奇蹟の結実
無機質な室内、たくさんの機械、無数のコード、かすかに響く信号音。多くの科学者。それから中央の寝台に寝かされている父さん。
「父さん」
青い瞳が開く。
靄がかっていた青は晴れ、ぼくに焦点が結ばれる。
「……パピア」
父さんの手術は成功した。
二十二年前にフルオーダーされた高性能アンドロイド。修復するための人材と予算は莫大だったけど、それはMx.スミスがなんとかしてくれた。
「よかった、うん、父さん。ほんとうに」
涙が溢れてくる。
父さんの指先がそっとぬぐう。そのやり方は子供の頃と同じ。まったく同じだ。
「ずいぶんと中身を新しくした。お前との記憶が一部、欠落している。それでも、俺を……」
「父さんだよ」
ぼくが告げれば、父さんは微笑んだ。
その微笑みは、いつも父さんが浮かべていた笑み。機械にはできない笑みだ。
目の前の機械の肉体に、父さんの魂は帰還している。
記憶の欠落を確認するように、他愛もないことを語った。ぼくの好き嫌いに関しては、不思議と完璧だった。優先順位が高かったんだろうな。
そろそろ面会終了の時間だ。
ぼくとの会話ログで、どのくらい自我が回復しているのかデータを分析するんだろう。
退出すれば、そこにDr.ディンブルビーが佇んでいた。
相変わらず陰鬱な雰囲気だ。近くにいると、ほんとは父さんの手術は失敗して、今までのは都合の良い夢だったのかもしれないと錯覚するほどだ。
「Dr.ディンブルビー。ありがとうございます」
沈痛な面持ちから、重い溜息が降ってきた。
なんて肩が凝りそうな溜息なんだ。
「正直、きみの感謝はどうでもいいが、マリオンは喜んでいるだろうか?」
「……喜ばない理由がないと思いますが」
「そうか」
短い呟きひとつ。そして会話が終了してしまった。
完全にぼくは眼中にないな。
母の身代わりにされるよりずっといい。でも限度というものがあるぞ。
「Mx.スミスにもお礼を申し上げたいのですが、ご休憩中でしょうか」
「あれはまだ人間用の治療室から出られん」
「どうして……!」
ぼくの問いに、Dr.ディンブルビーは濃い眉を顰めた。
「薬物を抜いている最中だ」
「え?」
「きみには告げていないのか。余計なことを言った。忘れてくれ」
すっと背中を向けられた。
「まっ、ちょ、ちょっと! Dr.ディンブルビー! そこまで言って、無責任ですよ!」
「長時間の手術だ。Mx.スミスは安定剤を打った。脈拍安定剤、血圧抑制剤……極小レベルの作業では、己自身の心臓の鼓動さえ大きすぎる障害だ。人間の身体限界が技術の障壁となるなら、医学によってその障壁を払う。それだけの話だ」
「そんな……それはあまりにも。だってそんなのいいんですか?」
衝動が言葉にならない。
「医師の監督下なら合法だ。軍事特命があれば特殊部隊の狙撃手も打っている。とはいえ軍人でもない技師に、ここまで犠牲を強いるものではないと、人間性を賭して守る人工物とは何だと、反対意見は強かった。それでもあれは貫き通した」
「……どうして、そこまで」
喉が渇いてくる。
ひりひり、ひりひりと。
それほどに綱割りだったんだ、あの手術。
技術的にも、そして倫理的にも。
困難だと聞かされていた、最悪の覚悟もしていた。でも、どこまでMx.スミスに負担を強いるか、ぼくの考えは及ばなかった。
父さんの魂の帰還させるため、ぼくの想像を絶する困難があったんだろう。あるいは犠牲。
そして奇蹟が結実した。
「お父上を大切にな。不世出の技師が薬品で極限までブーストして、政府が許した。この奇蹟は、犠牲と代償を払った消耗品。二度目はない」
「はい……」
ぼくはDr.ディンブルビーの大きな背中を見送る。
また涙が溢れてきた。
喜びとは違う、悲しみとも違う涙が。




