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シブリング



「パピア、今日はタンバル・オ・ショコラを作ろうか?」

「ほんと!」

 マグカップに満ちるあつあつチョコレート・デザート。

 オーブンから出した瞬間が最高に美味しいから、気軽に味わえないチョコレートだ。

「お前が望むなら、キリギリス(グラスホッパー)パイもチョコレートココナッツプディング(パウピア)パイも作れるよ」

 受験勉強に辟易しているけど、頑張った分は父さんが甘やかしてくれるから、なんとか続けていられる。

 よし、頑張るか。

 父さんの耳朶を飾るデバイスピアスが明滅した。

 なにかメッセが届いたのかな。

 蒼い瞳がぼくに向けられる。

「パピア。シロクマ警備隊長からだ。三人目と四人目のお子さんのお披露目が決定した」

「おめでとう!」

「関係者の披露会に入れてくれるそうだが、行くかい?」

「行くよ!」 



 海洋科学館オートマタ・オーシャン。

 そこでは引退したホエールやドルフィンたちがたくさん泳いでいて、タートルは海の汚染を食べている。ペンギンは巡回して、みんなを見守っている。

 すべてアンドロイド。

 ここは海と科学とアンドロイドをテーマにした科学館だ。

 警備隊長はアンドロイド・ポーラーベアのシロクマ隊長。Cpt. ホワイトフィールド。

 その量子AIコピーした子たち、R.アルバとR.ノクス。

 さらに下の子まで増えた。

 会えるのを心待ちにしてたんだ。

 楽しみすぎて心臓がはち切れるかと思ったけど、ぼくの心臓は思ったより頑丈だった。海洋科学館まで爆ぜずに到着した。オオウミガラスの案内で、関係者オンリーの通路に入らせてもらう。

「いらっしゃーい、パピアくん」

 小さなシロクマ双子がやってくる。

 ボーイスカウトみたいな帽子に、色違いのネッカチーフ。迷子保護専門の警備員のR.アルバとR.ノクス。

「うちのシーシーたちは今、わりとご機嫌だよ」

「シーシー?」

「SucceSib」

 ああ、後継機(サクセッサー)きょうだい(シブリング)を短縮してサクセスィブ、さらに愛称形に変化してシーシーか。また新しい単語を作っている。

 新たな双子の名前は公募中だし、無性別体をシスターやブラサーとも呼べないもんな。

 ぼくたちはアンドロイドメンテナンスルームに入る。

 場違いなほどパステルファンシーなナーサリーゾーンが作られていた。

 そこに白くて可愛いふわふわが二匹。知らないひとがきたせいか、おずおずとしていた。

 サイズはR.アルバとR.ノクスと等しい体格なのに、仕草があどけない。生まれたてって感じだ。

末っ子ちゃん(シーシー)。プロトタイプですよー」

末っ子ちゃん(シーシー)。このひとはぼくらのともだちだよ」

 お兄ちゃんですよのノリで、プロトタイプですよって呼びかけている。

 生まれたての双子は、まだ幼い挙措でぼくらを見ていた。

「トッティの……ふれんど」  

「はい。この子はトッティのトモダチです」 

 R.アルバとR.ノクスのどこをどうしたら、トッティって呼びかけになるんだ。

 だけど疑問は一瞬で氷解した。

 Tottyはprototype愛称形か。

 いつもプロトタイプですよって声を掛けていたんだな。

 きょうだい(シブリング)か。

 一人っ子でも嫌じゃないけど、幸せそうなちびシロクマたちを眺めていると、少し羨ましくなってしまった。



 ぼくにとってはひたすらかわいいだけのシロクマたち。

 だけど大人の科学者たちは、また別視点で観察していた。

「アンドロイドの無性別性がここにきて言語創作してしまうなら、やはり部族適応ドルフィンには性別を設定したほうが適切でしょうな」

「ネイティブたらんと欲すなら、特異性は排したいな」

「性別設定しても、血肉製と金属製で、イルカ部族に新たな言語を作らせてしまうんじゃないですかね。イルカ言語汚染発生しそう」

 科学者たちが相談している。真剣と深刻の真ん中くらいの雰囲気だ。

 シロクマたちはこんなにかわいいのに、なにを難しそうな顔で議論しているんだろうか。

 父さんに疑問の視線を送る。

「シロクマの子供たちがナーサリーで育てられたのは、人類語のネイティブにするためなんだよ。だから自身の無性別性によって、創作言語されたのは予想内ではあるとして、それの対処法を考えてている」

 ネイティブの創造。

 それって最初から言語を教えているのと、どう違うんだろう。

「シロクマの子供たちからデータをフィードバックし、続いてイルカの群れに無学習のアンドロイド・ドルフィンを投入して育てさせ、エコーロケーション・ネイティブを作る予定なんだ」

「イルカ作るのにシロクマ?」

 アシカとかコウモリじゃなくて?

「シロクマの赤ん坊は、人間に紛れやすく好まれる。人類語を学びやすい」

「それは摂理だね」 

「エコーロケーションを翻訳できないこともないが、どうしても単語や文法といった人間の概念で翻訳してしまう。人類の言語をゆりかごとしていないアンドロイドを、完全なエコーロケーションネイティブにする」 

 人類言語を排してエコーロケーションを学ぶ。

「どうすれば異種族言語ネイティブになれるか。シロクマの子たちは、エコーロケーションネイティブ計画そのもののプロトタイプなんだ」

 後継機たちさえプロトタイプなんて、壮大な計画だ。 

 もしも計画が成功すれば、どれくらい海底の情報が得られるんだろう。イルカから聞き取りできれば、海底資源や新種の調査が捗るだろうな。津波や地震の予測だって、精度が上がりそうだ。

 そもそも新しい知性の概念を得られる可能性すらある。

 今の人類では理解できない知の概念によって、いつか天才がシンギュラリティを齎す。

 脳内でアンドロイド・ジャーニーが開幕する勢いだった。

 シロクマ警備隊長がやってくる。

 2メートルの包容力たっぷりの体躯に、優しい瞳。そして肉球。

「パピアくんにR.マリオット、ようこそ」

「シーシーたちかわいいね! 名前早く決まるといいね」

「実は内定してるんです」

「どんな?」

「もう明日の八時には発表されますけど、応募のなかでいちばん多かったのが、ウルスとマリティなんですよ。個人的にはかわいいと思いますし、おそらくそれで決定でしょうね」

 クマ(ウルスス)(マリティムス)。 

 ラテン語でシロクマ。

 かなり直球過ぎるけど、プロトタイプがラテン語で白夜だから、サクセッサーが白熊。素直な発想だ。

 シブリングっぽくて良い。

「シーシーたちは一年ほど海洋科学館で学習してから、遊園施設に就職します」

「あんなに小さいのにもう働くんですか……」

 こころがぎゅっと締め付けられる。

 あのまま幸せな楽園(ナーサリーゾーン)で過ごしてほしい。

「パピアくん、アンドロイドとはそういう種ですよ。この近くの施設からは、アクアクリスタルやファンタジック・アミューズメント・ガーデン。ほかにも博物館や科学館が候補に挙がっていますし、アラスカの豪華客船も名乗りを上げています。個人的には悪くない就職先ですよ」

 シロクマ警備隊長の言う通りだ。

 過酷な戦場で赤十字に付き添うアンドロイドもいれば、孤高に核物質を駆除するアンドロイドもいる。海底で、北極で、あるいは月面で。アンドロイド・ジャーニーで幾度も目にした風景だ。そこより危険は少ない。

 危険が少ないとはいえ、責任重大な職場だ。

 迷子が死体になる可能性はいつだって高いんだ。幼児誘拐の結果は、凄惨。迷子保護システムが不十分な職場なら、双子がその責務を負わされるかもしれない。

「就職したら会いに行くよ!」

「お願いします」

 もう二十年近く勤務し続けているシロクマ警備隊長は、黒い瞳を優しく細めた。 

  


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