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あなたはあのこのペンギンチック



「いいですか、ARTのアンドロイドといえば、アンドロイドでも最高のエリート。それをベビーシッターに使うなど、F1で近所のスーパーに乗り付けるようなものです。贅沢というより、もはや経済的天秤の支柱を破壊していると言ってもいいでしょう」

 劉は真面目に語っていた。

 娘の(シャン)ちゃんを、ぼくの父さんに預けようかって言っただけなのに。

 来週、Prof.ロドリゲスのお供で、ぼくはサルガッソーにある海洋施設に行くことなった。連泊だ。

 ぼくは身軽で気軽な人生を楽しんでいるけど、劉はそうじゃない。まだみっつの娘がいる。

 急に決定したから、ナイトシッターが確保できなかった。夜間預かりできるところも予約が埋まっている状態なんだ。

「いいからうちの父さんに頼もうよ。他の連中は頼りにならないし、劉まで来てくれなかったら、ぼくが独りでアンドロイドデータを人力ソーティングだよ!」

 心の底からの悲鳴に、劉は屈してくれた。



 

 普段はデトロイトにいる父さんだけど、たまたまぼくのアパートを訪ねていた。

 友人のダコタがキャンピングカーで愛犬たちとニューヨーク観光してる。そのついでに、父さんを乗せてきてくれたんだ。

 ダコタは運転好きだけど、いざって時に代わりに運転できる要員が増えれば精神的に楽って言っていた。

 父さんも航空チケットやタクシー代を支払うより、PVパーク代を払った方が安いし、缶詰やレトルトや真空パックマフィンをダコタに渡せばストックがローリングできて効率的らしい。

 だから昨日から、父さんがぼくのアパートで掃除したり料理したりしていた。


 

「はじめまして、俺はR.ギャラント・マリオット。パピア・マリオットの父だ」

 父さんが挨拶をしたら、劉がちょっと震えている。後ろで引っ込んでいる(シャン)ちゃんは無反応で、ペンギンチックを抱きしめていた。

「ARTのアンドロイド……」 

「Mx.劉。さっそくペンギンチックから、劉珊のバイタルデータを貰ってもいいかな?」

 父さんはハグでバイタルチェック可能だ。でも知らない大人からいきなりハグされたらイヤだろうし、ペンギンチックからなら蓄積データが参照できる。

 ペンギンチックは幼児のための見守りバード。

 急に病院を行くことになっても、医者にそれまでのバイタルデータを提供できる。

「はい、お願いします。(シャン)、R.マリオットに(リー)をご挨拶させて」

 このペンギンチックは(リー)って名前か。

「こんにちは、R.リー」

 挨拶してから、父さんが唇を僅かばかりに動かした。人間の可聴領域から外れた機械音で語っているんだ。

 ペンギンチックのR.リーはピィピピィと鳴きだした。

 データ通信中だ。

 珊ちゃんは黙ったままぼくの父さんを凝視して、自分のペンギンチックを見下ろし、また父さんを見つめた。交互に見ている。何を考えているんだろう。人類型アンドロイドが珍しいのかな。

 通信が終わる。

「オールグリーン。ありがとう、じゃあお試し保育をしよう。俺を気に入ってくれると嬉しいがね」

 父さんは優しく微笑んだ。

 お試し保育で珊ちゃんが父さんを気に入ってくれれば、劉は海洋施設に行ける。

「ペンギンチック」

 珊ちゃんが呟き、ぼくの父さんを指さした。

「わたしの璃も、おっきくなったらこうなるの?」

「きみはR.リーに大きくなってほしいのかい?」

 父さんが優しく問う。

 突拍子もない質問にぼくと劉は面食らっているのに、父さんは落ち着き払っていた。  

「ヤダ。かわいいままがいい」

「じゃあきみのR.リーはずっとそのままだ。きみに抱きしめられるのが好きだから」

 珊ちゃんは安心したように頬を緩ませ、R.リーを抱きしめた。

 そしてぼくににこっと笑いかけてくれた。

 そんな愛らしい笑顔は初めてだ。この子はいつも劉に隠れて、ペンギンチックを抱きしめているだけだったから。

「ありがとう、マリオット。あなたのギャラントと遊ばせてくれて」

 珊ちゃんは父さんに連れられていく。

「……もしかして珊ちゃん、ぼくの父さんのこと、ぼくのペンギンチックだと思っている?」

「その可能性は高いですね、とても」

 ペンギンチックを持っていない子と友達になりたくないと言って憚らないらしいけど、裏を返せばペンギンチックを持っている子と仲良くなれるのか。

「そりゃ同じアンドロイドではあるけど、ペンギンチック判定が広すぎるんじゃないかな」

「不思議ですね。セキュリティ犬を持ってる子とは友達にならないのに」

「どういう判定だろ……?」

 父さんがペンギンチックと会話したのが良かったんだろうか。

 子供は不思議な思い込みをする。

 ぼくだって四歳くらいまで、シールのヒトデが赤やオレンジじゃなくて、黄色ばかりなのが不思議だった。黄色いヒトデもいるから、世間的には黄色イメージが強いんだなって納得していた。実際そのシールは、ヒトデ(スターフィッシュ)ではなくお星さま(スター)だったわけだけど。

 ともあれ、これで人手は確保できたな。

「しかしマリオット。そもそも手伝いにあなたの父親を呼べば、ソーティングが捗ったのでは?」

「……」

 たしかにそうかもしれない。

 父さんに手伝ってもらえたら、きっと膨大過ぎるソーティングでさえ瞬時に終わる。

「これは劉の経験と手当になるからいいんだよ!」  

 ちょっと破れかぶれな気持ちで答える。

 さて、来週からはアルゴ重工の海洋ドッグだ。

 うんざりする作業が待ち構えているけど、アンドロイド・ホエールのいる施設へ行けるのはちょっとわくわくしていた。


  

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