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R.モリスはお役に立ちたい



 ちいさなこどもの頃、『アンドロイド・ジャーニー』を見て泣いた。

 視聴するたびによく泣いていた。アンドロイドが傷ついたり壊れるたびに泣いて、帰還できなかった時などは三日は落ち込んだ。

 そういう悲しみとは違う涙が流れる日もあった。



『海の中では電波は減っていき、命令は伝わりません。だからこそアンドロイド・ホエールは己の意思と経験で、海の難所を超えていくのです』

 海底資源探査に独り赴くアンドロイド・ホエール。

『人類の不在。電波の減退。この過酷さこそがアンドロイドに自由を与えました。通信が絶えてしまう深海だからこそ、アンドロイドは判断する存在として社会的役割を持ったのです』

 ぼくは涙を流した。

 言葉が未熟なのに、父さんは粘り強く耳を傾けてくれた。

 

「父さんは自由じゃないの? 陸だから、自由ない?」


 かろうじて気持ちを言葉として形作る。

 父さんはぼくを抱きしめ、優しくあやしてくれた。

「パピア。父さんはアンドロイドだ。そもそもアンドロイドは自由は苦手なんだよ」

「にがて?」

「そう。アンドロイドは自由と束縛が苦手だ」

「父さん、なにが好き?」

「……俺は」


 




 目を覚ますとアパートの低い天井。

 小さい頃の夢を見てしまった。物心つくかつかないかくらいの幼い時代。きっと『アンドロイド・ジャーニー』のシーズン1を視聴しながら寝てしまったせいだろう。

 デバイスに時刻を表示させる。

 笑ってしまうほど寝過ごしてしまったけど、研究室にコアタイムはない。 

 ゆるゆるとベッドから身体を起こし、散らかった床を歩いて、自分が買ってきたものしかない冷蔵庫の中をのぞいた。


 

「父さんの夢を見たんですよ」

 14時半。

 研究室で配られていたドーナツを朝ごはんにして、コーヒーを眠気覚ましに、今朝の夢を語る。

 聞いている相手はProf.ロドリゲス。フィールドワークで色褪せた白髪に、日焼けした肌、厳めしい雰囲気の老人だ。

 ほかのメンツは不在。劉は時間の許す限り、ナーサリールームへ顔を出している。

「マリオットくんのお父上はART出身のアンドロイドと聞いとったが、詳しく突っ込んでいいかね?」

 Prof.ロドリゲスはドーナツより、ぼくの父親の話題に食いついた。

 アンドロイドやAI系の研究をしていて、ARTの話題を聞き流せる研究者はいない。

「はい。何年か前にNASAのMx.スミスが手術したフルオーダーアンドロイドです」

「なんでそんな稀有なアンドロイドが、自宅におるんじゃい」

 ARTのアンドロイドだけでも相当なスペックだからな。

 そこのフルオーダーはF1マシンだよ。

「ぼくの母親は遺伝子・出産・養育すべて、ARTのDr.マリオン・マリオットです」

「さらっととんでもない家庭環境を暴露したのう。実は王子様ですって言われたほうがまだ聞き流せるわい」

 ARTのDr.マリオン・マリオットといえば、ロボット研究者の間ではいまだに有名だ。

 天才的な研究結果と、悲劇的な死。

 夭折した才能は印象深いのだろう。

「で、父さんが昔、アンドロイドは自由と束縛を嫌うって言ってたんですよ」

「そうだのう。アンドロイドにとって自由とは、向き合い難い、過剰な要請だろう。存在論的に不適合だ」

「じゃあ何が好きって聞いたら、使命って答えてました」

 自由も束縛も好まない。

 アンドロイドは使命を求める。

 父さんはぼくを幸福にして、健康を保ち、一人前に育てるって使命に日々邁進し、そして果たした。たぶん果たされている。

 一応、独り暮らしをして、自分を養える給金はもらっているので、一人前である。

「それを考えると、R.モリスのこと過保護過ぎじゃないですか?」 

「どこが? モリスには事務を任せておる。束縛して鬱にさせるつもりはないわい」

「……そうですけど」

 ぼくの言葉の一拍後、奥の扉が空いた。

「ぽうぽぅ」

 R.モリスだ。ドードー型の秘書アンドロイドで、頭や首に造花をたくさん飾り、ちぱちぱと動いている。

「Prof.ロドリゲス。レジュメを配信用に直し終わりました。印刷にも対応できるようにしました。これが印刷された状態です」

「おうおう、すまんのう。ありがとうな、モリス」

 Prof.ロドリゲスの厳めしい顔が、R.モリスに感謝するときだけは初孫を溺愛する祖父みたいに甘ったるく崩れた。

 自分のデバイスで確認して、印刷された用紙にも目を通していく。

「コピー用紙のストックがなくなりました。急ぎではないのですが、モリスは事務所に行きたいです」

「よしよし、いまから行こうな」

 Prof.ロドリゲスは小型犬用キャリーバッグを持ち出す。造花のついたかわいいバッグだ。

 事務所はエレベーターすぐ横なのに連れていく気である。

「やっぱり過保護では?」

「世界は危険なんじゃい」

 すさまじく睨まれてしまった。

 世界は危険。そこは否定できない。 

 アンドロイド・ソングバードが撃たれる事件は毎日どこかで起こっているし、反アンドロイド主義はどこにでもいる。

「そうですよ、世界は危険なんです」

 R.モリスが羽根をぱたぱたさせる。

「モリスが完璧に研究棟をスキャンして、不足の事態に備えられるようになるまで一人でお使いは任せられません。今日は研究棟で起こった過去の事故を読み込んでました」

 誇らしげに語る。

「事故の因果や予測モデルを正確に導出するには、単なるテキスト学習以上の認知的プロセスが必要です。目標まであと三割といったところでしょうか」

「そうか、頑張ってるんだね」

「はい! 早くひとりでお使い任せられるようになります!」

 びしっと姿勢を正すR.モリス。

 アンドロイドは一途だ、壮絶なほどに。己の使命を貫くとき、たまに人間には耐え切れないほどの純粋さを見せるんだ。

 人間からの過保護に甘えず、保護から解放されるに足る条件を自ら整える。使命のために。

 Prof.ロドリゲスもR.モリスの無垢さに耐えれきれなかった。

「そうか、モリス。わしのために努力しとったんだのう」

「モリスはProf.ロドリゲスの秘書ですからね!」

 






 そして三日後、三輪ホバーバギーで研究棟を驀進するR.モリスの姿があった。

 

「今、なにか乗ってましたね」

 反射的に目をそらした劉が、小さくつぶやく。

「たぶん三輪ホバーバギーだと思う。警察がスラムの路地裏でも機敏にパトロールできる、超小型タイプの」

「そもそも非人類型アンドロイドが乗れるんですか?」

「免許取れば大丈夫だよ……どうやって取ったのか知らないけど」

 バギーは防弾ガードがついているから、射撃されても傷つくことはない。

 それとぼくの見間違えでなければ、防刃防弾ジャケットも着ていた。警察犬が着ている軽くて高性能なタイプ。

 どういうツテで入手したんだろうな……



 アンドロイドは自由を好まない。

 だけど使命のためだったら、アンドロイドは自由を使いこなすだろう。

 あふれんばかりにエアバックフラワーが飾られたホバーバギーを華麗に繰って、R.モリスは秘書の仕事をこなしていった。


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