ここはO.A.S.I.S
あれはぼくが大学で、臨海実習に出たときのことだった。
大波に聳える高い塔。
ここはオアシス。アルゴ重工の波浪発電所であり、海洋アンドロイドのための補給基地だ。
『Ocean Android Sanctuary In the Sea』、通称OASIS。
まさに海の聖域。
日々、大海原を駆け巡るアンドロンドたちは、オアシスで休息をとるんだ。
臨海実習の大学生たちがミーティングルームに集められ、施設の説明を受ける。
「アルゴ重工によって開発された新素材マリンクロムは、耐海水性が高いだけでなく、フジツボが付着しないのです。今までフジツボ忌避フィルムや忌避塗料を使い、保守していました。ですがマリンクロムはフジツボが永久的につかない金属、これは人類が海に領域を広げて以来の夢の金属です。この新素材マリンクロムによって建設された波浪発電は、低コストで保守できるため海底や遠洋に設置可能となりました」
海洋科学館で受けた説明だな。
でも初めて聞く生徒もいるから、真面目に聞いていよう。
「海洋アンドロイドの補給整備基地としても、マリンクロムは利用されています。オアシスと呼ばれていますが、この名前の由来をご存じの方は多いと思います」
うん。
海洋アンドロイドの海の聖域。
これは海洋科学館でも、『アンドロイド・ジャーニー』でも説明されていた。もはや常識。
「実のところ、最初、保守部は海洋アンドロイドの持続的基礎構造システムと呼んでおりました」
え?
「広報部の連中………広報の方々が世間受け、いえ、広報部が一般公開時に「Sanctuary In the Sea」の語感を活かした名称を打ち出した結果、当該略称がパブリックドメインにて浸透し、現在では事実上の名称として使用されております。保守部では今でもインフラシステムって呼んでます」
衝撃の、事実。
ずっと海の聖域ってかっこいいって思ってたのに、広報用の名前だったんだ……!
「って感じで、ショック受けた記憶がある」
サルガッソーの潮風を浴びつつ、劉に説明する。
ここはアルゴ重工の管理するOASISのひとつ。洋上風力発電と波浪発電が組み合わさった大規模給電所だ。アンドロイド・ホエールのためのドックも備わっている。
「『アンドロイド・ジャーニー』でも海の聖域って言ってたのに」
「そうですね。たしかに『海溝から聖域へ、傷だらけのアンドロイド・ホエール』でも、サンクチュアリって言い回しが多用されていましたね」
「あ、視聴した? 感動回だったよね!」
「いいえ。視聴したことはありません」
穏やかに否定する。
じゃあどうして知ってるんだ?
「マリオットはアルコールの摂取量が多くなると、いつも海洋アンドロイドのメインの『アンドロイド・ジャーニー』を朗読します」
「……え?」
「朗読ではなくて、再現でしたか?」
「英語は通じているけど、ぼくそんな奇行した?」
「はい。とても面白いですよ」
穏やかな笑みの劉から、ゆっくりと視線を逸らす。なんてこった。
整備通路からは、水平線が望めた。
呼吸を整える。
「と、とにかく海の聖域の方がカッコイイよね」
「はい。海洋アンドロイドの神格化に、有効な名称だと思われます」
劉と雑談していると、Prof.ロドリゲスがやってきた。
横を歩くR.モリスには、造花がこれでもかというほど飾られている。
あれは装飾ではなく実は小型エアバックらしい。いざとなったら爆発や衝撃してくれる優れものだ。ちなみに高価。
ついでにUVカットフードの付いた防刃防弾ベストも着ている。警察犬がよくつけているやつ。
「なんじゃい。OASISの正式名称の話か」
「そうです。海の聖域の方が、インフラシステムよりイメージに合ってますよね」
「あー、わし、アルゴ重工の開発部に一瞬だけおったことがある」
それは初めて聞いたな。
「OASIS開発にも携わったが、開発部のやつらは海洋アンドロイドの海水統合ステーションって呼んでおったわい」
「………最初そういう名前だったんですか」
「おうよ。保守の連中が持続的基礎構造システムって勝手に呼び始めただけで、昔から開発にいるやつらは今でも海水統合ステーションって呼んでるはずだな」
広報が勝手に名付けたとか言っていた保守部も、勝手に名付けてたんだ………
「だから企業内文書だと正式名『Ocean Android S.I.S.』って記載されとるはず。ネーミングポリシー会合でやいのやいの言うとったの。どうでもいいが」
Prof.ロドリゲスは本気でどうでも良さそうだった。
部署によって、ステーションとかシステムとかサンクチュアリとか勝手に呼ばれているのか。微妙な対立がありそうだな、アルゴ重工は。
「ほれ、昼休憩は終わりじゃい。とっととOASISのアンドロイド・データ、人力ソーティングするぞ」
地獄の開幕じみた言葉だな。
ソーティングアルゴリズム外の調査だから仕方ないとはいえ、アンドロイドデータを人力ソーティング。地獄か。
膨大な作業を想像しながら、ぼくたちはOASISの分析室に向かった。




