デトロイト・ドライブ
「仮免取れたよ!」
父さんに仮免を見せる。
取れたて新鮮な自動車の仮免許だ。
これがあれば一応は路上でも運転できる、同乗者さえいれば。21歳以上かつ運転歴三年以上のドライバーに監督してもらえば、運転できる。
「でも、父さんは運転できても監督者になれないんだよね。知ってるよ。毎回そういう話なんだよ」
父さんは運転できる。もう何年もぼくを送り迎えしてくれた。
でも仮免の監督者にはなれない。
アンドロイドだから。
父さんの瞳の青さに、悲しみが含まれる。ぼくの勝手な感情移入だろうけど、少なくともそう感じるほど陰っていた。
「パピア。お前に諦めを覚えさせたくなかったが……」
「大丈夫だよ。路上練習には、リアムのお父さんが付き合ってくれるって」
日曜日、リアムと一緒に運転練習だ。
リアムも仮免で、監督者は父親。ぼくはそれに便乗させてもらえるんだ。
イイ感じに晴れた日曜の朝。
約束の時間から五分後、つまりはとてもちょうどいいタイミングで、古びた軽EVがやってくる。
「やっほー、パピアくん」
リアムが運転していた。
助手席にいるMx.ウィルソンは、恰幅と愛嬌がたっぷりのおじさんだった。
友人のリアムそっくり。
並ぶと誰がどう見ても親子。ぼくからしてみれば羨ましいけど、リアムはあんまり嬉しくないみたいだから指摘はしない。でもすごい瓜二つなんだよ。
父さんはMx.ウィルソンに挨拶して、重ねて感謝している。
「Mx.ウィルソン。引率ありがとうございます」
「いえいえ、急な出張のたびに、うちの大食らいを預かってもらってましたからね。恩返しできてほっとしてますよ」
さっそく練習だ。
リアムと交代して、ぼくが運転させてもらう。
まずよく通るデトロイトリバーのあたりをぐるっと練習。リアムとMx.ウィルソンがよく釣りをしている川だ。ホワイトバスが釣れるらしい。
そこそこ知っている路を進み、うっすら知っている道を巡る。そしてまったく知らない道路へ。一応、ウェブMAPで予習してきたけど、緊張する。
Mx.ウィルソンのお気に入りの釣具屋で、一旦、駐車。
自動車って一旦流れに乗ってしまえば簡単だけど、駐車は難しいな。特に縦列。
「はぁ」
思わずため息。
「なかなか上手だったよ。しばらく休憩しようか」
釣り具屋の店先には、ボートが飾られている。ダミー・スワンが乗り込み、釣り具一式を持たされていた。カメラの視線が向けられる。思わず避けた。
リアムとMx.ウィルソンは、釣具屋を堪能している。
釣りはそんなに興味はないけど、ルアーは面白いな。いろんな魚のかたちしていて、見ごたえがある。
ぼんやり眺めていると、リアムがやってきた。
「パピアくん。そのルアーいいよ。でっかいのに、リール巻いた時、すっごいスムーズに応えてくるからさ。こっちのはS字アクションが最高で、めちゃくちゃバスが寄ってくる!」
ぼくは釣りをしないけど、リアムはわりと好きみたいだ。
ルアーを力説され続けた。
よく分かんないけど、友達が楽しそうだと楽しい。
「そのうちさ、立ち漕ぎボートで釣りしてみたいんだ」
「楽しそうだね!」
釣りとかマリンスポーツの雑談を交わす。
ふいにリアムが真面目な顔になった。
「……パピアくん。こういうの聞いていいのか分かんないけど、パピアくんのお父さんの行動範囲は、都市限定?」
「稼働は都市限定じゃないよ。海岸にだって行けるし。ただ災害時とか緊急判断システムは都市限定かかってるから、国立公園とかだと引率がいる」
「ああ、そっか……じゃ釣りは川釣りだけかな」
川釣りする予定もないけど、なんか妙に心配してくれる。
「射撃の監督もダメだっけ?」
「え……ああ、うん。監督できないよ」
未成年者が射撃練習場で撃つなら、保護者が絶対いる。でも父さんはそこまで監督できない。ホームディフェンスの拳銃や猟銃も、母さんが亡くなってからは処分した。
たぶん拳銃の所持や発砲は、Cpt. ホワイトフィールドくらいの緊急判断システムを搭載しないと駄目だ。
そもそも人類型アンドロイドは、銃が撃てるか否かの判断システムを搭載されない。
射撃の判断。それが出来るのは、動物型だけ。
シロクマ型のCpt. ホワイトフィールドや、アンドロイド・ボールドイーグルのsgt.イーグル。銃が撃てない構造のアンドロイドだけが、軍事的に高度な緊急判断システムを宿せる。
第一、ぼくは銃を撃ちたくない。
凶器は、好きじゃないんだ。
帰りはリアムが運転する。
ぼくは知らない道だけど、リアムは勝手知ったる道なんだろう。すいすいと運転していた。
なんかダウンタウンに近くなってきたな。道が汚れて、荒んできている。浮浪者があちこちいて、直視したくない落書きが壁に書かれていた。
いちばん怖いのは、見守りバードのR.ロビンがいないってことだ。
治安の良くない地区だ。
こんな場所でエンストしたら、どうなっちゃうんだ。
「パピアくん。この近くに、すっごい美味いインド料理の店があるんだよ。デリバリーできるよ」
リアムはハンドル切りながら、暢気に喋る。
Mx.ウィルソンは渋い顔で、首を横に振った。
「寄らないぞ」
「えー」
「今日は普段用の銃しか持ってきてない。ここらで停車するなら、せめてM&Pがないとな」
普段用の拳銃。
それだけでもぞっとしたのに、もっと強い拳銃がないと自動車から降りられない?
頭が真っ白になっていく。
ぼくはがちがちに固まった。自宅に到着するまで、ただもう息を潜めていた。
「お帰り、パピア」
「た、ただいま………つかれた」
父さんのエプロン姿を目にして、身体から硬直が解けていく。関節や肺腑に淀んでいたこわばりが無くなっていった。
ああ、ここは安全だ。
きれいで、やさしくて、あたたかで、すてきな世界。
「パピア。慣れない運転は疲れただろう」
「疲れたのは、そこじゃない」
ぼくはもう16歳だというのに子供みたいに父さんにハグして、鼓動を落ち着けた。
そうか。自動車を運転するってことは、どこまでも行けるんだ。
海岸、科学館、州立公園、ユタ州やテキサス州にも。それどころか銃を装備してないと降りられない地区にも、どこへにだって行けてしまう。
知ってたけど、思い知らされた。
父さんが何も聞かず、背中を撫でてくれる。
それが嬉しかった。




