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ピーチコブラ、バナナスプリット、それからあとはブルーベリーバックル


 デトロイトは紅葉に包まれ、枯葉が散っていく。

 秋は短い。恵みが収穫されれば、たちまち冬の気配が忍び寄ってくる。



 アンドロイド葬儀はある程度、時期を決められる。

 春の花まつり、夏のお盆フェスティバル、冬の年越し前後。忙しい時期は避けて、だいたい10か月ごろに合同葬をするのが一般的だった。

 ぼくはお悔やみを申し上げる立場だ。まだ、幸いなことに。

「ケルシー」

 幼馴染のケルシーの傍に寄り添う。

 今日は真っ黒いワンピースだった。ストッキングも靴も、なにかもが喪に服している。普段は彩り豊かな服ばかりだから、ひどい落差だった。

 いつも気の強そうな瞳をしていたけど、今日は目が赤い。

 その充血した瞳で、ぼくを一瞥した。

「……パピアくんには八つ当たりできないわね。それやったらサイテーな女の子だわ」

「八つ当たりしていい相手なんかいないよ」

「知ってるわ」 

 今日、ケルシーはグランマのボディとお別れする。

 AIだけはモノリスに移植されて、ボディはお弔いされる。そして四十九日のあと、法律に従いリサイクルされるんだ。

「グランマだって、臓器移植でしばらく元気でいられたもの。リサイクルがいやって言えないわ」

「……偉いね」

「強がりよ」

 誉め言葉を煩わしそうに振り払う。

 アンドロイド葬儀、およびボディ葬儀はしめやかに終わった。





 忌明けしてからの日曜日、ぼくはケルシーの自宅に招かれた。

 ヨーロピアンな鉄柵には、灌木が絡んでいる。アベリアの花だ。秋も終わりに近ければ、もうほとんど白い花は散っていた。あれだけ盛りに華やいでいても、時期がくれば踏みつぶされる残骸になるだけ。

 散らばった花を踏み越えて、白鳥がやってきた。

「ようこそ、マリオットくん」

「ひさしぶりだね、R.ジークフリート。きみは元気?」

「万全さ、いくつか臓器移植はしたけどね。ワタシはパートリッジ出身アンドロイドだから、長期保証15年。しかも交換部品は35年保証。スマートシティ構想のひとつに組み込まれているため、政府の補助金で保証が長いんだよ」

 誇らしげに語る。

 R.ジークフリートはホームセキュリティアンドロイドだ。家族が倒れたらバイタルチェックして情報をすぐさま病院へ。侵入者には大きな鳴き声で威嚇し、火災になれば消火器で初期消火を務める。

 その地区にすべてセキュリティアンドロイドがいれば、一帯が安全になる。だから政府も治安維持のために、補助金を出してくれる。

 だけどナーサリーアンドロイドは、子供が成長してしまえば、もう……

 でもそれってアンドロイドの価値は、公共性にあるようなものじゃないか。ああ、でも補助金を出すのは政府なんだから仕方ないのか。政府が公共の防災や治安を重視しなかったら、何に予算と人員を投じるんだ。

 ぼくはやりきれない気分を抱え、リビングに入る。

 絵画が飾られたリビングの一角。

 そこには花が飾られて、モノリスがひっそりと控えていた。

 ケルシーのグランマのボディは弔われたけど、まだモノリスの内側に生きている。

 生きている、というのは正しいんだろうか。

 ぼくはアンドロイドじゃないから分からないけど、ケルシーのグランマはこれでよかったんだろうか。動けないし、触れない。こんな状態で。

「こんにちは、ケルシーのグランマ」

「ごきげんよう。いつもケルシーに良くしてくれてうれしいわ……本当に」

 声を聴けば、グランマの上品な微笑みが思い浮かぶ。

 モノリスの内側に生きている。そんな感じだ。

「失礼ですけど、あの……ほんとにすごく失礼かもしれないんですけど、モノリスってつらくないですか?」

「他のひとが聞いたら失礼かもしれないけど、パピアくんはお父さまを案じての問いかけでしょう。興味本位じゃないなら、気を悪くしないわ」

 穏やかに応えてくれる。でもやっぱり失礼な質問は失礼だな。

「アンドロイドにとっていちばん辛くて苦しいのは、自分の役目を果たせないこと。ボディが稼働できなくなって、ケルシーの大切な時間が痛んだボディの世話に費やされるのは、いちばん、つらかった。庇護すべき対象に庇護される。発狂するほどつらくて、修復されるか廃棄かを願ったわ。でも修復は……」

「はい……」

 それ以上、グランマに語らせるのは酷すぎて、ぼくは先走って頷いた。

 修復、出来ないことはなかった。

 だけどあまりに経済的負担が大きすぎる。ケルシーの進学や留学、そういった未来を閉ざすくらいの負担だ。

「ボディはなくなったけど、ケルシーの相談相手くらいはできる。フランス語のレッスンにも付き合える。まだもう少しグランマとしての役目を果たせる。だから、心から幸せよ」

 グランマの言葉を祝うように、キッチンから甘い香ばしさが漂ってきた。

 ケルシーが焼き菓子を作っている香りだ。グランマから習って、幼いころから何度も焼いてきた。ピーチコブラ、バナナスプリット、それからあとはブルーベリーバックル。そしてアップルパイ。

 漂ってくるのは、アップルパイの香りだ。

「グランマのカクテルを開けますよ」

「お願いね」

 アンドロイド用のカクテル。そこからジンジャースパイスを選び、薄い蓋をめくる。

 たちまち芳香が立ち上り、アップルパイの香りと混ざり合う。

 子供の頃と同じ空気だ。林檎と生姜、秋を思わせる。

 ぼくはソファに腰を下ろして目をつぶり、変わらない香りに浸る。

 まるでそこに元気なグランマがいるようだった。

 

   

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