待ってるよ、いつでも、ずっと
夏の終わりをサイクリングで楽しみつつ、総合文化館へと行く。
エントランスホールは天然の木材でカウンターが柱が組まれて、ほっとする雰囲気だ。
一枚板カウンターの向こう側では、司書ドードーたちがぱたぱた羽根を動かして、返却図書を自走ワゴンに入れていた。丸眼鏡をかけたドードーと視線が合う。
司書長のR.ドッジソンだ。
「ぽぅぽぅ、パピアくん。ごきげんよう」
鳩のような鳴き声を出して、ぼくのところにやってきてくれる。
「13歳になりました。PG-13区分で、ぼくが興味を惹かれる理工系のメディアはありますか。ぼくの閲覧貸出記録と会話ログを参照にお願いします」
「了解したよ、まっててね」
ドードーのR.ドッジソンは思案してくれる。
検索分析中だ。
図書館の本って借りたひとのプライバシーだから、司書でも勝手に閲覧できない。でもアンドロイドは別だ。
本人の希望があれば、アンドロイドはその記録を遡って読み取り、会話ログまで分析して、お勧めの本や動画を提案してくれる。使えば使うほど信頼度が上がるシステムだ。
古い映像は、基本的に差別的だからPG-13だった。
教育的なサイエンスチャンネルでも、名作文学でも、昔のものは差別的な言い回しがあるから制限されている。有名なのは赤毛のアンだ。いまだに規制するかしないか問題で、大人たちが喧喧囂囂真っ最中だった。
ぼくのデバイスがぴろんと鳴った。
「お勧め登録しておいたよ。メディアルームの席も空いてるけど、押さえておく?」
「お願いします」
視聴を終えて、メディアルームからホールの広々とした場所へ降りる。だれでもくつろげるソファに座り、日差しを浴びながら、深呼吸した。
ガラスの向こうにR.ロビンがさえずっている。平和の響き。
司書長のR.ドッジソンがやってくる。
「ぽぅぽぅ、どうだったかな?」
「内容は面白かったです……」
R.ドッジソンが勧めてくれたのは、クラシックカーのレストア番組だ。
ぼくが以前、デトロイト自動車展を楽しんだのを記憶していたから。
ぼろぼろになったクラシックカーが、たくさんのひとの技術で美しい姿を取り戻す。その過程はかっこよく、結果は美しい。工学的にも勉強になった。
「受け付けないシーンがあったかね」
「出演者が「黒人がこんなぼろ車でマスクしてたら、テロと思われてポリスに撃たれる」とか言ってて、ああ、肌の色への偏見なんだ、その名残の強い時代なんだなって……勝手にかわいそうになってきちゃって」
創作だったらそういう時代なんだなって飲み込めたけど、サイエンスチャンネルの出演者だから、あれは生の声だ。
生々しい偏見の名残り。
こういうシーンを笑いごとにしないために、PG-13がある。
ぼくにはまだ早かったのかな。
「ああいう、痛ましいセリフ。あれは切り取ったら……だめですか」
「きみの意見は優しいよ。でも台詞を勝手に切り貼りしては、当時の出演者に失礼だからね。亡くなった方への配慮はしないと」
R.ドッジソンの台詞に、死んだ母さんを想う。
母さんの台詞や論文が勝手に切り貼りされたら、いやだな。うん、すごくいやなことだ。
「昔の番組を引っ張り出さなくても、現代だけでも面白いものがたくさんある。つらいなら無理して視聴しなくてもいい」
優しい慰めだった。
でもそれ、アンドロイド・ドードーが言うんだ……
ドードー鳥。
物理書籍を管理し、情報を守るアンドロイドは、人間が絶滅に追いやってしまった鳥の姿を模している。
忘れてはいけない人類の罪。
なのにR.ドッジソンは優しい眼差しをしている。
ぼくに無理しなくていいよって。
たぶんそれはまだぼくが子供だからだ。
「R.ドッジソン。もうちょっと耐性ついたらまた視聴します。クラシックカーはきれいだったし」
「そうか。待ってるよ、いつでも、ずっと」
司書長のR.ドッジソンに見送られて、ぼくは総合文化館を後にする。
帰り道、気分転換に、サイクリングで公園まで遠回りした。
R.ロビンたちがさえずる木漏れ日は、何も考えずに走っていくのに最高だった。




