭だ。アラスカの雄大さを男性にしたら、きっとこんな感じになるに違いない。

「一級品は観光地か本土に輸送されちまうさ。オレらは缶詰」

「シビアですね」

「現実はシビアだけどロマンもある。ノルウェーの養殖水産に関して面白い論文が出てたな。Mx.アンディニーは海洋生態学も学んでいただろう?」

「はい」

「じゃこれはお勧めだ。アドレス送るよ」

「ありがとうございます」 

 論文って世界中どこでも発表されて、把握しきれない。自分が読んで面白いと思った鉄板の論文はひとつふたつ抱えて、研究者仲間に紹介していくものだ。

 いろんなひとからお勧めされて、読む論文が溜まってしまったな。

 海洋環境に、養殖産業、船舶技術、生物工学……どこから手をつけよう。

 自室に戻ってパソコンを付ける。

 ぽろんと、訪問音がした。この音はR.エピオネだ。ボディを持たないアンドロイドで、ここの事務長を務めている。

「Mx.アンディニー、ごきげんよう」

 美しい女性の声が、スピーカーから響く。R.レダと似ていた。

「あなたの希望が通りましたよ」

「ほんと!」 



 R.エピオネと打ち合わせを終えて、すぐに父さんへ連絡を入れる。

 ディスプレイに父さんが映った。ハグしたいけどできない。こんなに思いっきりハグしたいのに。行き場のない両腕が、空中で振られる。

「父さん、聞いて。ぼく、北極巡回船に乗船できるんだ」

 極地で働くアンドロイドをメンテナンスするための巡回班だ。

『インターンでも乗船できるのか。一か月も乗るんだろう』

「ぼくが強く希望したんだ」

 働きを認めてもらえるように、作業も勉強も、なにより誰とでもチームワークが組めると証明するために交友も頑張った。

 巡回が収穫祭の時期に重なると、みんなあまり乗りたがらないし。

「父さんとたまにしか通信できなくなるけど、でも……最果てまで行けるんだ。グリーンランドまで!」

 




 北極メンテナンス巡回船。

 大型船に物資を積み込み、日付変更線を背にして北極海を進む。約一か月、ぼくは海の住人になる。

「クジラになれたな……」

 アラスカ湾の風は、ぼくに心地よい感傷を与えてくれた。

 そんな感傷に浸れたのは一瞬だ。終わりのない作業が待っている。アンドロイド・ホエールのメンテナンスや、アンドロイド・ドルフィンが点検して不備があった海底機械を深海から引き上げる。それから深海曳航体(ディープ・トゥ)の保全と、カメラの回収。

 休日はダウンロードしておいた論文を読みふける。

 カナダを過ぎ、グリーンランドに到着して、船から氷上車を出す。そのうち一台は、アンドロイド・メンテナンスルームの付いた大型車だ。

 真っ白い大地を走り続ければ、いちばんの最果てに辿り着いた。

 旧米軍基地。

 当時の軍人や科学者たちは寒さが永遠だと信じていたのか、ここに核や汚染物質を葬った。

 だけど温暖化は、埋葬された愚かさを掘り起こしてしまった。氷が解けてしまえば核や汚染物質は流れ出してしまう。北極を殺して、地球そのものを蝕む。

 現在、核兵器の発掘と処分は、大量のロボットたちで行われている。

 古い極地ロボットの回収、新しい極地ロボットの搬入。PCBの無害化処理施設やロボット充電施設のメンテナンス。

 そこを指揮しているのは、Cpt. シルバーライニング。

 ポーラーベアシリーズでもっとも過酷な地に赴任したアンドロイドだ。

 ああ、何度、『アンドロイド・ジャーニー』でその勇姿と苦難を見ただろう。今日、はじめて本人を目にした。

 凍てつきながら乾いた風が、ぼくの頬を打つ。

 同じ空気の中、白い威容を遠巻きに眺めているだけで泣きそうだった。



 作業予定は三日。

 職員たちは休息を取るため、船に戻っていった。

 だけど、ぼくは暖房が完璧な北極船ではなく、薄暗い廃墟に残る。

 Cpt. シルバーライニングと話をするために。


 

 

 人間が滞在するための部屋もあった。

 無機質だけど、床には絨毯。ベッドだってあるし、毛布も何枚かあった。それに手袋が脱げるくらいの室温が保たれていた。

「あったかいですね」

「PCBの無害化処理施設の廃熱を使っているんだ」

 Cpt. シルバーライニングはもう一度、空調の点検を繰り返した。

「Mx.アンディニー。空調は点検したが、けして防寒寝袋から出ないように。事故は怖い」

「あの、あ、実は本名はパピア・マリオットです。マリオン・マリオットの息子の」

 ぼくの発言に、Cpt. シルバーライニングがコンマ1秒止まる。

「……Dr.マリオットに相似していると思っていたが、そうか、ご子息か」

「Cpt. シルバーライニング。『アンドロイド・ジャーニー』でご活躍を拝見していました。あなたにお会いできて光栄です」

 緊張で早口になってしまった。

 Cpt. シルバーライニングは柔らかな眼差しで、ぼくを映していた。Cpt. ホワイトフィールドとそっくりだ。不思議と緊張が和らぐ。心臓が落ち着いてきた。

「子供のころから、ずっとかっこいいと思ってました……北極はきれいで、雪が降るたびに……デトロイトまで北極になればいいと、願っていました」

「ありがとう。あれを視聴してここまで来てくれたのは、きみが初めてかな」

 恭しく一礼された。

「この部屋ではね、五年と十か月、『アンドロイド・ジャーニー』のスタッフが過ごしたよ」

「そんな長いこと!」

「放映された時間は、合計一時間だ」

「未収録の映像を流してほしい……」

 六年近い映像はどこにあるんだ。絶対に公開してほしい。ぼくは見たい。

「もう少しだけお話する時間を頂けますか」

「あと五分くらいなら構わないよ。施設の定期点検の時間まではここにいよう」

「握手してもいいですか?」

「私の肉球は交換前だよ」

 ひび割れた肉球だ。

 過酷な任務ですぐに傷んでしまう。交換頻度の高いパーツ。

「いいんです。この肉球に触れたかった」 

 ぼくはごわごわの肉球に素手で触れ、それからぎゅっと握手をした。HAPPYというには物悲しい気持ちに溢れる。

「それと、あの、ポラリスシリーズからお手紙です」

「手紙?」

「Cpt. スマルトウェイクにも渡しましたが、ポラリスシリーズがポーラーベアシリーズにお手紙を書いたんです」

「何かのプロジェクトかい?」

 アンドロイドなら自然な発想だ。 

 だけどこれは人間が企画したんじゃないんだ。

「いいえ、ポラリスシリーズ自身の発案です。子供たちにお手紙をもらったから、自分たちも誰かに書きたくなったんでしょう。ぼくがアラスカの極地ロボットセンターへ行くって言ったら、お手紙の配達を頼まれました」

 花のかたちに折られたお手紙を、黒い肉球へ渡す。

「メッセを届けられることはあっても、レターは珍しい。『アンドロイド・ジャーニー』のデイレクターからも礼状を頂いたことはあるが……」

 花を広げて、文字を読む。

 何が書いてあるのかぼくは知らない。ポラリスシリーズからポーラーベアシリーズへのお手紙だから。

「ポラリスシリーズの写真です」

 ぼくはデバイスからフォトを広げる。

 シロクマ双子と、中央にぼく。

「シロクマ隊長……Cpt. ホワイトフィールドとのフォトもありますよ」

 ずっと昔のフォトも残してある。

 それこそ母さんが生きていたころのフォトまで。

「私とも記念撮影するかい?」

「お願いします!」

 Cpt. シルバーライニングは撮影ロボットを呼び、ぼくのデバイスで何枚か撮ってくれた。

 まさか北極守護神のCpt. シルバーライニングと写真が撮れるなんて……!

「お使いありがとう、Mx.パピア・マリオット。次世代機(ポラリスたち)のお手本として頑張るよ」

 逆境の希望(シルバーライニング)はそう微笑んだ。


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