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誰もがみんなフェザード・クリーチャーに首ったけ


 大学院生なら子供がいるひとも多く、無料のナーサリールームに預けられる。

 ただし親権の証明や、アレルゲン・チェックや予防接種の証明も含んだ健康診断の書類も必須だ。

 外国籍の劉は、さらに提出書類が山積みだったらしいが、それでも学務室のアンドロイド・ドードーたちの助力を得て、託児手続きを終わらせた。



「おはようございます、マリオット」

 劉はぷっくりとした女の子の手を引いてやってくる。

 シフォンを重ねたワンピースには、東洋の伝統的な刺繍にスパンコールが輝いていた。おだんごに結い上げた黒髪には、スパンコールシフォンに、ピンク色の花の造花がたっぷり飾られている。

 しかも抱えているペンギンチックにまで、スパンコールシフォンのリボンが結ばれていた。

 可愛さゴリ押しだな。

 もしやアジアにはナーサリーデビューみたいな風習があるのか。それでドレスなのか。

「はじめまして。マリオットです」

 挨拶したら、劉の後ろに隠れてしまった。人見知りかな。

 引っ込み思案な子がナーサリールームって、ちょっと不安かも。

 ぼくたちは珊ちゃんをナーサリーへ連れて行く。

 



 大学院のナーサリールームに絵本を寄贈したことはあるけど、入ったのは初めてだった。

 淡い色調の木材を使ったナチュラルテイストで、落ち着く感じだな。

 光の加減も柔らかで、とんがったところがひとつもない。

 拡張型ゆりかご。

 そんな言葉を連想した。

 小さな子供が楽しめるように、壁一面が落書きボードで、さらにマグネットスライム製のトイブロックが張り付いている。絵本はどこにあるのかと思ったら、フルーツワゴンみたいな棚に飾られていた。

 保育士さんがやってくる。

 珊ちゃんは父親から離れる気配はない。内気なんだな。

「はじめまして、劉珊ちゃん」

「………」

「うちにはペンギンチックもいますよ」

「ペンギンチック!」

 珊ちゃんは突然、ナーサリールームの奥へと走り出す。

 水色クッションの上には、子供たちを待つペンギンチックたち。

 自分のペンギンチックとお喋りさせはじめた。

「珊、気に入りましたか?」

 自分の父親の呼びかけに対して、ばいばいと手を振る。

「おやつの時間にはまた来ますよ」

 もう無反応だ。

 ペンギンチックに集中している。

 さっきまであんなに父親にべったりだったのに、ペンギンチックさえいればいいとばかりに完璧に自分の世界から排除していた。  




 娘さんをナーサリールームに預け、ぼくたちは研究棟へと歩いていく。

「マリオット。ところで盛大なバースディパーティーを行うのは、親の義務でしょうか」

 これ以上ない真剣さで、劉が質問してきた。

「親の権利だよ」

「さてはマリオット、あなた溺愛されて育ったタイプですね」

 真顔で問われた。

「今も溺愛されているよ」

 真顔で答えた。

「で、娘さんのお誕生会? てっきりあの衣装、誕生日会のドレスかと思ったよ」

「あれは普段着です」

 普段着と呼ぶには、派手だろう。スパンコールのシフォンドレスだったぞ。

「盛大なパーティーはたくさん友達を呼びます」

「そうだね」

「珊はペンギンチックを持ってない子は、パーティーに呼びたくないと主張します」

「じゃあ一応は全員招いておいて、ペンギンチックピクニックを別の日に開催するのはどう?」

 ぼくの思いつきに、劉は首を横に振る。

「そもそもペンギンチックを持っていない子と、友達になりたくないそうです」

「理由が気になるかな。三歳児の人見知りなら許容したいけど、差別意識なら見過ごせないし」

 ペンギンチックか。

 ぼくが子供の頃から存在し続けている幼児用アンドロイド。

 バイタルチェックから、お風呂や見守り、そして心を和ませてくれる。ちっちゃな子の味方だ。

「理由を正しく汲み取れればいいんですが、アンドロイドを媒介とした友情しか築けないと困ります。アンドロイド依存は怖い」

「周囲が持ってるのに持ってない方が依存するって話だよ」

 アンドロイド依存。

 ぼくも言われたことがないわけでもないから、嫌な気分だ。

「取り上げるわけではないですが、最近、行動原理の中心がペンギンチックになっていて……」

 話しながら研究室に向かう。

 珍しい人影がいた。

 Prof.ロドリゲスだ。

 白すぎる白髪に、皺の刻まれた色黒の顔立ち。年配だけど矍鑠としている。

「劉くんにマリオットくん」

 ぼくと劉は、同時に背筋を伸ばす。  

「Prof.ロドリゲス、おはようございます」

 こんな朝の時間に来るの珍しいな。いつも昼前なのに。

 そんなぼくの感情が読まれたのか、Prof.ロドリゲスは眉間の皺を深めてぼくを見据えた。

「研究費のアレコレで提出するもんがあるんじゃい。うちのモリスが張り切っておるからの」 

 Prof.ロドリゲスはアンドロイド・ドードーを、小型犬用のキャリーバッグに入れていた。可愛らしい造花でめいっぱい飾られ、ぽぅぽぅ鳴いている。花束を抱えてるんじゃないかってくらいだ。

 このR.モリスは、Prof.ロドリゲスの秘書だ。

 授業の雑務、研究費の記録と引き落としから、講演会の手続き、渡航のチケットやホテル、メール管理。すべてを任されている。

 最近、Prof.ロドリゲスは、このR.モリスを後生大事に抱え込んでいた。

 パートリッジ・エレクトロリック出身のアンドロイドは軽量化されているとはいえ、ドードー鳥型は飛行機能はない。どちらかといえば重いはずだ。

 R.モリスは、ぱたぱた羽根を動かす。

「プロフェッサー。モリス、まだひとりでお使いできませんか?」

「いやいや、お前さんは賢いから独りでできるのう」

 眉間に皺を刻んだまま、初孫ができたおじいちゃんみたいな顔になっていた。

 アンドロイド・ドードーは稼働空間レベル2なので、建物内なら不自由はない。教務室までお使いできる。

「だが世界は危険だ。何かあったら困るからのう。わしに力と金があれば、お前さんを稼働空間レベル5にしてやれるのに」

 どこまでお使いに行かせる気だろう。超臨界CO2の噴気孔か。Cpt. ホワイトフィールドやチャールストン国際空港の警備主任のCpt.サンダースでも稼働空間レベル4だぞ。

 Prof.ロドリゲスはちらっと劉を一瞥する。

 正確には劉の片脚、義足だ。

「そうさな、劉。お前さん、研究棟で歩きに不便なところがあるか?」

「特に感じません」

「そうか。不便があれば言え。うちのモリスが安全に出歩けんと困るからの」

 それだけ言い放ち、アンドロイド・ドードーを抱きかかえて、学務室の方角へ向かっていった。

「劉、ドードー鳥は大丈夫だった?」

「エアバックフラワーに囲まれていました。焦点を外せばかろうじて花束に見えます」

「……エアバックフラワーっていうの、あの造花」

「うちの珊もあたまに着けています」

 ああ、ピンクの花。

「爆弾や落下物からの衝撃吸収する、ヘルメットより簡易的な、えーと、防災フードになります。子供につけると安心です」

「大量につけてるね」

「あれは高価です。とても」 

 それをあんなにたくさん……

 尋常じゃない溺愛だな。

「幼少期にアンドロイドがなくても、アンドロイド依存は有り得るね」

「痛感しましたよ、とても」

 劉が溜息をついた。

 朝から陰気な溜息だけど、そんな日もある。

 ぼくたちは研究室で、やりかけの分析を続けることにした。

   


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