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親愛への通行証




「シロクマ赤ちゃんもこもこHAPPY祭り……」

 愛らしさに卒倒しかけてしまう。

 シロクマ警備隊長ことCpt. ホワイトフィールドのお子さんが、また製造された。

 ふわふわもこもこが四体!

 四つ子ちゃんだ!

 しかもR.ノクスとR.アルバの長子双子。そしてR.ウルスとR.マリティもいる。任務先のアイスクリスタルが改装しているため、休暇で里帰りしていたのだ。

 ちびっこシロクマのシブリングが勢ぞろい。

 新しく生まれたばかりのアンドロイドは、毛並みがきらきらと透明感が強くてわかりやすいな。挙措も赤ちゃん感があるし。

「さ、末っ子ちゃん(シーシー)たち。あのひとは長子(トッティ)のフレンドだから、きちんと挨拶するんだよ」

 R.ウルスが四つ子にびしっと指示を出す。

「あい、リリー」

「リリー?」

「シーシーにとってプリアシブリングだから」

 R.アルバが解説してくれた。

 ああ、つまり家族関係的に、オリジナルでオリジンの親は『オリィ』、長子のプロトタイプが『トッティ』、新しく生まれた後継機が『シーシー』、そして後継機からプロトタイプ以外の前機種を呼ぶ場合は、プリアシブリング。変化してリリーになるわけか。

 アンドロイドのシブリング関係はおもしろいな。

 四つ子ちゃんの視線がぼくに集まった。

「はじめまして、Mx.アンディニー。ポラリスシリーズ3α。お名前公募中です」

「待って! なんでぼくMx.アンディニーって呼ばれるの? なんの略?」

 パピア・マリオットはどうこねくり回しても、アンディニーにならないよ!

 小さなシロクマたちは全員顔を突き合わせ、こしょこしょピコピコ会話を始めた。

 R.アルバが顔を上げた。

「Mx.アンドロイド・ジャーニーの愛称系です」

「……え」

 しばらく、えっ? って感情に脳髄と胸郭を占められてしまった。

 たしかにご長寿番組サイエンスノンフィクション『アンドロイド・ジャーニー』は、子供のころから繰り返し視聴している。大好きな番組だ。ぼくに自覚はないけど、酔うと『アンドロイド・ジャーニー』の朗読するらしい。もはやぼくの一部として構成されている。

 そのくらい好きだけど……誰が言い出した?

「ね、ねえ? 誰が、そんな呼び方を……」

「みんなそう呼んでるよ」

「誰が?」

「みんな」

「みんなだよ」

「そう、みんなです」

 シロクマシブリングたちは、曖昧で愛嬌ある笑顔でぼくを取り囲む。

 呆然としている中、かわいい歓迎ダンスが始まった。





「と、いうことがあってね……」

「ぽうぽぅ。あだ名ですか。ポラリスシリーズは変わったコトしますね」 

 R.モリスと喋っていると、入口から豪快な笑い声が響く。

 新しく研究室に入ってきたぼくの後輩、アイビー・ローゼンタール。

 見た目は美少女の分類群に入るけど、いつもズタボロTシャツと穴あきジーンズにスニーカー。笑い方も喋り方もガサツな印象を受ける。そして動かなくなったペンギンチックを、いつも抱きしめている。一瞬だって離さない。

「聞いてたの?」

「いやあ、ココは誰でも入れるんスから、聞こえるっスよ。よっ、アンドロイドにモテモテ! 溺愛されるのお上手っスね。ヒヒヒィ」

 肩をばんばん叩かれた。

 アイビー・ローゼンタールはなぜかいつも、ぼくにウザがらみしてくる。他の相手はそうじゃない。初めて会った時からこうなので、もしかして舐められているかもしれない。

 この研究室だと、一番の古株なのに。いや、古株だから舐められている可能性が高いな。

 彼女は椅子に腰を下ろして、けだるそうにあぐらを掻いて、ぼろぼろのペンギンチックを撫でた。

「ウチのピァちゃんも、先輩のコト、好きっスよ」

 幼児のための見守りバード、アンドロイド・ペンギンチック。植毛はほとんど剥げて、片羽根は痛んで千切れそうだ。何よりもう二度と動かない。

 あのペンギンチックは役目を終えて、亡くなっている。 

 アンドロイドにはリサイクル法がある。宗教的な理由で引き延ばしても、数年が限度だ。

 亡くなったペンギンチックにどれほど愛着があろうとも、それほど長く彼女の手元に置けない。

「アンドロイドに名前を付けるのは誰でも通る道っスけど、アンドロイドから名前を貰えるなんて、そりゃ最高にイイコトっスよ」

「……そういえばぼく、アンドロイドに名付けたことないなぁ」

 ダコタやケルシーは名付け親になったけど、ぼくはない。

 彼女は大粒の瞳を瞬かせる。

「マジっスか。アンドロイドの名付け親になってないのに、アンドロイドから名前を貰うなんて。先輩はマジでアンドロイドの愛し子っスね」

 アンドロイドの愛し子か。

 そう前向きに捉えれば、Mx.アンディニーというあだ名も悪くはない。

 うん。光栄かな。

「つーか、先輩。マジでマジメな話しますけど、ソレ、論文にしないんスか?」

「なにを?」

「アンドロイドの文化的成熟っスよね。人間にあだ名を贈与するの。アンドロイドが人間との関係性を、単なるログじゃなくて、感情を帯びた出来事として再構成する能力を持ってんなら、そりゃ文化的成熟、むしろ存在論的成熟のでかい特徴じゃないっスか。機能的やり取りから双方向的な文化的やり取りへと移行した点を主軸に、家族概念の拡張も含めて、フツーにそれ論文にすればいいじゃないんスかね。たとえばアンドロイド視点での名前における象徴資本とか。ともかく先輩にしか書けない論文っスよ」

「あ」

 まったくそれは目から鱗だった。

 


 



 一か月後、四つ子のシロクマの名前は公募で、ソリス、オルト、ルーナ、プレーナと決まった。

 日の出(ソーリス・オルトゥス)満月(ルーナ・プレーナ)だ。

 世界をあまねく照らす名前。 

 四つ子をお祝いするために、海洋科学館へ行かなくちゃいけない。

 あのかわいいシロクマたちは、またぼくをMx.アンディニーと呼ぶだろうか。さらに縮めてアンディとか呼ばれるかもしれない。

 そんなことを考えながら、劉の置き土産の中国茶を飲んだ。



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