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夢の往路にインディアン


 今年の夏は友達のキャンピングカーに同乗させてもらって、いろんな州立公園や観光地に立ち寄った。

 州が変われば、アンドロイド・ソングバードが変わる。

 故郷のミシガン州ではこまつぐみを模しているけど、テキサス州やアーカンソー州では物まね鳥のアンドロイド・モッキンバードだ。

 ルイジアナ州の湖沼では、アンドロイド・ブラウン・ペリカンが巡回する。オクラホマ州の都市でさえずっているのは、アンドロイド・シザーテイルドフライキャッチャー。カンザス州なら、アンドロイド・ウエスタンメドウラーク。

 そしてミズーリ州では、アンドロイド・ウェスタン・ブルーバード。



 スーパーでの買い出しの帰り、アンドロイド・ウェスタン・ブルーバードのさえずりが降ってきた。

 都市部はアンドロイドのさえずりが豊かだ。

「青とオレンジだ。すっごいきれいだね」

 ぼくはデバイスでフォトを撮る。

「パピア、お前、ぜったいソングバード撮ってるよな」

「旅してるって感じするし。カドー湖でアンドロイド・ブラウン・ペリカンが撮れなかったのが心残り」

「アンドロイド・ブラウン・ペリカンがきたら、それもうアリゲーターの警告だろうが」

 木陰を歩いていけば、アンドロイド・ウェスタン・ブルーバードが歌う。


 チピィチチチ、チチチィ…… 


 州鳥を模したアンドロイド・ソングバードたちが、その土地の平和を謳っている。

 R.ロビンのさえずりしか知らないぼくにとっては、アンドロイドのさえずりの移り変わりがいちばん旅しているって気分にひたれた。





 PVパークはキャンピングカー専用キャンプ場だ。だからコインランドリーやギアショップの他に、補充施設(フックアップ)廃棄施設(ダンプステーション)も必須だ。

 だけど今夜のキャンプ地は、何もない。

 ただの駐車場。

 もちろん密かにセキュリティ犬が巡回しているし、近くに警備員が常在する案内所もあるけど、ほんとうに何もない。アンドロイド・ソングバードさえいない。あとデバイスだってつながらない。フォトや動画を撮る機械と化していた。

 ただ大地と星がある。

 圧倒的な夜だ。

 そこで焚火をして、一晩過ごす。

 晩ごはんは焚火で豆と腸詰めビーンズ・アンド・フランクス。それからベイクドポテトとベイクドコーンだ。サワークリームにベーコンビッツをふりかけて齧る。

 そして焚火があるなら、デザートはこれしかない。

「マシュマロ!」

「ポップコーン!」

 ダコタは真っ赤なポップコーンを、焚火にあて始めた。ミズーリ限定のローカルポップコーンだ。

 ぼくはビックマシュマロを炙る。イイ感じにこんがりと膨らんでくれた。

 カナダの国際キャンプでも焚火マシュマロはよくやるけど、何度やっても楽しい。ただチョコがないのが物足りないな。ぼくにとってのチョコは人生にとって不可欠なものだけど、犬にとっては禁忌だ。だからキャンピングカーに持ち込ませてくれない。

 ま、この旅が終わったら、父さんがチョコレートチーズケーキを焼いてくれるって約束だからいいけどね。

 デザートが終われば星明りと焚火、それからゲーミングライトボールのひかりで、アイゼンと遊ぶ。

 七色ライトの首輪をつけたアイゼンが、七色ライトのボールを追いかけて、咥えて持って帰ってくる。

「パピア、父さんは先に休ませてもらうよ」

「もう?」

補充施設フックアップがないから、用心のためにな。何かあれば仮眠モードはすぐ解除できる」

 充電できない場所だから、保険のため早く就寝するのか。

 ダコタのグランパが保護者として残って、焚火を眺めながらノンアルコールビールを飲んでいた。

「……ひいじいさまが」

 ふいに呟いたのは、ダコタのグランパだった。

「ひいじいちゃんって?」

 ダコタが首を傾げる。アイゼンも真似て小首を傾げた。

「わしの曽祖父が、むかしな」

「何百年前の話?」

「半世紀前の話だ」

 かなり前だな。

 静かに拝聴する。

「わしがこどもの頃、曾祖父はとうに夢の往路をうろうろしていたが、たまに会話できた。語ることはスー族の昔話ばかりだったな。ひいじいさまはスー族の血を引いていることに、アイデンティティをもっていたから」

「ああ、この光景がネイティブアメリカンっぽいって?」

 ダコタは両腕を広げる。

 満天の星に、大きな焚火。

 風が一陣。火の粉が舞いあがっていけば、そのまま星に生まれ変わりそうだった。

 ダコタのグランパは燃える炎を見つめて、語り続けた。

「それもあるが、ひいじいさまは死ぬ三日前に、インディアンの予言をしてくれた。わしが『すばらしい馬と賢い犬を従え、旅暮らしをするだろう』と。スー族の古い生き方のような予言だ。犬はともかく馬は飼ってもらえなかったし、若いころに旅暮らしもしなかった……お告げは嬉しかったが、信じなかった。信じられるわけもない。だが……」

 アンドロイドのドーベルマンと天然のドーベルマン、そしてターコイズブルーのキャンピングカー。これを馬と呼ぶのは詩的で、間違いではない。

「まさかこの歳になって、ひいじいさまのお告げが成就するとはな」 

 半世紀前のインディアンの予言を聞く。

 もし聞いたのがスマートシティの中だったら、すてきな偶然だと思った。

 だけど静謐な星と炎の前で聞けば、なんだか神秘的なものに触れてしまったような、あるいは聖なるものがぼくの胸を通り過ぎていったような感触がした。

 人智を越えた霊性。

 その夜、ぼくは寝付けなかった。



 フラミンゴピンクの朝焼けが訪れた。

 補給設備がないから、水は節約。ウエットタオルとドライシャンプーで身支度する。

 父さんはまだ省エネの仮眠モードで、ダコタのグランパがベーコンエッグを作っていた。あとはコロラド桃を丸かじり。いかにもキャンプなご飯を食べていると、父さんが仮眠モードから回復した。

「おはよう、パピア」

「おはよ」

 父さんが寝坊したみたいで変な感じだな。最大の非日常だ。

 みんなで片づけて、キャンプ地を後にする。

 馬力のあるキャンピングカーは走り続け、都市部に近づいた。PVパークや大通りでさえずるアンドロイド・ソングバードは美しい青から、華やかな赤へと変わっていく。

 アンドロイド・ノーザン・カーディナル。

 イリノイ州に入った。

 旅の終わりまであと一歩だった。



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