ビジューファンテジー
わたくしの網膜は傷つき、世界の輪郭を写さない。
だからパートリッジ社の令嬢としての装いは、すべてR.パラスケバスが選んでくれていた。
そしてこれからはパートリッジ社の最高経営責任者としてふさわしい身なりも、R.パラスケバスが選ぶのよ。
わたくしの頼もしい盲導鳥、セキセイインコ型アンドロイドのR.パラスケバス。
「ぴちゅ! エレノアちゃんはこれからCEOなんだから、気合い入れて装わなくちゃネ!」
CEOに着任したわたくしより、意気込みが強いわね。
面白いくらい張り切っている。
「エレノアちゃん。この前、仮縫いしていたスーツが届いたみたい、さっそく試着する?」
「ええ。試着させてもらうわ」
R.パラスケバスに手伝ってもらって、真新しいスーツに袖を通す。
肌触りは好みだし、着心地は申し分ないわね。
「ウーン、スタンダードで硬いラインだから、アクセサリーは個性的なのがイイよネ! これ届いたら、アクセサリーはゼッタイ、アレがいいって思ってたんダ。おばあさまのコレクションの、ヴェネツィアンビーズとコルクのネックレス! グッと引き立つヨ!」
そんなアクセサリー持っていたのね。持ち主より詳しいわ。
「じゃあそれを合わせようかしら」
「ボクの意見サイヨウだネ! ちゅぴぴっ」
R.パラスケバスは嬉しそうにさえずった。
会議を終え、本社の執務室で一通り、報告書を聞いていく。
秘書のアンドロイド・ドードー、R.ドゥーリトルが報告書が読み上げてくれている。
「Mx.パートリッジ。メセナホール館長R.レダより、ご相談があると。優先順位は最低です」
「……不思議ね」
CEOにわざわざ相談したいのに、優先順位は最低?
なんて奇妙な。
そもそも彼女には館長として、かなり裁量を委ねてあるはずよ。人工知能にしては、という意味ではない。たとえ人間であっても、大きな権限だと思われるくらいには。
用件の想像がつかないわ。
「つないで」
そう告げれば、すぐにパソコンから鈴音が響いた。
「ごきげんよう、Mx.パートリッジ。お忙しいところありがとうございます、どうしても申し上げたい件がございまして……」
R.レダが前置きをしている最中に、なぜかR.パラスケバスが羽ばたいた。もし天然の鳥だったら、羽根が抜け落ちる勢いね。
「ピチュッ! レダちゃん、あのコト、エレノアちゃんに頼むの?」
どういうこと?
慈善を含めた経営に一切関わってないはずのR.パラスケバスが、どうして相談内容を察しているの?
「エレノアちゃん。耳を貸さなくていいヨ、ピピッ!」
「静かに。それはわたくしが決めるわ」
「……ジッ」
R.パラスケバスは嫌な音を立て、不承不承な沈黙をした。
「Mx.パートリッジ。企画している美術展のために、美術品をお借りしたいのです」
「ええ、それは好きにすればいいわ」
メセナホールに並べられるのは、基本的にパートリッジ家かパートリッジ社の収蔵品だもの。
企業蔵の近代や現代の絵画や、アルフォンス・ミュシャのポスターや雑誌。おじいさまがコレクションなさっていたアメリカンクラシックカー。家で使っているアールデコの家具も貸したわね。
「Mx.パートリッジが受け継がれているアクセサリーを」
「ああ。それのこと」
わたくしが普段使っているおばあさまの形見のことね。
おばあさまはユニークでアンティークなコスチュームジュエリーを好まれていた。特に初期のミリアム・ハスケルはお気に入りだったわ。
今はわたくしが身に付けている。
美の民主化を齎したアクセサリー。ペンギンチックやアンドロイド・ソングバードを社会に浸透させたアンドロイドの会社のCEOに相応しい。
「2110年と2114年にもお借り致しました。2119年にも数点。もちろん好評でしたわ。ふたたび展示させていただきたくお願いにあがりましたの」
「おばあさまのコレクション、また広く見てもらおうかしら」
「エレノアちゃん!」
物言いを挟んだのは、R.パラスケバスだった。
「エレノアちゃんのアクセサリーはネ、もうカンタンに貸せないの。使ってるんだから! 分かってる?」
くちばしを向けられたR.レダは、憤然とした吐息で返した。
「Mx.パートリッジが使っておられるのは存じておりますわよ。ですが創始者の伴侶が長年集めたアメリカの美は、類稀なるコレクション。パートリッジ社のメセナホールで、その審美眼を披露したいのです」
R.レダの主張は納得できるものだった。
なのにR.パラスケバスときたら、なんとも不快な抗議音を発する。
「ピジュッ! ビッビ! 今どきはネ、ちょっと目立てばどこのブランドか、いくらのお値段か、すーぐにばらまかれてイロイロ言われちゃうのッ! 安けりゃバカにして、高けりゃ貶す。ヒドイ! そういう世界でエレノアちゃんがあんまり言われないようにガンバルの。祖母から受け継いだ形見っていう、悪口言われないアクセサリーはダイジ! ヨソに貸さないからネ!」
そうだったの……
R.パラスケバスはそんなこと考えていたのね。
可愛らしい、わたくしの友人。
「R.パラスケバス。SNSでどう言われようが、わたくし屈しないわ」
「ボクがイヤァア!」
甲高い声で大絶叫。
「わがままですこと。では使用頻度の低いアクセサリーを選抜して……」
「ワガママじゃないヨ! そんなに使わないアクセサリーだって、特別な晩餐会とかにいるデショ! だいたい身に付けるものの来歴とか由緒を細かく紹介するのッて、エレノアちゃんの神秘性を欠くよ! メセナや企業広報的にはイイけどネ、CEO個人はもっとダイジでしょォオオッ!」
羽ばたきもさえずりも、凄まじい勢いだわ。
R.レダが重低音で、ヒステリックバードと呟いた気がするけど気のせいかしらね。
「でもR.パラスケバス。おばあさまのアクセサリーは、広く見てもらう価値があるわよ。わたくしだけで独り占めしていいものではないでしょう」
わたくしが問いかければ、少しだけボルテージが下がった。
気まずそうにピッピッと鳴いて、尾羽を振る。
「じゃエレノアちゃん。前期と後期入れ替え展示で妥協スル! 晩餐会用のは日数限定! 最終週特別展示とかならいいヨ! 出展のアクセサリー選別は、ボクがするヨ。今の季節にぴったりなのは貸さないからネッ!」
「そう。R.レダ。出展するアクセサリーは、すべてR.パラスケバスに一任するわ」
一瞬だけ、R.レダが口ごもるような気配を感じた。
それでもいつも通り知性の女神としてふるまい、恭しく挨拶を終えた。
「ピチュ……どれもダイジなのに。エレノアちゃんはステークホルダーへの説明責任で矢面に立つから、雰囲気に合った装いがヒツヨウなのに。でもエレノアちゃんが決めたなら、シカタナイ。ピジュッ……」
刺々しく不服そうなさえずりなのに、わたくしは楽しくなってきた。
この可愛らしくも奔放な友人は、いつだってわたくしを和ませてくれるんだから。




