海鳴りは続いていた
潮風の匂いが流れるニューヨークの街を、父さんと連れだって歩く。
不思議な感じだ。
ぼくが大学に入学する前は、父さんは電動椅子だったけど、もう補助なしで歩けるんだ。元気になった父さんをぼくの暮らしているアパート近所を案内するって、夢みたいだな。浮かれそうになる。スキップしないように気を付けよう。
「父さん。あっちのシーフードダイナーで、よくテイクアウトするんだ。揚げ物は少なめで、サラダたっぷりつけてもらっているから安心して」
説明しながら、海岸を目指す。
吹き抜けてくる風が、ぼくの金髪をかき乱していった。父さんの髪は人間より少し重くて、あまり乱れない。
父さんはアンドロイド。
風ひとつでも、人間との差異が浮く。
「サーフィン関係は、こっちの店で揃えてるんだ。サーフボードロッカーも借りてる」
大通りから一本外れたサーフィン専門店に寄る。
陽射しが差し込む明るい店内。いろんな形で白いサーフボードが並んでいる。イラストがプリントされたイメージ見本や、ウェットスーツも吊るされている。
お客さんの少ない時間帯なのかな。BGMは明るいギターのボサノヴァ。静けさと混ざっていた。
顔見知りの店番と挨拶する。シャツは動くたびにネオンカラーが明滅するし、シーグラスのネックレスがきらきらして、白いサーフボードの中で目を引いた。
「いらっしゃいましー。お連れさんにサーフボードのレンタルっスか?」
店員の視線は、父さんに向けられていた。
「ああ、父さんもサーフィン、やってみる?」
準備が大変だけど。
海水に浸かるなら専用のスプレーを肌に吹いておいた方がいい。
「父さん?」
「ぼくの父親。アンドロイドなんだよ」
「へー、珍しいっスね! 父親がアンドロイド」
あっぴろげな驚きを出す。
ぼくは人類型アンドロイドが一般的な地区に育ったけど、アンドロイドが父親ってのは学年でぼくだけだった。祖母型が多かったもんな。
「アンドロイドっスか。うーん、アンドロイドは重心と重量がヒューマンと違うんで、お勧めサイズはどうしましょ。ストレートな質問しちゃいますけど、体重、見た目よりアレですよね、重いっスよね」
「120キロ」
「うわ~、その細さで120キロっスか。やっぱアレかな、初心者向けロングスポンジカーボンかな」
腕組みして悩み始めた。
「サーフィンは楽しそうだがやめておこう。海水でサーフィンをやり始めたと聞いたら、整備の時にDr.ディンブルビーが不機嫌になりそうだ」
陰鬱なロボット工学者を思い出す。
たしかにあまりいい顔されないだろう。
「ぼく、今日はサーフボードの新色だけチェックしに来たんだよ」
「マジっスか。すみません、こっちっス」
新色のネオンネイビーやエバーグリーンエメラルド、ヴィンテージパールの光沢を見せてもらう。濡れた状態にすると、さらに蕩けるような光を帯びた。
もうこれは色だけで、存在感がある。
シルバーエメラルドで、くじらのシルエットプリントとかいいかも。
「これプリントに選択すると、割り増し料金だよね?」
「財布的にはそうッスね。でもカッコ良さはマジ無限大なんで、気分的には割り増してないもんっスよ」
割り増し料金か。
サーフボードは基本、好きなデザインを選んで店でプリントしてもらう。とはいえ高価な染料を選ぶと、それなりのお値段になっちゃうんだよね。
「また来るよ」
「へーい」
ぼくたちは海岸まで歩いていく。
水平線を眺めた。
今日の潮風と潮騒は、穏やか過ぎる。それほど波の状態が良くないせいか、サーフィンしているひとは少ない。
まばらな海岸に足跡をつけていく。
足の大きさは同じ。背丈も同じ。
もうすぐ、ぼくは父さんの年齢を追い越す。
父さんの外見の設定は特に決められていないけど、25歳くらいだろう。
ほんとうだったら、父さんの年齢を追い越せないはずだった。アンドロイドの寿命として。
だけど、たくさんのひとたちの努力と犠牲と奇蹟で、父さんはぼくのとなりにいる。
「父さんって呼ぶの、変かな」
「ナーサリープログラムは停止している。お前の好きにするといい」
「好きにすればいいなら、父さんって呼ぶよ。今更、名前で呼ぶのも恥ずかしい」
ギャラント、なんて呼べやしない。
それに正直、ギャラントって呼ぶのは、母さんだけでいてほしいんだ。
「子供っぽい意見かもしれないけど、父さんはずっとぼくの父さんでいてほしいな」
「お前にそう言われると嬉しいよ」
青い瞳を細めて微笑む。
物心ついたころから変わらない姿に、子供じみた幸福感が溢れてきた。
幸せを噛み締めながら、砂浜を歩いていく。
海鳴りはずっと続いていた。




