表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/100

奇蹟の結実


 無機質な室内、たくさんの機械、無数のコード、かすかに響く信号音。多くの科学者。それから中央の寝台に寝かされている父さん。

「父さん」

 青い瞳が開く。

 靄がかっていた青は晴れ、ぼくに焦点が結ばれる。

「……パピア」


 父さんの手術は成功した。

 二十二年前にフルオーダーされた高性能アンドロイド。修復するための人材と予算は莫大だったけど、それはMx.スミスがなんとかしてくれた。


「よかった、うん、父さん。ほんとうに」

 涙が溢れてくる。

 父さんの指先がそっとぬぐう。そのやり方は子供の頃と同じ。まったく同じだ。

「ずいぶんと中身を新しくした。お前との記憶が一部、欠落している。それでも、俺を……」

「父さんだよ」 

 ぼくが告げれば、父さんは微笑んだ。

 その微笑みは、いつも父さんが浮かべていた笑み。機械にはできない笑みだ。

 目の前の機械の肉体に、父さんの魂は帰還している。

 記憶の欠落を確認するように、他愛もないことを語った。ぼくの好き嫌いに関しては、不思議と完璧だった。優先順位が高かったんだろうな。

 そろそろ面会終了の時間だ。

 ぼくとの会話ログで、どのくらい自我が回復しているのかデータを分析するんだろう。

 退出すれば、そこにDr.ディンブルビーが佇んでいた。

 相変わらず陰鬱な雰囲気だ。近くにいると、ほんとは父さんの手術は失敗して、今までのは都合の良い夢だったのかもしれないと錯覚するほどだ。

「Dr.ディンブルビー。ありがとうございます」

 沈痛な面持ちから、重い溜息が降ってきた。

 なんて肩が凝りそうな溜息なんだ。

「正直、きみの感謝はどうでもいいが、マリオンは喜んでいるだろうか?」

「……喜ばない理由がないと思いますが」

「そうか」

 短い呟きひとつ。そして会話が終了してしまった。

 完全にぼくは眼中にないな。

 母の身代わりにされるよりずっといい。でも限度というものがあるぞ。

「Mx.スミスにもお礼を申し上げたいのですが、ご休憩中でしょうか」

「あれはまだ人間用の治療室から出られん」

「どうして……!」

 ぼくの問いに、Dr.ディンブルビーは濃い眉を顰めた。

「薬物を抜いている最中だ」

「え?」

「きみには告げていないのか。余計なことを言った。忘れてくれ」

 すっと背中を向けられた。

「まっ、ちょ、ちょっと! Dr.ディンブルビー! そこまで言って、無責任ですよ!」  

「長時間の手術だ。Mx.スミスは安定剤を打った。脈拍安定剤、血圧抑制剤……極小レベルの作業では、己自身の心臓の鼓動さえ大きすぎる障害だ。人間の身体限界が技術の障壁となるなら、医学によってその障壁を払う。それだけの話だ」

「そんな……それはあまりにも。だってそんなのいいんですか?」 

 衝動が言葉にならない。

「医師の監督下なら合法だ。軍事特命があれば特殊部隊の狙撃手も打っている。とはいえ軍人でもない技師に、ここまで犠牲を強いるものではないと、人間性を賭して守る人工物とは何だと、反対意見は強かった。それでもあれは貫き通した」

「……どうして、そこまで」

 喉が渇いてくる。

 ひりひり、ひりひりと。

 それほどに綱割りだったんだ、あの手術。

 技術的にも、そして倫理的にも。

 困難だと聞かされていた、最悪の覚悟もしていた。でも、どこまでMx.スミスに負担を強いるか、ぼくの考えは及ばなかった。

 父さんの魂の帰還させるため、ぼくの想像を絶する困難があったんだろう。あるいは犠牲。

 そして奇蹟が結実した。

「お父上を大切にな。不世出の技師が薬品で極限までブーストして、政府が許した。この奇蹟は、犠牲と代償を払った消耗品。二度目はない」

「はい……」 

 ぼくはDr.ディンブルビーの大きな背中を見送る。

 また涙が溢れてきた。 

 喜びとは違う、悲しみとも違う涙が。

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ