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コード・アダム



『R.アルバ、R.ノクス、警備員に着任!』


 学習を完了させたシロクマ双子は、正式にチャイルドルーム所属の警備員になった。

 もう赤ちゃんじゃない。

 一人前のアンドロイドとして、海洋科学館オートマタ・オーシャンを見回り、迷子を迅速に保護して、チャイルドルームに案内する。

 それが双子の最重要任務。



「お祝いに行こうよ、父さん!」

 思わず椅子から立ち上がる。 

「そうだな」

「でも今は取材も入ってるから、忙しいよね。仕事が落ち着いてからにしよう」

「そうだな」 

 静かに座る。

 父さんは夕食を運んできてくれる。今日はシーフードパエリアだった。

 いつもなら夕食にまっしぐらだけど、物販が気になる。

 アプリには、物販店の新製品も紹介されていた。

「父さん、大変だよ。物販でシロクマが増えてる」

「お小遣いは慎重にな」

 父さんの指摘通り、ぼくは絶対に欲しいものをチェック。

 海洋科学館のオリジナルウェアのトレーナーやシャツ。キャップや靴下にスニーカー。

 毎年、新しい柄が発表される。

「手形だ!」

 シャツに肉球がプリントされたTシャツやトレーナー。

 おおきなシロクマ隊長の肉球と、サイドにちょこんと双子の肉球。

『オンデマンドTシャツ 物販店でウェアクリエイトにタッチすれば、自分の手形もいっしょにプリント。世界で一枚のオリジナルもできるよ』

「自分の手形か……でも肉球だけの方がCOOLだよね」  

 何を買うか悩みながら、パエリアを味わった。



 

 海洋科学館のエントランスホール。 

 馴染みあるホールだけど、新しいスポットがひとつ増えている。

 シロクマ隊長とシロクマ双子の等身大イラストだ。記念撮影に打って付けだから朝一番なのに大行列だ。しかもアンドロイド・ペンギンに撮影してもらえるサービス付き。

 ぼくが五歳なら並んでいたけど、ああいうのは帰りには空いているもんだからね。

「帰りに物販店を見ながら、空いてるタイミングで撮ろうね、父さん」

 ぼくは真っ先にチャイルドルームへと向かう。

「パピアさーん」 

 シロクマ双子のR.アルバと、R.ノクス!

 身長は二歳児か三歳児くらいの大きさで、やっと雪の穴倉から出てこれた赤ちゃんみたいだ。てってってっと歩いている。その可愛さと言ったら、もう卒倒しそうなほど。ボーイスカウトみたいなお揃いの帽子をかぶって、色違いのネッカチーフを巻いているのも愛らしい。

「や、R.アルバ、R.ノクス。立派になったね!」

 オイスターホワイトのネッカチーフがR.(アルバ)。ネイビーブルーのネッカチーフがR.(ノクス)

 ふたり合わせてアルバ・ノクス。

 ラテン語で白夜だ。

 しかしどう考えても、迷子を誘発しそうな愛らしさである。ぼくの幼少期にちびっこシロクマが迷子の保護をしていると知ったら、全力で迷子になりにいった自信がある。

 ある程度大きくなれば、迷子なんて恐ろしい選択は取らないけど、三歳まではちょっと誘惑にかられそう。 

「今月で迷子を三人確保しましたよ」

「みんな無事です」

 こんな小さいのにお仕事がんばってる……

 じわっと暖かい気持ちがこみ上げてきた。

「肉球さわらせてあげると喜びます」

「ここからHAPPYが沸くんですよ。パピアさんもどうぞ」 

 両側から差し出される、黒い肉球。

 ぷくぷくした肉球を触る。

「HAPPY!」

「HAPPY!」

「幸せってこういうことかな……」 




 双子と別れた後は、いつも通りだ。

 アンドロイド・ホエールたちの巨躯を眺め、タートルたちに手をふり、ペンギン巡回を見物して、シーフードレストランで食事。アンドロイド・ドルフィン・ショーを堪能する。

「珊瑚ゾーンは来月プレ・オープンなんだ。また来ようね!」

「ああ、そうだな」

 最後に出入り口近くの販売店に寄る。

 等身大のぬいぐるみ。

 不意打ちで白い可愛さが登場した。

 出来が良すぎる。これはもう連れて帰れるアルバ・ノクスじゃないか。

 しかもその後ろには、シロクマ隊長ダイカットブランケット。等身大の2メートル。

 つまり一家勢ぞろいで連れて帰れる……!

 だめだ。

 お小遣いには限りがある。

「ぼくはもうテディベアが必要な年齢じゃないし」

 目を逸らしたその先には、帽子とネッカチーフ。

「すごい。お揃いセットだって」

 R.アルバ、R.ノクスとお揃いになれる帽子とネッカチーフだ。

 けっこう高い。買うけど。

「スノーボールもあるよ!」

 アルバ・ノクスの人形入りスノーボールの他、ピンズやランチョンマット、ひえひえタンブラーまである。

「なんてこった。ぼくが五歳児だったら、今頃たいへんなことになってたよ、父さん」

「パピア。買い物カゴの中身は、わりと大変な状態だぞ。今月のお小遣い予算的な意味で」

 穏やかな微笑みのまま、残酷な事実を指摘しないでほしい。

 ぼくはアプリ内のカゴを開く。

 気に入った商品の見本についているクイックコードをスキャンして、アプリに登録してただけなのに、とんでもない金額になっていた。

 合計金額を確認。

 うん、満足いくまで買うのは不可能だ。

 ぽちぽちと減らす。

 うん。おかしい。減らないな。

「ね、ねぇ、父さん。シロクマシリーズは、北極生物保全の寄付金があるから、少し高くて。だから……」

「パピア。お小遣いの範囲で自由に買いなさい」

 父さんから放たれた声は、絶対にぼくのわがままを聞いてくれないときのトーンだった。

「心行くまで買うのは、大人になってからにしよう」

 そう言い聞かせる。

 まずトレーナーとスニーカーは絶対。特にスニーカーは会場限定だから確保したいな。

 真剣に考えていると、聞き慣れない音が津波のようにやってくる。

 ベチベチベチベチッ、ベチベチベチベチッ

 エントランスホールに向かって、アンドロイド・ペンギンたちが羽根を広げて駆けていた。

 走ってる?

 アンドロイド・ペンギンが?

 それはつまり防犯的にとんでもない事態になったってことだ。  


 館内放送が掛かる。


『コード・アダム、コード・アダム』


 ぞわっとする単語が、蒼白い館内に響き渡る。

 迷子の、速報だ。


『従業員、並びにご来館のみなさまにお知らせです。コード・アダムが発令されました。当館はこれより連れ去り防止のため、一時的に退場を制限させて頂きます』

 レジとか金銭管理以外の従業員と警備員が総出で、迷子探索に切り替わる。

 ホールの出入り口は、もう即座にアンドロイド・ペンギンたちが固めていた。ボディチェックを受けなければ帰れない。

 むしろ小さな子は、ペンギン・ボディチェックを受けたがっている。

 ペンギン・ボディチェックは何かのイベントかってくらい、子供たちに群がれていた。 


『7歳の少女、身長4フィート、121.5センチ。髪の色はブロンド、長さは肩まで。青と白のストライプのワンピースに、靴は白。フリンジ付き』



 迷子の特徴が放送される。

 スタッフとお客、みんなで迷子を捜し出していた。

 アンドロイド・ペンギンの瞳は防犯カメラになっていて、館内をすべて見回している。120センチの身体は子供の背丈と近いから、顔認証もしやすい。

 このシステムで、迷子はだいたい五分で見つかる。

 ちょっと人込みに流されはぐれてしまったり、親の目を盗んでかくれんぼしている程度だったら、すぐ。

 だけど、五分以上経過しても、キャンセル・コード・アダムにならない。

 かなりまずい状況だ。

 迷子がもし誘拐だったとしたら、強姦や殺人になるまで隔たりはない。

 エントランスホールをぐるっと見回す。

 柱の陰のところに、親子連れがいた。

 大柄な父親と、抱きかかえられている子供。一目で親子って分かるくらいそっくりだ。同じ金髪で同じ青い瞳。父親に似てて羨ましい。

 子供は海洋科学館のオリジナルキャップとトレーナー、それから限定スニーカーを履いている。

 一見、普通の親子だった。

 でも小さい子は、ペンギン・ボディチェックへ行きたがってない?

 ペンギン嫌いの子供だっているけど、そもそもここは海洋科学館。アンドロイド・ペンギンの巡回も見どころなのに、ペンギン嫌いの子供が来るのか? しかも海洋科学館の限定オリジナルの服で?

 妙な違和感。

 ちぐはぐな感覚。 

 声を発そうとするより早く、本館から白い塊が走ってきた。

 四つ足で駆けてくるのは、R.アルバ、R.ノクス。シロクマ双子の隊員だ。

 小さな体躯は、アルゴ重工の技術の粋。ふたりの最高速度は、時速四十キロ。連れ去られた子のために、どこまでも走る驚異の速度と持久力を宿している。

 一瞬でエントランスホールへとたどり着く。

 双子は四つ足から二足歩行へと変わる。

 全身海洋科学館のルックの子に、にこっと微笑みかける。

「こんにちは、コーディネートかっこいいね」

「海洋科学館が好きなんだね。握手しよ、HAPPY!」

 黒い肉球が、子供へ差し出される。

 小さな子が反射的に手を伸ばして、父親が止めた。

 あまりにも違和感のある挙動。

 入口を封鎖していたアンドロイド・ペンギン。その一部が駆けてきて、親子を取り囲む。

 身動きは取れなくなった。

 本館から、ゆるりと白い巨体がやってくる。

 警備隊長Cpt. ホワイトフィールド。

「失礼。うちの子とおたくのお子さん、握手させて頂けませんかね?」

 口調はあくまでも穏やかだった。

 なのに、威圧がぼくにまで伸し掛かってくる。

 

「パパ……」


 抱きかかえられている子が、父親にぎゅっと抱き着いて、泣き声を漏らした。

 泣き声とともにキャップが落ちる。長くてきれいな金髪が零れた。

 親子はCpt. ホワイトフィールドに守られるように、奥へと連れていかれた。


『キャンセル・コード・アダム、キャンセル・コード・アダム。迷子が無事に保護されました。ご来館のみなさまのご協力、ありがとうございました』


 来館者たちの流れは元通りになり、アンドロイド・ペンギンたちはまた巡回に散る。

 ぼくの気持ちは元通りにならなかった。

「実子誘拐……」

 親権の取れなかった親が、実の子供を誘拐する。よくある話だ。クラスメイトにもいる。

 クラスメイトのプルデンスの場合、母親が浮気したから親権は取れなかったけど、すごく優しくて好きだったらしい。だからプルデンスも誘拐に加担して、半年くらい学校に来なかったな。

 たぶんあの親子も似たような状況だったんだろう。 

 親権の取れなかった父親と、父親を慕っていた女の子。

 通報されないように服を着替えて、ふたりで抜け出そうとしたんだ。

  

「……ねえ、父さん」

「なんだい?」

 

 父さんは親権が取られたらどうする?


 思いついてしまった残酷な質問を、ぼくは押しとどめて呑み込んだ。

 そんな質問、父さんにするべきじゃないな。

 アンドロイドの父さんには、酷すぎる。


「晩ごはんは父さんの得意料理が食べたい」

 

 ぼくはそれだけ告げて、父さんの手を握る。

 デトロイト瑪瑙の数珠が小さく鳴って、ぼくたちの間で艶めいていた。


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